第3話

次の日の夜。

今日も楽しいエリート悪党の討伐を終え、お宝を持って秘密基地へ。


さて、昨日のエルフはいるかな?

逃げてたら楽しい楽しいエルフ狩りの始まりだ。


秘密基地に一歩入って落胆した。


なんだ、まだいるじゃん。

しかも動いてる気配がしてる。

どうやら起きた様だ。


って事は逃げるつもりは無いってことか。

残念だけど、とりあえずエルフ狩りは無しかな?


僕は奥の宝物庫の扉を開ける。

昨日のエルフが布団の上に座ったまま、僕をじっと見つめた。


僕も改めて彼女を見る。


綺麗なスミレ色の髪と瞳。

栄養不足で痩せ過ぎているにも関わらず、かなり整った容姿だ。

きっときちんと育てば世界が羨む程の美人になるだろう。


「あなたが助けてくれたのですね。

ありがとうございます」

「成り行き上ね」

「ここはあなたのお家ですか?」

「違うよ。

ここは秘密基地」


エルフは周りをきょろきょろ見渡たす。


「こんなに広いのに秘密なのですか?」

「そうだね。

僕だけの秘密基地だからね」

「という事はあなたしかいないのですか?」

「そうなるね」


何故かこの子が入れたけどね。


少女はしばらく僕の顔を見てにっこり微笑んで言う。


「あなたがいい人で良かった」

「僕がいい人?」

「はい、精霊がここを目指しなさいと言いましたから」


へえ、精霊術が使えるんだ。

凄いな。


精霊術ってのは世界に存在する精霊の力を借りる術。

前世では精霊術は会得出来なかったんだよね。


この世界でも精霊術は珍しい。

あれだけの傷でも生きていたのは精霊のおかげだったのかもしれないね。


「なるほどね。

でも精霊も変な事言うね。

僕は悪党だよ」

「悪党?あなたが?」

「そうさ、世界のルールなどに捉われずに自由に生きる僕は悪党なのさ」

「悪党ならなんで私を助けてくれたのですか?」

「それは美学だ」

「美学?」

「そう、悪党の美学」

「悪党の美学とはなんですか?」

「それはね――」


僕は悪党の美学を教えてあげた。

それを彼女は最後まで真剣に聞いた。


珍しい子だ。

大体みんな前半部分で挫折する。


それが正しい反応なんだけどね。


「その美学によると、私はあなたに対価を払わないといけませんね」

「素晴らしい理解力だよ」

「どうしましょう。

私はこの体と命以外何も持ち合わせていません」


だろうね。

そんなの分かりきっている。

だから対価の手に入れ方は考えて来ていた。


「君を故郷に送り届けて、そこから対価を頂くよ」


そう。

本人がダメなら家族から対価を貰えばいい。


「それは無理だと……」


少女の顔が曇った。


「どうして?」

「私はエルフの里の人達に殺されそうになっていたので」

「あれ同じ里のエルフだったの?

なんで?」

「エルフからしたらこの色の髪と瞳を持って生まれた私は忌み子なんです」


どこの世界でもそんなくだらない理由で差別する奴はいるんだね。


少し容姿が違うだけなのに本当にくだらない。

やってる事は知能の少ない獣と変わらないな。


「そんな私は里では物扱いでした。

そして先日私は奴隷商人に売られました。

それからすぐに領主様に売られました。

目的は奴隷としてこの国への輸出品に紛れ込ませる為」

「そんなの意味ないよ?

