16章 悪党は忘れられる事は無い

第1話

夕方の憩いのひと時。

僕は寮のソファーでココアを飲んで寛いでいた。


チャップ達は早ければ今日には到着するとの事。


「お兄ちゃん!

ただいまー!」


ヒナタが元気よく入って来た。


みんなに王都を出て行く話をしてからと言うもの、リリーナとヒナタとシンシアの誰かが学校帰りにやって来るようになった。


今日はヒナタらしい。


同時に来ないと言う事は示し合わせているのだろう。


仲が良いのはいい事だ。


「おかえり」

「お兄ちゃん。

出て行くの辞めにしてくれた?」


そしてヒナタが来ると毎回これを聞いてくる。

それに僕もいつもと同じ返事を返す。


「いいや。

チャップ達が来たら出て行くよ」

「ぶー」


頬を膨らませたヒナタに僕はソファーから押し出され、空いたソファーにダイブしたヒナタに占領されてしまった。


これがヒナタの抗議活動らしい。

なんて可愛くて微笑ましい抗議活動なんだろう。


思わず頬が緩んでしまうよ。


「お兄ちゃん!

私は怒ってるんだよ!」

「怒ってると言うより拗ねてるように見えるよ」

「そうだよ。

拗ねてるんだよ」

「はい、美味しいココア」


僕はヒナタの前の机にココアを置いた。


「そんなので機嫌取ろうだなんて甘いよお兄ちゃん。

甘々だよ」


そう言いつつヒナタの手はココアへと伸びて行く。


「座って飲まないといけないよ」

「ぶー」


ヒナタはぶーたれながらも、ちゃんと座ってココアを飲み始めた。


なんだかんだで素直でいい子である。


ピンポーン。


おや?珍しいお客さんだ。


「空いてるよ」

「お邪魔するよ」


扉を開けてハヌルが入って来た。


「ハヌルが来るなんて珍しいね。

ヒナタなら機嫌良くココア飲んでるよ」

「機嫌良くないよ!

私は今ご機嫌斜めだよ!」


そう言いつつもニコニコでココアを飲んでる。

そんなヒナタの元に近づいたハヌルが片膝を付いて目線の高さを合わせてから話しかけた。


「どうしたんだいヒナタ。

何か嫌な事があったのかい?

俺で良ければ話を聞くよ」

「えーと、いや、その……」

「遠慮しなくていい。

俺はヒナタにいつも笑っていて欲しいんだ」

「……今は大丈夫です」

「それは良かった」


ハヌルは超イケメンスマイルを見せる。


これはイケメンじゃないと出来ない所業だね。

ヒナタなんて顔を赤らめて照れまくってるよ。


なんか僕の部屋に甘い空間が出来たみたい。


「ハヌルも座りなよ。

ココアでいい?」

「いや、気にしないでくれ。

ヒカゲ君を迎えに来ただけだから」

「僕を?」

「ああ。

チャップ雑芸団が来たから迎えに来たんだ」

「え!?」


ヒナタの顔が一気に悲しい表情に変わった。


「お兄ちゃん、行っちゃうの?」

「そうだよ。

チャップ達の出発に合わせてだけどね」

「嫌だ!嫌だ!嫌だー!

お兄ちゃんここに居てよー!」


ヒナタがソファーの上で駄々を捏ね始めた。


一体何歳なんだよって感じだ。

もう、可愛いったらあらしない。


「お兄ちゃんが出て行くなら、私は学園行かない!」

「そんな事言わないでくれよ」


またハヌルが優しくヒナタに語りかけた。


「俺はヒナタが学園に来てくれないと寂しいよ」

「う〜

だって〜」


ヒナタが大人しくなってハヌルを見る。

ハヌルは相変わらずのイケメンスマイルだ。


「別に今生の別れってわけじゃ無いんだよ。

少しの間出かけるだけ」

「でも、寂しいもん」

「そうだね。

だからその間ヒナタが寂しくならない様に俺が頑張るからさ。

俺だと駄目かな?」

「う〜

ダメじゃないです」

「ありがとう」


ハヌルはヒナタの頭を軽く撫でた。


「じゃあ少しヒカゲ君を借りて行くね。

今日はちゃんと帰って来るから、留守番しててくれるかい?」

「はい」


イケメンって得だよね。

こんな事僕がしたら捕まっちゃうよ。


「行こうかヒカゲ君」


僕はハヌルと一緒に寮の外に待っていた馬車に乗り込んだ。


「ヒナタもヒカゲ君が出て行く事を本当に反対したい訳じゃないんだ」


向かいに座ったハヌルがそう言った。


「ただ、ちょっと甘えたいだけなんだよ」

「大丈夫だよ。

別に怒ってないよ」

「そうだろうね。

ヒカゲ君はそんな事で怒るタイプじゃないからね。

それをヒナタも分かっているから甘えるんだろうね。

正直、君には嫉妬してしまうよ」

「ハヌルが?

僕に?」


そんな馬鹿な。

ハヌルはイケメンで家柄も良くて、性格もいい。

欠点だらけの僕に嫉妬する事なんて無いはずだ。


「そうさ。

ヒナタはヒカゲ君にしかあんな無防備な姿を見せないんだ。

まだ俺には何処か気を使わせている」

「それは兄妹だからね。

あっ、でも今日はハヌルがいるのにあんな我儘を言ってたな〜

ヒナタが家族の前以外で見せたのは初めてかもしれない。

ヒナタの中でハヌルも心許せる存在になって来てるんじゃないかな?」

「そうだと嬉しいんだけどね」

「ヒナタはまだ照れてるだけだよ。

ヒナタって凄く可愛くて天真爛漫、それでもってあの強さでしょ。

だから昔からヒナタについて来れる子がシンシアぐらいしかいなかったんだよ。

もちろんハヌルみたいに真剣に交際した子もいない。

きっと未だにどう接していいのか悩んでるんだと思うよ。

でも僕はハヌルなら大丈夫だと思ってる。

でも、もしヒナタが嫌がる事したら僕は許さないよ。

例え君が王族だろうと」

「その心配は無用だよ。

俺はヒナタを必ず幸せにするから」

「僕もそうなる事を願ってるよ」

「ははは。

ヒカゲ君なら本当に俺を殺してしまいそうだ」


そうだね。

間違い無く消すね。

この世に跡形も残らないように。

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