第28話 私のなのに勝手に食べたー!!

 全長……どのくらいだろう、触手のような足を延ばせば数十メートルになりそうな、巨大なタコ。

 ぬめりで不気味に緑色にテカテカしている八本の足をうにょうにょと動かして、こちらへとむかってきている。

 ……緑色かあ。

 はっきりいって、キモい。

 まあこのダンジョンで出会うモンスターはだいたいキモいんだけどさ。


〈クラーケンじゃん〉

〈クラーケン。SS級〉

〈気をつけろ。その足、百メートルくらいまで伸びるぞ〉

〈攻撃魔法は無効〉

〈物理で殴るしかないSS級だぞ〉

〈クラーケンも物理で殴ってくるぞ〉


 なるほど、コメント欄の情報は助かる。

 魔法攻撃無効なら、みっしーと紗哩シャーリーの出番はあまりなさそうだ。


「マネーインジェクション、インジェクターオン! セット、gaagle Adsense! 残高オープン!」


[ゲンザイノシュウエキ:4,283,260円]


 現状はこんなもんか。

 みっしーと紗哩シャーリーのシャワー百合営業とか、あとは深夜のみっしーと紗哩シャーリーの百合営業トークとかでなんとかこのくらいまで残高が増えた。


 ま、冷静に考えるとその辺のサラリーマンが一生懸命一年働いてやっともらえるくらいの金額をわずか数日でスパチャで稼げるっつーのも、みっしーというスーパー人気配信者のおかげだ。


 本来ならさ、俺の口座番号をさらしちゃうのが早いんだけど、配信内でそれをやるとBANされるし、POLOLIVE経由でそれやれればいいけど、そもそも俺今サイフを持ってきてないから口座番号も本人確認書類もなにも持ってないんだよなー。

 ダンジョン内で紛失するリスクは高いから、探索者はふつうそういう貴重品をダンジョン内にはもちこまない。あたりまえといえばあたりまえだけどさ。


 ドッグタグはつけてるけどもちろんそこには口座番号なんてないしな。

 せめて免許証かマイナンバーカードをもってればそれをネット経由で銀行に送って口座番号の照会もできそうだけど、今は法律と銀行の内部規定がきびしすぎて現状の俺だと自分自身の口座番号を知る方法がないのだ。


 そんなわけで現状は一人一日50000円が上限のスパチャに頼るしかない。


 さて、目の前のクラーケン。

 こいつはどのくらいの金額でいける?

 とりあえずは、


「セット、十万円! みっしー、紗哩シャーリー、肩出せ」


 女の子二人に十万円ずつ打っておく。

 後ろに下がらせとくけど、万が一があるからな。


紗哩シャーリー、防壁を!」

「うん! 輝け! あたしの心の光! 七つの色、虹の力、壁となりてあたしたちを護れ! 防護障壁バリアー!!」


 俺たちの前に物理攻撃を防ぐ防壁ができる。


「セット、75万円!」


 SS級、このくらいの金額で倒せればうれしい!

 そして俺は刀を抜く。

 うにょうにょとうごめく八本の足。

 タコの化け物らしく吸盤が無数についていてなんかこう、集合体恐怖症の人にはたえられなそうな気味悪さ。

 そのうちの一本がとんでもないスピードで俺の方へと向かってくる。

 それを飛び跳ねてかわす。

 この足、直径一メートルくらいはありそうだな、でけえ。


「うらぁぁぁ!」


 刀を振り下ろすと、なかなかの手ごたえがある。

 切り落とす途中で刀が止まるが、


「おらぁぁぁぁ!!!」


 さらに気合を入れると、やっとのことでスパッと切り落とすことができた。


「ぐしゅうううぅぅぅ」


 なにかうめき声のようなものをあげながら、さらに残りの足で攻撃してくるクラーケン。

 75万円分のパワーアップしている俺はそれをなんなくかわして、一本一本確実に足を切り落としていく。


「のこり三本!」


 と、そこでクラーケンが突然、その口(?)から黒い液体を勢いよく吐いた。


「うおっと!」


 すんでのところでかわすことができた、危なかったぜ。

 その液体はダンジョンの床を黒く染めたと思うと、ジューーーー!! と音をたて床材の石を溶かしていく。

 こえー、おっかねー!

 だがあと足も三本だしな、と思ったところで。

 クラーケンは残りの足で、切り落とされた自分の足を手繰り寄せると――。


「グヒィィ、グヒィィ」


 と声をあげながら、なんと自分自身の足を食い始めた。


「あーーーー! 私のごはんーーーーーっ!! 私のなのに勝手に食べたー!!」


 後ろの方でみっしーの声が聞こえて、いやまあまだこの足の所有権はクラーケン自身にあるよな、と心の中で突っ込んでいる間にも。

 ジュブジュブ! という音とともに、なんとせっかく切り落としたクラーケンの足が復活していく。

 なるほど、SS級モンスターってのは伊達じゃない、回復持ちってことか。

 あーくそ、75万円じゃあ、SS級は倒せないんだな。

 追い飯ならぬ、追い注射といくか。


「セット、25万円!」


 さらにインジェクションする。

 やはり、SS級ともなると百万円は覚悟しなきゃいけないっぽいな。

 さらにスピードアップした俺は、クラーケンにとびかかる。

 クラーケンは黒い液体を吐くが、今の俺はそんなのはスローモーションに見える。


「切り刻んでやる!」

 

〈すげえ、早い〉

〈やっぱり百万円超えるとすげえな〉

〈SS級相手なんだぜこれ・・・〉

〈お兄ちゃんがんばれ!〉

〈あ、また一本切り落とした〉

〈かっこいい、濡れる〉

〈がんばれー!〉


「基樹さーん、がんばれー!」

「お兄ちゃん、がんばって!」


 みっしーと紗哩シャーリーの応援の声にのって、俺はクラーケンの足を一本残らず切り落とし――。


「これで、とどめだーーーーーーッ!」


 クラーケンの頭部を、脳天から真っ二つに割ってやった。


〈いやー相変わらず強い〉

〈これ、マネーインジェクションの力だけじゃなくて素の剣術の技術も高いよな〉

〈お兄ちゃん、実はいま日本で一番強いんじゃね?〉

〈これでC級とか探索者等級評価委員会って無能じゃね〉

〈ほんとにすごい〉

〈最強のお兄ちゃんだな〉

〈シャリちゃん、私をお姉ちゃんにしてください〉

〈俺男だけど濡れそう〉

〈私女だから普通に濡れた〉

〈俺は抜いた〉

〈……ふぅ……〉


 みっしーは目をすがめて、


「……コメント欄が微妙に下品ですー。一応、女子高生の私がいるんだから、みなさん自制してくださいねー」


〈みっしーごめん〉

〈すみません〉

〈BANはやめて〉

〈みっしー、今日のごはんはタコだね! 僕の今日のおかずはみっしーだよ!〉


「あ、こいつ! こいつBANして! こうゆうのはダメ!」


 モデレーターやってる事務所の人に指示を出すみっしー。

 コメント欄の治安も大事だからなー。

 変なのを放置すると、まともな人が減ってしまう。


「さて、みっしー、紗哩シャーリー。食料は調達できたから、食うか。紗哩シャーリー、こいつを調理してくれ、1000円分、打ってやるから」

「おまかっせー! おいしく料理するよー、お兄ちゃんは魔法でお湯をわかしといて! よし、さばいてくぅ!」




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