第6話

次の日。

今日は何も予定が無いので惰眠を貪ろろうと思っていた。


だけど、朝にまたヨモギが侵入してきた。

今日は隠れる気がないみたいで、普通に僕のベットまでダッシュで来てダイブして来た。


「ボス!起きて!

起きて欲しいニャ」

「どうしたの?」


僕の上に馬乗りになったヨモギに尋ねる。

ヨモギは、なんか半べそをかいている。


「今朝スミレ様に怒られたニャ」

「なんで?」

「ボスに手紙渡してニャい」

「そういやそんな事言ってたね」

「今日は渡す!今すぐ渡す!

そしたら忘れニャい!」


そう言ってボディスーツの中に手を突っ込んで、胸の谷間から三つ折りの紙を取り出した。


「これニャ。

間違いニャい。

はい、ボス。

今日こそ渡したニャ!」

「うん、今日こそ受け取った」

「よかったニャ。

これで怒られニャい」

「そうだね。

僕もずっと忘れてたから、一緒に謝ってあげるね」

「ほんと!!

ボス優しいニャ!」


そしてスミレに言ってあげよう。

ヨモギにお願いするのが間違ってるよって。


「とにかく、どいて貰ってもいい?」

「ニャんで?」

「なんでって……」

「ニャーはここがいいニャ」

「そうか……

なら仕方ないね」

「仕方ニャい」


僕はこのままの体制で手紙を開けようとした時だった。


ピンポーン。


僕の部屋のチャイムが鳴った。

何気に初めて鳴ったから自分の部屋だと気付くのに時間がかかった。


「ボス、誰か来たニャ?」

「誰か来たね」


誰だろう?

僕を訪ねて来るのなんてヒナタぐらいだけど、ヒナタならチャイム鳴らさないし。


ピンポーン。

ピンポンピンポンピンポーン。


「出ニャいニャ?」

「出ない。

今日は誰とも約束してない」


そして、ドアの向こうにリリーナがいる事がわかったから絶対に出ない。


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン。


「しつこいニャ」

「しつこいね」


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。


……


やっと収まった。

本当に休日のこんな朝早くから常識無いよね。


ガチャリ!


え?まさか鍵が開いた!?


バンッ!!


扉が勢い良く開く音が聞こえたと同時にヨモギは姿を消す。


ドタドタと足音が聞こえて来て、寝室のドアが勢い良く開かれた。


「やっぱりいるじゃない!

いるならさっさと出なさいよ!」


我が物顔でリリーナが現れる。

なんで僕の部屋の鍵を持ってるかは不明だ。


「えーと……昨日ぶりだね。

もしかしてだけど、部屋間違ってる?」

「間違ってないわよ」


ですよね。

間違うわけないよね。

正反対だもんね。


「もしかしてだけど、僕と君の部屋の鍵って一緒?」

「そんなわけ無いじゃない。

それだったら、あんたが私の部屋に勝手に入れる事になるでしょ。

そんなの困るわよ」

「既に僕は困っているんですが……」

「あんたはいいのよ」


よくは無いと思うんだけどな……


「とりあえず私が来てるんだから起きなさい」

「そんな横暴な〜」

「あと、誰かいたの?」


一瞬ドキッとした。

ヨモギは何の痕跡も残していないはずだ。

そもそも、誰が居ようが僕の勝手なんだけどね。


「誰もいないよ。

強いているなら、何故か君がいる」

「ふ〜ん」


何か意味ありげな目で僕を見るリリーナ。


「いいわ。

私は部屋を物色しとくわね」


そう言って寝室から出て行った。


いやね。

別にいくら物色されてもいいんだよ。

何もやましい物は無い。

やましい物は全てギルドに置いてある。


だけどなんだろう?

早く起きないといけない気がして来た。



着替えて寝室を出るとこの女、本当にに物色してやがった。

こいつは前世に遠慮と良識という物を置いて来たのだろうか?


「あんたコーヒーも紅茶も無いのね。

せっかく入れてあげようと思ったのに」

「無いよ。

僕は苦い物が嫌いなんだ」

「お子ちゃまね」

「お子ちゃまで悪かったね」

「いいじゃない。

なんかカワイイし。

だけど、私が飲むから置いときなさい」

「嫌だよ。

なんで君の分を置いとかないといけないのさ」

「ここは私の分置いとくスペースね」


僕の話を無視して、リリーナが空っぽの収納スペースの一つを開けて言った。


「なんでだよ」

「いいじゃない。

どうせこんなに広いのだし」

「君の部屋も変わらないだろ」

「いちいち持って来るのめんどくさいじゃない」

「なんで入り浸る前提なんだよ」

「だって合鍵あるし」

「それだよ、それ。

なんで鍵を持ってるのさ」

「あなたがくれたんじゃない」


わざとらしく頬を赤らめて照れた仕草をする。

そんな仕草で騙される僕では無い。


「あげてない。

絶対にあげてない」

「おかしいわね?

