第3話

「それは由々しき事態だ。

すぐに対処しよう」


アイビーの話を聞いたグラハムはすぐに部下に指示を出し始めた。


「ありがとうお父様」

「ありがとうございます」


2人は喜びを露わにしてお礼を言っている。

その喜びが続かないとも知らずに呑気なものだ。


「お礼を言うのはこちらの方だ。

良く知らせてくれた。

騎士団の腐敗は王国の威厳に関わる」


これで万事解決。

円満に収まった。


そんな雰囲気になっているけど、残念ながらそうでは無い。


「聞いてもいい?」

「なんだね」


僕の発言にグラハムは快く返事をしてくれた。

こんな砕けた口調にも真摯に答えるこの男は、やっばり素晴らしい人格者だ。


「ワイバーンと傭兵団と癒着している騎士団の全て対処してくれるんだよね?」

「もちろんだ」

「それ全部対処出来るまで、どれぐらいかかります」

「大急ぎで対処する。

一カ月程度で片付けよう」


その答えにさっきまで嬉しさが弾けていたサラの表情が固まった。

アイビーが慌ててグラハムに噛み付く。


「お父様!

そんなの遅過ぎます!」

「しかしアイビー。

今から監査部を動かして事実確認をしなくてはならない。

どんなに急いでも一カ月が限界だ」

「彼女が嘘を言ってると言うのですか!」

「そうは言って無い。

だが証拠も無く罰する事は出来ない」

「なら、せめてワイバーンと傭兵団だけでも先に」

「現地の騎士団が使えないとなるとこちらから派遣する事になる。

証拠が固まらないうちにそんな事をすれば勘付かれて証拠を隠滅される可能性がある」

「でも!」


決してグラハムが怠慢な訳でも無能なわけでも無い。

むしろ一カ月なら早い方かもしれない。


でも当事者からしたら長い。

これが法治国家の限界。

ルールと秩序を守るが故の理不尽。


「アイビー様、大丈夫です。

出来るだけ急いでくださるのですから。

グラハム総長様よろしくお願いします」


全然大丈夫じゃないのが顔に出ている。

それでも耐えるしか無い。

彼女は善人だから。


「本当にすまない。

出来るだけ早く対処出来るように努める。

それまで君は王都にいてくれないか?

まだ事情を聞きたい事がある。

もちろんその間の衣食住はこちらで用意する。

万が一の為に女性騎士の護衛もつけさせる」

「わかりました」


サラは渋々頷いた。

上げてから落とすとは正にこの事だ。



騎士団本部を出たサラは指定された宿舎の部屋に入った。

僕は彼女に頼まれて少しだけ部屋で一緒にお茶する事にした。

仕方ないから慰めてあげよう。

アイビーはまだ納得出来ずにグラハムに駄々を捏ねていた。


「仕方ないよ。

これがルールだからね」

「わかっています。

むしろ総長様に動いて貰えるだけ幸運なんです。

だけど……」

「言っただろ。

この世の中は理不尽な事ばかりだって」

「そうですね。

あなたの言う通りです。

ごめんなさい。

酷い人なんか言ってしまって」

「そうだよ。

僕は凄く傷ついたね」


もちろん嘘だ。

悪党の僕が酷い人なのは間違いない。

本当の事言われて傷付く奴はいない。


「だから僕は君にお詫びを要求する」

「お詫びですか?」


突然の事に、サラは意味がわからないと言わんばかりの顔で僕を見る。


「ギルドで出した御守り見せて」

「はあ……別にいいですけど……」


困惑しながらも、鉄工細工の御守りを出して見せてくれた。


ギルドで見た時に思った通り、何処か見覚えがある御守り。


「これどうしたの?」

「ワイバーンが現れる少し前に有名な芸術家の人が村に来たんです。

その時に私が景色のいいところをいろいろ案内したら気に入ってくれて、作品制作が捗ったみたいなんです。

そのお礼にって作ってくださったんです」

「やっぱりそうだったんだ」

「やっぱり?」


僕は自分の持っている御守りを見せた。

これは僕が受験に行く時にアンヌが作ってくれた御守りだ。


サラの物とは違う物だけど、どことなく雰囲気が似ている。


「これって……」

「それ作ってくれたのアンヌでしょ?」

「はい、そうです」

「そういや名乗って無かったね。

僕はヒカゲ・アークム。

アンヌは僕のお姉さん」

「そうだったんですか!

