第10話

公演はいよいよ明日。


チャップ雑芸団の設営が始まった。

いつもと違って設営の応援はいない。


こんな紛争地域なので今回はかなり小規模の予定だから、前日の設営はいつものメンバーだけでするんだって。


明日には演者が集まる予定って言ってた。


公演場所は赤と白のレンガ造りの建物の前にある広場。


このセンスの欠片も無いダサい建物に鬼人と人間の一番偉い人がいるんだって。

こんなダサい建物にいたら心も荒んで来ないのかな?


そんな事より働こう。

働いてこのムラムラを少しでも解消しよう。


なんたって毎晩ルージュが一切放してくれなかったからね。

あの子寝相は凄くいいんだけど、無防備過ぎて色々見えそうなんだよね。

ってか見えてたし。


柔らかい感触といい匂いに毎日包まれながらも我慢して寝るのはもはや苦行だよ。


「少年は働き者だね」


ツバキがいつも通り酒を飲みながら絡んでくる。

本当にいっつも飲んでるよね。


「一応給料貰ってるからね」

「働く事はいい事だ。

頑張りたまえ」

「おい、ジュニアは知らねぇか?」


チャップが僕達に尋ねる。

その問いにツバキが酒瓶をフラフラ揺らしながら答えた。


「ミツルギ君と朝から出かけたよ。

もしかしたら元カノにでも会いに行ったんじゃない?」

「あいつにそんな奴いねぇよ。

まあ、でもわざわざ足を運びたい所でもあったなら良い事だ」


チャップはそう言って設営の確認に戻って行った。

僕より断然働き者だ。


「少年はジュニア君とは仲良くしてるかい?」

「まあ、普通じゃないかな」

「そうかそうか。

それは良かった」


ツバキは納得するように頷いただけ。

その問いに何の意味があったのかはわからない。

まあ、特に興味無いからいいけどね。


「遅れてごめん。

すぐに手伝うよ」


ジュニアが帰って来て設営に加わる。

一緒に帰って来たミツルギ君は一瞬でツバキに捕まっていた。


「おっ!ミツルギ君帰って来たかい。

早速飲もうじゃないか」


スキンシップの激しさにミツルギ君はタジタジで拒む事が出来ずに隣に座ってしまう。

あれは酒に酔うのが先か、ツバキの色気に酔うのが先かって所だね。


「ちょっとオレは呼ばれてるからな」


チャップは設営を任せてセンスの無い建屋に消えて行った。


少しして昼を告げるチャイムが鳴り響く。


ヒメコが服を引っ張って話しかけて来た。


「ねえ、なんか聞こえない?」

「チャイムの音だよ」

「違うの。

何か他の音。

なんか言ってるみたい」


僕は耳を澄ませてみた。

言われてみたら何か声みたいなのが聞こえて来るような気がする。


「そうだね。

なんか聞こえるね」

「ツバキさん!

どうしたんですか!?

大丈夫ですか!?」


ミツルギ君の慌てた声が聞こえて来てそっちを見ると、ツバキが両耳を塞いで顔を顰めていた。

すると今度はリンリンとランランが声を上げた。


「あっ!

ヤバイ!!」

「ジュニアが!?」


そっちを見るとジュニアがレンガ造りの建屋を見上げて低い唸り声を上げていた。

その目は光が失われている。


リンリンとランランが素早くトレーラーからロープを持ち出してジュニアをグルグル巻きにした。

しかしジュニアは凄い力でリンリンとランランを引き摺るように建屋に向かって行く。


「ヤバイヤバイヤバイ!?

「いつもより力が強い!?」


必死に引っ張るリンリンとランランの健闘虚しく、ジュニアはロープを引きちぎって建屋の門番を吹っ飛ばして中に突撃して行った。


「頼むミツルギ君。

彼を止めてくれ」


ツバキが辛そうながらもミツルギ君にジュニアを追うように促した。


「でも、ツバキさんが……」

「私は大丈夫だから。

このままだと彼は取り返しのつかない事になる。

だから止めてに行ってくれ」

「わかりました」


ミツルギは剣を持ってジュニアを追いかけて建屋に入って行った。


「ツバキお姉さん大丈夫?」

「私は大丈夫さ」


ヒメコがツバキの元に来て声かけに対して、ツバキは引き摺りながらも笑顔で応える。


「何が起きてるの?」

「それは――」


僕の問いにツバキが答えようとした時、鬼人の軍人に広場が囲まれた。


「全員動くな!

国家侵略罪で全員拘束する!」


魔力を纏う軍人がゆっくりと包囲網を縮めて来る。


国家侵略罪?

なんで?

ジュニアが偉いさんの居る建屋に突っ込んだからかな?

にしては展開が早いな。

まるで全て筋書きが決まっていたみたいに。


ゴーレツがトレーラーに乗り込んでクラクションを鳴らす。

広場に爆音のクラクション音が鳴り響き、全軍人の視線を釘付けにした。


そのクラクションを合図にリンリン、ランラン、ヒメコがトレーラーに向かって走り出す。

僕もツバキを抱き抱えてトレーラーに向かった。


このクラクションはチャップ雑芸団の逃げの合図。

世界各地を旅する彼らは危険な事に遭遇する頻度も高い。

その為、こう言う緊急時の対応は心得ている。


当然軍人達も追いかけて来る。

だけどトレーラーの下から白い煙が勢い良く噴き出て広場は一瞬で煙に包まれた。


煙の中を軍人達の咳き込む音が反響する。

この煙は人体に無害だが、喉に刺激を与えてとにかく咳き込ませる。


それを知ってるヒメコ達は息を止めてトレーラーに乗り込む。

僕はツバキをトレーラーに押し込んでから、トレーラーの上に飛び乗った。

それと同時にトレーラーは走り出して、軍人の包囲網を突破して広場から脱出した。

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