第4話

流石巨大な美術館。

一日で周り切るのが大変なほど大きい。

だから館内に飲食店もしっかり併設されている。


しかし貴族相手の商売だから値段が高い。

そしてその中でも最上級のアフタヌーンティーを目の前のご令嬢2人が楽しんでいる。


少し離れた席では侍女2人が同じメニューを堪能している。


エミリーに何処となく似ている侍女はナナリー。

ルナの侍女でエミリーの腹違いの姉になるらしい。


案の定と言うか、ルナとリリーナは遠い親戚で、昔からの友人らしい。


どうりで2人共性格がそっくりなわけだ。

類は友を呼ぶとは良く言った物だ。


「あんたも遠慮無く何か注文しなさい」


リリーナもご機嫌に紅茶を口にする。


「全部僕のお金だよね」

「そうよ。

だから遠慮しなくていいのよ」

「そうよ、せっかくだしヒカゲ君もなにか食べたら?

この美術館は食事も一級品よ」


ルナの口調はすっかり砕けてしまっている。


「ここのアフタヌーンティーは君達の機嫌を直す程美味しいってのはわかったよ」


まあ、高いと言ってもしれている。

昨晩の稼ぎの方が多いぐらいだ。


「僕はちょっと回ってくるから、お二人はゆっくりしといていいよ」


とりあえずアフタヌーンティーを二人が楽しんでる間に僕は堪能して来よう。


「エミリー」

「ナナリー」


立ち上がった僕を侍女2人が肩を抑えて座らせる。


さっきまであっちでお茶してたのにすごいな。

この2人、なかなかの身のこなしだ。

動きに無駄が少ない。


「デート中に彼女を置いて行くとか、おかしんじゃないの?」

「それは同意しますね。

レディの扱いがなっていませんね」


それで結構なんで僕に芸術を堪能する時間をください。

悪党にそんな物を求めるのがおかしいんだ。


「それに私はまだヒカゲ君とお話ししたいわ。

特にあなたの価値について」

「それはダメだって言ってるでしょ」

「あら?お互いの力関係が変わって婚約破棄されるのが怖いのね?」

「そんなんじゃないわよ」

「だって、私に取られそうになって泣いちゃうぐらいだもんね」

「泣いてないわよ!

そういうルナだって、ちょっと攻められたぐらいで昇天してたじゃない」

「昇天なんてしてないわよ!

