第6話
カイタクはせっかく逃した娘が、貞操を報酬に助けを連れて来たショックに立ち直れないでいた。
しかも無礼な見るからに怪しい二人を連れて。
それでも村長としての責任感から村人を連れて避難先を目指した。
「こんな事になるなら報酬に足りるだけ金貨を持たせば良かった」
娘に渡された金貨袋を見ながら呟く。
後ろについてくる村人達もなんと声をかけていいか分からずにいた。
そんな空気の中、避難先の洞穴の前まで到着した。
村人達が傭兵団の目を盗んで代わる代わるに準備していた洞穴。
質素ながらも最低限の暮らしが出来るように整備されている。
「みんな良く頑張った。
今日は中でゆっくり休もう」
カイタクの声に村人が頷く。
みんなの顔には少なからず疲れが見えていた。
いざ洞穴へ入ろうとした時。
ワイバーンが洞穴の入り口を防ぐように降り立った。
「ギャオー!!」
そのワイバーンのけたたましい雄叫びに村人達は耳を塞ぐ。
気付いた時には数頭のワイバーンの群れが村人達を囲むように羽音をたてて飛んでいた。
「そんな馬鹿な……」
カイタクの口から絶望の声が漏れる。
彼らは知らなかった。
傭兵団によって使役されている巨大なワイバーンをボスにワイバーンの群が出来ている事を。
そしてワイバーンが賢い生き物だと言う事を。
ワイバーン達は村人達が洞穴に食料や物資を運び込むのを見て、近々人間達が移動して来ると感じ取っていた。
ただ待っていれば餌が自動的にやって来るとわかっていた。
当然村人達に抗う術は無い。
カイタクの判断は早かった。
「みんな走れ!」
自ら先頭に立って洞穴に向かって突撃する。
村人達もそれに続いた。
このままいたら全滅は必須。
後は一人でも多く洞穴の奥に逃げ込んで生き残るのを願うしか無かった。
周りのワイバーン達が一斉に村人に向かって飛ぶ。
正面のワイバーンは大きな口を開けて待ち構える。
カイタクはそこに突っ込むつもりで走った。
自らを犠牲に残りのみんなを一人でも多く。
その想いが彼から恐怖を消し去った。
そのカイタクが見えない壁にぶつかって尻餅をついた。
後から来た村人達も次々にぶつかる。
カイタクが周りを見渡すと、ワイバーン達もドーム状に村人達を囲った壁にぶつかり、その壁を壊そう爪や歯を突き立てている。
「何が起きているんだ?」
「彼の美学に感謝しなさい」
音も無くスミレが現れる。
そのスミレ色の瞳は冷ややかな目で村人達を見ていた。
彼女の魔力によって張られた結界によって村人達は急死に一生を得たのだ。
「ここから動かない限りは身の安全は保証してあげる。
でも、もし動いたら文字通り跡形も無く消すから」
そう言ってスミレは空を飛ぶ。
結界から出たスミレをワイバーンが襲いかかる。
それをヒラリとかわして踵落としを決める。
脳震盪を起こしたワイバーンが下へと落ちる。
次に来たワイバーンも回し蹴りで脳を揺らして下へと落とす。
一斉に吐き出された炎のブレスは剣を一振りする事でかき消す。
そのまま突撃して飛び蹴りでまた一匹落とした。
ワイバーン達はようやく力量の差に気付き我先にと逃げ出した。
「待ちなさい」
スミレの静かながらも良く通る声にワイバーン達の動きが止まる。
「どこに行くのかしら?
