第6話 勇者、抱きしめられる



 この美女の名前はフレイディーテ。


 僕を異世界に召喚した張本人であり、この世界で崇められている女神様だ。


 無表情で感情は読み取りにくいものの、神様として人々を見守る心優しい人物である。



「こうして直接会うのは、私が初めて貴方を召喚した日以来でしょうか」


「そうですね、懐かしいです」



 実はフレイディーテ様と会ったのは、これで二回目だったりする。


 教会で祈りを捧げれば声を聞くことはいつでも出来たけど、こうして直接顔を合わせるためには、僕が使命を全うする必要があった。


 具体的に言うと、人類と魔族の戦争を止めることだね。


 ルナメティス、ルナを説得して戦争を止めた僕には女神フレイディーテに二度目の謁見をする権利が与えられたのである。



「フレイディーテ様、僕を元の世界に帰してください!!」


「…………す」


「え? なんて?」



 フレイディーテが何かを呟いたが、僕の耳では聞き取れなかった。

 そして、フレイディーテが僕を真っ直ぐ見つめながら言い直す。



「嫌です」


「……ふぁ?」


「嫌です、と言いました」



 自分の耳を疑う。

 しかし、どうやら僕の聞き間違いではなかったらしい。


 フレイディーテは無表情のまま、言葉を続ける。



「あの、え!? い、いやいや!! 約束が違うじゃないですか!! 僕が戦争を止めたら元の世界に帰してくれるって!!」


「そうですね、約束しました。ですが、嫌です」


「何故!?」


「……何故、ですか。少し思い出話をしても?」


「え? えーと、必要なら……」


「ありがとうございます。では、お茶でもしながら」



 パチンとフレイディーテが指を鳴らすと、何も無い真っ白な空間にテーブルと椅子、ティーセットが出現した。


 女神としての彼女の力だろう。


 僕は椅子に座るが、また媚薬を盛られては堪らないとテーブルの上のものには手を出さない。


 出さないつもりでいたのだが……。



「どうぞ。お菓子もあります」


「……」



 真っ直ぐな目で、期待するような目でフレイディーテが僕を見つめている気がする。



「い、いただきます」


「……どうですか?」


「とても、美味しいです」



 味は本当に美味しい。

 でも何かが混ざってそうで怖いのだ。


 まあ、仮にも相手は女神。

 その気になれば力ずくで僕を好きにできる存在なのだから、気にしない方が良いかもしれない。

 


「それで、思い出話というのは?」


「……数千年前。まだ国という概念が人間たちに無かった頃。多くの神々が覇権を巡り、戦争していました」


「あー、神話大戦でしたっけ。古代遺跡に色々と書いてありましたよ」



 僕は魔王城へ向かう旅の途中、立ち寄ったダンジョンの石碑に書いてあった内容を思い出す。


 かつて、この異世界には多くの神々が存在し、戦争ばかりをしていたそうだ。

 その神々の中にはフレイディーテも含まれていたのだが……。



「戦争、戦争、戦争……。私の父も、母も、ただこの世界で唯一の神になりたいという理由だけで殺し合いを始めました。ですが、結果は――」


「フレイディーテ様を除く神々が全滅、ですよね」


「その通りです」



 石碑には、フレイディーテは途中で戦争を放棄したと書いてあった。



「私も最初こそ唯一神になりたいと思い戦いましたが、死を恐れ、途中で一線を退きました。その結果、私を除く全ての神々が全滅。私は不戦勝という形で唯一無二の全能神となりました」