あなたのお父様経由で貰ったはずなんだけど?」

「あいつ、なんて事してくれたんだ」

「あいつなんて、お義父様に失礼よ」

「今、どさくさに紛れて義をつけたな」

「そんな事どうでもいいから座りなさい」

「君はどうでも良く無い事しか言ってない」

「いいからこれを見なさい」


そう言ってリリーナは新聞を僕の前に突き出す。

日付を見ると今朝の新聞だ。


その一面にデカデカと載っている見出しに目をやる。


『王立美術館襲撃!!

国宝ロビンコレクション盗まれる!!


本日未明に王立美術館の壁の一部を破壊してロビン・アメシスの作品4点が盗まれた。


現場にはテロ組織ドーントレスからの犯行声明が残されており、騎士団は関係性を調べている。


専門家は、破壊された壁はロビンコレクションの間近であり、美術館内に詳しい人間が事件に関わっている可能性が高いと言う見解を示している』


「へえ〜盗まれたんだ。」


って事は……

やったー、今すぐ手に入るではないか。


「なんであんた嬉しそうな顔してるの?」

「え?そんな顔してた?」


危ない危ない。

つい顔に出ちゃった。


「まあいいわ。

早く準備しなさい。

行くわよ」

「へ?どこに?」

「美術館に決まってるじゃない」

「こんな事があった後だよ、今日は閉館に決まってるよ」

「鑑賞に行くわけ無いでしょ!」

「じゃあなんで行くの?」

「なんでって騎士団に文句言いに行くに決まってるでしょ!」

「ごめん、全然意味わからない」

「だって騎士団は絶対ルナを疑うわ。

そんな事ありえないのに。

無駄な時期使ってる間にさっさと捕まえなさいって文句言ってやるの!」


どうやらルナの事を気にしているらしい。

以外と友達想いなんだな。


「何か証拠あるの?」

「そんなの無いわよ」


残念ながら行き当たりばったりだ。

証拠が無いならルナかもしれないね、とは言わないでおこう。


「いってらっしゃい。

気をつけてね」

「あなたも来るのよ!」

「嫌だよ。

めんどくさい」

「大切な婚約者が危ない事に首突っ込もうとしてるのに、あなたは放置出来るわけ?」

「首を突っ込まずに、騎士団に任せたら?」

「うるさいわね!

ずべこべ言わずに来ればいいのよ!

でないと、部屋の鍵勝手に変えるわよ」

「やめろよ。

そんな事したら部屋に入れないじゃないか」


聞いた事無いぞ、そんな新手の脅し。

でもこの女ならやりかねない。


「なら行くわよ」

「……わかったよ。

今から準備する」

「早くしなさいよ」


僕は諦めて寝室に戻って着替える事にした。


よく考えたら、先に鍵変えてしまったら良くない?


「勝手に鍵交換したら、扉を叩き壊すから」


寝室の外からリリーナが叫んでいる。


なんか僕の周りって心読める女が多く無い?


