第4話

ナモナイ村では毎晩のように宴が開かれていた。

それを楽しんでいるのは傭兵団の者達のみ。


村人達は傭兵達の機嫌を損ねないように酒や料理を運び、若い娘達はお酌をさせられていた。


そのまま夜の相手をさせられる娘が何人か選ばれていく。

決して断る事はできない。


村人にとっては地獄のような日々だった。


そして今日は傭兵団の団長と副団長の機嫌が凄ぶる悪い。

村長のカイタクは2人の前で土下座をし続けていた。


「なあ村長さんよ。

なんで俺様が怒っているかわかるよな」


恰幅のいい団長のキタキがカイタクの頭の上を踏みつけながら威圧する。

その両腕にはそれぞれ若い娘を抱いており、その両手は柔らかく豊満の胸に苛立ちをぶつけるように乱暴に揉みしだいている。


「申し訳ありません」

「申し訳ありませんじゃ、わからない。

団長の質問の答えになってないですよ」


キタキとは正反対に細身の副団長ミナミナが蔑むようにカイタクを見下す。

ミナミナの両腕にもそれぞれ若い娘が抱かれており、その両手は尻に苛立ちをぶつけるように揉みしだいていた。


双方の娘達は嫌がる素振りすら許されないだけでなく、喜ぶように強要されていて、ただこの恥辱に耐え続けていた。


「本当に申し訳ありません」

「だから!申し訳ありませんじゃわからないだろうが!」


キタキが更に足に力を入れて村長の頭を地面に擦りつける。

カイタクは呻き声一つ上げずに耐えていた。


「俺様は約束したよな?

お前の娘が15になった日に食わせろって。

そして今日がその日だったはずだ。

なのに何でいないんだ?

えぇ?」

「申し訳ありません。

気付いたらいませんでした。

逃げ出してしまったんだと思います」

「逃げたぁ?

ならさっさと連れ戻してこんか!」

「今村人総出で探したのですがどこにも」

「俺様とお前の中だ。

明日まで待ってやる。

必ず連れて来い。

でないとどうなるかわからないぞ」

「ワイバーンが村を襲ってしまうかもしれませんね」


二人はわざと下品な笑い声をあげてカイタクを脅した。



村の外れの集会所。

宴中は呼ばれない者達は全員ここに集まるように強要されている。


カイタクはようやく解放されて帰って来た。

その額からは血が滲み出ていた。


「村長大丈夫ですか!?」


村人達が駆け寄りカイタクの額の手当を施した。


「私は大丈夫だ。

こんな怪我などみんなの屈辱に比べたら大した事ない」

「やっぱりサラの件ですか?」

「ああ、そうだ。

明日までに連れて来なければワイバーンにこの村を襲わせると言っていた」

「そんな……」


重たい空気が集会所を支配する。

みんなわかっていた。

サラは帰って来ないと。


その為にあえてギリギリ足りない金額を持して逃した。

全てはサラを逃すために。


「村長、いよいよですな」


村の最年長の男ナムがカイタクに告げた。

ナムは90を超える歳だが腰がピンっと伸びた堂々とした姿勢だ。


彼だけでない。

ほぼ自給自足で暮らしているこの村の人々は、常に体を動かしているから全員足腰がしっかりしている。


「はい、そうですね」


村人達には計画があった。

その為に傭兵団にバレないように準備を進めていた。


「場所の確保は出来ているな」


カイタクが若い男達に声をかける。

男達は揃って頷いた。


「事前に計画した通りだ。

用意したルートで逃げてくれ。

若い子達は子供を抱えて険しい道を進むなるがよろしく頼む。

老人の方々は奴らに酒が回った頃を見計らって私と一緒に攻め入って娘達を逃す。

その後はみんなが逃げ切れるまでなんとか持ち堪える。

申し訳無いが私と一緒に死んでくれ」


これが彼らの計画。

子供達の未来を考えた故の決断。


村人達はこの村を捨てて、若い人達で新しい村を作る事にした。

その為の一時避難の場所は確保していた。

そこでほとぼりが冷めるまでの食料も運びこんでいた。


しかし、傭兵団の目を盗んで運び込んでいた食料は満足した量とはとは言えない。

その為村長他、老人達は自らを犠牲に時間を稼ぐ事にした。


「その事だが村長。

お主も一緒に逃げてくれ」


ナムがカイタクに告げた。

だが、カイタクはその言葉に首を横にふる。


「そんな事出来ません。

私はこの村の村長ですから」

「しかし、お主にはまだ娘がおる。

生きていれば再会するチャンスもあるだろう」

「ですが……」

「この村の者達はみんなお主に人柄に集まった者達ばかりだ。

だからサラ一人を先に逃すのにも誰も反対せんかった。

お主さえいれば、また新しい村を作る事だって出来る。

ここにいる者達を纏められるのはお主しかおらん」


他の村人達も揃って頷いた。

それだけカイタクには不思議な魅力があった。


「後は生い先短い儂らの出番じゃ。

最後にみんなの為にこの命が使えるなら本望じゃ。

なぁに、タダでは死なん。

儂らだって若い頃は多少なりとも修羅場を潜って来た者達だ。

一人でも多くの奴らを道連れにしてやる」


ナムの言葉に老人達はそれぞれ農具を持って奮起した。


カイタクは村人の気持ちに涙し、後ろ髪を引かれる思いで自分も逃げる事を決断した。


傭兵団の宴は時間と共に賑わいを増していく。

その裏で村人達は一致団結して自分達の未来を子供達に託す事を決断した。



サラは勢いに任せて依頼した事を後悔した。

冷静に考えてみたら、大人数の傭兵団に対してたった二人。

更には相手にはワイバーンまでいる。

勝てるはずが無い。


二人を巻き込んでしまった事に心を傷めた。


だが、そんな心配はナイトメアに抱えられて移動しているうちに薄れていった。


自分がほぼ不眠不休で三日間かけて走った距離を、物凄いスピードで二人が縮めているからだ。

しかも空を飛んている。

このスピードならあと数分もしない内に村まで到着するだろう。


自分では到底測れない力を持つ二人に微かな恐怖を覚えながらも、やがてそれが希望の光に変わっていく。


(お父さん、みんな、もうすぐです。

もうすぐ助けに行きます。

だからみんな無事でいてください)


サラはアンヌの御守りを両手で握りしめながら祈った。

ナイトメアから醸し出されている柔らかい魔力がサラの希望をより大きくしていく。

ふと、報酬の事が頭をよぎったサラが顔を赤面させた。


(みんなが助かったら私はこの人に抱かれるんだ。

私の初めてをこの人に。

でもいい。

それでみんなが助かるなら。

でも、私なんかでいいのかな?

もし満足して貰えなかったらどうしよう?)


サラの中で要らぬ妄想が膨らんでいく。

思わず身悶えてしまった。


「どうした。

寒いのか?」

「い、いえ、何でもありません」


ナイトメアに尋ねられて、慌てて否定する。

しかし、サラの体の周りが暖かくなった。


ナイトメアが魔力で彼女の周りを包んだのだ。

その魔力にサラの心も暖かくなった。


ふと下に目をやるとカイタクを先頭に連なる人々が見えた。


「すみません。

ちょっと待ってください」

「どうした?」

「下にお父さんがいるんです。

ちょっと降りてくれませんか?」


ナイトメアとスミレは少し離れた所に降りたった。

地面に降りると同時にサラは走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る