「えーっと?」


「全能神となった私にとって、地上を生きる者たちは一欠片の例外もなく、私の子らです」


「そ、そうですか」



 フレイディーテの言いたいことがますます分からない。


 結局、この女神様は何を言いたいのだろうか。



「しかし、子には母親だけでは足りません。父親というものが必要なのです」


「ん?」


「数年前、私は子らの父、すなわち私の夫となるに相応しい者を見つけました。そして、その者をこの世界に召喚し、使命という名の試練を与えたのです」


「あー、いや、あの、え?」



 どっかで聞いたような話だなぁ。


 こっちの世界に召喚されて、使命を与えられた男を僕は知っている。 


 そう。他でもない、この僕である。



「えっと、まさかとは思いますが、フレイディーテ様?」


「私がその者に与えた試練は、かつて私が恐れた死を振りまく戦争というものを止めること」


「……」


「仮にその者が、敵対者を殺すことで戦争を終結させたのであれば、期待外れ。約束通りに元の世界へ帰すつもりでした」



 しかし、そうはならなかった。


 魔王と戦いこそしたものの、最終的には言葉による説得で戦争を止め、平和を実現してしまった。



「端的に言います。勇者ソーマ、私の夫となりなさい。そして、共に愛を育み、新たなる神として共に世界の行く末を見守りましょう」


「お、お断りします!!」


「……何故?」


「な、何故って、僕はこの世界の住人じゃないんですよ? いわば異物です。何より、今までフレイディーテ様を唯一神として崇めている人々が認めないはず!!」



 この世界はフレイディーテという神が実在していることもあり、どこに行っても信仰心が厚い。


 そんな彼らにとって、唯一神が唯一の神でなくなることは認められないはずだ。


 ましてや僕は異世界人。

 認められる要素がどこにも見当たらない。



「いいえ。貴方は戦争を止め、多くの者に愛されている。そして、数年をこの世界で過ごした貴方はもう私の愛する子なのです。最愛と言っても過言ではないでしょう」


「最愛って、えぇ……。またこのパターンですか」


「そのパターンです。何より、他ならぬ私が認めています。故にソーマ、貴方は私の子ですが、他の子らのために私の夫となってもらいます。そして、毎日イチャイチャしましょう」


「な、なんて横暴な……」



 流石は神、と言いたくなるような暴論を無表情で淡々と言ってのけるフレイディーテ。


 こうなったら切り口を変えてみよう。



「じゃ、じゃあ、愛すべき子を夫にしようとしないでください!! 親子は駄目だと思います!!」


「神にとって、近親婚は珍しくないことです。私の父も、母の息子でしたので」


「神の倫理観どうなってんですか!!」



 いや、でも神話にはそういう類の話とか多いって聞いたことあるけども!!



「お願いです、ソーマ。この世界の子らには母だけでなく、父たる存在も必要なのです」


「ぼ、僕には無理です。神様なんてとても務まりません!! それに何より、僕は故郷に好きな人がいるんです!!」


「構いません。母は子の恋を応援します。ですが、それ以上に私とラブラブになってもらいます」


「もう意味分かんないんですが!!」


「……そうですか。分かりました。残念です」



 あ、あれ? 納得した?


 ほっ。

 どうやらフレイディーテは理解してくれたようだ。良かった良かった。


 と、思ったのが僕の間違いだった。



「残念です。力ずくは嫌でしたが、仕方ありません」


「!? な、何を――ッ!!」



 次の瞬間、僕の目の前にフレイディーテが立っていた。

 そして、その母性的な魅力で溢れた身体で、力強く僕を抱きしめてくる。


 僕の頭はふかふかの大きなおっぱいに埋められてしまった。


 二つの大玉スイカの間からは甘い匂いがして、途端に思考がまとまらなくなる。


 そんな僕の耳元で、フレイディーテが囁いた。



「ソーマ。まずは貴方に、己が誰の子であるかを教えてあげます。さあ、好きなだけ母の胸に。ママのおっぱいに甘えなさい。そして、ママの夫になりなさい」


「お、ぐっ、ぬぬぬぬぬ!!」



 まずい。これはとてもまずい!!


 このまま抱きしめられていたら絶対に堕ちる!!


 ここで堕ちたらフレイディーテの子供にされてしまう!! 夫にされてしまう!!


 いや、いいや!! 堕ちてのるものか!! 僕はあの人に想いを伝えるまで、絶対に誰のものにもならないぞ!!


 僕は聖剣(股間の聖剣ではない)を抜いて、叫ぶ。



「聖剣、封印解除。――神剣化!!」


「おや」



 相手は女神。出力を絞ったら、駄目だ。



「死なないでくださいね!! 神技『アブソリュート・コア』――ッ!!!!」


「これは……中々……」



 全力で放つ神剣の大技。


 大地をも砕く破壊力があるものの、流石は女神と言うべきか。

 フレイディーテは涼しい顔で喰らっていた。


 しかし、微かに隙が出来たのも事実。


 僕はその隙を突いてフレイディーテのおっぱい牢獄から脱出した。



「神技『ディメンション・ブレイド』――ッ!!!!」



 そして、空間を斬り裂く技で地上への道を開く。


 僕はそのまま地上へ脱出した。



「おや、逃げられてしまいました。ですが、ソーマ。貴方に逃げ場はありません。必ずママの子に、ママの夫にしてあげますからね」



 そんな恐ろしいフレイディーテの呟きと共に、僕は異世界へ戻るのであった。


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