「そんな事したら修理代請求するよ」

「いいわよ。

いくらでも払ってあげる」


そういや、こいつは金持ちだったわ。



美術館の壁は無惨にも破壊されていた。

せっかくの美術館が台無しだ。

これだと、一般公開は出来なさそう。


って事は、ロビンコレクションは貰っても問題無いな。


「そこの君達、ここは立ち入り禁止だ」


堂々と捜査現場に入って行ったリリーナが、案の定見張りの騎士に止められる。


「ごめんなさい。

迷ってしまって。

私はルナ王女に会いに来たのだけど、お会い出来ますか?」


一瞬誰かと思う程の猫被り。

こいつ男はなんて単純とか思ってるんだろうな。

まあ、実際騎士はすっかり騙されて鼻の下を伸ばしてる。


「その、ルナ王女は今取り調べ中でして……」

「どうしたんだい見張り君?」


立ち入り禁止場所の奥から男が現れる。

いかにもモテそうな優男の騎士。

見張りとは明らかに違う軍服をまとっている


「お疲れ様です。

トレイン隊長」


見張りの騎士の敬礼に手だけで軽く応えたトレインはリリーナをずっとみている。


「これはこれはリリーナ嬢。

相変わらず美しい。

あなたの様な美女にはこんな事件現場は似合いませんよ」

「相変わらずお上手ね。

私はルナ王女の会いに来ましたの。

取り次いでくださる?」

「リリーナ嬢のお願いとあらば喜んで。

と言いたい所ですが、相手が総長ですからね。

俺の権限ではどうしようもないですね」

「そうなんですね。

なら待っている間に中を見せて頂く事は?」

「それぐらいならお安いご用意ですよ」

「しかし、隊長……」


見張りの騎士が慌てている。

しかし、トレインは全く気にしていない。


「いいから、いいから。

何かあったら俺の責任って事で」

「……わかりました」


肩を叩かれた見張りは渋々頷いて、持ち場を離れた。


でも、結局こういうのって何かあったら彼が怒られるんだろうな。


この世は理不尽だ。

可哀想に。


「では、失礼しますね」


そんな騎士の事は一切気にしないでリリーナが中に入ろうとした時。


「ちょっと待ってくださいリリーナ嬢。

俺もそれなりにリスク背負いますので、何か見返りが無いと」


こいつ、堂々賄賂を要求しやがった。


もちろん賄賂を貰うのは禁止だ。


「見返りと言うと?」

「今夜一緒にディナーでもいかがですか?」


賄賂じゃなくてナンパだった。


こんな腹黒女とディナーでリスク負うとか、こいつもの好きだな。


「あら?ごめんなさい。

私婚約者がいるの」


そう言って僕の袖を掴んで言う。


この女はこの女で、僕をとことん利用する気らしい。


これ以上めんどう事を増やさないで欲しい。


「なるほど、君が噂のアークム男爵家の長男ですか。

初めまして、王国騎士団第三部隊長トレイン・バーストだ。

よろしく頼むよ」

「初めまして、ヒカゲ・アークムです」


握手を求められたので応じて握手をする。


「それでヒカゲ君。

君の婚約者を今晩デートにお連れしてもいいかな?」

どうぞどうぞご自由に。

ディナーだけで無く、そのままお持ち帰りして頂いても――


バチッ!


突然握手した手が弾かれて、お互いに手を引っ込めた。


僕は常日頃から全方位を警戒している。

今も100m以内の物や人や動物は無意識の内に把握している。

だから、僕に奇襲をかけれる奴は殆どいない。


それとは別に不測の事態に備えて、自らに害がある時は自動的に防御するように鍛錬を積んでいる。


その自動防御が今発動した。


こいつ僕にチャームをかけて来やがった。


「噂って当てにならないな。

ただのボンクラでは無いみたいだ」


トレインが右手をヒラヒラさせながらニヤける。


「ごめんね。

リリーナは僕専用なんだ」


リリーナを抱き寄せて言ってやった。


別にリリーナはどうでもいいけど、僕にチャームをかけて来たやつに嫌がらせしたい。


「え?え?えー!?」


なんか知らないけど腕の中で喚いているリリーナは無視をしよう。


「すまない、すまない。

気を悪くしないでくれよ。

これは生まれつきの体質なんだ」


だろうな。

意識的に使ったなら僕が気付くはずだし。


エルザの魔眼もそうだけど、特殊体質ってのは厄介だ。


更に、それを自覚して使いこなしている奴はもっと厄介だ。


「珍しいね。

触れた相手を魅了する能力?」

「魅了ってほどでは無いんだけどね。

少し好感を持ってくれるって程度さ。

おかげでナンパの成功率が鰻上りだ」

「それは羨ましい限りだね」

「だろ?」


まあ、このルックスなら特殊体質が無くてもナンパなんて簡単なんだろうな。


「お詫びに中を見せてあげるよ。

ついておいで」


トレインはそう言って奥へと歩いて行った。


「良かったね。

なんか入れて貰えるらしいよ」


リリーナに声をかけると、なんか顔を真っ赤にして俯いている。


どうしたんだろう?

体調でも悪いのかな?


「あのヒカゲ。

そろそろ離して欲しいな〜なんて思ったり……」

「そうだね。

ごめんね。

嫌だったよね」


そういや抱き寄せたままだったな。

さっき顔が赤かったのは、怒ってたんだな。


僕はすぐに放した。


あぶない、あぶない。

また斬りかかられる所だった。


「べ、別に嫌ってわけでは無いのよ。

むしろちょっと強引なのもいいな〜とも思ったり……

ち、違うわよ!

その、えーと……そ、そうよ!

歩き辛いでしょ!

こんな瓦礫だらけの場所!」


なんかゴニョゴニョ言ってる。

この子って情緒不安定な時あるよな。


まあ、そういうお年頃なんだろう。

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