第5話
塚本は相変わらず玄昌の指を受け止めようとしては、失神を繰り返していた。
指強は毎日行われた。玄昌の強さを知って塚本も懲りたと木戸は思っていた。想像以上の執念深さに木戸は笑うしかなかった。
執念深いのは玄昌にだけではない。
週に一度は必ず、塚本は氷川に告白した。
氷川に告白をしては屋上を肉吹雪で満たした。
試合まで二週間前となっていた。
屋上に桜が舞った。
金井りょうは、塚本と同じ塾に通っていた。消しゴムをちぎって人形にするのが得意で、授業中にこっそり人形コンテストを塚本と楽しんでいた。
「終わった? そいじゃ」
氷川はスマホで肉吹雪を撮った後、手を振り、さっさと屋上を後にした。残ったのは塚本と木戸だけだ。冷たい風が吹いた。桜が空に巻き上げられた。
「行こう」
塚本の背中をポンと叩き、木戸は歩き出す。
松井の一件から、木戸は告白に同行し続けていた。
告白に出続けるのは危険な行為だ。
肉吹雪になる可能性が常につきまとう。自分が死んでしまえば木戸流最強を生み出すどころではない。
校舎の前で待ち、告白を避けることも考えた。
「木戸流に死の恐れなし」
だが、その度に祖父の声が脳内でリフレインされた。
肉吹雪で死ぬ木戸流など亜流だ。
木戸は逃げの考えを改め、告白の場に上がり続けた。
「木戸くん、俺には何が欠けてるんだろうな」
「共感性」とは言わず、木戸は代わりに「強さだよ」と言った。
塚本が反応する前に、屋上の扉が勢いよく開いた。
氷川が走ってきた。
脚の長さをもてあましてるのか、もつれるような走りだった。
「待てコラ!」
怒号とともに男たちが屋上にやってきた。数は5人いた。
最後に少女が入ってきた。年は木戸たちと変わらない。背は140センチほどで、他校の制服を着ていた。ブレザーからこの地域で一番学費の高い私立校だと分かった。
少女は胸を張って顎をつんと上げている。気位が高いとは今の彼女のことを言うのだろう。
前髪を切り揃えた長髪は、胸元まで真っ直ぐに下ろして艶がかっている。
男たちは柄物のシャツを着崩している。目は肉食動物のような険しさがあった。カタギの人間ではない。木戸はすぐに直感した。
「霧島さん、どうしたんだ」
塚本は少女を見て言った。
「間違いないんですね」
霧島と呼ばれた少女にオールバックの男が問いかけた。襟の開いた派手なアロハシャツを着ている。
霧島は木戸たちを見て決然と頷いた。
「あいつだ!」
霧島が氷川を指さした。
「アタシじゃないってば!」
「嘘だっ! メグミをバラバラにしたのはお前だ!」
「違う!」
派手シャツが進み出る。カバーケースに入ったスマートフォンを取り出した。
「アタシのスマホ、いつの間に……!」
派手シャツは何事もないかのように、ロックを外した。乱雑にアプリが置いてあるホーム画面。電話の通知が50件を超え、LINEの通知も300件を超えていた。
「氷川……」
「勝手に開くなっ!」
氷川の腕を派手シャツは躱し、インスタグラムを開く。
「アタシのアカウント……!」
氷川が投稿した写真が映し出される。
画面には桜が写っていた。キャプションには桜の絵文字がついている。
「どう見たって生肉ぶっ散らかしでしょうが」
霧島が顎を上げて睨め付ける。威圧している。
「どうして分かるの」
「拡大してやんな!」
霧島が派手シャツに命じる。画像の左端を拡大した。
肌色の円筒形の物体がアップになる。どう見ても指だった。
「うち、おばあちゃんが校閲やってんの。だから、注意深さは私も受け継いでてさぁ。桜の花びらなんて写ってないってすぐ分かったんだわ……」
霧島は一歩進んで、氷川にガンをつけて、
「アタシの女、ブチころがすなんていい度胸じゃねぇか!」
怒号を屋上に響かせた。
霧島の怒りに応じて男たちの殺気が膨らんだ。派手シャツは、氷川にスマートフォンを投げ返し、いつの間にか大振りのナイフに持ち替えていた。
以前、塚本が爆破した佐々木恵には、女がいたのだ。
六指獄を使えるのは、木戸ただひとり。戦いの場になれば、こちらが不利だった。五人を電撃的に倒すには、時間がかかりすぎる。しかも、相手は氷川を仕留める気だ。守ることも加味すれば、難易度はさらに高まる。
霧島が声を出せば、男たちがすぐに襲ってくると直感した。
一触即発の危険な場面に凍りつく中、氷川が頭を下げた。
「写真を撮ったのは悪いけどさ、殺したのは塚本なんだよね」
霧島がきっと塚本を睨んだ。
「違う。友達の佐々木が勝手に爆発したんだ。そうだろ、木戸」
「友達の」とわざとらしく強調した。
「それで通じるかよ! やっちまいな!」
男たちが一斉に武器を掲げて迫ってくる。
「氷川さん! 好きだ!」
塚本が叫んでいた。
また、桜が舞った。
霧島麗香は、佐々木恵と最寄り駅が同じだった。以前、ICカードを紛失してしまった時に、佐々木が一緒に探してくれたことから知り合った。その後、霧島は佐々木と学校の分かれ道まで一緒に歩くようになった。たまに佐々木が塚本を連れて登校するため、三人で歩くこともあった。
霧島と佐々木の学校は、丁字路で別れる。丁字路の真ん中には赤いポストがあった。霧島は街中で赤いポストを見ると無性に寂しくなった。
木戸が動いた。派手シャツの喉に三本貫手がめり込む。手からナイフが落ちる。地面に金属音が響く前に、隣の男の鳩尾に膝をめり込ませる。
霧島と塚本は面識があった。友達の友達は友達とも呼べる。
霧島が肉吹雪にならない理由はなかったのだ。塚本はそれに気づき、この状況を切り抜けるギミックとして利用した。木戸は短い会話の中で塚本の意図を読み取った。
案の定、男たちは霧島の肉吹雪の美しさに固まっていた。
木戸は方向転換をして、呆けた顔の男ふたりに肘鉄を入れる。軟骨が潰れ、肉が潰れる音がした。鼻からとめどなく血が流れても、男たちの表情はどこか虚ろだ。花びらが舞い続けている。木戸と塚本は慣れすぎていた。人の命で吹き上がる肉吹雪は、痛みから意識が逸れてしまうほどに美しいものだった。
最後の男の頭に膝蹴りを入れた。
「終わったな」
「ああ」
木戸は塚本と腕を組んだ。最初に会った頃よりも、塚本の腕が太く、鍛え上げられている。木戸の顔が少しだけ綻ぶ。
「ありがとね」
「それって付き合うってこと……?」
文脈を無視した塚本の返答に氷川は無視する。肉吹雪は風に乗って消えていく。薄桃色の無数の欠片が夕空を漂う景色は、渡り鳥の大移動にも似ていた。
氷川は手を振りながら帰っていった。屋上を去るとき、死体を避けて足がもつれそうになる姿を木戸たちは見送った。
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