第3話

結局一睡もせずに朝を迎えてしまった。

おかげで懐は潤った。


僕は鍛錬で各力を使って自身の疲労を癒す事が出来る。

だから実質寝なくても大丈夫。


でも基本は毎日寝る。


だって寝るのは楽しい。

なんたって人間の三大欲求の一つだよ。

満たさないのは勿体無い。


欲望のままに生きる。

それが悪党っていう物だ。


今晩は二日ぶりの睡眠を楽しめそうだ。


今日は少し大人っぽく落ち着いた服装に決めて、優雅にアイスココアを飲む。


やっぱり味が決まらない。

美味しいココアへの道はまだまだ長そうだ。


そろそろ時間だし、寮の前で待ってるとしますか。



ちなみにリリーナと僕は同じ寮だ。

一応男子寮と女子寮と別れているが、中央の渡り廊下で別れてるだけで自由に行き来出来る。


上流貴族は婚約者がいる子も多い。

その為婚約者同士の交友を深めたり、逆に婚約者を見つけたり、愛引き推奨なんだろう。


中には政略結婚の為に既成事実を作る輩もいるらしい。


さすが貴族様。

考え方が根本的の違いすぎる。


エントランスも共通で、僕みたいな一階じゃない限りここしか出入り口が無い。

リリーナも一階だけど、寮の前と言ったらここだろう。


時間より少し早く着いて待つ事にする。

あういう腹黒女には余計なマウントを取られてはいけない。


予定通りリリーナより先に着いたら、寮母さんがエントランスの掃除をしていた。


「おはようございます」

「おはようヒカゲ君。

今日はバッチリ決めてるわね。

噂の彼女とデート?」

「残念ながら」

「あんな可愛い彼女捕まえて残念とか言ったら、バチが当たるわよ」

「可愛さなら妹2人の方が上なので」

「確かにあなたの妹達は可愛いわね」


寮母さんがなんとも言えない苦笑を浮かべる。


腹黒だと言わなかっただけ褒めて欲しい。


「じゃあ私はいくわね。

デート楽しんでね」


デートはともかく、美術館はしっかり堪能してきますね。


しばらく待っていたら時間ぴったりにリリーナが姿が見えた。

彼女も大人っぽくしっかりオシャレしている。


やっぱり美術館で芸術を堪能するには、身だしなみもしっかりしないと失礼だ。

さすが公爵令嬢。

そこら辺は弁えている。


「ごめん、待った?」

「うん、待った」


何故かボディブローを入れられた。

会ってすぐに何しやがるんだ?


「そこは、今来た所って言う所でしょ」

「そんな事言ったってちょっと前から来て待ってたんだよ」

「そこは嘘でもそう言うの」

「昨日は正直な僕が好きって――」

「何事にも例外はあるのよ、とも言ったわ」

「そんな無茶苦茶な」


これのどこが可愛い彼女なんだ?

ただのやばい奴じゃん。


リリーナがお腹を押さえている僕の全身を見ながら口を開いた。


「それにしても、ちゃんとした服持っていたのね。

なかなか格好いいわよ。

先に服買いに行かないといけないとか思ってたけど、その必要は無さそうね」

「美術館に行くのに失礼な格好で行けないからね」

「それで、私の格好見ての感想は?」

「君は何着ても美人だろ」

「そうだけど、そうじゃないのよね。

微妙に怒りにくいし。

まあ、あんまり期待して無かったけど」


何故かリリーナはため息を吐く。

これから楽しい美術館に行くのに変な奴だ。


「それより早く行こう」

「あなたがそんなに美術館に興味があるなんて思わなかったわ」

「僕は美しい物が好きだからね」

「あら?そんなにはっきりと好きって言われると照れるわ」

「君が美人なのは認める。

でも、何事にも例外はあるんだよ」

「ハァ?そんなの認めないわよ」


この腹黒女スゲェな。

どうしてこんなに理不尽な事言えるんだ?

