第3話 勇者、落とされる


 黒竜の背に乗り、空を舞う。


 僕はルナの後ろに座って彼女の小さな身体にしがみつくような形である。



「ふふ、間一髪であったな」


「うん、本当に助かったよ。危うく襲われるところだった。……性的に」


「ふん。仮にも我を圧倒した男が情けない」


「戦うだけならなんとか出来るんだけどねー。好意を向けてくる相手にはちょっと強気に出られないというか」



 相手が僕に対して敵意を抱いていたりするなら、僕も遠慮なく戦える。


 あ、でも敵意を抱いていたとしても女の子と戦うのは嫌かな。

 女の子に怪我とかさせたくないから。


 そういう意味でも、ルナより強くて良かったと思う。

 戦争を止めるためにはルナを説得するか、殺すかしかなかったからね。


 魔王城の戦いではルナを怪我させないよう、実力差を見せつけることで不要な殺しをしなくて済んだと言っても良い。


 ルナがニヤリと笑う。


 何か悪事を企んでいる笑顔ではなく、これは彼女の純粋な笑顔だ。


 魔王だからね。笑った顔は少し凶悪なのだ。



「さて、ソーマ。このまま我らの国に来るか?」


「あー。ごめん。出来ればどこかの村で下ろしてくれると助かるかな」


「む、そうか。分かった」



 しばらく静かな空中散歩が続く。


 ……。


 ……。


 ……。


 ヤバイ。大変なことが起こっている。



 ――チ◯コが、フルチャージ状態になってる!!



 な、なんでだ!?

 たしかにルナは美少女だが、僕のストライクゾーンからは少し外れている幼女体型だ。


 にも関わらず、興奮する。なんでだ!?


 彼女の後ろに座っていることで、ルナの甘い匂いが風に乗って漂ってくるのもあるだろうけど……。


 あ、そ、そうだ!! 分かったぞ!!


 僕はソフィアが言っていたことを一言一句そのまま思い出す。



『はい。あ、ご安心を。毒ではありません。ドラゴンをも一瞬で痺れさせるお薬と、エッチな気分になるお薬を少々。脱出路も嘘です』



 エッチな気分になるお薬……。つまり、媚薬!!


 ま、まずい。

 このままじゃあ本能に従ってルナを襲ってしまう!!


 せめてチ◯コがルナのお尻や背中に当たらないよう腰の位置を調整しなければ。



「おい、ソーマ」


「うぇ!? な、何かな!?」



 突然、ルナが話しかけてきた。



「ん? 何を慌てておるのだ?」


「い、いやいや、何でもないよ!? そ、それよりどうしたの?」


「……お前は、元の世界へ帰るのであろう?」


「う、うん、帰るよ。好きな人がいるから」


「私はお前が好きだ」


「……え?」



 あまりにも唐突な告白に、僕は目を丸くした。



「……我は、己より強い者など存在しないと思っていた。しかし、お前がいた。男のくせに『女の子を傷つけたくない』という理由で全力ではなかったお前に完敗した。ああ、悔しいとも。でも悔しい以上にお前のことを愛してしまった。……その、えっと、だから……す、好きだ」


「……ルナ。ごめ――」


「何も言うな。分かっている。我はお前が故郷へ帰ることを引き止めぬ。ただ、一つだけお願いがあって言ったのだ」


「……何かな? 僕にできることなら、何でもするよ」



 僕がそう言うと、ルナはこちらを振り向かずに言った。


 彼女が今、どんな顔をしているのか僕には分からない。



「抱きしめて欲しい」


「え゛?」


「少しでも、愛した男の熱を感じたい。……駄目か?」


「い、いや、そんなことはないよ!!」



 平時なら、そう平時であれば問題は無かった。


 でも僕は今、ギンギンなんだ!!

 僕の聖剣は鞘から抜かれ、女の子を貫きたいと暴れている真っ最中なのだ!!


 こんな状態で可愛い女の子を抱きしめようものなら、僕が襲ってしまう!!


 でも、真っ直ぐ想いを伝えてくれたルナに少しでも報いてあげたい。

 後ろから抱きしめるくらいなら、我慢できるはず。いや、我慢しなければ。


 僕は覚悟を決めて、ルナの小さな身体を後ろから抱きしめた。



「おい、もっと力強く頼む。何故及び腰になっておるのだ」


「ご、ごめん。こう、かな?」


「……もっと」



 くっ、チ◯コがルナのお尻や背中に当たらないよう抱きしめるのが難しい!!