この国では奴隷の輸入は禁止されているからね。

見つかった時点で保護されるだけだよ。

上手く密輸出来てもリスクに見合うだけの高値で売れるわけでも無いし」

「保護させるのが目的なんです」

「なんで?」

「それは領主の密輸を手伝わなかった貿易商を処分する為と、私にこの領主の娘を殺させる事。

私が失敗しても逃げ出した奴隷が勝手にやった事で言い逃れ出来ますから」


へえ〜。

それは一石二鳥だ。

なかなかの悪党だね隣の領主ってのは。


でも、狙う相手が悪かったね。


「それも全部精霊に聞いたの?」

「はいそうです。

それを聞いた瞬間我慢出来なくなってしまったのです。

成功しても私は処刑されます。

上手く元の国に逃れても領主の玩具になるだけ。

私を物として扱って来た里は売ったお金で潤うだけ。

忌み子の私として産まれたにはそれが当然の運命かもしれません。

ですけど、そんなの嫌だって思ってしまったのです。

気付いた時には領主様に傷を負わせて逃げ出していました。

それで領主からも里のみんなにも追われていました。

あなたの美学に従うなら、私も立派な悪党ですね」


エルフは力無く笑う。

でもその顔には一切の悲壮感が無い。

まるで自分の境遇を悲観していないんだ。


素晴らしい。

自分がこの世界に馴染めないのは自分が悪い。

だから悪党になってでも自由に生きたい。

まさに僕の美学の通りだ。

このエルフは悪党の才能がある。


「なるほどね。

とりあえず君は元気になるまでここに住むといいよ。

その後の事は後で考えよう。

ここなら誰にも見つからない。

明日から暖かい食事も持って来るから、今日は保存食で我慢してね」

「でも私は対価を払えません」

「対価なら貰ったよ」

「え?」


エルフはキョトンとしているが、充分過ぎる対価は貰った。

情報という対価。

それも僕には決して手に入らなかった情報を。


「それと、君のスミレ色の髪と瞳はとても美しい。

それだけじゃなくて、君も凄く美しい女の子だよ。

しっかり栄養つけて、自分を磨けばもっと美しい女性になれるよ」

「そ、そんな。

私なんて……

それにこの色は忌み子の――」

「他人がどう思うかなんて関係無い。

僕がどう思ったかだ」


顔を真っ赤にして固まってしまったエルフを置いて僕は秘密基地を出る。


今晩はまだ一仕事残っている。

隣国の領主様を悪夢へと誘う大仕事が。


僕は仮面を被り直して国境を越えた。


『美学その9

他人の不幸は蜜の味。

身内の不幸は排除する』


悪党の僕の周りには人は集まってこない。

だから数少ない身内は大切にしないといけない。


他人なんてどうでもいい。

僕は僕自身と身内が幸せならそれでいい。


自分勝手だって?

それはそうさ。

なんたって僕は悪党なんだから。



領主の娘の暗殺計画。

つまりヒナタの暗殺計画。

差し詰め隣国の戦力強化になる芽を摘んでおこうって魂胆だ。


そんな事させる訳にはいかない。

ヒナタには立派な領主になってもらうのだから。


今の所、両国は友好な関係にある。

その関係を壊すかもしれないリスクがあるのに良くやるもんだ。


これが隣国全体の考えかどうかはわからない。

でもそんな事はどうでもいいね。


とりあえずここの領主は生かしてはおけない。


僕の実家よりもかなり大きな領主宅。

かなりの警戒体制に入っている。


確かここは伯爵の領主が収めていたはずだ。

その伯爵様が怪我をしたとなれば当然こうなる訳だ。


まあどんなに警戒してようが関係無いけどね。


僕は簡単に館へ侵入して領主の部屋の窓付近に移動する。

中から言い争う声が聞こえてくる。


「まだか!

まだあのエルフのガキは見つからないのか!」

「あんな幼子が山を越えれるとは思えない。

今頃どっかで野垂れ死んでますよ」


怒鳴る男にエルフの男が応える。


こいつらが伯爵と少女の里の奴か。

エルフの男はなかなか出来る様だな。

立ち姿でわかる。

ザ・親分よりは出来るな。


「なら早く死体を持ってこい!

万が一この計画がバレてみろ!

私は終わりだ!

そうなったらお前たちも道連れだからな!」


大声で叫んでいるのが領主だな。

しっかり左腕に包帯をしている。


あの幼女エルフにかなり深い傷をつけられたようだ。

うっすら血が滲んでいます。


「わかっていますよ。

だからこうやって昼夜問わず捜索してるんですよ」

「早く成果を見せろと言っているんだ!」

「ヤマーヌ伯爵。

落ち着いてください。

傷に触ります」


騎士と思われる男が宥めるが、伯爵の怒りは収まらない。

この男も相当出来るぞ。

エルフの男以上だな。

なかなか楽しめそうだ。


「黙れ!