逃げる者は容赦なく消し去るわ。
向かって来る者は叩き落とす。
あなた達には死か服従の二択しか無いわよ」
ワイバーン達は自ら置かれた状況を理解した。
楽に餌にありつけると思っていたのに、気が付けば命を握られたのは自分達だと。
「ギャオー!!」
雄叫びを上げてある者はブレスを吐き、ある者は牙をむき、ある者は爪で襲う。
その全ては無駄に終わり次々とワイバーン達は地面へと叩きつけられていった。
◇
ナムは一人傭兵団の様子を伺っていた。
この村は昔に戦火から逃れて来た人達が作った村だ。
だから兵士経験を持つ者は少ない。
その中でもナムは数少ない兵士経験を持つ村人だった。
だからと言って特段強い兵士では無かった。
むしろ足手纏いになる兵士だった。
それが何の因果か生き残った。
戦地で負傷し、仲間からも見捨てられた彼がたまたま辿り付いたのがこの村だった。
湖の近くで倒れている所を当時幼ない子供だったカイタクに助けられたのだ。
後に自分を見捨てた部隊が全滅したと聞いた。
優秀だった者達は皆死に、出来損ないの自分が生き残った事に意味があったのかと悩む日々だった。
だから今日彼は悟った。
自分の死に場所はここだと。
こんな出来損ないの自分を受け入れてくれた村への恩返しをする時が来たと。
戦場に立っていた彼はわかっていた。
自分ではあの傭兵団の誰にも敵わないと。
だけど伊達に生き残ってはいない。
しぶとさだけには自信があった。
1秒でも長く生き残って、1人でも多くの娘を逃す。
そう心に決めた。
その為に彼は一人で傭兵団の偵察係をかって出た。
傭兵団の宴はまだ続いている。
娘達が解放されるまではまだ時間がかかる。
そして一部の娘達は……
この村の子達はみんな彼にとって孫のような物だった。
その子達が苦しんでいるのに、何も出来ない自分を呪った。
まさに生き地獄だった。
「そろそろ今日はお開きにするか!」
キタキが大声を上げて仲間たちに知らせる。
「お前ら!
今日のお楽しみの女を見繕って帰るぞ!」
傭兵団ははそれぞれ好みの娘を物色し始める。
ナムは唇を噛み締めてじっと耐えた。
(今日までだ。
明日にはみんな逃してみせる)
彼は心の中で誓った。
「よし、後は帰っていいぞ。
明日もちゃんと来いよ。
来なかったらどうなるかわかっているよな!」
最後に脅しを効かせて、選ばれなかった娘達は解放される。
そしてそれぞれに選ばれた娘達は皆連れて行かれる。
もはや娘達の感情は死んでいた。
その時巨大なワイバーンが村に降り立った。
傭兵団が使役しているワイバーンだ。
ミナミナの顔色が変わる。
キタキも唯ならぬ事態に顔を強張らせた。
「おいミナミナ。
どう言う事だ?」
ミナミナは大きな水晶の付いた杖をワイバーンにかざした。
この杖がワイバーンを使役している魔道具。
使役している魔物と簡単な意思疎通も出来る。
「団長。
どうやら村人が逃げたみたいだ」
「なんだと!!
逃げただと!!」
キタキは怒りで大声を上げて、片腕で抱いていた娘を突き飛ばした。
ナムの心臓は大きく跳ねた。
(何故じゃ!?
何故バレた!?)
「お前ら!
武器を取れ!
この娘達を叩き切れ!」
キタキはそういうと同時に大剣を振り上げた。
「待ってくれ!」
ナムは思わず飛び出た。
辛うじてキタキの大剣は止まる。
「あぁ?
何だジジイ」
もちろんナムに策など無い。
ただその場に土下座をして懇願した。
「頼む。
その子達には手を出さんでくれ。
儂が悪いんだ。
儂がみんなを逃したんだ」
「ほうジジイが全員逃したと言うのか?」
「そうじゃ。
儂が――」
「そんなの関係ねぇ!
逃げたからには皆殺しだ!」
傭兵団の剣が振り下される。
ナムの目の前で娘達は切られ……はしなかった。
娘達が一瞬で消えた。
傭兵団の剣は空を切った。
キタキは訳も分からず周りを見渡した。
他のも者達も訳も分からず周りを見渡す。
自分達がさっきまで抱いていた娘達は全員消えていた。
「なにが起きたんだ?」
ナムにも意味が分からない。
混乱するナムと傭兵団の間にゆっくりとロングコートを靡かせながらナイトメアが降り立った。
「ナムさん、大丈夫ですか!?」
ナイトメアの腕から降りたサラがナムへと駆け寄る。
「サラ?
