第2話

ティプリハッダの入り口は厳重な警備が敷かれていた。


最近まで紛争が勃発していたのだから人の出入りには敏感になっているのだろう。


チャップがオファーの手紙を見せるとすんなり入れてくれた。


外から見える限りは立派な国に見えたけど、少し中に入ると紛争の傷跡が所々に見える。

正にハリボテの国だ。


そのまま首都へと向かって行くにつれて、少しづつ整備されていっている。


首都に着く頃にはすっかりインフレが整っていたが、人々は皆疲れ果てているような感じだった。


「なんかお祝いムードって感じじゃないね」


トレーラーの中から外を眺めていたヒメコが不思議そうに言った。


「長い紛争でお互い疲弊し切った末の終戦だからな。

喜ぶのも億劫な程疲れているんだろう」


チャップは何処か悲し気に街を見渡した。


「ちょっとヒメコちゃん。

ダメだって」

「ここは危ないから中に居ないといけないって団長に言われたでしょ」


リンリンとランランの静止を無視してヒメコがトレーラーの上に上がって来た。

徐に僕の上に座って魔力マリンバを取り出して演奏を始めた。


早過ぎない優しく明るめのアップテンポの曲。


「ヒメコちゃんはその曲好きだよね」

「私達も好きだけどね」


ヒメコを追って上がって来たリンリンとランランが僕の両隣に座った。


いやヒメコを中に連れて帰れよ。


「おっ、後輩君。

両手両足に花だね」

「役得だね新人君。

じゃあみんなで歌おう」


そう言ってリンリンとランランはヒメコの演奏に合わせて歌い出した。

ヒメコもつられて歌いだす。


公演でも度々披露される曲。

身一つで世界を周る旅に出た旅人の歌。


途中いろんな困難や不幸に遭おうとも、決して笑みを絶やさず歩みを止めなかった旅人が周りを笑顔にすると言うストーリー。


正直僕はこの歌詞はあんまり好きじゃない。

世界は過酷で残酷で理不尽。

そんなに上手く行く事の方が少ない。

でも、彼女達の歌声は好きだ。


街行く人々はその音楽に耳を奪われて自然と目線を上げていた。



もうすぐ日が暮れようとしている頃に首都内にある大きなホテルに到着した。


「よし。

お前らついて来い」


いつもはすぐ解散なのに珍しくチャップが全員をホテルの中へと案内する。

僕は一番後ろをついて行く事にした。


「お久しぶりです団長」


中に入るとロビーから剣聖ミツルギが声を掛けて来た。


「よお。

悪いなわざわざ来て貰って」

「いえ、僕もこの国の行く末には興味がありますから」

「お前ら。

こいつは剣聖ミツルギ。

内の団員の一人だ。

いつもは自由に動き回っても構わないと言っているが、この国の中だけは別だ。

絶対一人でホテルの外に出ない事。

出る時は必ずこのミツルギか……ん?

あいつは何処だ?」


チャップはミツルギ君に問う様な目を向ける。

ミツルギ君は何の事かわかって無いみたいだ。


「僕の他に誰か呼んでるんですか?」

「ああ、内の嬢ちゃん達が男が居ると行きにくい所もあると思ってな……」

「やあ、少年。

久しぶりじゃないか。

元気してたかい?」


気配無く凄い勢いで肩を組んで来るスキンシップが激しい美女。

そして案の定もう片手には酒が握られていて、すっかり陽気に酔っ払い。


「久しぶりだねツバキ。

僕は元気だよ」


勇者ツバキだ。


「そうかそうか。

元気なのが一番だ」

「よお、ツバキ。

来てないのかと思ったぜ」

「まさか。

ちゃんと来てたさ。

ただちょっと美味しいお酒を買ってから来ただけだよ」


そう言ってツバキは酒瓶からぐいっと酒を流し込んだ。


「そうか。

後で教えてくれ。

とにかくホテルから出る時は必ずこのミツルギかツバキと一緒に出るように。

分かったな」

「「「へーい」」」


みんなが素直に返事をした。


なんだかんだでみんなはチャップの言う事を聞くんだよな。

僕は聞かないけど。


「じゃあオレは挨拶に行ってくるからな」


そう言ってチャップ自身は一人で出て行った。

みんなはチェックインに向かう。


僕もチェックインをして部屋に向かうと――


「ちょい待ち」


ツバキに肩を掴まれた。


「なあ少年。

せっかくだし一緒に飲もうじゃないか」


もう既にミツルギ君はガッチリ腕を組まれて捕まっていた。

まだ飲んでいないはずなのに顔が真っ赤だ。


あの腕の組まれ方ならツバキの胸の感触伝わってるんだろうな〜

照れながらもチラチラ見てるし。


「何処で?」

「私の部屋においでよ」

「ちょっ、ちょっ、ちょっ。

ツバキさんの部屋!」


ミツルギ君が目をぱちくりさせて狼狽え始める。

その顔をツバキが不思議そうに覗き込んだ。


「どうしたんだい?

私の部屋は嫌かい?」

「そ、そ、そんな事は……

で、でも、女性の部屋になんて……」

「何だよミツルギ君。

そんなの気にしなくていいよ。

私なんかにそんな気を使ってくれるなんて、相変わらずミツルギ君は優しいね」


至近距離のツバキの笑顔にミツルギ君は完全にショートしてしまった。

本当にミツルギ君は可愛い奴だ。

せっかくだし二人っきりにしてやろう。


「お二人さんだけで――」


ミツルギ君が僕に何か訴える様な目で見ながら首を横にプルプル振りだした。


あれは二人っきりは心臓が持たないって顔だね。

仕方ないな〜

二人っきりにしちゃおっと。


「先に行っといてよ。

僕は一度部屋に荷物置いてから、行けたら行くよ」


ミツルギ君は更に顔をプルプル横に振っているけど無視しちゃう。


「そうかい。

じゃあ先に飲んでるよ」


そう言ってツバキはミツルギ君を引っ張って行く。

もうミツルギ君は面白いぐらいカチカチになって、早く来てと僕に目で訴えている。


もちろん行かないけどね。


それにしても、あれは進展無さそうだな。

むしろ、あの色気抜群のスキンシップにミツルギ君の心臓は持つのだろうか?

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