 ていうかルナからめっちゃ甘い匂いがする!!


 すんすん。

 なんていうか、フローラルな香りである。


 そんなことを考えていた僕は、油断してしまっていた。

 ここが空の上であり、竜の飛行が決して安定するものでは無いということを失念していたのだ。


 バサッ!!!!


 竜の羽ばたいて大きく揺れる。

 その拍子に、ルナの小さな身体が僕の身体へ密着した。



「おっと。今日は風が強いな……。ん? こ、この我の尻と背に当たる硬い感触は……おい、ソーマ」


「ご、ごめん!! その、ソフィアに媚薬を飲まされちゃったみたいで……麻痺はもう大丈夫なんだけど、媚薬を盛られたのは初めてで解毒に時間がかかっていて!!」



 僕は必死に言い訳をする。すると、ルナは。



「はぁ、はぁ、はぁ」


「ルナ? だ、大丈夫? なんだか呼吸が……」


「我は、我は我慢しておったのだ。誰かを愛する気持ちは我も分かる。分かるからこそ、お前を引き止めなかった。故郷に想いを伝えたい人がいるというお前を引き止めなかった。なのに、我はお前を娶ることも考えずに我慢していたのに、お前は、お前は!! お前が悪いんだぞ、このドスケベ男め!!」


「うお!?」



 黒竜の身体がルナの叫びに呼応するかの如く、大きく揺れた。


 あまりにも大きな揺れで、僕はいつの間にか向かい合うように黒竜の背に座っていたルナを押し倒してしまう。



「はぁ、はぁ、はぁ……。行き先は変更だ、ソーマ」


「え?」


「お前は、我が魔王城に監禁する!! そこで我と一生愛し合うのだ!! ああ、心配は要らぬ!! お前は正室にするとも!! 側室も侍従も全て城から追い出し、我と二人だけの愛の巣にしよう!!」


「ちょ、落ち着いて!! お願いだから!!」


「我は落ち着いているとも!! ああ、心配するな。何もお前の気持ちを無視しようというわけではない」


「え?」



 それは、どういう……。



「お前が我のことを好きになるまで、徹底的に犯し抜いてやる!! お前が我しか考えられぬと言うまで!! 全身くまなく犯す!! 案ずるな。我の身体は貧相だが、夜の営みに関しては絶倫!! お前がとろとろになって堕ちるまで、我がお前を犯してやる!!」


「僕の気持ちガン無視じゃん!! ま、待って、本当に一旦落ち着い――」



 ルナが、不意に僕の首へ腕を回してきた。

 空の上ということもあり、逃げられない僕の首にルナが唇を這わせてくる。



「ちゅ♡ ちゅぱ♡ ……ふふ、我のキスマークがお前の首に……。これでお前は我のもの。我が一生守る。我が一生側に置く。絶対に、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に――」



 ルナが僕の耳元で囁いた。



「絶対に、他の誰にも渡すものか」


「ヒェ」



 ルナは欲望混じりの目で僕を見つめていた。


 そのあまりにも真っ直ぐで、あまりにも歪んだ想いに背筋がゾットする。


 いや、嬉しいんだけどね!?

 こんな美少女にこんなに好かれるのは普通に嬉しいんだけどね!? ちょーっと怖いのよ!!


 どうやってここから逃げようか。

 流石に空の上では逃げ場が無いので困った。


 と、その時。



「グルオオオオオオオッ!!!!」


「ぬ!?」


「え?」



 僕とルナの乗っていた黒竜が、急に回転し、背面飛行を始めた。

 ふわっ、という無重力感の後、僕はそのまま落下してしまう。



「な、何をしておる!? お、おい!! も、戻れ!! すぐにソーマを捕まえて我のものに――」


「グルル……」



 黒竜が僕に向かってウィンクした。


 まさかとは思うが、ルナが暴走し始めたから僕を逃してくれたのか?


 黒竜は竜種の中でも白竜と同じくらい賢い種族だ。

 ルナの暴走を察してくれたのかも知れない。


 それはありがたいんだけど……。



「さて、どうやって着地しようか」



 僕は地上へ落下しながら、着地する方法を考えるのであった。

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