第9話

公演の前日。

ジュニアはコオリの元を訪ねていた。

コオリは転んで擦りむいた鬼人の女の子の治療をしている所だった。


「あっ、ハクユウ。

丁度良かった。

そこにある消毒液取ってくれないかな」


コオリは消毒液を受け取って手早く女の子の治療を済ませる。


「よし、これで終わり。

よく泣かなかったね。

偉いぞ」


治療を終えた女の子は付き添いで来ていた人間の男の子と仲良く帰って行った。


「手伝ってくれてありがとう。

今日は一人なの?」

「いや、ミツルギさんは外で待っててくれている。

前はなんだか君が言い渋ってるから、他の誰もいない方がいいのかと思って」

「私が言い渋っているのは、ハクユウにとってはあまり思い出したく無い過去だと思ったからよ」

「僕はこの国にいい思い出なんか何も無いから、どんな事聞いても関係無いさ」

「そうなのね。

でも私にとっては大切な思い出よ。

私は今は無い隣町の出身なの」

「って事は……」


ジュニアはその一言で全てを察した。

そして遠い記憶のある一人の鬼人の少女の顔が朧げによぎる。


何かを言っているようだけど、何を言っていたかまでは思い出せない。


「私が幼い時、私の産まれた町は戦場になった。

あまりに突然起きた戦闘に非戦闘員の市民は逃げるしかなかったわ。

だけど、激化する戦闘に建物は崩れ私を含めた沢山の人々が瓦礫の下敷きになった。

どんなに助けを求めて叫んでも助けは来ない。

人間の為、鬼人の為と言いつつ目の前の敵を殺す事しか考えていない兵士達は、今助けを呼ぶ人間にも鬼人にも手を差し伸べようとはしなかった。

その時、瓦礫を退かして私達を助けてくれたのは幼いあなただったわ」

「僕はあの時の記憶が曖昧なんだ。

でも、なんとなくあそこに行って必死に瓦礫を退かし続けた記憶だけはある」

「仕方ないわよ。

あの後あなたは沢山の大人から責められたと聞いたわ。

人間からは、なんで鬼人なんかを助けた。

そのせいで助けられなかった人間がいる。

鬼人からは、あんな恐ろしい力を持った者が人間にいるって。

それでもあなたは人々を助け続けた。

人間も鬼人も関係なく」

「あれは僕の意思では無いんだ」


コオリはその言葉に首を横に振った。


「そんな事無いわ。

ハクユウは間違い無く人々を救い続けたのよ。

だから私はハクユウと同じ学校になった時に、なんとかお話ししたかった。

その時のお礼をしたかった。

でも、結局大人達に阻まれて上手くいかなかったわ。

結局私は言う事聞かない学校一の問題児って言われて、あなたはこの国からいなくなってしまった」

「あの時の僕は荒み切っていた。

意思とは関係無く人を助けないといけない衝動にかられ。

助けても大人達からは責められる。

僕は壊れていたんだ。

団長がこの国から僕を連れ出してくれなければ僕はあのまま、いやもっと酷くなってた」

「ハクユウがこの国から出たのは正解だったと私も思うわ。

それまでにお話ししたかったけどね。

昨日聞いたわよね?

私が何故、国の方針に逆らってまでここで治療を続けるかって?

それはハクユウに助けられて、人間も鬼人も関係無いって思えるようになったから。

ハクユウに少しでも近づきたかったから。

なんでスラム街の人達が種族関係無く助け合ってるか知ってる?」

「そうしないと生きていけないから」

「もちろんそれもあるわ。

でももし助け合いが必要なだけなら、同じ種族同士で固まって生活すれば事足りるわよ。

このスラム街に住む人達の中には元隣町の難民が沢山いる。

それはあの時ハクユウに助けられた人やその家族達よ。

ハクユウが助けてくれたから私達は助け合いの大切さを学んだ。

私達はあなたのおかげで生きて来れた。

言うのが遅くなってごめんなさい。

ありがとう」


その言葉でジュニアの朧げな記憶がはっきりとした。

遠い記憶の少女、幼き頃のコオリに言われた言葉。

それは『ありがとう』だったと。


「そうか。

僕はこの国になんの良い思い出なんて無い。

それでも一度ここに来たかった。

何かの心残りがあるような気がした。

まだこの国に期待してたんだ。

君に言われたその一言だけを信じて」


ジュニアはポケットからチケットを取り出してコオリに差し出した。


「これは明日の公演の特等席のチケットだ。

これを受け取ってくれ。

これがあれば何人子供を連れて来てもいい。

僕から団長にそうお願いしとく。

きっと団長ならOKしてくれる」

「本当に!?

ありがとう!

スラム街の子供達を連れて見に行くわ」

「きっとみんなを笑わせる楽しい公演にするから」


ジュニアはその決意を胸に病院を後にした。

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