第7話

結局現場を見てもリリーナは何一つ手掛かりを掴む事は出来なかった。

捜査のプロの騎士団が見ても何も無いのだから、当たり前と言ったら当たり前の話だ。


僕は微弱な魔力の残りを感じとったから、追う事は出来るけどね。

今晩でも追ってみるか。


「グラハムも失礼よね!

私が国宝を盗むわけ無いじゃない!」


ルナは犯人扱いが相当気に食わなったのか、大層御立腹である。


僕は一国の王女であっても特別扱いしないグラハムに敬意を表するね。


「全くよ。

それに事件現場に居たからって、あんなに怒らないでもいいと思わない?」


事件現場を好き勝手に物色している所をグラハムにこっ酷く怒られた。


そして僕達は昨日来館してたのもあって、取調べを受ける事になった。

今は三人で美術館の一室で待機している。


リリーナは怒っているけど、これは自業自得だと思う。


「それもこれも全部ドーントレスのせいだわ!」

「そうよ!

あいつらのせいで怒られたじゃない!」

「リリーナは自業自得だよね?」

「うるさい!

正論はいらないの!」


自分でもわかっているんだ……


「失礼します」


部屋に入って来た女性の騎士は、トレインと同じような上等な軍服を着ている。

どうやら彼女も位が上の騎士のようだ。


「リリーナ様、グラハム総長がお呼びですので、御足労願います」

「はい、わかりました」


相変わらずの変わり身で騎士に着いて出て行った。


「それでヒカゲ君は現場を見て、何か掴めましたか?」


リリーナが出て行くと、ルナが僕に話しかけてきた。


「僕?特に何も」

「本当ですか?」

「プロの騎士団が調べた後だよ」

「それでも、ヒカゲ君なら何か見つけられると思いまして」

「煽てても何も出ないよ」

「リリーナから今だに聞きますよ。

あなたが前コドラ公爵の企みを逆手に取って失脚させたのでしょ?

しかも、あのリリーナを利用して」


箝口令が出ているのに、ルナには喋ったんだ。

リリーナは案外彼女を信頼しているみたいだ。

それかただのおしゃべりだ。


「まだ怒ってるの?

いい加減勘弁してくれないかな?」

「フフッ。

あの子がやきもきするわけね」

「失礼します」


また違う女騎士が入って来た。

今度は普通の軍服だ。


「ヒカゲ様、お待たせしました」


僕は騎士について部屋を出る。


しばらく歩いた所で僕は前を歩く騎士に声をかけた。


「一段と変装が上手くなったね」

「やはり主の目は誤魔化せませんね」


騎士はずっと見ててもわからないほど、自然に姿を変える。


「久しぶり、主」


口調も変わる少女。

その光が無い目が僕を真っ直ぐに見つめる。


「久しぶりだね、ミカン」


彼女はミカン。

スミレが拾って来た悪党の一人。


元々某国のスパイで変装の名人。

見た目どころか、身長、体重、声質、性別すら自由自在。

もはや変身だ。


そんな彼女の素は無表情で無関心。

口数も少ない。

今も僕の言葉に「ん」の一言で頷くだけだ。


そして、じっとこっちを見たまま何も言わない。


「……えーと、何か僕にようかな?」

「ん」

「……」

「……」


何も言ってこない。

頷いたから用はあるはずなんだけど……


「用事はなに?」

「まだ言わない」

「なんで?」

「言ったら話終わる」

「そりゃ終わるね」

「だから言わない」


良くわからない。


「……」

「……」


なんだろうこの時間?

ひたすら無表情で見られるだけの時間。


いや、いいんだよ。

ミカンは可愛いから見てても飽きないし。


でも無表情で見られ続けるのは、なんというか少し心配になる。


もしかして、僕って口をききたくない程嫌われてる?


「そろそろ言う」


ミカンは凄く残念そうに呟く。


やっぱりそうなのか。

口をききたくない程嫌われてるのか。


そこまで嫌われる心当たりは……あるわ。

むしろ心当たりしかないわ。


ミカンはスパイ任務に失敗して、某国に帰れなくなった。

その失敗の原因は他ならぬ僕だ。


だから彼女は仕方なくナイトメア・ルミナスにいる。


嫌われて当然だな。


「ボスー!!」


ミカンが口を開こうとした時、ヨモギが僕に突進して来て、その勢いのまま飛びつかれた。


「ボス!手紙読んでニャい!

ベットに置きっぱなし!」


ヨモギが手紙を僕に突き出しながら言う。


そういやリリーナのせいですっかり忘れてた。


「読んで!早く読んで!今すぐ読んで!

そうしないとまたニャーが怒られる〜」


今にも泣きそうになりながらヨモギが訴える。


確かに三日連続は嫌だろうな。

僕のせいでこれ以上怒られるのも悪い。


「ごめんごめん。

今すぐ読むから」


僕は手紙をヨモギから受け取った。


「ネコちゃんナイス。

いい子いい子」

「ニャんで!?」


ミカンがヨモギの頭を撫でて褒める。

ヨモギは訳も分からず困惑して僕を見る。


僕も良くわからない。

でも無表情の中に微かな笑みが垣間見えた。


そうか。

ミカンはネコ好きなんだ。


そんな微笑ましい光景を横目に手紙に目を通す。


『王立美術館のロビンコレクションはあなたがきっと気にいるわ。

それをドーントレスとか言う組織が狙っている。

あんな芸術の価値がわからない連中には勿体ないわ。

あなたなら奪ってしまうのでしょ?

