第4話

ついに待ちに待った剣術大会当日。

僕達は大会の為に王国西区の最大都市の西都に来ていた。


本当に待ちに待ったよ。

これでやっとヒナタの剣術の相手から解放される。


「お兄ちゃん。

決勝で会おうね」


まるでスポーツ漫画のような台詞。


対戦ブロックを見たヒナタは満面の笑みだ。

見事に対戦ブロックが外れただけで無く、お互いに一位通過したら決勝まで対戦しない様になっている。


ヒナタは間違い無く一位通過で決勝まで行くだろう。

つまり――


「僕に予選通過しろって事?」

「違うよ。

決勝まで勝ち残れって事」


本気だ。

これは本気で言っている。

勘弁して欲しい。


「もし負けたら明日から特訓だからね」


それどっちに転んでも一緒じゃない?


「あれがアークム男爵のご子息よ」

「あの天才少女と言われてる?」

「確かに凄い魔力を感じるな」

「一緒にいるのは双子の兄だな」

「噂通りの凡人だな」

「いやあれは凡人以下だな」

「生まれて来なかった方が良かったのにな」


遠巻きに僕の悪口を言い出した大人達はヒナタが睨むと目を逸らした。


「ちょっと文句言ってくる」

「別に気にしなくてもいいよ」


僕みたいな悪党は生まれて来なかった方が良かったのは間違いじゃないしね。


「でも本当はお兄ちゃん凄いのに」

「凄く無いよ」

「凄いの!」


う〜ん、この評価だけは何とか覆さないといけないな。

あとあと面倒になりそう。


「ヒナタ、そろそろ対戦表が張り出されるから会場に向かった方がいいよ」

「そうだね。

じゃあ行って来るね」


よし、これで良し。

あとはヒナタが見て無いうちにサクッと負けて逃げよう。


「お兄ちゃんの試合は見に行くからね」


とんでもない。

サクッと負けてるところを見られたら後が怖い。


「自分のブロックの試合を見た方がいいよ」

「絶対に見に行くから」


僕の言う事は聞かずに自分の対戦表を見に行った。


ヒナタは反抗期なのかな?


どうしようかな?

こうなったらギリギリ負ける演出するか。

あとは出来るだけ強い相手に当たる事を祈るだけ。


しかし僕は自分の対戦表を見て落胆した。


ガヤガヤ。


対戦相手がここ西区全体を統括しているコドラ公爵の息子ムースだった。


ガヤガヤ。


公爵家の子だから表だっては言われないが、僕に負けず劣らずのダメ男だ。


ガヤガヤ。


これはマズイな。

あれに負けるの見られたらヒナタ怒るだろうな〜


ガヤガヤ。


なんかさっきからガヤガヤうるさいな。

一体何なんだ?


改めて対戦表を眺めてその理由が分かった。

対戦表に書かれてる名前が原因だ。


『シンシア』


別に変わった名前では無いけど……

そうか、家名が無いんだ。

つまりは平民。


この大会自体は平民も参加出来る。

だけど参加しない。

何故なら周りが貴族ばっかりで風当たりが強いからだ。


貴族と言うのは大小あれど平民を下に見る者が殆どだ。

そうじゃないのは相当な人格者か、僕の両親みたいにお気楽な人だけだ。


「ムース様。

あの平民の女、大会に出てますよ」

「ムース様の言う事を聞かないなんて立場が分かって無いですね」

「そうだな。

少し痛い目見ないと分からないみたいだな」


少し不穏な会話をしているのは、ムース・コドラとその取り巻き2人だ。

どうやらシンシアは西都の領民らしい。


そういや対戦表を良く見ると、ムースの対戦相手は僕、取り巻きA、取り巻きB、決勝の順番になっている。


あくまで取り巻きが順調に勝ったらの話だけど、取り巻きの対戦相手も弱い奴ばっかり。


つまりどう転んでもムースは予選決勝まではいける。

そこまでいけば公爵家の威厳は保てるだろう。

つまり八百長だ。


これはコドラ公爵が手を回したな。

一回戦から取り巻きを当てなかったのは、あくまで勝ち進んだ結果と見せる為だな。


これも毎年ある事だ。

産まれた地位も才能の一つ。

世の中は不平等な物なのだ。


しかしコドラ公爵は冴えている。

一番最初に僕を当てるなんて天才だ。


おめでとうムース君。

君は確実に1回戦突破だ。


問題はヒナタだな。

ムースの悪評を知らない事を願うしか無いな。


「お兄ちゃんの対戦相手あのコドラ公爵の子じゃん」


早くもヒナタが自分の対戦相手の確認を終えて帰って来た。


本当に見て来たのだろうか?


「あのドラ息子ならお兄ちゃん楽勝だね」


残念ながらムース少年の悪評を知っていたらしい。


これはマズイ事になったぞ。

どうしようかな?


