第2話 勇者、盛られる





「まったく、お母様には困ったものです!! ソーマ様は諦めてと言っているのに」


「あはは、好意を向けられるのは嫌じゃないんだけどね」



 僕はヴァレンティヌス城の廊下を走りながら、頬を膨らませるソフィアに苦笑する。


 ソフィアはクラウディアの一人娘だ。


 しかし、同時に魔法を研究している研究者でもあり、僕の魔法の先生でもある。

 さっき謁見の間を霧で埋め尽くした魔法も彼女のオリジナル魔法だろう。



「ところで、秘密の脱出路なんてあったんだ?」


「はい。有事の際、王族が逃げられるように作られたんです。場所を知っているのは王族のみ。流石のお母様でも騎士たちにそこを教えることは出来ないので、回り込まれる心配もありません」



 そう言って微笑むソフィアは、とても頼り甲斐があった。



「いたぞー!! 勇者様と王女様だ!!」


「囲め囲め!! 捕まえたら勇者様のチ◯コだぞ!!」


「チ◯コ!! チ◯コ!!」


「あのー!! いくらなんでも大声で連呼しないでくださーい!! 狙われてる僕も恥ずかしくなるのでー!!」



 ヴァレンティヌス城の至るところで「チ◯コ」という言葉が連呼される。


 いや、ね? 流石に駄目だと思うの。こう、マナーというか、常識的にね?

