第9話

秘密基地の僕の部屋。

マトリョーシカ並べて、朝のココアを堪能する。


ヨモギの言った通り牛乳で割ると、ぐっと美味しくなった。

あとは割合だけだな。


僕はマトリョーシカの一つを浮かしてから、光にかざしてみる。


前と後ろにあるお腹のガラスの部分から微かに光が貫通している。

この部分は重ねてしまうと、中のマトリョーシカが邪魔して光を通さない。


重ねた時と単品の時で、二通りの楽しみ方が出来る工夫なんだろう。


おかげで、ずっと見てても飽きがこない。


おっとそろそろ時間だ。


僕は転移で寮の部屋へと戻る。


「お兄ちゃーん!

迎えに来たよー!」


相変わらずの大きな声。

今日もヒナタは元気だ。


慣れとは凄い物だ。

毎日続くとこれも気にならなくなってくるね。


僕は登校準備を済ませて外に出る。


「おはよう、お兄ちゃん」

「おはよう、ヒカゲ」

「おはよう。

今日も元気だね」

「うん、今日も元気!」

「それはなにより」

「でも、お兄ちゃんに残念なお知らせがあります」


ヒナタが珍しく神妙な顔する。

一体なんだろう?


「明日は特待生クラスは校外演習のため朝が早いから、私達は迎えに来れません」


なんだ、そんな事か。

神妙な顔するから何かと思ったよ。


これはむしろ朗報だね。

明日は学校サボって何処行こうかな?


「あー!お兄ちゃん、今喜んだでしょ!」

「うんうん、喜んで無いよ」

「でも、あんた学校サボろうと思ったでしょ?」


すかさずシンシアが僕に睨みを効かせる。


「まさかー」


おかしいな……

シンシアも僕の心が読めるようになったのかな?


「じゃあお兄ちゃんは寂しいですか?」

「寂しくない……わけ無いじゃないか」


危ない危ない。

思わず本音が出る所だった。


今2人に凄い目で睨まれたよ。


「そんな寂しがり屋のお兄ちゃんに朗報です。

なんと明日はリリーナお義姉ちゃんが迎えに来ます。

やったね」


どうしよう、全然嬉しく無い。

てか、今お義姉ちゃんって言ったよな?


「あの腹ぐ……リリーナを知ってるの?」

「もちろん。

だって、お兄ちゃんの婚約者だよ」


おかしいな〜

その婚約を僕は知らなかったんだよ。


「お兄ちゃんには勿体ないぐらいの美人だよね」

「確かに美人ではあるね」


腹黒だけど。


「リリーナお義姉ちゃんから縁談の申し出があるなんて、お兄ちゃんは流石だね。

私も鼻が高いよ」


流石次期領主。

どうやら既に僕を政略結婚の道具として見ているらしい。


これは立派な領主になってくれそうだ。


「お兄ちゃん浮気したらダメだよ。

第二夫人はシンシアだからね」

「ちょっと!ヒナタ!勝手な事言わないで!」

「え?嫌?

