第5話

美術館は素晴らしかった。

この世界有数と言われるだけの事はあった。


今日は一日素晴らしい芸術に囲まれて最高の一日だった。

この余韻に浸って寝る事が出来たら、そんな素晴らしい事は無いだろう。


だけど、残念ながらリリーナとのディナーが残っていた。

そしてこの女、ちゃっかり店まで予約してやがった


僕が来ないという選択肢は最初から無かったんだ。


まあ、そこまではいい。

あんな素晴らしい美術館に行けたのは他ならぬ彼女のおかげだ。

ディナーぐらいお供しようじゃないか。


それにここの食事は凄く美味しい。

流石彼女のおメガネにかなった高級店だ。


でも一つ気になって仕方がない。


こいつコースまで予約してたから、なんのコースかわからない。

けど、周りの人との差を見れば一目瞭然。

圧倒的に高級なコースだ。


多分最高級のコースだろう。

支払いはリリーナがすると言っていたからそこはいい。


だけど、なぜか周りの視線を感じる。

美術館で感じたような視線ではない。


何か見守っているような温かい視線だ。

料理を持って来る店員も同じような視線を僕に送って来る。


それが妙に気になる。


「なあ、リリーナ」


メインディッシュも終わり、残すはデザートのみとなったタイミングで僕はリリーナに声をかけた。


その瞬間、会場の空気が変わった。

何かを期待するような空気が店内に充満する。


「一体なんなんだ?

この空気感は?」


僕のこの発言に空気が一気に冷める。

だれも吐いていないのに、大きなため息が聞こえた気がした。


「ウフフ。

なんでしょうね?」


リリーナはこの正体を知っているみたい。

だけど、含み笑いをしただけで教えてはくれない。


「それより、そろそろお昼に言ってた話をしないとね」

「いや、別にいいよ。

それよりも、この空気が――」

「あなたが私とお話ししたくてディナーに来たんだものね」

「そんな事は一言も言っていない」

「あれ?おかしいわね?

腕を反対の方向に曲げてでも来たいって言って無かったっけ?」

「んなわけあるか。

君の記憶はどうなっているんだ?

改変にも程がある。

そんな奴いるわけないだろ」

「そう?

私が片腕折ったら一緒に食事してあげるって言ったら、喜んで折る男性は山程いるわよ」

「そんな奴……いそうだ」

「でしょ?」

「そして容赦無く腕をへし折りそう。

更にへし折った後に大笑いして、結局食事に行かなさそう」

「誰よそんな酷い女」

「全部君の話――」

「右腕?左腕?それとも両方?」

「何気に両腕になってるし」

「大丈夫よ。

両腕折れても、治るまで私が付きっきりで介抱してあげるわ」

「怖い怖い怖い。

自分で両腕折っておいて自分で介抱するとか、マジで怖い。

完全にマッチポンプじゃん」

「ウフフ」


リリーナが意味ありげな微笑みを浮かべる。

ヤバイなこいつ。


「私の話を聞きたくなったかしら?」

「……聞かせてください」


リリーナは急に真剣な顔になって話を始めた。


「あなた、両親の事どう思ってる?」

「僕の両親?