 しかも、それを美人が多い騎士団でやってるから尚更問題だと思うの。


 僕は騎士たちに囲まれないよう立ち回りながら、ソフィア共に王族しか知らない秘密の脱出路とやらを目指す。



「ソーマ様!! ここです!!」


「ここって、ソフィアの部屋?」


「はい。私の部屋の暖炉に仕掛けがあって、そこからお城の外へ脱出できます」


「ふぅ、助かったぁ」



 僕は一息吐きながら、ソフィアの部屋に入る。


 女の子の甘い匂いがふわりと香る、そんな部屋であった。



「ガチャリ」


「ん? ガチャリ? なんか今、鍵閉めた?」


「いえいえ、気のせいですよ。ふふふ」



 僕は背筋に冷たいものを覚えた。


 ……いや、気のせいだよね。

 まさかこのタイミングでソフィアが僕を騎士団に引き渡すわけがない。


 そのつもりなら最初から謁見の間で僕を助けないはずだ。


 そう思って自分を納得させる。



「よし、早速脱出を――」


「ソーマ様、その前にお水をどうぞ。走り続けて喉が渇いておいででは?」


「ん? あ、たしかに。ありがとう、ソフィア」



 僕はソフィアから水を貰って、一気に飲み干す。



「ぷはぁ、生き返るぅ」


「……ところでソーマ様。城から逃れた後はどうなさるのですか?」


「……そうだね。ひとまずは教会を目指すよ。女神フレイディーテ様に祈りを捧げて、すぐに地球へ帰すようお願いしてみる」


「なるほど、そうですか」



 僕をこの貞操観念が逆転した異世界に召喚した張本人、女神フレイディーテ。


 彼女を崇める教会で祈りを捧げれば、僕は彼女に会うことができる。

 そして、すぐに地球へ帰してもらうのだ。 


 地球に帰ったら、初恋のお姉さんに真っ先に告白しに行こう。

 もしかしたら断られるかも知れないけど、その時はその時である。



「それは、いけませんね。ええ、とても駄目です」


「え?」



 急に僕のプランを駄目出ししてくるソフィアに、僕は困惑した。



「えっと、どこかおかしかったかな?」


「はい。ソーマ様を元の世界に帰らせたりなんかしません。ソーマ様は私と結婚して、沢山子作りするんです」


「ちょ、ソフィア? ソフィアさん? なんか、目がガンギマリしてない? ――ん、あれ? 身体が……」



 その時、僕は自分の身体に違和感を覚えた。



 ――身体が動かない。痺れてる。



 僕がその場で倒れると、ソフィアはくすくすと笑った。


 まさか……。



「ふふ、ソーマ様の人をすぐに信じてしまうところは美点ですが、欠点でもありますね」


「さ、さっきの水に何かを盛ったのか!? 脱出路があるっていうのは!?」


「はい。あ、ご安心を。毒ではありません。ドラゴンをも一瞬で痺れさせるお薬と、エッチな気分になるお薬を少々。脱出路も嘘です」



 なんてこったい。

 僕が注意すべき相手はクラウディアでも騎士たちでもなく、ソフィアだったようだ。



「な、何をする気だ……?」


「もちろん、ナニをするのですわ!! お母様も馬鹿ですよね。さっさと既成事実を作ってしまえばよろしいのに」


「ちょ、ま、待った!! 話をしよう!!」


「まあ!! 私もソーマ様とお話がしたかったんです。特にソーマ様のズボンの中にある、ソーマ様のソーマ様と。それはもう、濃密な話し合いを♡」



 あ、ダメだ〜!! ソフィアの目が僕の股間に向いてるよ!!


 ちくしょう!!

 あのクラウディアにしてこのソフィアありか!!


 ぐっ、今からされることを想像したらチ◯コがまた大きくなってきた。

 せっかく騎士たちから逃げる途中で収まったと思ったのに!!



「まあ!! ソーマ様ったら、ふふ。ドスケベさんだったんですね。良いですよ、私が毎日甘やかしてあげますから。その代わり、私に可愛い赤ちゃん産ませてくださいね?」


「ぬ、ぐぬぬぬぬぬ!!!!」



 う、動けぇ!! 僕の身体ぁ!! 貞操の危機だぞぉ!!


 全身に力を込めて、麻痺する身体を無理矢理動かす。

 すると、ソフィアはますます頬を赤らめた。


 完全に欲情しているぞ、この顔は!!



「ふふ、無駄ですよ。いくらソーマ様でも、その麻痺薬は一晩動けなくなります。さあ、ソーマ様。私と愛し合いましょうね♡」


「ちょっと待ったぁああああああああッ!!!!」



 その時、誰かの声が響いた。


 クラウディアの声でも、騎士たちの声でも無い。

 その高らかな声は脳に直接響くようで、俺もソフィアも困惑する。


 ソフィアがその何者かに問いかける。



「っ、何者ですか!! 姿を現しなさい!!」


「我が何者か!! 我こそは魔族の王!! 魔王軍を率いる世界最古の王!! そう、我の名は!!」



 次の瞬間、天井が崩壊した。


 何か巨大な生物が、ソフィアの部屋を城ごと押し潰したようだ。


 その生物とは、一匹のドラゴン。

 しかも、ワイバーンのような紛い物の竜ではなく、本物の竜種だった。


 艶のある漆黒の鱗を持つ竜、黒竜を使役する存在を、僕は一人しか知らない。



「我が名はルナメティス!! 魔王ルナメティスである!! 勇者よ、助けに来てやったぞ!!」



 黒竜の背に立ちながら、僕とソフィアを見下ろす少女が一人。


 華奢で小柄な体格をしており、お世辞にも発育が良いとは言えないロリ体型。

 綺麗な黒髪と深紅色の瞳の美少女であった。



「ルナ!? どうしてここに!?」


「ふ、我を倒した勇者がくだらん争いに巻き込まれている予感がしてな」


「っ、魔王陛下!! 我が国の城へ黒竜で突撃してくるなど、再び戦争をしたいのですか!!」


「まさか。我は盟友ソーマとの契約を守る。魔王の名にかけて人間とはもう戦争をせん」

 


 僕は魔王ルナメティス、ルナと魔王城で戦い、戦争を止めるよう説得した。


 ルナは最初こそ魔王らしく僕を殺そうとしたが、僕の方が圧倒的に強かったため、それは叶わなかった。


 僕としても女の子に怪我をさせるのは嫌だったので、不可侵条約を結んでもらったのである。



「ぼ、僕を助けてくれるのかい?」


「うむ。もちろんだ!! 行くぞ!!」



 ルナが黒竜を操り、僕を黒竜の背に乗せる。



「くっ、私は諦めませんよ!! ソーマ様!! 必ず貴方を見つけ出して、子作りします!! チ◯ポを大きくして待っていてください!!」


「ふははははは!!!! さらば!!!!」



 こうして僕とルナを乗せた黒竜は、空の彼方へと飛び立つのであった。

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