理不尽の化身なのか?



美術館の素晴らしさは僕の想像を遥かに超えている。

展示者のセンスも相変わらず素晴らしい。

それに堂々と見れるのは何より嬉しい。

これに関してはリリーナに感謝だ。


全く、今日一日で時間足りるだろうか?


「相当お気に召したようね」

「それはもう言う事ないよ」


隣のリリーナの問いに僕は美術品から目を離さずに答える。


「あなたがそんなに目を輝かせてる所初めて見たわ」

「そりゃこんなに素晴らしい物に囲まれたらね」

「それはそうなんだけど、なんか複雑な気分だわ」


なんかよく分からない事言ってるけど、そんな事どうでもいい。

僕は今、芸術作品を堪能するのに忙しい。


世界が変わっても人間の美的センスはさほど変わらないな。

この世界にも素晴らしい芸術は沢山ある。


こっちの世界の方が自然をモチーフにしたアートが多い気がする。

それだけ自然が豊かなんだろう。


しばらく美術館を堪能していると一枚の風景画が目に止まった。

一見なんの変哲の無い窓からの風景を描いた絵。

王都の街並みが描かれている。


僕は写真や映像で風景を見るのは嫌いだけど、絵は好きだ。

絵は描き手の感性と言うフィルターを通してからアウトプットされる。

その感性が見え隠れする絵が特に好きだ。


だけど、感性100%みたいな絵はあんまり。

前世で価値のあったピカソとかの良さはわからなかった。


芸術は爆発じゃない。

芸術は自然に生まれる豊かな感性だ。


「この絵がどうかした?」


じっとその絵を見ていると、隣のリリーナが声をかけてきた。


「もしかしてこの絵、君が描いた?」

「そんな訳ないでしょ。

どうしてそう思うの?」

「この絵に描かれてる人も鳥も生き物が全てこっちを向いてるでしょ。

しかも、みんな澄んだ瞳。

まるで自分は見られて当然、見ない奴がおかしい、自分を中心に世界は回ってる。

そんな自尊心の固まりみたいな人が描いた絵だね」

「あんた、私の事なんだと思ってるの?」

「別に貶してるわけじゃないよ。

むしろ僕はこの絵は好きだね。

自分に自信を持って堂々と描いてる。

こんな絵は君みたいにちょっとヤバイ奴にしか描けない」

「あんた良くそんな事言えるわね」

「僕は思った事言っただけだよ」


僕は思わず身構える。

だけど意外にリリーナからの攻撃は無く、呆れた表情で見てくるだけだった。


「別に怒って言ってるわけじゃないわよ。

むしろその絵に対してそれだけ言えるあなたに感心してるわ」


そう言ってリリーナは絵の下を指差した。

僕はその指の延長線上のプレートを見る。


『題名 王城からの風景

作者 ルナ・ホロン』


「これがどうしたの?」

「本当にあんたって怖い物知らずね」


意味がわからない。

誰が描こうがこの絵に対する僕の感情は変わらない。


「そんなにその絵を気に入って頂きありがとうございます」


僕たちの後方から声が聞こえたから、振り向く。

そこには煌びやかなドレスを身に纏いながらも、そのドレスに負けないほどの少女がいた。

何故かリリーナは嫌そうな顔をしている。


「その絵は私が描きましたの。

はじめまして。

ホロン王国第一王女、ルナ・ホロンです。

この度はお越し頂きありがとうございます。

我が王国一の美術館を充分に堪能してください」


ルナはスカートの端を持ち上げて挨拶する。

一切無駄の無い完璧な動作だ。


彼女は我が国の王女。

僕と同じ歳で王族だから宣教師学園に通っている。

つまり


「久しぶりねリリーナ」


リリーナとは知り合いだって事だ。


「久しぶりねルナ」


にこやかなルナに対して、リリーナは澄まし顔だ。