お兄ちゃんフラれちゃったね」


なんか知らないうちに僕はフラれたらしい。


どうしよう。

これはちょっとへこむ。


「べ、別に嫌とは……」

「ちなみに私は第三夫人にしてね」

「それはマズイだろ」


流石にここは黙っていられなかった。


なんたって血の繋がった正真正銘の兄妹だからね。


「そっか〜

流石に兄妹ではマズイか。

じゃあ第3夫人は王女ぐらい狙ってく?」


僕は思わず咳き込んでしまった。


「まさかリリーナに何か聞いたの?」

「え?何が?」

「いや、なんでもない」


ビックリしたよ。

まさか美術館の事を知らずに言いだすとは……

恐ろしい子だ。


「え?なになに?凄く気になる!」


気にならなくてよろしい。

僕は無理矢理話題を変える。


「それより、校外講義って何処に行くの?」

「セキトバ遺跡だよ」



セキトバ遺跡。

王都の近くにあり、かつての王都があったとされる場所。


王国により管理されていて、日々調査が行われているが、未だに謎多き遺跡だ。


いくつかのエリアは、まだ当時の魔力警備が生きており、なかなか調査が進んでいない。


ヒナタ達は比較的に調査が進んでいる住宅エリアでの演習が行われるらしい。


そこそこの野獣が住み着いているから、演習には丁度いいのだろう。


まして特待生といえば、強者揃い。

付き添いの先生だって一流の魔術剣士。


間違い無く無事に演習が終わるだろう。


でも――


「ヒカゲ君、私の話を聞いていますか?」


隣に座っているリリーナが優しい声で僕に話かけている。


気がつけば、本日最後の退屈な授業が終わっていた。


他の生徒達は順番に教室を後にしている。


「私を無視するなんていい度胸ね」


他の生徒が居なくなった瞬間、リリーナのネコはトラへと変わった。


「別に無視してたつもりはないんだよ。

ただ、ちょっと考え事してて」

「あなたにとって私の話より重要な事なんてないでしょ?」

「そんなのいっぱいあるよ」

「ハァ?私が無いって言ったら無いのよ」


一体、君は何処の暴君だよ。


「それで、あなたは今日の放課後に予定無いわけだから――」

「いやいや、僕は一言も予定無いって言って無いよね?」

「物分かり悪いわね。

私が無いって言ったら無いのよ」


マジかよ。

こいつの目は冗談言ってる目じゃない。


「まぁいいわ。

一応聞いてあげるわ。

放課後の予定は無いのよね?」

「いや、あるよ」


ここで無いって言ったら、また何かに付き合わされるに決まっている。

そんなのはごめんだ。


「へぇ〜そうなの。

で、その予定は何?」


二の腕に痛みがはしる。


リリーナが強く摘んでいるからだ。


「内緒」

「ごめんなさい。

良く聞こえなかったわ」

「内緒」

「そうなのね。

で、予定は何?」

「もしかして、内緒って意味知らない?」

「知ってるわよ。

あなたが私に対しては無い物でしょ?」

「普通にあるよ」

「だ・か・ら、私が無いって言ったら無いの」

「僕にもプライバシーって物が――」

「無いわよ」

「それも無いんだ……」


宣教師学園には道徳の授業が無かったのかな?

そんな学校無くしてしまった方がいい。


「それで、私に内緒の予定って何?

まさか女?」


僕の二の腕が更に陥没していく。


「痛い痛い痛い。

そんなんじゃないから」

「じゃあ何よ?

正直に言ったら怒らないから、言ってみなさい」

「何も無いけど、放課後君に付き合いたく無いから予定ある事にした。

って痛い痛い痛い」


リリーナが摘んだ二の腕を思いっきり捻る。


「怒らないって言ったじゃん」

「何事にも例外って物があるのよ」

「君は例外ばかりだね……」

「あなたが私の気に入らない事ばかり言うからよ。

ありえないと思うけど、私の事嫌いなの?」

「答える前につねるの辞めてくれない」

「なんで?」

「なんで?って……

もういいや。

それで用事はなに?」

「私の事嫌い?」

「そう言う会話が通じない所が嫌い」

「そう。

じゃあそれ以外の所は全部大好きなのね」

「いや、なんでそうなるの?」

「だってあなたは私の事大好きだから」


こいつの思考回路どうなってるんだ?

僕はそんな事言った覚えも、思った覚えも無い。


「そんな事一言も言って――」

「ニャー」


ダメだ、聞く気がない。

可愛いネコのポーズで誤魔化してる。


可愛いさに磨きがかかっているのが憎らしい。


「それで、結局用事は何?」

「無いわよ」

「無いのかよ」

「あなたには無いわ。

でも私には用事があるから、今日は一緒に帰ってあげられないの。

ごめんね」


やったー。

今日は自由だ。

何処寄り道して帰ろうかな?