そもそも貴様ら騎士が不甲斐ないからこうなったんだぞ!

貴様もこのままじゃタダでは済まんからな!」

「元はと言えばお父様がこんなくだらない企みをするからじゃない!」


勢い良く扉が開いて女の子が入って来た。

そのままポニーテールを揺らしながらグイグイと詰めよって行く。


僕とあんまり変わらない年齢なのにしっかりした子だ。

父親に真っ向から反論するなんて簡単に出来る物じゃない。


この子は善人だな。


「お母様だって反対してたのに勝手な事したお父様の自業自得でしょ!」

「黙れレイン!

父親に歯向かうな!」


伯爵の平手打ちで少女が吹き飛ぶ。

かなり強く頭を強打した。

騎士団長が慌てて駆け寄っている。


いいぞいいぞ。

完璧な悪党っぷりだ。


「伯爵!

こんな小さい子に手を出す事ないでしょ!」


騎士団長の目には怒りが見えている。


もしかして、この騎士団長も善人判定?

勘弁してよ。

この騎士団長とは戦ってみたかったのに。


「うるさい!

そんなに母親がいいなら一緒の牢屋に掘り込んでやれ!」

「そうですよ。

大人の言う事を聞かない子供など生きてる価値が無い」


やったー。

エルフの男は悪党だ。

とりあえず獲物が二人だ。


「伯爵様。

子供をあの冷たい牢屋に入れるのはあんまりです」


やめろ騎士団長。

お前も悪党でいてくれ。

そうじゃないと切れないじゃないか。


「ならば今この場で死んでしまえ!」


伯爵が短筒をとり出して女の子に向ける。


マジかよこの伯爵。

自分の子供なんだろ?

いい感じで狂ってやがる。


バンッ!


伯爵が引き金を引いて銃声が響く。

騎士団長は咄嗟に覆い被さって女の子を守る。

僕は窓を突き破って銃弾を刀で弾き飛ばした。


「な、何者だ貴様!」


こういう時、実力がモロに出る。

狼狽える伯爵と違ってエルフはすでに切り掛かって来ている。

だけど遅い。


エルフの振り上げれられた剣が振り下ろされる前に胴と首は別れを告げていた。


「俺はナイトメア。

今宵、悪夢へ誘う者」

「ふ、ふざけた格好で訳の分からない事を言うな!」


なんでこのカッコよさが分からないかな?

前世ではグッズ化までされてたんだよ。


バンッ!


再び銃声が鳴り響く。

その銃弾を左の人差し指と中指で挟んで止める。


「そんな馬鹿な……」


いいねこの反応。

前世でも見たんだよね。

この驚いた顔が快感なんだ。


僕は一歩ずつ焦らすように近づいていく。

伯爵はブルブル震え出した。


「た、頼む。

命だけは。

そうだ――」


僕は伯爵をサクッと切り捨てた。


もういいよ。

その先は聞き飽きてるんだ。

どこの世界も言う事は一緒だからね。


どうせ金ならやるとかでしょ。

心配しなくても金なら勝手に持って行くから。


「辞めておけ。

こんな男の為に命を無駄にする事は無い」


僕は後ろで剣を構えた騎士団長に振り向かずに言う。


騎士団長も実力の差が分かっているのだろう、不用意に攻めてこない。


お願いだからそのままでいてね。

今の所、君は善人判定だから切れないんだ。

非常に残念だけど。


「私は騎士だ。

この子を死んでも守らなければならない」

「その子に危害を加える気は無い」

「見逃してくれるのか?」

「違うな。

俺が逃げるんだ」


『美学その10

正義は絶対勝つ』


僕は一瞬で窓から外に飛び出した。


正義を前に悪党が生き残る方法は一つしか無い。

それは――逃げる事だ。

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