「ムース様。

いましたよ平民の娘」


取り巻きBが指差した先を何となく見る。


黒髪のショートカットの女の子だ。

身に纏っている装備はいかにも平民っぽい。

見た目はRPGの初期装備の鎧と剣だ。


「見窄らしい装備ですね」

「おい、おまえら。

あんな装備だったら試合中に壊れてもおかしく無いよな」


確かにあの鎧も下のインナーもボロボロだな。


「そうですね。

そんな事になったら大衆の面前で恥辱を晒す事になりますね」

「あの鎧の下はもっと見窄らしい格好ですからね」


そりゃあ、あのインナーは見せられないだろうな。

女の子なら尚更だ。


「せっかくの晴れ舞台だ。

忘れられない思い出を作ってやろうぜ」

「流石ムース様。

お優しい」

「領民想いですね」


3人が下品な笑いを浮かべる。

これはなんかやる気だな。


あの平民も可哀想に。

それもこんな所に来た洗礼だから仕方ないな。


「お兄ちゃん。

あいつらなんか感じ悪い」

「気にしない、気にしない」

「私文句言ってくる」

「いいから、いいから」

「だってあいつら絶対何かやる気よ」

「でも、まだ何もしてないのに言いがかりは良く無いよ」


十中八九やらかすけどね。

でも疑わしくは罰せずだよ。


「でも……」

「ほらヒナタ、もうすぐ試合だよ」

「お兄ちゃん、ちゃんとあの子見といてね」

「え?ちょっと……って行っちゃった」


めんどくさいな〜

僕には関係無いのに。


まあ、見とくだけ見ときますか。

何かあった時は見てたけど分からなかったって言い訳しよ。


僕は視線を向けずにボーッと見ていた。

人間鍛錬を重ねると目を動かさなくても360°見渡せる。


やがてシンシアがこっちを見た。

ちょっと吊り目だけど可愛い顔立ちだ。


数秒こっちを見たシンシアが歩いて来た。

少し日焼けをしている。

それに良く見たらボロボロの鎧だけど、しっかり整備が行き届いている。

インナーもしっかり鍛錬を積んだからこそのボロボロ感だ。


この子はかなり本気で剣術をやっているのだろう。

なら尚の事こんな大会に出なかったら良かったのに。


「さっきから視線を感じるんだけど、私になんかよう?」

「え?僕?」

「そうよ。

あなた以外いないでしょ」


凄いなこの子。

僕の視線の無い視線に気付くなんて。

これは惚けるのは失礼だな。


「ごめんね。

素晴らしい鎧だなっと思って」

「何?嫌味?」


シンシアは眉を顰めて睨む。


まるで貴族は全部敵ですって反応だ。


「とんでも無い。

僕は素晴らしく無い物に絶対に素晴らしいとは言わない。

しっかり整備も行き届いていて素晴らしいよ」


僕は精一杯褒める。

僕はお世辞を言うのが大っ嫌いなんだ。


最初こそ疑ったものの、僕の言葉を信じたのかニッコリと微笑んだ。


根は素直ないい子なんだろう。


「ありがとう。

これはお姉ちゃんが私の為に手作りしてくれた鎧なの。

私の宝物よ」

「お姉さんっていくつ?」

「12歳よ」

「それは凄いね」


手作りと言うだけあって、所々作りが荒い所があるが、12歳の女の子が作ったにしては完成度が高い。

ちゃんと鎧の役割も申し分無い。

これは芸術作品と言っても過言では無い。


欲しいな。

この子が悪党だったら奪ってたな。

残念だ。


「第一試合始まります」

「それじゃあ私は行くわね」


係員の声にシンシアが反応して試合会場に向かう。


そこにムース様御一行がわざとらしくすれ違った。

そのすれ違いざまにシンシアの鎧の結合部分の弱い所に魔力で傷をつけた。

無駄に完璧な魔力加減で、辛うじて鎧の形を保つ程度になってしまった。


あれだと試合中に間違い無く鎧が崩壊するな。

そしてあの穴だらけのインナー姿を観客に晒す事になる。


3人は笑いを堪えながら僕の隣を通り過ぎる。


ありがとう。


素晴らしい芸術作品を傷つけてくれて。


心から君達にお礼を言うと。


おかげで僕はヒナタに怒らずに済むよ。


『美学その11

芸術作品を傷つけてはならない

傷つける奴を許してはならない』


芸術を理解出来ないのは仕方ない。

だが傷つける奴は許してはならない。


よって君達は悪党だ。

悪党なら大衆の面前でボコっても美学に反しない。


僕は一瞬でシンシアの後ろを横切って鎧を修復した。



シンシアは思ってたよりもずっと強かった。

対戦相手はそこそこの実力だったにも関わらず瞬殺していた。

ヒナタともいい試合するかもしれない。


これはこのブロックから本戦に行くのは彼女だな。


「平民まではノーマークだったわ」


僕の後ろに音も無くスミレが現れる。

彼女は僕の宝物庫で保護したあのエルフだ。


スミレって名前は僕が付けた。

彼女には名前が無かったらしく、付けて欲しいと言われたからだ。


考えるのが面倒だったので髪の色から安直にスミレと名付けた。