超お気楽な人」

「そうなのよね。

5年前、あなたの両親に会いに行った時に領民に聞いた時もそんな答えばっかりだった。

でも王国内、特に上流階級でのアークム男爵の評価は全然違う」

「どんな評価なの?」

「男爵とは思えない程の天才領主」

「うっそだー」


そんな訳無いだろ。

あのお気楽両親だよ。

僕なんか常にデフォルメキャラに見えちゃうんだよ。


「よく考えてみなさい。

男爵という低い地位なのに国境に面してる重要な土地の領主なんて有り得ないでしょ」

「言われてみると、確かに……」


お隣の国は伯爵領主だったもんな。


「ほんの十数年前までは西国との関係はあまり良く無く、いつ戦争が起きてもおかしく無い状態だった。

だけど、あなたの父親が男爵ながら領主に就任した直後に関係は一気に改善された。

今では数多くの貿易が行われる程にまでなっている」

「そうなんだ」

「あなた自分の領地の事なのに、何も知らないのね」

「興味ないからね」


どうせ学園卒業して、ヒナタが領主を継いだら失踪する気だからね。


「はぁー……

まあ、いいわ。

とにかく一部の貴族の中ではアークム男爵の評価は元々高かった。

でも、ここ数年で王国全土にアークム男爵の名は広がったわ。

その理由ぐらいは察しがつくでしょ?」

「ヒナタだね」


剣術大会の結果は一気に王国内広がる。

各領主からしたら、どこの領地の子か気になって仕方ないだろう。


そして何よりヒナタはとても可愛い。


「それだけじゃないわ。

アークム男爵がどさくさ紛れに養子にしたシンシア・アークム。

今や世界的な芸術家となったアンヌ・アークム。

更には王国最年少で剣聖となったエルザ・ノワールとも深い関わりがある。

そんな男爵と繋がりを持ちたいと思わない貴族は王国にはいないわ」

「なるほどね。

有名人とお近づきになりたいって事だね」

「あんたの方がよっぽどお気楽な気がするわ」


リリーナが呆れてため息を吐いた。


「ただ、アークム男爵は決してプレゼントを受け取らないのよ。

だから、繋がりを持つのが難しい。

そんな男爵と繋がりを持つ一番簡単な方法が政略結婚よ。

その結婚だけど……

特待生の2人は釣り合う男が少ない。

世界中を旅して回っているアンヌとエルザはもっと難しいでしょ。

そうなると、あなたが一番狙い目なわけ」


リリーナが言葉を切ったタイミングでデザート出てくる。


またしても店員がアイコンタクトを送ってくる。


一体なんなんだろう?

正直リリーナの話より気になる。


でも、せっかくのデザートなので話を中断して頂く事にした。


なんか長い名前だったけど、とても美味しかった。


「あなたは私に感謝しなさい」

「なんでそんな話になるの?」

「鈍いわね。

私が婚約したから、この5年間静かに過ごせたのよ。

なんやかんや理由をつけて、あなたに娘を紹介しようとしてた貴族達をお父様が睨み利かせてたんだから」

「そうなんだ。

それは感謝します。

君のお父さんに」

「今だってそうよ。

常に近くにいて私が牽制してるから悪い虫が寄って来ないのよ」

「悪い虫ならもう付いているよ」

「デザート食べ終わったし、もう両腕いらないわよね?」

「いります。

いらない事なんてない」

「なら発言には気をつけることね」


リリーナがそう言ったタイミングで店員が皿を下げる。


まただ。

またあの見守るような応援するような視線。

なんか他の客の空気もどこか期待に満ちた雰囲気だ。


僕になんの期待をしているんだ?

リリーナは楽しそうにこっちをみているだけだし。


「ヒカゲ君。

そろそろ行こうかしら」


リリーナはそう言って立ち上がった。


「そうだね」


僕も立ち上がると場の空気がため息を吐く。

リリーナはイタズラを成功させたような顔をした。


結局わからずじまいだ。



支払いは既に済ませているようで、リリーナはすっと店を出て行った。


僕も後から出ようとすると店員達が、


「どんまいです」

「まだ若いから大丈夫です」

「チャンスはまたきっと来ます」

「心の準備が出来たらとき、また当店でお待ちしてます」


と、口々に慰められた。


全く意味がわからん。


「フフフフ。

アッハハハハハ。

おっかしい〜」


しばらく黙って歩いていたリリーナが、店が見えなくなった頃に突然笑い出した。


「あの雰囲気最高ね」

「楽しそうで何よりだけど、残念ながら僕にはわからないよ」

「店の人も、周りのお客さんも、あなたが私にプロポーズすると思っていたのよ」

「は?プロポーズ?