これは夢なのか?」
ここにいるはずの娘達は消えて、ここにいるはずの無いサラが現れた。
まだ状況を飲み込め無いナムが呟く。
「貴様は何者だ?」
キタキは突然現れたナイトメアに問う。
「俺はナイトメア。
今宵、悪夢へ誘う者」
「何が悪夢だ。
訳の分からない事を」
「お前達のお楽しみは奪わせて貰った」
「お前が女共を消したと言うのか?
そんな事出来るはず無いだろ!」
キタキの言葉にナイトメアは鼻で笑う。
「お前達如きには一生理解出来ぬよ」
「ほざけ!
ミナミナ!
奴をワイバーンの餌にしてしまえ!」
「はい、団長。
行きなさいワイバーン」
ミナミナが杖を掲げるとワイバーンがナイトメア目がけて飛ぶ。
ナイトメアの仮面はそれを真正面に見据えた。
「来るのか?」
その一言でワイバーンは突撃を辞めて上空へ避難する。
野生の勘が告げていた。
勝てないと言う次元の話では無い。
決して逆らってはいけないと。
「何をやっているのですか!
早くやってしまいなさい」
ミナミナの杖が光りワイバーンに命令する。
その魔力による支配と、野生の勘との狭間でワイバーンは苦しんで唸り声を漏らした。
しかし、強力な支配魔法に逆らい切れずにブレスをナイトメア目掛けて吐き出した。
その火球はナイトメアを飲み込む。
しかし炎は一瞬で消えて煤一つ付いていないナイトメアが現れる。
「誇り高きワイバーンよ。
それでいいのか?」
ナイトメアの問いにワイバーンはもがき苦しむ。
ワイバーンも決して望んで支配されている訳では無い。
『抗え』
霊力の籠った言葉にワイバーンは雄叫びを上げた。
その雄叫びはワイバーンの苦しみの声その物だ。
「何をしているミナミナ!
さっさとやれ!」
「すまない団長。
しかし、支配魔法が上手く作用しないんです」
「それはワイバーンがお前の魔力に抗っているからだ」
ナイトメアは傭兵団に向かってゆっくりと歩を進める。
キタキの顔に苛立ちが浮かび上がっている。
「えーい!もういい!
奴は一人だ!
全員でやってしまえ!」
キタキの号令で傭兵達が一斉にナイトメアへ突撃する。
その目の前に小さな火球数発が着弾した。
傭兵達は怯んで動きを止めた。
上空を見上げるとワイバーンの群れが飛んでいる。
その先頭のワイバーンにはスミレが乗っていた。
「どうやら数の有利も無くなったようだな」
「そんな馬鹿な……」
キタキは目まぐるしく変わっていく戦況に思考が付いていかない。
「あぁーーー!!!」
混乱してしまった傭兵団の一人がナイトメアに突っ込む。
ナイトメアはその男を天高く蹴り上げた。
空中へと浮いた男は叫び声を上げる間もなく巨大なワイバーンの口の中に消えた。
「言う事を聞きなさい!」
ミナミナが掲げた杖はスミレが投げた剣によって弾かれる。
大型ワイバーンの支配は完全に解き放たれた。
「ギャオーーー!!!」
その喜びから雄叫びを上げて傭兵団を睨み付ける。
その瞳には積年の恨みが籠っている。
「やめろ。
この地を汚す事は許さん」
ナイトメアの言葉に今にも襲い掛かりそうだったワイバーンは空中で待機する。
ワイバーンは分かっていた。
この場の支配者が誰なのかを。
「心配するな。
お前の怒りは分かっている」
その言葉と同時にナイトメアは消えた。
そして傭兵の一人の前に現れて上空へ投げ飛ばした。
「さあ食らえ。
血の一滴も落とすなよ」
上空に投げ出された男はまたもやワイバーンの口の中に消えた。
「次々行くぞ」
再び消えたナイトメアは次々と傭兵を投げる。
投げられた傭兵達は瞬く間にワイバーンの群れの餌となって行く。
「おい!ミナミナ!