怒られるかなって思ったけど、気に入ってくれて良かった。


出会った時と違い、しっかり肉付きが良く僕と同じ歳とは思えないぐらい女性らしい素晴らしい体となっている。


僕の見立て通り超絶美人になるだろう。


「仕方ないよ。

全国民を調べるのは物理的に無理がある」

「いえ。

私はまだ美学その6をまだ完全に会得出来ていなかった結果よ。

まだまだ精進するわね」


彼女は僕の美学を必死に学んで愚直に実行している。

もはや僕よりストイックかもしれない。

これで彼女も立派な悪党だ。


前世から合わせても僕の美学に理解を示してくれたのは彼女が初めてかもしれない。

つまり彼女が初めての悪党の身内だ。


「ムース・コドラ君、ヒカゲ・アークム君、大会控え室に来てください」


城内アナウンスが僕を呼んだ。

もうすぐ試合の時間だ。


「殺すの?」

「ん?殺しはしないよ。

ボコボコにはするけどね。

良く僕が負けないって分かったね」

「美学その11よね?」

「そういうこと」


やっぱり彼女は素晴らしい。

あの一連の流れだけで全て理解している。


「では行って来るよ」

「行ってらっしゃい」


スミレは音も無く消えた。



さてどうやってボコボコにしようかな?

ナイトメアスタイルは使えないからね。

少し工夫が必要だ。


運良く勝ったっていう演出しないといけない。

アイディアは沢山あるから逆に悩むな。


「これはこれはアークム男爵の出来損ないの方じゃないか」


おや?現れたな僕にボコボコにされる悪党ムース。


「怖かったら降参してもいいんだぞ」

「うーん、怖くは無いかな?」

「へえー度胸はあるみたいだな。

それとも実力の差が分からないのかな?」

「そうだね。

実力の差がわからないんだ」


君が低すぎてね。

逆に力加減が難しい。


「ハハハ。

じゃあ今日は僕が実力の差って物を教えてやるよ」


よろしくお願いします。

低すぎる君との差を教えてください。


悪党が入場口に向かったのを見送って僕も反対側に移動する。


「双方入場してください」


呼ばれて僕は闘技場に向かう。

緊張してるようにあえてぎこちなく入場する。


「なんだ緊張し過ぎだろ。

ただでも無い実力が更に無くなるぞ」


笑いながら僕を見るムースを無視する。

だって緊張でガチガチになってる設定だから。


「では、初め!」


審判の掛け声で試合が始まった。

ムースが突撃して来て大きく剣を振りかぶる。

隙だらけだ。


僕はあえて縮こまって目を瞑って剣でガードする体制に入る。


「目を瞑ってたら何も見えないぞ!」


君は目を開けてても僕の動きは見えないけどね。


僕は気力を一気に身体中に巡らせて身体強化する。

この会場の誰にも見えないスピードでムースの周りを一周して、鎧と剣の結合部分に切り込みを入れて元の位置に戻る。


よし、ついに音速をこえた。

次は光速を超えなければ。


そしてムースの剣が僕の剣に当たった衝撃でムースの防具と剣が分解された。

この時点で僕の勝ちは決まった。


「え?なんで?」


突然の出来事にムースは思考が追いついていない。

それは会場の誰もが一緒だ。


「わーーーー!!!!」


僕は緊張で錯乱したようにめちゃくちゃに剣を振る。


貴族で教育を受けていたとしても、所詮は10歳の子供。

初めての公衆の面前での試合は緊張する。


毎年緊張で暴走する子供は後を経たない。

って事で今回は暴走したふりをしてボコボコにする事にした。


「ちょっと待っ、グフッ」


ムースに何か言わせる前に剣で黙らせる。

剣の刃は殺しているとはいえ、強烈な打撃には変わりない。

ムースは一撃で沈黙した。


それでも目を瞑ったまま、ひたすらボコボコにしていく。


だって目を瞑ってたら見えないもんね。


「勝者!ヒカゲ・アークム!」

「わーーーー!!!!」


審判の勝利宣言も大声で聞こえないふりして、ボコボコにし続ける。

骨が砕ける感覚が剣を伝って感じられる。


なにこれ?楽しい。

プチプチを潰している感覚と一緒だ。


「ストップ!もう君の勝ちだ!

落ち着きなさい!

さあ深呼吸して」


審判が慌てて僕を羽交締めにする。


ここまでだな。


僕は審判の言う通り深呼吸をして、剣を振るのをやめる。


「ぼ、僕の勝ち?」

「そうだ。

君の勝ちだ」

「そ、そうなんだ……」


僕はスタッフに連れらて裏に引っ込む。

ムースも担架に乗せられて引っ込んで行った。


急所は外したけど、太い骨を重点的に砕いたからな。

一年ぐらいは治らないんじゃないかな?

腕のいい医者に当たったら後遺症は無いかもね。

公爵家ならいい医者抱えてるでしょ。


ああ、すっきりした。

残り二人。

次の取り巻きAはどうしようかな?

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