久しぶりの再会に感動ってわけではなさそう。


「そちらがリリーナが学園を辞めてまで追いかけて行った殿方?」

「そうよ。

それが何か?」

「あなたの性格を知ってても隣に居てくれる殿方がいるなんて思いませんでしたわ」


ルナが僕に近づいて見定めるような視線を向ける。


「そうよ。

羨ましいでしょ?」


リリーナは何故か勝ち誇ったようにルナを見下している。


いや、僕も嫌々一緒にいるだけですけど……


「正直申しますと、羨ましいですわね。

私の絵と知ってもストレートに感想を言ってくれて、尚且つ好きだと言ってくださる方なんて初めてですわ。

みんな、私が描いたってだけで漠然と褒めるだけですから」

「絵の良し悪しは誰が描いたかは関係無いからね」

「良ければ、展示期間が終わった後差し上げますわ」

「本当に!?

やったー!」


これであの殺風景な壁に彩りが出る。

周りもこの絵に合うようにレイアウトしよ。


「そんなに喜ばれると嬉しいですわね。

本当に羨ましいですわ。

私も欲しいですわ」


ルナが僕の腕に抱きついてくる。


「ダメよ。

これは私の物よ」


反対の腕をリリーナが抱きつく。

なんか知らない内に両腕を封じられてしまった。


「私は第二夫人でもいいですわよ」

「あんたはそんなので収まるタマじゃないでしょ」


ルナはリリーナを無視して僕に囁く。


「どうです?

王族の女の体は甘美ですわよ。

今夜にでも試してみません?」

「あなたはまだ宣教師学園に通ってるでしょ!

純潔を守らないといけないじゃない!」

「普通の生徒ならそうですけど、私は王族なので大丈夫です」

「絶対ダメ!

これは私の物なの!」

「いいじゃない?

私にも少し分けてくださいな」

「あのさ。

2人共うるさいから周りの人みんないなくなっちゃったよ。

怒られないのは、君達が公爵令嬢と王女だからだよ」


ダメだ。

僕の言う事を全く聞いていない。


僕はただ芸術作品を堪能したいだけなのに、なんでこうなるんだ?


そういうのは、もっといい男を取り合ってよそでやってくれる?


田舎男爵の僕と結婚になんのメリットも無いはずだよ。


「2人共。

ちょっと周りと違う男子に会ったから、新鮮で高揚してるだけだよ。

どうせ政略結婚をするにしても、もっと優良物件あるでしょ」


僕は現実を教えてあげた。

ダメ男に引っかかっても大変な目にあうだけだからね。

悪党の僕ほどダメ男はいないよ。


「あれ?あなたは自分の価値わかっていないのですか?」

「ちょっとルナ!

余計な事言わないで!」


慌て出したリリーナをルナが面白いオモチャを見つけた子供のような笑顔になる。


この笑顔で確信した。

この女はリリーナと同じ猫被り腹黒女だ。


「なるほどね。

リリーナがずっとガードしてたのね。

あなたって思ってた以上に独占欲強いのね」

「僕には話が全然見えてこないんだけど……」

「あんたには関係無い事だから黙ってなさい!」


いや、関係あるだろ。

僕の事ですよね?


「ウフフ。

教えてあげますわ」

「ダメよルナ!」

「あらあら。

リリーナがうるさいので辞めますわ、ここでは。

今晩ゆっくりとベッドの上でお話しません?」

「そんなのダメに決まってるでしょ!」


リリーナが少し涙目になっている。

泣きたいのは僕の方。


いい加減にしないと両方とも犯すよ。

君達2人をいっぺんに相手するなんて楽勝だからね。

君達が悪党だったら今頃足腰立たなくなってるよ。


「なら今あなたが言うか、今夜私がベッドの上で言うか、リリーナに決めさせて差し上げます。

どっちにします?

