17章 悪党は堕ちる者を更に突き落とす

第1話

オオクルとジャノンの結婚式は終始祝福ムードのまま終わった。


チャップ雑芸団の公演も大成功で幕を閉じた。


そしていつも通り少し離れた所で盛大な打ち上げパーティーが開催されている。


相変わらずのドンチャン騒ぎ。

怪我人も少なからず出る勢いだ。


「そこに座っていい?」


ヒメコが少し離れた所から座って宴会を眺めていた僕の所に避難して来た。


酒が飲めないのにあの騒ぎの中心は居心地悪いだろうね。


「いいよ」


僕はてっきり隣に座ると思ってたよ。

まさか僕の上に座るとは思わなかった。

どうやらヒメコの中で僕は椅子という認識らしい。


ヒメコは魔力マリンバを取り出して演奏を始める。

相当気に入ってくれてるみたい。


また新曲かな?


「なんだヒメコ。

新人が戻って来てから新曲のペースが早くなったんじゃねぇか?」


完全に酔っ払いのチャップが酒瓶を持って僕の隣に座った。


「うん、そうなの。

凄く楽しいから」

「そうか、楽しいか。

楽しいのはいい事だ」


チャップはそう言ってコップの酒を飲み干した。

そしすぐに入れ直す。


「次は何処に行くの?」


ヒメコの問いにチャップは少し難しそうな顔をした。


「それがまだ決まって無いんだ」


おやおや?

もしかして経営不振?

それにしては宴会が盛大過ぎない?


「団長。

嘘はいけないな。

次のオファーは貰ってるだろ?」


ジュース片手にジュニアがチャップの前に現れた。


「あそこはつい最近まで国内で鬼人と人間の対立が大きく、そこら辺でドンパチが起きていた国だ。

いくら終息したとはいえ、今は行くのは危険過ぎる」

「何が危険過ぎるだ。

そう言う所の子供を笑わせに行くのが団長の目的だろ?」

「それはそうだが、あそこは……」


チャップが珍しく言い淀んでいる。

何か他に事情があるみたいだ。


それを知ってるかの様にジュニアがやれやれとため息を吐いた。


「そんなもっともらしい事言って、本当の理由は僕なんだろ?」

「んな訳ないだろ。

なんでオレがお前達の事情に振り回されねぇといけねぇんだ」

「団長っていつも私達の事を考えてくれてるよ」

「お、おう」


チャップの悪ぶった態度もヒメコの無邪気な一言で一瞬で粉砕されてしまった。

やっぱり可愛いは正義だ。


「ねえ、なんでジュニアお兄ちゃんが理由なの?」

「あそこは僕の生まれ育った国なんだ。

何一ついい思い出は無いけどね。

だから団長は行くのを避けてるんだ」

「だから違ぇって言ってるだろ」

「やっぱり団長は優しいね。

私はいつも団長に感謝してるよ」

「お、おう」


もう完全に形無しだ。

この雑芸団で最強なのはヒメコ説を僕は推すね。


「行こうよ団長。

僕も見てみたい。

あの国がどう変わっているのかを」

「でもな……」

「僕だってもう子供じゃないんだ。

あんな過去なんかに行動を制限されるなんてごめんだ」

「何を偉そうに。

お前はまだまだガキだよ。

だがまあ、お前がそこまで言うなら行ってみるか」



鬼人と人間が共に暮らす国ティプリハッダ。

ホロン王国から見て遥か南西に位置する大国だ。


遥か昔は人間が暮らす国と鬼人が暮らす国の二つの国だったが、鬼人の国が人間の国に攻め込んだ事で戦争が勃発。

その戦争の末、鬼人の国が返り討ちに会い敗北して呑み込まれる形で一つの国となった。


それから鬼人達は奴隷として扱われる様になった。

それが長年続く事により格差は更に酷くなり、もはや何をされても文句の言えない奴隷以下へと成り下がった。


それに耐えかねた鬼人達が奮起してレジスタンスを結成。

そこから長い紛争が起きる。

その結果奴隷制度が撤廃されて、鬼人も人間も平等の国が出来上がった。


はずだった。

しかし制度が無くなろうと人々の心はすぐには変わらない。


虐げていた人間側だけで無く虐げられていた方の鬼人側も簡単には変われない。

表面に出て来ない差別は続く。


それを無くす為に法が整備される。

その結果、鬼人を優遇しないといけない法律が出来て来た。

そして立場が逆転する事となる。


当然それを不満に思う人間が出て来る。

その軋轢が長い年月をかけて新しい紛争へと変わった。


その紛争がようやく終わりを迎え、真の平等を目指した新しい時代が始まった。


これがチャップによる歴史講座のまとめ。

僕は全く興味無かったんだけどね。

だって他人なんてどうでもいいし。


でもヒメコは興味があるらしい。

そしてトレーラーの上で風に当たっていた僕の上に座って講座を受けてるもんだから、僕も必然的に受ける事となっている。


やっぱり僕は椅子と間違えられているに違いない。


「それって本当に終わりなの?」


ヒメコが当然の疑問を口にする。


正しくその通りだ。

この終戦で本当に紛争が絶えるとは思えない。


「さあな。

終わりかも知らねぇし、終わらないかも知れねぇ」

「じゃあ意味無くない?」

「意味ならある。

終戦したと言う事は、両者共に終戦を望んだ者がいるって事だ。

そう言う者たちが一人でも増えれば、それだけ平和への道は前に進む。

前に進み続ければいつかはゴールに着くかも知れない」

「確実ではないの?」

「まあな。

だが進まない限り絶対に辿りつかない」

「難しいね」

「そうだな。

だからガキは難しい事考えないで無邪気に笑っていればいい。

それが出来る世界がいいに決まってる。

その為には日々の公演は全力で笑わせに行くんだ」

「うん。

私も頑張る」

「おうよ。

ヒメコの演奏には期待してるぜ」


ヒメコは得意気に頷くと魔力マリンバの練習を始めた。

僕は椅子として黙って耳を傾けながら風を感じていようかな。

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