第2話

朝はヒナタとシンシアと登校。

一度教室に着けば事あるごとにリリーナに絡まれる。

リリーナがいるという事は、侍女のエミリーもついて来る事が多い。


僕は入学して一週間も経たないうちに、噂の中心人物になっていた。


特待生の美少女2人と公爵令嬢の弱みを握って恋人まがいな事をさせてる最低変態野郎の称号を手に入れた。


いや称号長いって。


普通に考えたらありえない話ってわかりそうな物だ。


だけどこの女、僕がいない時に心配した生徒に声をかけらて、いかにも耐えてますって言う哀愁漂う笑みで


「弱み……

そんなの握られてませんわ。

本当に、本当に握られてませんわ」


とか言う物だから、余計に現実味を帯びている。


当然、誤解させる様にわざとやっている。

後日、みんな信じるなんて馬鹿みたいとか笑ってやがった。


この腹黒女め。

こいつは僕と一緒で絶対いい死に方しない。


今や一般クラスの全学年にこの噂知れ渡っている。

男子生徒からは恨みとやっかみ、女子生徒からは怒りと軽蔑の視線が僕を突き刺す。


もはや学校ぐるみのいじめと言っても過言では無い。

でも、逆に考えれば余計な事に絡まれる事も無い。


せっかくなので、このままリリーナを人避けに使う事にした。

使える物は何でも使おう。


……全然役に立たないじゃん。

放課後少しいなくなった瞬間絡まれたわ。

上級生の男子生徒に。


しかも10人ぐらいいるし。

何こいつら、僕が1人になるのをみんなで仲良くずっと待ってたわけ?

キモイよ。


「おい!新入生!

お前なんか調子に乗ってるみたいだな」

「あの……もっと具体的に言ってもらっていいですか?」


お前らはどっかの教皇か?

それだと何の事かさっぱりわからないじゃないか。


「うるせぇ!

あんな可愛い女の子の弱み握って言う事聞かすなんて……

うらやま、じゃない卑怯な事してるそうじゃねえか!」


実際逆だけどね。

むしろ僕が弱みを教えて欲しい。

それさえあれば何の問題無く婚約破棄できる。


「集団で下級生を囲んでるのも充分卑怯だと思うけど」

「舐めてんのかぁ?」


1人が大きく拳を振りかぶる。


どうしようかな?

殴られてもどうせ痛くないからいんだけど、なんか嫌だな。

避けるか。


僕はとても遅いストレートを避ける。

その拳は後ろの壁にぶつかった。


「痛っ!!

でめぇ!良くもやりやがったな!」

「いや、自分でやったんだよね?」

「覚悟しろよ!」


周りの上級生達も更に詰め寄って来る。


「やっと見つけた」


リリーナの声が聞こえて、上級生達が固まった。


そんな事はお構い無しにリリーナが上級生を掻き分けて僕の腕に抱きついた。


「こんな所にいたのね。

探したわ。

あら?もしかしてお取り込み中でしたか?」


あざとく上級生に向かった首を傾げる。


どう見たってお取り込み中だろ。


「いえ、もう用事は終わりました」


何故か敬語になる上級生。

いつの間にか全員気をつけをしている。


「そうなのね。

なら、ヒカゲ君を連れてっていいかしら?」

「はい、大丈夫です」

「ではご機嫌よう」


最強の作り笑顔で上級生達を骨抜きにしたリリーナは僕の腕を引っ張って去って行く。


「嗚呼尊い」

「なんであんな男に」

「いつか必ず救い出してあげます」


後ろで好き勝手に絶叫している。


この学園大丈夫か?

救い出して欲しいのは僕の方だよ。

誰かこの腹黒女をなんとかしてください。


「エミリー」

「はい」


リリーナの呼び声に天井から制服姿のエミリーが現れる。

まるで忍者みたい。


「あいつらの顔覚えた?」

「はい」

「あいつらは近いうちに小さな不幸にあうわよね」

「そうですね」


そう言ってエミリーは天井に消える。


こいつやっぱりやばい女だ。

なんで皆はこんなのがいいんだ?