必要無いかもだけど、連絡係にヨモギとミカンをつけるわ。

何かあったらすぐに言ってね。


ナイトメア・ルミナス第一色、寛容のスミレ』


流石スミレだ。

よくわかっている。

だけど、この2人を連絡係にするのは間違いだと思うよ。


「今回のお勤めは君達2人が手伝ってくれるんだね」

「ん」

「そうニャ。

じゃんけんで決めたニャ」


そうか、じゃんけんか〜

可哀想に。

君達2人が負けたんだね。



犯行現場は酷いあり様だった。

派手に壁は壊されて、展示スペースは粉々。

何も考えずに、欲しいものだけを荒らして行った感じだ。

美学のカケラもない。


騎士団が何か手掛かりが無いか必死に調べている。


そんな中、唯一残されたマトリョーシカが寂しそう。

あれの良さがわからないなんて、スミレの言う通りドーントレスってのは無粋な奴らだな。


「これは俺が貰って行くとしよう」

「ん」

「ニャー」


僕達はマトリョーシカの前で話合う。


「お前達!何者だ!どこから入って来た!?」


突然現れた僕達に騎士達が剣を構える。


ざっと20人ぐらいいるけど、雑魚ばっかだな。


『ひれ伏せ』


僕の霊力を前に全員が地面に伏せる。


ガラスケースの鍵を超能力であけて、中のマトリョーシカをヨモギとミカンが丁寧に重ねて一つにする。


それを受け取って改めて見てる。


やっぱり素晴らしい出来だ。

近くで見ると技術と表現力の高さが際立つ。

これはロビンコレクションを真剣に集めようかな。


「ボス、帰る?」


そうだね。

でも、その前に名乗っておかないといけない。


「俺は――」


「ナイトメア!」


グラハム総長と一緒に現れたリリーナが僕の名前を呼ぶ。

さっきリリーナを迎えに来た女騎士も一緒だ。


「これはこれは王国の正義よ。

こんな所で相見えるとは」

「それをどうするつもりだ?」


グラハムはマトリョーシカを指しているのだろう。


「これは俺が貰っていく」

「そうはさせん!

レイナ、行くぞ!」


グラハムとレイナと呼ばれた女騎士が剣を抜くと同時に迫り来る。


流石騎士総長だ。

早い、そして鋭い。

だが、それだけ。


「これを」


それだけでは僕には届かない。


マトリョーシカをヨモギに渡して僕も前に出る。

魔力で生成した刀で受け止める。

その衝撃で空気が悲鳴を上げる。


その悲鳴の中レイナが僕の左に周りこんで足を狙う。


僕を生け取りにするつもりみたいだけど、そんなの


「甘い」


レイナの剣を踏みづけて止める。


軍服が違うだけあって動きがいいけど、グラハム程ではないな。


「急所を外すとは舐められたものだな」


グラハムの剣を押し返し、レイナの胸ぐらを掴んでグラハムに投げつける。


2人の体は後方へ飛ぶが、グラハムは両足で着地した。


時間と共に僕の霊力の影響が弱まった騎士達が立ち上がり構える。


そろそろ潮時かな?

正義の前には退散しないといけないからね。


僕はゆっくりとヨモギとミカンの元へと歩みを進める。


「此度は逃げさせてもらうとしよう」

「待ってナイトメア」


ずっと様子を見ていたリリーナが僕を呼び止めた。


一体何のようだろう?


「あなたはドーントレスの仲間なの?」


この子は失礼な事言うね。

僕は唯一無二の悪党だよ。


「あんな美学のカケラもない奴らと一緒にするな」

「なら私達は協力出来ないの?」

「クク。

ハハハハ!」


面白い冗談を言うね。

思わず笑ってしまったよ。


「以前も言ったはずだ。

俺はナイトメア。

奪いたい物は奪い、消したい物は消す。

俺は誰にも縛られない、ただただ自由を求める。

故に悪党。

一縷の救いすら無い悪党。

正義と悪党が交わる時は対峙する時のみ」

「でも、私達の敵は一緒でしょ?

それなら――」


『黙れ』


頼むよリリーナ。

くだらない事言わないでくれよ。


思わずリリーナ目掛けて言霊を込めてしまったじゃないか。


そのせいでリリーナの呼吸が止まる。


リリーナは首を抑えて両膝をつき苦しそうにしている。


「大丈夫かリリーナ嬢!」


異常に気付いたグラハムとレイナが駆け寄るけど、どうしようもない。


このままだと死んじゃうね。


「おっとすまない」


僕は指を鳴らして、言霊を緩和する。

リリーナの呼吸が苦しそうに咳込む。

その顔には死を目の当たりにした恐怖が浮かび上がっている。


ごめんね。

でも、その恐怖を忘れてはいけないよ。

恐怖って言うのは、生き物が生き残るのに大切な感情だから。


「くだらない事を吐かすな。

お前たち善人が悪党に媚びを売るな。

俺はお前たち善人と手を取り合う事は無い。

悪党の美学がわからない小悪党と手を取り合う事も無い。

ロビンコレクションは必ず俺が頂く。

さあ、正義よ抗ってみせろ。

善人よ震えて見てろ」


僕はロングコートを翻して、自身とヨモギとミカンを隠して、黒い影と共に消える。


ちょっとムキになり過ぎたかな?


でも僕はね、義賊とか都合のいい時だけ正義と共闘するキャラとか嫌いなんだ。


だってあんなのは自分の悪事を正当化してるだけじゃないか。


『美学その1

自分が悪党だと自覚しなくてはいけない』


悪党はどこまで行っても悪党。


そして僕は根っからの悪党だから。

決して救われてはいけない悪党だから。

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