第9話

スミレは不機嫌なまま夜の闇に飛び出した。


「せっかくいい感じだったのに」


彼女にしては珍しく不平を漏らした。


その理由は単純明快。

ヒカゲとの時間を奪われた事である。

そしてもう一つ……


スミレは停車している車のボンネットに飛び降りた。

ドンって音に驚いた顔の中の者達と目が合う。

その者達の首を車ごと剣で切り裂いた。


「ああ、もう!

ヒカゲにあんな顔見せちゃったじゃない!」


そのままイライラに任せて乱雑に剣を振るう。


そう、何よりもヒカゲに露骨に不機嫌になった顔を見せてしまった事と、それによって謝らせてしまった事が何よりもスミレの不機嫌の原因だった。


「絶対に許さない。

私とヒカゲの時間を奪っただけでなく、私をヒカゲの前であんな顔にさせるなんて」


車の中でミンチになった者達を車事蒸発させて次の場所まで駆け抜ける。


「早く片付けて戻らないと。

戻って完璧な私の笑顔で上書きしないと」


その一心でスミレは次から次へと周りで待機していた奴らを消していく。


そんな中でもスミレは情報収集を欠かさない。

精霊術を使って情報を集めていっていた。

一体何故、ヒカゲとの時間を邪魔されたのかを。


それがわかってヒカゲに報告すれば、きっと喜んでくれる。

その為にスミレは自らの持てる力を駆使していた。


大方片付いて来た時には情報が集まっていた。

この状況を作り出した照美の存在も把握した。


「その女が原因なのね」


スミレの怒りは完全に照美に向いた。


「そいつは最後ね」


当初はヒカゲに報告するつもりだったが、気が変わって自ら手を下す事に決めたスミレは残りの者達を始末しに回った。



「どうして連絡が来ないのよ!!」


照美はイライラのまま壁に花瓶を投げつけた。


本来なら由理を襲い始めたと同時に連絡があるはずの時間になっても一向に連絡が来ない。


待機する為に用意されたこの部屋でイライラを募らせながらただ物に当たるしか無かった。


「今頃あの女の屈辱に塗れた顔を拝んでるはずなのに」


照美は爪を噛みながら吐き捨てるように言った。


もちろん自ら見に行く事は出来る。

だけど、不測事態に陥っているなら自分の関与は疑われたくは無い。


その保身が彼女をここに止まらせていた。


「なんでなのよ!

なんでこんなに上手くいかないのよ!

こう言う日の為に金とセックスしか脳の無いあのジジイに抱かれ続けたと言うのに!」

「他人の力に寄生して、不相応な事を成そうとした者の末路はそんな物よ」


突然の声に明美が振り返る。

そこにはスミレが冷めた目で明美を見つめていた。


「なんなのよあんた!」

「別に言う必要無いでしょ」


スミレは不機嫌そうに答える。


「勝手に入って来といて何様よ!」

「勝手に?

何を被害者面してるの?

私はあなたのつまらない逆恨みに付き合わされて、貴重な時間を奪われたのよ」

「何の話よ!」

「私は悪党なのよ。

彼と一緒。

奪うの専門なの。

だからあなたの時間を奪うわ。

この先の人生と言う時間を全て」


スミレは魔力で剣を生成して照美にゆっくりと近づいていく。


「来るな!

来るなって言ってるでしょ!

来ないでよ!」


照美は恐怖に顔を引き摺らせながら後退りする。

だがすぐに背中が壁に付いた。


「なんなのよ。

なんでこんな事になってるのよ。

ひぃ!」


スミレの剣が照美の顔のすぐ横の壁に突き刺さる。


「彼の美学だからよ」

「美学?

なによそれ?

彼って誰なのよ」


照美は泣きそうな震える声でどうにか答える。


「知らないわけ無いでしょ。

あなたの逆恨みの相手なんだから」

「ま、まさかあの……」

「そうよ。

あなたの逆恨みだって知ったら彼は過去に殺しておかなかった事を後悔するわ。

だから消えてちょうだい」


スミレは照美の左腕を肩からばっさりと切り落とした。

その場に屈み込んで声にならない悲鳴をあげる明美。

それを冷ややかにスミレは見下ろす。


「それに、彼に任せたら間違い無くあなたを犯してから殺すわ。

それは彼の美学だから仕方がない事。

だけど今は彼のフラストレーションを溜めてるところなの。

それをあなたで発散させられるなんて許せない。

私だって抱いて貰った事無いのに」

「それこそ逆恨みじゃない」

「逆恨み?

違うわよ。

これは八つ当たり」

「どうして?

どうして私ばかりこんな目に遭わないといけないのよ」

「さあね。

運が悪かっただけじゃない」


そう言ってスミレは投げ叫ぶ照美の首を切り落とした。

その生首を見下ろしながら軽く息を吐いて大きく伸びをした。


「うーん。

ちょっとスッキリしたわ。

ストレスは良く無いしね。

さあ彼に報告行かないとね」


スミレはふと姿見鏡に映った自分を見る。

その鏡に向かって笑顔を見せる。


「うん。

完璧ね。

早くヒカゲの理性を壊しに行かないと」


スミレはスッキリした顔で足取り軽く夜の闇に消えて行った。

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