「別にほっといたら?」

「嫌よ。

私の物にちょっかい出すなんて許せない。

あなたに絡んだ奴は必ず不幸な目に遭うって噂が広まれば、あなたも安心して学園生活送れるでしょ?」


絡まれた元凶は間違い無く君なんだよな〜。

君さえいなければ安心して学園生活送れるんだよ。


「そんな噂流れたら、もはや僕は歩く厄災だよ。

みんな僕が歩くだけで避けていくわ」

「それいいわね。

あなたを連れ回すだけで道が開くとか便利ね」

「そんなのが婚約者で君はいいわけ?」

「いいわよ」


当然とばかりにリリーナは言い切る。


「他人がなんて思っていようが、あなたは私の物に変わりは無いもの」

「政略結婚するにしても、もっといい相手いただろ?

公爵令嬢なんて引く手数多だろうに」

「あら?

なんか勘違いして無い?

私はあなたの事本気で好きよ」

「宣教師学園で男に飢えすぎて頭おかしくなった?」

「失礼ね。

宣教師学園にも男子生徒はいるわよ。

今は第二王子と第三王子がいるわ」


そういやそうだった。

王族の花嫁探しの場でもあったね。

縁が無さすぎて忘れてたよ。


「なら、僕より断然いい男が2人もいるじゃないか」

「あなた、それ自分で言ってて虚しく無い?」

「全然。

だって事実だし」


リリーナはジトーとした目で僕を見つめた後、ため息をついた。


「まあいいわ。

それよりあれやってよ。

あれ」

「あれじゃ分からない」

「初めて会った時にやってくれた猫の真似」

「そんなのあったね。

君がやった方が可愛いよ」

「ニャー」


リリーナがあの時僕がやった猫のポーズを真似る。

自分のポテンシャルを理解してる、あざと可愛いさだ。


「どうかしら?」

「僕のより数倍可愛いよ。

さすが猫被りはお手の物だね」

「惚れた?」

「残念、腹黒さまでは隠し切れて無いね」

「そう言うあなたの正直な所が私は好きよ」

「それはどうも」

「だから、ヒカゲ君。

明日は私とデートをしましょう」


何がだからなのか良くわからないけどごめんだね。


「嫌だ」


僕の横腹に肘鉄が入る。

だけど僕は暴力には屈しない。


冗談じゃないぞ。

明日は休みだぞ。

秘密基地でゆっくりするって決めてるんだ。


「ごめんなさい。

良く聞こえなかったわ。

明日は私とデートしましょう」

「嫌だ」


再び肘鉄が横腹を襲う。

さっきより深く食い込んだ。


「公爵令嬢の私が誘ってるのよ」

「生徒手帳見た?

学園内で爵位による圧力は禁止って書いてるだろ」

「そんなの建前に決まってるでしょ。

私がデートに誘ってるのだから、嘘でも喜んでOKしなさい」

「さっき正直な僕が好きって言ったじゃん」

「何事にも例外はあるのよ」

「そんな無茶苦茶な〜」


リリーナは何かのチケットを2枚取り出して僕に見せつける。


「うるさい。

週末は私と一緒に王立美術館行くのよ」

「え!?

王立美術館!?」


僕は思わずリリーナに手からチケットをひったくった。


王立美術館。

この国だけでなく世界的にも有名な大型美術館だ。


ただ大型なだけではない。

シーズン毎にテーマに沿って総入れ替えする。

更にその展示センスも抜群にいい。


一日の入館人数も限られていて、その分入館料も高額。

それなのに固定のファンが多数いてなかなかチケットが取れない。


かくいう僕も大ファンだ。

10年以上前から毎シーズン欠かさずこっそり紛れ込んで芸術作品を堪能していた。


でも、堂々と入って堪能した事は無い。

しかもこれは……


「プレオープンの特別優待券だよね?」


シーズン初めの一部の上流階級の人のみが招待されるプレオープン。

さすが公爵令嬢だ。


「え、ええ、そうよ」


僕の勢いにリリーナは少し引いてるみたいだけど、そんなの関係無い。

これを見て興奮しない奴の方がおかしいね。


「それで明日は私と――」

「うん!行く行く!

絶対行く!

何時にどこに集合?」

「じゃ、じゃあ9時に寮の前で……」

「わかった!

じゃあまた明日ね」


明日は楽しみだな〜

今回はどんな感じなんだろう?