「寂しいだろうけど、我慢してね」

「全然寂しく無いよ」


笑顔で言ってくるリリーナに、僕も笑顔で返してあげた。


「寂しいだろうけど、我慢してね」

「別に寂しく無いって」


リリーナの笑顔ぎ少し引き攣ってきている気がするけど気にしない。

だって僕は全然寂しく無い。


「寂しいだろうけど、我慢してね」

「うっ」


今度は僕のお腹に拳がめり込んだ。

こいつ、本当に容赦無い。


「だから、全然寂し――」

「もう一回言ったら殴るわよ」

「いや、もう殴って――」


リリーナはめり込んだ拳を更にグリグリ押し込んでくる。


「……寂しいです」


やっぱりこいつ話通じないから嫌い。


「そうでしょ。

明日迎えに行ってあげるから、あなたは真っ直ぐ寮に帰って大人しく待っててね」


そう言うとリリーナは立ち上がって出口の方へと向かう。


「ねえ、ヒカゲ」


扉を開けた所でリリーナは振り返らずに僕の名前を呼んだ。


「なに?」

「明日必ず迎えに行くから」


そう言って足早に教室から出て行く。


僕は窓から校門の方を見る。

物陰に隠れているけど、そこにはルナがいた。


そこに向かって走って行くリリーナの後ろ姿が映る。


そっか、君は行くんだね。

死の恐怖を体験しても尚、正義の道を。

ただの善人ではいられないんだね。


きっと君達なら大丈夫だよ。

最後まで正義を貫いていけるよ。

そしていつか僕と――


「もう下校時間ですよ」


教室で座っている僕を見た先生が入ってくる。


「奴らのアジトはわかったかい?」

「ん」


先生は自然とミカンの姿に変わり頷く。


「何処にある?」

「……」


相変わらず無口。

心地よい沈黙の時間が流れる。


やがてミカンが教卓の方へ歩いて行く。

一歩進む度に姿がさっきの女教師の姿へと変わっていく。


そして徐にチョークを取って黒板に王国の地図を簡単に書いた。


「王都の端っこの丸をした部分にドーントレスのアジトがあります」

「はい、先生」

「はい、ヒカゲ君」

「そこにロビンコレクションはありますか?」

「いい質問ですね。

ここにはロビンコレクションを始め、彼らの軍資金が沢山保管されています。

だけど、今夜ロビンコレクションはここにはありません」

「何故ですか?」

「当然の疑問ですね」


ミカン先生は地図の横にセキトバ遺跡と書いて丸で囲った。


「今夜、セキトバ遺跡に持ち込むからです。

ここで王家の財宝が隠されています。

その鍵がロビンコレクションなのです。

彼らはその為にロビンコレクションを盗み出したのです」

「今夜だと何故わかるんですか?」

「今夜が満月だからです。

鍵を開ける条件に満月の日というのがあります。

他に質問は?」

「ありません」

「はい、じゃあ今日の授業は終わります」


ミカンは満足そうに黒板を消していく。


消し終わるのを待ってから僕は声をかける。


「アジトの方はミカンとヨモギに任せていい?」

「ん」


また元の姿に戻ったミカンが頷いてから消えた。


僕は鞄を持って教室を出る。

校門の前でエミリーが待ち構えていた。


「ヒカゲ様、リリーナ様は今夜セキトバ遺跡へと向かわれます」

「そうなんだ。

エミリーはついて行かないの?」

「私は来るなと命令されましたので」

「そうなんだ」


エミリーは目で何かを訴えている。


僕はあえて知らないふりをした。


「それで、僕に何かよう?」

「どうかリリーナ様をよろしくお願いします」

「僕が婚約に前向きじゃないのわかっているよね?」

「はい」

「じゃあ、このままリリーナが帰って来ない方が都合がいいのもわかるよね?」

「はい」

「それでも僕に助けに行けと言うの?」

「はい」


エミリーは頭を下げたままで答える。

僕が行くと言うまであげるつもりは無いようだ。


「リリーナから僕に言うなとか言われて無いの?」

「リリーナ様からは、行き先を聞かれても教えてはいけないと命令されただけで、私から教えてはいけないとは言われてはいません」


なるほど、この子は屁理屈なんだ。

やっぱりまともじゃない子が揃ってるね。


「なにか見返りある?」

「私に用意出来る物ならなんなりと」

「胸揉んでいい?」

「いくらでも」

「冗談だよ。

そんな事したらリリーナに殺されるよ」

「私は口は硬いですよ」


良く言うよ。

今し方、僕にリリーナの行き先喋ったくせに。


「あのね、自分を安売りしたらダメだよ」

「決して安売りなんて致しません。

リリーナ様の命の為ならこんな物なんていくらでも」


全く。

あんな腹黒女になんでここまで肩入れするかね?

まあ、危険な所に連れて行かない程度の優しさはあるみたいだけどね。


「こんな物なんて言ったらダメだよ。

君もリリーナに負けず劣らず綺麗な女の子だよ」

「なら、私の体でどうか……」


この子はまだ言ってるよ。

そりゃ最初に言い出したのは僕だけどね。


「わかったよ。

行けたら行くね。

そのかわり、これから君は自分の体を安売りするような事をしたらダメだよ」

「はい」


僕は頭を下げたままのエミリーを置いて校舎を出る。


全く、前世でもそうだったけど、自分の価値を分かって無い人が多すぎるね。


体を売るにしても、それ相応の価値で売らないと。

少なくても、僕みたいな悪党に売る物では無いよ。


校門を出ると夕陽はもう沈みかけている。


太陽は自分の価値を理解しているように、時間によって顔を変える。


この美しさは前世と何ら変わらない。


そして、この後訪れる夜の闇が与えてくれる安らぎも。


そうか、今日は満月か……


今夜はやる事がいっぱいだな。


明日ヒナタとシンシアが無事に演習を終えられるように。

リリーナが正義の道を真っ直ぐに歩めるように。

エミリーが自分の価値を見誤らないように。


「さて、そろそろ僕も行くか」


今宵、悪夢へと誘うために。


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