第8話
「なんか、ややこしい奴が出て来たな」
グラハム総長とナイトメアとの戦闘を遠くから静観していたトレインが小さく漏らした。
第三部隊を任されている彼は剣術の自信はそれなりにあった。
しかし、グラハム総長には及ばない。
更には同じく隊長クラスの第二部隊長のレイナと2人がかりでも、遅れを取らないナイトメアには敵わないと判断しざるおえなかった。
「早くしないとマズイかもな…」
「何をマズイんだ?」
独り言を呟くトレインに1人の騎士が声をかける。
「やあ、ダイナ。
なに大した事じゃない」
ダイナ・カットバー。
第一部隊長でグラハムの右腕と呼ばれる男。
グラハムに負けず劣らずの正義感の持ち主で、トレインとレイナとは見習い時代からの友人だ。
「飲み屋のお姉ちゃんの誕生日プレゼントを買いに行かないといけなくてさ。
なかなか人気商品ですぐに売り切れるんだ」
「先月も似たような事言って無かったか?」
「まあな。
相手は1人じゃ無いからな」
「お前は相変わらずだな。
いつか刺されるぞ」
「綺麗な女に刺されるなら本望さ」
ダイナはやれやれとばかりに首を横に振った。
「そんな訳で早く帰りたいんだけど、なんか手掛かりはあったか?」
「こっちは何も。
奴らは本当にロビンコレクションだけを狙っていたみたいで、他の所には立ち入ってすらないみたいだ」
「そうか、やっぱりプレゼントは無理そうだな」
「それより犯行現場が騒がしかったようだけど、何かあったのか?」
「そうなのか?
俺は全く気が付かなかったけど?」
「なら気のせいか……」
惚けるトレインに疑いもせずにダイナは首を傾げる。
「そうそう、気のせい気のせい。
さあ、お互い持ち場に戻って市民の為にさっさと事件を解決しようぜ」
「お前はお姉ちゃんの為だろ」
「おいおい、お姉ちゃんだって立派な市民には変わりないだろ」
「違いないな」
持ち場に戻って行くダイナを飄々とした顔で見送っていたが、姿が見えなくなると神妙な面持ちに変わった。
◇
王立美術館の前にあるカフェ。
オープンテラスで寛ぐ1人の男性の元に女性店員がコーヒーを運んでくる。
「お待たせしました。
オリジナルブレンドです」
「ありがとうございます」
にこやかにお礼を言う彼に女性店員の心は奪われる。
年はかなりとっているが、醸している雰囲気が女性を魅了していた。
「今日の新聞はありますか?」
「は、はい、ございますよ。
お持ちしましょうか?」
「申し訳無いが、お願い出来るかな」
女性店員はバイト史上最速で動いた。
「助かりました」
再び向けられたスマイルに女性店員は恥ずかしそうに奥へと下がった。
奥では彼の話で女性陣は色めきだっていた。
それだけの魅力を男性は醸し出していた。
上品な出で立ちの男性は、コーヒーを飲みながら新聞に目を通す。
「フッ」
男性は新聞の一面を見て短く笑う。
「笑い事ではありませんよ朱雀様」
違う男性が向かいの席に座って不満を漏らす。
「鉤爪、なにをそんなに怒っているのですか?」
「怒りもしますよ、我々をテロ組織だなんて。
失礼極まりない」
鉤爪はそう言うと、店員が運んで来たコーヒーを啜る。
「そんなにイライラしていたら、せっかくのコーヒーが勿体ないですよ」
「そうは言いますが……」
「テロ組織?
