第6話

ジュニアと言う名はチャップが付けた芸名である。

本名はハクユウと言う。


コオリはジュニアの初級学校時代の同級生。


だが学校は人間と鬼人でクラス分けられており、建屋も別になっていたからジュニアが気付かないのも無理はない。


そうなるとコオリがジュニアを知っている事の方が不自然だ。


「良く僕の事が分かったね」


ジュニアの当然と言える疑問である。


「そうだよね。

ハクユウ君からしたらその他大勢だものね」


そう言ってコオリは三人分のお茶を出してからジュニアの前の椅子についた。


「私は――」

「先生!!

先生は居ますか!」

「ごめん急患だ」


コオリはすぐに白衣を着て隣の部屋へと向かう。


コオリは闇医者であり、ここは彼女が一人で切り盛りする小さな病院。

彼女は腕が良いが、国の方針に従えずに医師免許を剥奪されていた。


隣の部屋にガテン系の男達が1人の男を担ぎ込んで来ていた。

担ぎ込まれた人間の男は意識が朦朧としており、唸り声を上げるだけ。

左腕は曲がってはいけない方に曲がっていた。


「こいつ、作業中に上から落っこちまって――」

「わかったからそこに寝かせて。

あと暴れない様に抑えておいて」

「僕にも手伝える事はあるかな?」


ミツルギの言葉にコオリはすぐに指示を出す。

ジュニアもすぐに指示に従って動き出した。


ヒカゲを除く全員でコオリの指示の元で男の治療が行われた。


ヒカゲが暇でウトウトしてる内に、無事男は一命を取り止めた。


「ありがとうございます。

給金が入ったら残りは払いますので、今はこれで――」

「いいよ。

給金が入ってからまとめてで」


これが彼女が医師免許を剥奪された理由だ。

この国では医療費の後日払いや分割を許されていない。

そして、鬼人は鬼人のみ人間は人間のみを治療する事しか出来ない。


その二つを無視し続けた彼女はこの国の医療業界から永久追放されていた。


「二人とも手伝ってくれてありがとう」


コオリは男達が出て行くってから再び三人分のお茶を出した。


「なんでこんな事をしてるんだ?」

「今、この国は復興事業で人手不足なのよ。

彼らみたいにスラム街で暮らしている人達にとっては、抜け出す為のチャンスになっている。

その分どうしても無茶をしちゃうのよ」

「それは分かるけど、そうじゃなくて国の方針に反してまでなんでこんな所で闇医者をしてるんだ?」


ジュニアの問いにコオリは不思議そうな顔をした後に声を出して笑った。


「アハハハハハハ!

それをハクユウ君が言うの?

おっかしー」


一頻り大笑いをしたものの、コオリが結局その理由を語る事は無かった。



ツバキの付き添いでリンリン、ランラン、ヒメコは町を見て回っていた。


つい最近まで紛争していたこの国は観光事業が無いに等しい。

それでも、どこへ行くのでも無く三人はぶらぶらと見て回っていた。


「お嬢様達。

別にいくらでも付き合う気だけど、目的地はあるのかい?」


一向に見て回るだけの三人にツバキは疑問をぶつけた。


「実は目的地は無いんです」

「ただ町を見て回ってるだけなんです」


リンリンとランランがそれに答える。

ツバキはその意味が分からず首を傾げた。


「そうなのかい?

特に珍しい街並みでも無いと思うんだけどな」

「私達って公演のトップを飾る踊り子でしょ」

「だから街並みって言うよりも、ここに住む人達を見てるんです」

「それで一番この地に合う曲と踊りを決めるんです」

「公演の掴みって大切ですから」

「なるほど。

君達はプロだね」


ツバキ達が話し合ってるのを他所にヒメコは一際高くて大きな塔を見上げた。


「これ何?」

「これは町内放送設備だね」


ツバキはヒメコの疑問に答えた。


「これが?

とても大きいね」

「確かにこの規模の放送設備は大きいね。

一説によれば、首都を戦火に巻き込まない為に遠くからでも目立つ様に作られたって話だよ」

「すっごく大きな音が出そうだね」

「最大ボリュームにしたら、お腹の鳴る音だって首都中に聞こえるらしいよ」

「それは少し恥ずかしいかも」

「ハハハ。

確かに恥ずかしいね」


ツバキは思わずヒメコの頭を撫でてから塔を見上げた。


この塔は紛争中に状況を逐一知られていた。

それによって戦火のほぼ無い首都に暮らす人々に紛争と言う現実を知らしめ続けた塔である。

そして、終戦をいち早く知らせた塔でもある。


この塔が紛争を思い出させる負の遺産となるか、平和の象徴と言う正の遺産となるか。

それはこれからのこの国の人次第だ。


ただツバキは疑問に思っていた。

果たしてこれだけの設備を作る必要があったのだろうか?


紛争中でただでも国力が下がっているのにも関わらず、大金を注ぎ込んでまで。


その疑問の答えは、今のツバキには想像だに出来なかった。

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