なんで?」


意味がわからん。

そんな事あるはず無いのに。


「あの店では、あのコースで、あの席で予約すると言う事はそう言う事なの。

通称プロポーズコースって言われるわ」

「でも、予約したのは君だろ?」

「もちろん、あなたに名前で予約したわよ。

今頃お店ではあなたがヘタレだって話で持ちきりね」


そう言い終わると、リリーナは再び声を出して笑い出した。


なるほど、ようやく合点がいった。

だから、最後店員さんが励ましてくれたのか。


こいつ、一体何人巻き込んでイタズラしてるんだよ。


「君は一体何をしたいんだ?」

「そんなの決まってるでしょ。

あなたにプロポーズして欲しいのよ」

「はいはい」


本当にこの子はそう言う冗談好きだね。

もう呆れて怒る気もしないよ。


「ねえ、ヒカゲ」


穏やかな声で胸ぐらを掴まれる。


「その優しい顔で良く胸ぐら掴めるね」

「茶化さないで聞いて。

私があなたに黙ってたのはね、あなたに勘違いして欲しく無かったからよ。

さっきも言ったように、あなたの価値が上がったのはここ最近の話」


今度は真剣な表情になったリリーナが、僕の顔を自分の顔にグッと引き寄せる。


「でも私は違う。

初めて会ったあの日からあなたが欲しかった。

アークム男爵の評判なんて関係無い。

ヒカゲ、あなたが欲しかった。

だから、あなたは私の物よ。

誰にも渡さない。

わかった?」

「うん、わかったよ」


僕の答えに満足したようだ。

僕を放したリリーナは足早に寮のエントランスへと向かった。

そして最後にこっちに振り向いて笑顔を手を振った。


「おやすみなさいダーリン」


そのまあ寮の奥へと消えて行った。


彼女の気持ちは良くわかった。

前世で僕も同じ経験をしたからね。


全く評価されてない絵画に一目惚れして、その画家の絵を盗みまくったんだよね。


そうしたら怪盗ナイトメアが盗む画家とか言い出して価値が一気に上がって。

急に評論家達が手のひらを返したように評価し始めたんだ。


あの時思ったね。

お前見向きもしなかったのにって。

全部僕の物だぞって思ったね。


彼女も僕と一緒で独占欲が強いんだな。

人を物扱いするのはどうかと思うけどね。



帰宅してから味の決まらないココアで一服していたら、僕の部屋に侵入者が現れた。

抜き足差し足で僕の背後から迫り来ている。


「どうしたのヨモギ?」

「ニャんで!」


僕が背中越しに声をかけると、後ろでヨモギが驚きの声をあげる。


今日は魔力で作ったボディスーツに身を包んでいる。

きっと、音が出ないようにしたつもりかもしれないが、


「まだまだ甘いね」

「う〜、まだまだ甘かったニャ」

「それで、何かよう?」


肩を落として項垂れたヨモギに声をかける。


「ボス!聞いて欲しいニャ!」

「どうしたの?」

「昨日スミレ様に怒られたニャ」


ヨモギはまたいっそう肩を落とした。


本当にショックみたいだ。

スミレは怒ったら怖そうだもんな。


「そっか〜

怒られたのか〜」

「ニャぐさめて欲しいニャ!」


ヨモギがソファーと僕を飛び越えて、僕の膝にダイブする。


「おーよしよし。

それで、なんで怒られたの?」

「……」


撫でて喜んでいたヨモギが固まった。


「あの……ヨモギ。

どうして怒られたの?」

「忘れたニャ!」

「忘れちゃったの?」

「ニャー」


僕が昔披露してあげた可愛い猫のポーズでヨモギが誤魔化す。

完全に忘れてしまったやつだ。


「それまたスミレに怒られない?」

「そうだニャ!

マズイニャ!

ボス、ニャいしょにしといて!」

「そうだね。

内緒にしておこう。

忘れた物は仕方ないからね」

「仕方ニャい!」


それに怒られた事をずっと覚えておいてもいい事なんて何もない。

なんたって僕達悪党は今を生きているんだから。


「それで今日は何の用事?」

「ボスにスミレ様から手紙を預かってるニャ」

「手紙?」


一体なんだろう?


「あ!」

「どうしたの?」

「思い出したニャ!

昨日ボスに手紙渡すの忘れたから怒れたニャ!」

「そうか、思い出してえらいね」

「えへへ。

褒めて褒めて」

「よしよし偉いぞ」


頭を撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らしている。

獣人って不思議だよね。

見た目は殆ど人間なのに、生態は猫そっくり。


「ねえ、ボス。

ニャに飲んでるニャ?」


ヨモギがふと僕の飲みかけのココアを指差す。


「ミルクココアだよ」

「ミルクココア?

ニャーはミルク好きニャ。

欲しい!頂戴!」

「いいよ。

今新しいの作ってあげるね」

「嫌!ボスのが欲しいニャ!」


わかる。

人の物って何だか欲しくなるよね。

これぞ悪党だ。


「いいよ」

「ニャったー!」


コップを持ったヨモギは一気にココアを飲み干した。


「美味しい!

だけど、ニャにか勿体無い感じがする」

「ヨモギもそう思う。

なんか味が決まらないんだよね」

「ミルク感がもっと欲しいニャ」

「なるほど、水じゃなくて牛乳で割ったらいいかもしれない」


缶に書いてある作り方にこだわり過ぎていたな。

他の人に意見を聞くと新しい発見があるな。


「お手柄だぞヨモギ」

「ニャんだか知らないけどボスに褒められた!

ココア貰って、褒められて、今日は最後にいい日だったニャ」

「そうだね。

終わり良ければ全て良しだね」

「じゃあ今日はボスと一緒に寝るニャ」

「ダメ。

自分の部屋に帰って寝なさい」

「ガーン。

ニャがれでいけると思ったのに……」

「そんな流れは無かったよ」

「わかったニャ。

今日は諦めるニャ。

ボスおやすみ!」

「おやすみ」


ヨモギは風のように消えた。

あんなにハイテンションで寝れるのだろうか?

……そう言えば、なんか忘れてる気がする。

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