早く明日にならないかな〜



前世で小学生の頃、遠足の前の日は楽しみで寝れないとかいう意味のわからないやつがいた。


遠足の何が楽しいかもわからなかったし、楽しみで寝れないってのも意味不明だった。


でも、楽しみで寝れないってのはわかったね。

本当に寝れない。

こんな寝れない日は悪党から奪いに行くに限る。


僕は早速夜の街に繰り出した。


王都の夜は長い。

飲み屋街に行けば灯りが消える事は無い。

特に明日は休み。

飲み歩いてる人でごった返しになっている。


しかし残念な事に王都は治安がいい。

こんなに酔っ払いばっかりなのに、諍いがあまり起きない。


それだけ生活に余裕があって穏やかな人が多いのだろう。

つまらない事だ。


でも、光があれば闇がある。

人の世とはそう言う物。


陽気な人が集まれば、それを狙う悪党が集まる。

酔っ払いを狙った置き引きやスリだ。

騎士団も巡回しているが、撲滅とはいかない。


そして悪党がいれば、僕がいる。

悪党が集めた金品を僕が掻っ攫う。

見事な食物連鎖だ。


今日もしっかり稼がせてもらおう。


悪党を探している時に少女とすれ違う。


スられた。

この少女、今僕の財布をスッたぞ。


「はい、残念」


僕は少女のお尻から生えている猫の尻尾を思いっきり掴んだ。


「ニ゛ャー!!」


少女は飛び上がって叫び声を上げた。


おっと、思わず強く握り過ぎてしまった。


慌てて放すと少女がシャーと威嚇している。


「ボス!いつもシッポはダメって言ってるニャ!」

「ごめんごめん。

ヨモギの腕が上がってるから尻尾しか掴めなかったんだ」


髪の毛の色を見て、なんとか名前を思い出す。

やっぱり分かりやすい名前にしといて良かった。


「え?そうニャの?

ニャはは。

ボスに褒められた」


ヨモギが子供っぽい笑みで喜ぶ。

頭の猫耳が嬉しそうに伸びていた。


彼女はヨモギ。

所謂化け猫だ。

この世界では獣人と言うらしい。


何人目か忘れたけど、スミレが拾ってきた悪党の1人。

なんか二つ名言ってたけど忘れた。


昔と変わらずボーイッシュな格好で、あんまり身長も伸びていない。

昔のまま……違った、体はボーイッシュじゃなくなってる。


ヨモギはガキの頃からスリで生きていた根っからの悪党。


そんな彼女はとにかく俊敏だ。

そして手癖が悪い。

さっきだって僕じゃ無かったら絶対気付かなかったはずだ。


「それで僕に何かよう?

こんなの入れて」


僕は財布が入ってたポケットに入ってる四つ折りのメモを取り出す。

ヨモギが財布をスッた後に入れたメモだ。


「スミレ様にボスに渡すように頼まれてたニャ」

「財布をスッたのは?」

「ニャんとなく」


ほらね。

手癖が悪い。


「ボスの物が欲しかったニャ。

ボスは悪党だから奪っていいニャ」


そうか欲しかったのか〜

なら仕方ない。


「その通りだ。

ヨモギは悪党の美学を分かっているね」

「ちゃんと分かってるニャ」


それで、スミレからの手紙ってなんだろう?


僕はメモを開く。


「これは……」


『豚肉、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ』


メモを見て固まってしまった僕を見て、ヨモギが横から覗き込む。


「ニャんで!?」


モエギも驚いて声を上げた。

なんでと聞きたいのはこっちだ。


「……明日僕に買って来いってことかな?」

「違うニャ!

これはニャーが昼にサラに頼まれた買い物メモニャ!」

「良かった。

僕パシられるかと思ったよ」

「ボスにそんニャ事しニャい!

ニャーが間違えただけニャ!」

「今日はカレーだったの?」

「カレーだったニャ!」


ヨモギがポケットをゴソゴソしだした。

その後は服の中に手を突っ込んで体中探す。


しかし、一向にメモは出て来ない。


「しまった!

肝心な物持ってくるの忘れたニャ!」


彼女は決してバカではない。

ただ、ちょっとだけおっちょこちょい。

こういうミスは日常茶飯事だ。


僕も今この瞬間を生きていて、忘れっぽいから人の事言えない。


あれ?そう言えばさっき聞き覚えのある名前があったような……


「ごめんニャさいボス」

「いいよ別に。

それよりも、さっき――」

「すぐに取ってくるニャ!」

「あ、ちょっと……行っちゃった」


まあ、いっか。

次来た時でもいいし。


僕は楽しいお金回収に勤しんだ。

今日はなかなか大量だった。


そしてヨモギは帰って来なかった。

彼女は気まぐれで今を生きているからね。

仕方がない。

それに僕もすっかり忘れてしまっていた。

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