あれぐらい、動揺すらしないわよ!」


こいつらスゲェな。

あれだけの醜態を無かったことにしようとしていやがる。

大したプライドの持ち主だな。


「なんとも無いならここのお代払ってくれる?」

「「アァ?」」


綺麗にハモった。

こいつら実は仲良しだろ。


「リリーナ様。

いいでしょうか?」


ナナリーが発言の許しを乞う。


「僭越ながら申しますと、ヒカゲ様には自分のお立場を自覚して頂いた方がいいと思います」

「でも……」

「ルナ様のような性悪女に騙されないように自衛の必要があると思われます」

「あなた主人の私を前に良く言えたわね」

「侍女として主人の前で嘘を吐く事は出来ませんので」


腹黒、性悪、毒舌、この空間ヤバい女しかいないな。

こうなるとエミリーにも何かヤバい属性が欲しい所だ。


「……わかったわ。

ちゃんと教えるわよ」


意を決したようにリリーナが重い口を開く。


「別に話が長くなるならいいよ。

時間勿体無いし」


そんなに話にくい事なら話す必要も無いしね。

なんて僕は優しんだ。


「そんな事より、続き見に行っていい?」


リリーナが立ち上がって笑顔でこっちを見るが、その笑顔の裏にとてつもない怒りが隠れている気がする。


「人がせっかく話してあげようって言うのに、そんな事言うのね」

「だって、話したくないんだろ?」

「そうよ。

でも、私の話より美術館の方が気になるってのも腹が立つわ」


理不尽な事を言いながら、ずしずしとテーブルの反対から僕の隣まで迫って来る。


「そんなの比べ物にならないね」

「なるほどね。

私の話は聞くにあたいしないと言いたいのね」

「別にそういう意味で言ったわけじゃないよ。

美術館には時間があるんだ。

君の話なんていつでも聞けるでしょ?」

「確かにあなたの言う通ね」


リリーナはそう言うと、僕の腕に抱きついて肩が抜けそうなぐらい引っ張りやがった。


僕は無理矢理立たされた。


「エミリー。

残りは持ち帰り用に包んでもらって。

では、私達は行きましょう。

私の話をいつでも聞けるなら、隣でじっくり解説してあげるわ」

「それはありがたい。

全部解説読むの大変だと思ってたんだ」

「さっきの話はここの閉館後にディナーの時にお話ししましょう」

「それは遠慮しとくよ。

晩御飯は家でゆっくり食べるから」

「はぁ?私の話ならいつでも聞いてくれるって言ったじゃない」

「言ってない。

曲解が過ぎる」

「うるさいわね。

あなたは私が話したい時に私の話を聞くの」

「そんな横暴な」


リリーナが抱きつく力を更に強める。

僕の腕の内側からギシギシと聞こえてはいけない音が響く。


「痛い痛い。

僕の腕はそっちの方向には曲がらない」

「案外曲がるかもよ。

試してみる?

それとも私とディナー行く?」

「それニ択になってないからな」

「じゃあ試してから私とディナーにする?」

「それ実質選択肢減ってるぞ」

「試すの?試さないの?」


更にリリーナは力を強める。


こいつ正気か?

本気で腕を逆に曲げようとしている。


「試さないよ。

そんな事したら大惨事だろ」

「わかったわ。

腕はそのままでディナーで決まりね」

「え?ちょっと待て。

何かおかしくないか?」

「時間勿体無いんでしょ。

早く行きましょ」


最後の僕の言葉を無視してリリーナは歩き出した。


「私もご一緒しますね。

ナナリー私達の分も包んでもらっておいて」


ルナが追いかけて来て反対の腕に抱きついた。

おいおい、これさっきと同じ状況じゃないか?

こいつら学習能力無いのか?


「ルナ。

どういうつもり?」

「私もこの美術館に詳しいわよ。

なんたって毎シーズンの展示に携わっていますからね」


マジで!

このセンスある展示関わってるの!?

性悪は置いといて、このセンスには脱帽だよ。


「それに、まだ第二夫人の件は諦めてませんわ」

「まだ言ってるの!」

「だってあんなに情熱的に求められたの初めてですもの」

「動揺すらしていないって言ってたじゃない!」

「まあまあリリーナ、良く考えてみてください。

公爵令嬢の婚約者に第一王女の第二夫人候補。

こんな殿方にちょっかいを出せる女はそうそういませんわよ。

鉄壁のガードだと思いません」

「でも、これは私の物よ」

「もちろんわかってます。

私はあなたの次でいいわ。

これを先に見つけたのはあなただからね。

どう?この私があなたの二番手になるなんて滅多に無い事よ」


リリーナが少し考える。

上手く競争心を煽られてるな。


「……確かにそれは気分がいいわね。

いいわ認めてあげる。

でも、あくまで候補だからね」

「ええ、分かってます。

婚約者はあなただけよ」


2人共僕の事なのに僕を無視して話を進めている。

でも、ここで口を挟むと時間が勿体無いからスルーしておこう。



2人の解説は非常に分かりやすかった。

知識量も凄く、僕の些細な質問にも的確に答えてくれた。


そこは流石と言うべきだろう。

受けて来た教育が違うという事だ。


それをきちんとインプットして、自分なりにアウトプット出来るのは、彼女達の頭の良さが伺える。


更に2人共お互いの解説を邪魔しない様に補完し合っていた。

おかげで凄くスムーズに美術館鑑賞が進んでいる。


それに関しては素直に感謝している。

だけど、2人共一切腕を離してくれない。

だから他の客、特に男性客からの視線が痛い。


その気持ちはわからんではない。

確かにこの2人には華がある。

だが一つ言いたい。


お前達は何を見に来たんだ?