言わせておけばいいではありませんか。
いずれ全ての王国民がわかってくれるますよ。
大義は我々にあると」
「そうですね」
「今は後ろ指をさされようと気にする時ではありません。
我々の行いは必ず王国の為、強いては全ての王国民の為になるのですから」
朱雀は新聞を置いてコーヒーを一口飲み続ける。
「それで、例の物は?」
「鶏冠が解析を完了しています。
玄武様からの情報に間違いないようです」
「では、決行は明日の晩。
遺跡へ行くメンバーの選定はお任せします」
「朱雀様はどうされますか?」
「行きたいのはやまやまなのですが、立場上難しいですね。
そちらはお任せします」
「わかりました。
こちらはおまかせください」
鉤爪の言葉に満足した朱雀はカフェを後にした。
◇
王城にある資料室。
そこにある資料は、その重要度によって閲覧制限がかかっている。
その最奥にある資料は王族の許可無く閲覧は出来ない。
「グラハム様。
ここに記帳をお願いします」
司書官に渡された台帳に記帳をしたグラハムは司書官に案内されて奥へと進む。
「では私はここにおりますので、終わりましたら声がけください」
グラハムは司書官に見送られながら奥へと進み、検索板に手を当てて魔力を流し込む。
魔力によってグラハムを認識した検索板から音声がながれる。
“認証、グラハム・グランド。
国王承認確認完了。
検索制限、閲覧制限、全て解除。
検索をどうぞ”
「ロビンコレクション」
“検索、ロビンコレクション。
結果、5件。
結果内検索行いますか?”
「全部出してくれ」
“了承”
検索板の前に5冊の資料が現れる。
その資料を手に取って席へと着く。
一通り資料に目を通したグラハムは、考えを巡らす。
「明日の夜に遺跡か」
彼の優秀な頭脳が少ない情報から答えを導き出した。
そして再び思案する。
彼には大きな懸念があった。
四つのロビンコレクションが盗まれた時点で隠された財宝が狙いであると頭によぎった。
しかし、それはあくまでも噂程度の話。
現にグラハムもこの資料を見るまでは半信半疑だった。
更にはこの資料を持ってしても辛うじて隠し場所が遺跡であると推測出来る程度。
そもそもロビンコレクションは、この資料のように厳重に扱われていた。
それが今回美術館での展示が決まったにも関わらず、警備は通常通り。
配置がわかっていたかのような手口。
極め付けはこの資料の存在。
「もし、明日に遺跡に奴らが来るようなら……」
王国内の、それもかなり中核に近い人物が関わっている。
その懸念が確信へと変わる事になる。
グラハムは自分の心に問いかける。
相手が誰であっても自分の正義を貫けるだろうかと。
悩むまでもなく答えは出た。
彼の正義の意志には少しの揺らぎすら無かった。
彼が目指すは正しい者が正しく生きられる世界。
その理想の前には国家権力も意味をなさない。
その為に彼はこの地位に登りつめた。
グラハムは資料を検索板の前に戻して、再び手をかざす。
「検索、ナイトメア」
“検索、ナイトメア。
結果、0件”
「ここにも情報が無いのか……」
グラハムは諦めて検索板から手を離して、思考を巡らせる。
(リリーナ嬢は奴の事を知っている様子だった。
だが、情報は聞き出せなかった。
あの様子だと絶対に喋らないだろう。
と、なると奴は前コドラ公爵の失踪と関係があるやもしれない)
箝口令が敷かれ、ろくに調査が出来なかった6年前の事件を彼は忘れた事は無かった。
派閥争いの末の殺害は良くある事だ。
だが、その場合は死体と犯人を用意するのが普通だ。
死んでいるかわからないと、領主交代に時間がかかってしまう。
なのに当時のコドラ公爵家の領主交代は異常なスピードだった。
当時10歳だったリリーナから話を聞いたグラハムの直感は、彼女が何か知っていると言っていた。
しかし、大した証拠も無く10歳の少女を尋問する事は出来ず、不本意ながら本人の失踪と言う形で収めるしか無かった。
(ナイトメア。
奴は強い。
生捕りは難しいだろう。
次に戦う時は殺す気でかからないといけない。
みんなにも通達しなければ)
グラハムは出口へと向かい、外の司書官に声をかける。
「本日のご利用は以上でしょうか?」
「ひとつ聞きたい。
ナイトメアと言う者の事は知っているか?」
「ナイトメア?
申し訳ありません。
そのような名前の者に心当たりはありません」
「そうか。
では今日は大丈夫だ」
グラハムはナイトメアの事は気になるが、一旦忘れてドーントレスの事に集中する事に決めた。
「ではここに記帳をお願いします」
グラハムは台帳を受け取って名前を書く。
その時に以前に資料室に立ち入った人の名前を盗み見る。
司書官に台帳を渡してから部屋を出たグラハムは、さっき見た中から気になる名前を思わず漏らした。
「トレイン・バースト」
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