強化魔法をかけろ!」
キタキの命令でミナミナが全員に能力上昇魔法をかける。
「お前ら!
あいつだ!あのふざけた野郎をやってしまえ!」
『ひれ伏せ』
ナイトメアの言霊で傭兵団の全ての者がひれ伏す。
「舐めるなよ!」
たった1人キタキのみが霊力に抗いナイトメアへと向かい、大剣を振り下ろした。
しかし、その剣も数センチ前で止まり全く動かなくなった。
「ほう、動けるか。
だがここまでだったな」
ナイトメアの不敵な言葉にキタキの額に血管が浮き出る。
しかしキタキはもう少しも動く事が出来ない。
「そろそろ幕切れの時だ」
ナイトメアの魔力に反応して満天の星々に美しいオーロラがかかる。
そのオーロラに引き寄せられる様に、ひれ伏した傭兵達は上空へとゆっくり吸い寄せられて行く。
餌を今か今かと待ち侘びていたワイバーン達が一斉に食らいついた。
空一杯に傭兵団の悲鳴と断末魔が響く。
「さあ食らえワイバーン達よ。
『美学その7
恩には恩を仇には仇を、悪党には悪党を』
失われた尊厳を取り戻せ。
今こそ全てを奪い返す時だ」
その光景にナムは言葉を失った。
戦場に出てた彼は少なからず悲惨な光景を見てきた。
戦場で死にゆく兵士達。
戦火に巻き込まれて亡くなった一般市民。
ここが地獄だと錯覚した事も何度もあった。
だが、ここはその何処とも違っていた。
まるでオーロラの中を優雅に泳ぐようなワイバーン。
その光景は美しく神秘的。
それとは正反対の悲鳴と断末魔。
だが、肉片は愚か血の一滴すら残らずに消えていく。
多くの命が消えていくのにその形跡は全く残らない。
現実味の無い恐怖。
そう、まるで夢の中の出来事のようだった。
「これが悪夢」
ナムの漏らした声を聞きながらサラも同じ事を思った。
しかし彼女の漏らした言葉は違った。
「キレイ」
その心に一切の恐怖は無く、傭兵団に対する怒りや恨みも一切無い。
ただただこの神秘的な光景に魅了されていた。
「どうだ美しいだろう?」
「ふざけるな!」
ナイトメアの問いにキタキは怒りで答える。
相変わらず指先すら動かす事が出来ないままだ。
「そうか、お前には見えないのか。
残念だな、この美しい光景を見れずに死ぬなんて。
だが仕方ない事だ。
悪党の最後は決まって悲惨な物と決まっている」
「お前は正義の味方でもなったつもりか!」
「まさか。
お前と一緒だよ。
俺は悪党だ。
だから俺の最後もきっと悲惨な物になる」
「俺達と一緒だと?
ならなんで俺達を!」
「だからだよ。
最後が悲惨の物になるからこそ今この瞬間のためだけに生きている。
俺達悪党は欲しい物を手に入れる為なら平気で他者から奪う。
お前達はこの村から奪ったのと同じ様に、俺はお前達から奪う。
正義と正義は団結出来る。
だが悪党と悪党は決して混じり合う事は出来ない。
何故なら俺達悪党は何よりも自由を求める物だからな」
空に浮かんだ傭兵達は全てワイバーンの餌となり悲鳴と断末魔が消え、静寂が訪れる。
「後はお前だけだな。
最後まで抗った褒美に俺の力の一端を見せてやろう」
ナイトメアが両手大きく広げて大空を仰ぐ。
彼の上だけオーロラが濃くなっていく。
「グッド・ナイト・メア」
キタキの上にオーロラが真っ直ぐに落ちてきて、オーロラで出来た柱が彼を飲み込んだ。
そして全てのオーロラが砕け散った。
そこにキタキの姿は無かった。
ただ砕け散ったオーロラのかけらが、辺り一体を彩っていた。
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