不思議な縁ですね」

「そうだね。

しかし、サラの村の近くにはアンヌが気に入った景色があるのか……

それは気になるな」

「一カ月後に全て上手くいったら案内しますね」

「一カ月後か……」

「あなたは本当に一カ月先で満足なの?」

「!!」


僕の後ろに急に現れた者の声にサラは驚いて息を呑んだ。

僕は見上げるようにして後ろを見る。


「久しぶりだね」


そこには僕の想像よりも遥かに美人になっていたスミレが立っていた。

綺麗なスミレ色の髪と瞳も輝きを増しているように感じる。


「久しぶりね。

あなたは驚かないのね」

「なんとなく近くにいる気配は感じてたからね」

「あなたには敵わないわね。

で、久しぶりの私を見て感想は?」

「僕の想像を遥かに超える程の美人になったね」

「ありがとう」


そう言って微笑むスミレ。

その笑顔は昔のまま何も変わっていない。


「あなたのお知り合いですか?」


まだ若干困惑気味にサラが尋ねる。

僕が答える前にスミレが口を開く。


「私達はナイトメア・ルミナス。

今あなたの望みを唯一叶えられる者よ」


まだその名前使ってたんだ。

そんなに気に入ってたんだ。

僕はダサいと思うけど。


「私の望み?」

「そうよ。

ギルドだと報酬が合わずに取り合ってもらえず、騎士団だと時間がかかり過ぎる。

でも、私達非合法の裏ギルドなら今夜にも解決するわ」


裏ギルド?

そんなの作ってたんだ。

なんか面白そうだね。

今度どんな物か教えて貰おう。


「本当ですか!?」

「ええ。

もちろん報酬は必要よ」

「それなら……」


サラは慌てて金貨の入った袋を取り出して広げる。

だけどスミレはそれを見て首を横にふった。


「言ったでしょ。

私達はギルド協会に属さない悪党の裏ギルド。

当然報酬は法外。

そんなのでは足りないわ」

「それなら私には――」

「そのかわり、金貨以外の報酬でも受け付けるわ。

あなたにその対価を払ってでも悪党と契約する覚悟がある?」

「私に払える物ですか?」

「もちろんよ。

そうじゃないと私達は現れない」


サラが払える対価で、その金貨より価値がある物か……

そうか、なるほどな。


スミレは賢いな。

僕も昔のよしみでおこぼれ貰えないかな?


「なんですか?

私に払える物ならなんでも払いますからお願いします」

「私達が求める報酬の条件はただ一つ。

ギルドマスターである彼が気にいる事よ」


そう言ってスミレは僕の肩に手を置いた。


って、ん?

僕がギルドマスターだったの?

いつの間に?


「ヒカゲ君がギルドマスターだったんですか!」


驚いてる所悪いけど、僕も初めて聞きました。

……ま、いっか。


『美学その4

面白そうな事には積極的に参加する』


せっかくスミレ達が仲間に入れてくれたわけだし楽しもう。


「そう言う事だ。

今一度問おう。

貴様に悪党と契約してでも叶えたい願いはあるか?」


僕は一瞬にしてナイトメアスタイルに変身した。


やっぱり雰囲気は大事だよね。


「あります!」

「なら叶えよう。

貴様が払う対価は……」


僕は片手を金貨の入った袋に突っ込んで一握りの金貨を取り出す。


別に金貨はいらないんだけどね。

スミレ達がいるかもしれないからね。

これぐらいはもらっておこう。


「この金貨と――」


僕の言葉に被せてスミレが続ける。


「あなた自身の体よ」


いやいや、確かにそうだけど……

その言い方だと誤解を生まない?


「わかりました」


サラは力強く頷く。


良かった。

ちゃんと伝わったみたいだ。


さあワイバーンを使役出来る程の傭兵団なんて楽しみだな。

いっぱいお宝持ってるかな?


報酬も楽しみ。

ワクワクしてきた。


「では行くとしよう」

「ありがとうございます。

本当に酷い人なんて言ってごめんなさい」

「構わない。

俺達は間違いなく酷い分類に含まれる者達だ」

「そんな事ありません。

だってこうして私達を助けてくれるんですから」


こりゃダメだな。

この子はまた騙されるな。


まあ、その時はその時。

僕には関係無い。


「助ける?違うな。

俺達は奪いに行くのさ。

アンヌが愛した美しい景色を穢そうとする悪党から全てを。

それが俺達悪党の美学だ」


騎士団の護衛が周りに待機している中、僕たち3人は宿舎の部屋から忽然と姿を消した。

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