目の前に芸術に集中しろ。

素晴らしい芸術に失礼だろ。


あと、自分の隣のパートナーの視線にも気がつけ。

僕たちを見ているお前達を睨んでる目がすごい事になってるぞ。


おっと、思わず二つ言ってしまった。


「ここが今回の目玉の展示スペースです」


一つの展示スペースに到着した所、ルナの声のトーンが上がった。

ルナもこのスペースが好きなのが表情からわかる。


「ここはあの有名なロビン・アメシスの作品の中でも、国王に献上された国宝を5種類展示しています」


ロビン・アメシスとは王国史上最高の天才芸術家と言われている芸術家だ。

木工細工やガラス細工、金属細工など立体的な作品が多い。

世界的にも有名で、ロビンコレクションと呼ばれて各国にある作品は国宝扱いになっている。


「中でもこれが公の場に初のお披露目となっています」


ルナが指差した先には大きな宝石が埋め込まれた金の天秤。

なんとも言えないオーラがある。

そして――


「なんか傾いてるね」


僕は首を傾けて天秤を見る。


「そうね。

何も乗って無いのに傾いてるわね」


リリーナも僕の真似をして首を傾けている。


「そうなんですよ。

このあえて均等じゃないのにセンスを感じますよね」


ルナも首も傾けて解説する。


そうだよね。

初めから傾いてる天秤なんて見たら、首を傾けるよね。


これ欲しいな。

今日は堂々と鑑賞してるからかも知れないけど、欲しい物が結構ある。


奪っちゃおうかな?

ここの夜間警備は王立だけあってかなり厳重だけど、それはこの世界に限っての話。


厳重と言っても騎士団の見回りが多いのと、何重にも施された魔術による警備。


魔術なんて打ち消してしまえばなんて事無い。

あとは騎士団だけど、気付かれないで奪っちゃえば関係無い。


王立美術館って事は、ここの物は王国の物だろ?

って事は善人の物じゃないから奪って問題無い。


よし決めた。

公開最終日の夜に奪いに来よう。


公開中に奪っちゃうとここに来る善人から、こんな素晴らしい芸術を見るチャンスを奪ってしまうことになるからね。


これぞ悪党の美学。


「他の作品も素晴らしい物ばかりです。

例えばこのダイヤモンドで作られたプリズム。

こんなに大きなダイヤモンドってだけでもすごいのに、それを大胆に削ってプリズムに仕上げています。

その光の屈折すら計算され尽くされており、光の当たる角度によって全く別物の美しさになります。

今回は私達が厳選した5つの角度からの光で楽しんで貰えるように、前にあるボタンでスポットライトの角度を切り替えられます」


これは凄い。

このボタンの切り替えだけで、一日中見てられそうだ。


「次に、人々が神から命を頂いた様子を造形したという金の彫刻です」


膝立ちをした人が天に向けて真っ直ぐ両手を上げており、その手の上には真っ赤に輝くルビーが取り付けられています。


「このルビーが命を現しています。

それと対になっている我が国の国旗にも書かれている鳳凰の彫刻です。

同じくルビーが命を現していて、鳳凰がその命を人々に運んでいる様子が表現されています」


金の鳳凰がルビーを両鉤爪で掴んで飛んでいる彫刻だ。

さっきのと対と言うだけあってルビーの大きさも変わらない。


この二つも素晴らしいが、僕はあの天秤がお気に入りだな。


「この四つの作品は、

当時の国王が王家の財宝を隠している場所の鍵として作られたと言われています。

今となっては、その隠し場所もこれらの使い方も不明ですので、その話が本当かどうかはわかりません」

「それはロマンを感じるね」

「そうでしょ!」


僕の相槌にルナは上機嫌になる。

ルナはこう言う話が好きみたいだ。


「その宝は国を治めるのに大切な力だと言われています。

一体どんなものか気になります」


国を治めるのに大切な力を隠すなよって、ツッコミたくなったけど我慢した。


こういう逸話と言うのは、そういうものなんだ。


「最後のこれは何?」


リリーナはこの話にあまり興味が無さそうに次の作品に移っていた。


「マトリョーシカ人形です。

これは木製で、前と後ろの胸の部分に付いていのはガラス細工です。

宝石や金と違ってどうしても見た目のインパクトは劣りますが、ロマン・アメシスの力強い彫りが一番わかる作品です」


それは大きさの違う7個の人形。

マトリョーシカと言うぐらいだから、全部中に収まるのだろう。


なんか、これはこれで素朴な味わいを出していて素晴らしい。


「なんか、この人形ヒカゲに似てるわね」

「言われてみたらそうね」

「えー、そうかな?」

「このどこにでもいそうな平凡な感じがそっくりよ」


リリーナが僕と人形を交互に見ながら笑う。


僕に似てるかどうかは置いといて、僕はこれが一番好きだな。

なんかロビン本人が一番楽しんで作った感じが伝わってくる。


これも奪いにこよう。

久しぶりに予告状でも作るかな?

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