私は夜ベッドの上の方がいいですけど」


この小娘が。

僕は悪党だから気が短いんだ。

あまり悪党をおちょくるとどうなるか教えてやるよ。


「どっちもイヤ」

「それは無しですわ」

「今夜とは言わずに今からベッドでお話しようか」

「「え?」」


2人共思わぬ僕の反撃に開いた口が塞がらないご様子。

そんな事お構い無しに畳み掛けていく。


「どうしたのルナ?

行こうよ今すぐ。

君の甘美な体楽しみだな」

「い、いや、それはその……」


ルナの顔がみるみる赤くなっていく。


ほら、やっぱり。

本当に迫ってくるとは思っていなかったでしょ。

だって王女様だもんね。


でも、悪党の僕には関係ないよ。


「ちょっとヒカゲ。

急にどうしちゃったの?」


リリーナは心配そうに僕を見ているけど、気にせず続ける。


「だって、僕も男だからね。

ずっと胸当てられてたら我慢出来なくなっちゃうよ」


ルナが慌てて僕の腕に当たっていた胸を離す。

逆にリリーナは反対の腕を強く抱きしめて引っ張る。


「あれ?どうして離れるの?」

「ちょ、ちょっと待って。

その……そう!夜ね。

やっぱりそういうのは夜がいい。

ヒカゲ君もそう思うでしょ?」


もう被ってた猫が剥がれて、ルナの口調が変わっている。


「なんで?部屋暗くしたら一緒だよ。

どうしても夜がいいなら、今から夜までずっと相手してあげるよ」


これ以上無いぐらい顔を真っ赤にしたルナは、ついに僕の腕から離れて一歩後ろに下がる。


僕はそれに合わせて一歩詰め寄ると、目を丸くして僕の顔を見る。

その目は若干涙目になっている。


「ダメよ!絶対ダメ!

あなたは私の物なの!」


反対ではリリーナが僕を必死で引っ張っている。

こっちも何故か若干涙声になっている。


なにこれ?

めちゃくちゃ楽しい。


2人のウブな少女を困らせる。

まさに悪党日和に尽きる。

新しい性癖に目覚めそう。


「もしかして王女様とあろうお方が、あんなに誘っといて冗談でしたって事はないよね?」

「あの……私は今宣教師学園に通っているから、対外的には爵位や地位は無いといいますか……」


また一歩ルナが下がる。


でたでた。

都合にいい時だけそういう事言うのもリリーナと一緒だね。


だけどそれは二回目だから逃がさないよ。


「なら、僕の方が地位が上だね」


逃げるルナを左腕で思いっきり抱き寄せるてやった。


「大丈夫だよ。

優しくするからね」


キャパオーバーになったルナの思考がショートした。

放心状態で、頭から煙が出て来そうなぐらい赤くなってしまった。


「イヤだー!

ヒカゲは私のなのー!

取らないでよー!」


リリーナは急に泣き出した。


なんか知らないけど、両方やり込めてやったぞ。

見たか小娘共。

悪党を舐めるなよ。

この僕に小悪魔如きが相手になるわけないだろ?

調子に乗ってるからこうなるんだ。


さて、この後はどうしてやろうか?

いっそのこのまま2人共――


あっ、やばい。


僕の首元に前後から2本のナイフが当てられた。


前は隠れて待機していたエミリー。

後ろは隠れて待機していたルナの侍女。

なんかエミリーにどことなく似ている。


「ヒカゲ様。

ルナ様に対して少々やり過ぎでは無いでしょうか?」

「ヒカゲ様。

リリーナ様に対して少々やり過ぎでは無いでしょうか?」


喋り方もそっくり。

姉妹なのかもね。


「イヤだなー。

ちょっと揶揄っただけじゃないですか」

「王女であるこの私を揶揄ったですって!?」

「へえー。

この私を揶揄うなんていい度胸ね、ダーリン」


一瞬で立ち直った2人が侍女から渡された剣を握っている。


どうやら調子に乗っていたのは僕の方だったみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る