第11話

チャップはオイリィに呼ばれて赤の最上階へと登って行った。


「チャップさんお待っていましたよ」


最上階の部屋にはオイリィだけでなく、アクアスもいた。


「会合中なら後で出直す」

「構わんよ。

私もオイリィに呼ばれただけだ」

「そうです。

チャップさんも座ってくださいな」


オイリィに促されてチャップは正方形の机を三方向から囲む形で席に着く。


「集まって貰ったのは他でもありません。

この国についてです」

「それならオレは関係無いぞ」

「まあ、そう言わずに聞いてくださいな。

私達は鬼人と人間の平等の為に終戦を宣言しました。

その紛争の発端は人間の不平不満からです」

「その不平不満は鬼人優遇の制度の乱立からだ」

「もちろん分かっていますよ。

その前の鬼人に対する――」

「待て。

そんな不毛な水掛け論にオレを巻き込むな」


チャップが二人の言い分を遮る。

それに機嫌を損ねる事なくオイリィは微笑みを浮かべた。


「失礼しました。

確かに不毛な水掛け論です。

だからこそ私達は建設的な話をしなければなりません。

歴史から学び同じ過ちを侵してはならないのです」

「もちろんだ。

そうで無ければ終戦した意味などない」

「でも、そう思わない者達も多いのも事実。

アクアスさん。

あなたもその一人では?」

「そんな訳あるはずないだろ」

「そうですか?

なら、何故チャップ雑芸団など呼んだのですか?」

「おい。

今の話にオレ達が何の関係がある?」

「だってあなた達はアクアスが私を殺す為に呼ばれたのでしょ?」

「はぁ!?

何を訳の分からない事を――」


チャップの声を遮るように昼を告げるチャイムが鳴り響く。

少しして外が騒がしくなった。

嫌な胸騒ぎのしたチャップは窓に駆け寄り広場を見下ろした。

丁度ジュニアが建屋に突撃する所だった。


「おい!テメェ!

ジュニアに何をしやがった!!」


チャップは怒りの咆哮をオイリィに浴びせた。

しかしオイリィは涼しい顔で答える。


「はて?

私には何の事やら。

彼は私を殺す為にあなた達が用意した刺客でしょ?」

「一体何が起きている?」

「テメェ!!」


アクアスの疑問など無視してチャップはオイリィに掴み掛かろうとした。


「拘束しなさい」


だが、オイリィの一言で何処からとも無く現れた鬼人の軍人達に組み伏せられてしまった。

同じくしてアクアスも拘束された。

オイリィは不敵な笑みを浮かべながら立ち上がり、アクアスを見下した。


「あなた達が用意した刺客の彼は私を殺しに間もなくここに現れます。

でも人選ミスでしたね。

彼はあなたの顔を見た瞬間、昔の怨みが爆発。

結局殺されるのはあなたです」

「一体何を言っている」

「けれども、あなたが私を殺そうとした事実は変わりません。

結局人間など信用出来なかったと言う事。

あなたは世紀の大嘘つきとして名を残しといて差し上げますね」

「それが筋書きと言うことか」

「そう言う事です。

でも安心してください。

人間を殺したりはしません。

これからは鬼人が人間を管理してあげますよ。

過去に人間が鬼人にした奴隷以下の家畜としてね」


オイリィの高笑いが部屋中に反響する。


「いい加減にしよろテメェら!!

ジュニアの人生をどんだけ歪ませれば気が済むんだ!!」


チャップの怒りを煽るようにオイリィはゆっくりと近付いて見下ろした。


「どうでもいいでしょ?

どうせあなた達は国家侵略罪の罪で全員処刑されて終わりなんですから。

今頃みんな捕まってますよ」

「テメェ!!」


チャップの怒号と同時に入り口の扉が吹き飛んでジュニアが飛び込んでくる。

その光の無い目がアクアスを見据えた。


「いよいよフィナーレですね。

それを見れないのは残念ですが、次の予定があるので失礼しますね」


オイリィはそう言って別の扉から出て行った。


「正気に戻れジュニア!」


ジュニアにはチャップの声は聞こえない。

そのままアクアス向かって一直線に駆け出し、魔力の纏った拳を振りかぶった。


「辞めろジュニア!」


チャップの叫びは虚しく拳は振り下ろされた。



チャップ雑芸団のトレーラーは首都の外に向かって爆速していた。


「ジュニアの事は団長に任せて、とりあえずこの町から脱出する。

しっかり掴まっててよ」


ゴーレツはそう言ってアクセル全開でトレーラーを走らせ続けた。


「ツバキ、どうしたの?

飲み過ぎ?」


トレーラーの中に入ったヒカゲがツバキに尋ねる。

ツバキの目の光が消え掛かっていた。


「酒ではこんな事にはならないよ。

声だ」

「声?」

「アクアスを殺せ。

そう言う声が頭に響くんだ。

これはあの衝動に似てる。

ジュニア君はこの声のせいで正気を失ったんだ」

「なんでツバキとジュニアだけなの?」

「彼は私や少年の妹と一緒なんだ。

でも、大きな違いが一つあるんだ。

私には感謝をしてくれる人達がいた。

妹君には君がいた。

でもジュニア君には誰もいなかった。

ただ理不尽に恐れと罵倒だけを浴び続けた。

だから彼は壊れる寸前だった。

そんな彼をチャップはこの国から連れ出したんだ」


ツバキはなんとかその声に抗い続けていた。

それは彼女が長年この衝動と向き合って来たから出来る事であった。


ふとヒメコが窓を開けて放送設備の塔を指刺した。


「それ、あの塔から聴こえる。

この音を止めたらジュニアお兄ちゃん戻る?」

「ナイスだよヒメコちゃん!」

「ゴーレツさん!」

「当たり前だ!」


リンリンとランランの言葉が終わる前にゴーレツはハンドルを切って塔へと進路を変える。


「危険だ。

とりあえず今は撤退を――」

「団長なら絶対逃げろって言うや」

「きっと怒られちゃうね」

「だからと言って言う事素直に聞くほど私達って素直じゃないからね」


爆走するトレーラーはみるみる塔に近付いていく。

塔の周りには鬼人の軍人達が警備していた。


「軍人が守ってるって事は間違い無さそうだな」


ゴーレツの言葉にリンリンとランランが後部座席から乗り出して塔を見た。


「あの塔って入り口どこ?」

「わかんない」

「わかんないなら仕方ないね」

「ゴーレツさん。

突っ込んじゃえ」


トレーラーは一切スピードを緩めないままクラクションを鳴らした。

猛スピードで突っ込んで来るトレーラーに軍人達は反射的に逃げ出した。


そのスピードのままトレーラーは塔の壁をぶち破って中に突っ込んだ。

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