第5話

さーてやってまいりました二試合目。

取り巻きAの番。


流石に二試合目となるとさっきの手は使えない。


そうなると一撃で仕留めないといけないな。

あくまで偶然が味方してって感じで。


「おい!お前!

よくもムース様をあんな姿にしてくれたな!」


取り巻きAが闘技場の反対側でなんか叫んでる。

そんなにムース様が好きなら、一緒に病院送りにしてあげるよ。


「では、初め!」


合図と共に取り巻きAが突撃してくる。

ムース様よりコンパクトでいい動きだ。

だけどムース様よりはってだけ。


僕も真似をして突撃する。


取り巻きAの足元に魔力で目に見えないぐらい細い糸を作ってピンッと張ってあげた。


「うわっ!」


狙い通りそれに足を取られて、前のめりに派手に倒れる。


『手をつくな』


霊力で言霊を飛ばして取り巻きAの魂に刻む。

これで手をつけなくなり、顔面から地面にダイブ。


とても痛そうだ。


「あわわわわわ」


僕もわざと前のめり倒れる。

同じく顔面からダイブするけど、両手を伸ばして取り巻きAの後頭部に剣を振り下ろす。


メシッ!


鈍い音と共に取り巻きAの後頭部に剣がめり込む。


取り巻きA倒れたままピクピクしている。


会場は一瞬静まりかえったあと、どっと笑い声が上がる。


「しょ、勝者……ヒカゲ・アークム!」


頭蓋骨骨折って所だな。

治るといいね。



三試合目。

取り巻きB戦。


闘技場に入場すると、またなんか叫んでいたけど、聞くのやめた。


どうせ同じような事言ってるだけだし。


「では、初め!」


少しは学習したのか、今度は突撃して来ない。

しっかり構えてジリジリと間合いを測っている。


こいつはちゃんと構えがなっている。

顔も真剣その物だ。


突っ込んで来てくれた方が楽なんだけどな。

仕方ない、僕から行くか。


僕は隙だらけの構えで近づいて行く。

取り巻きBの間合い入った瞬間、剣を振り下ろして来た。


それに合わせて腹を狙う。

振りは取り巻きBの方が早い。

だけど僕に剣は当たらない。

何故なら剣は僕の超能力によってすっぽ抜けたように飛んでいったからだ。


「嘘だろ!グハッ!」


ビックリしてる間も与えずに腹に剣がめり込む。

そんなの気にせずフルスイングで場外まで吹き飛ばした。


「勝者!ヒカゲ・アークム!」


こいつは大した怪我を与えられなかったな。

せいぜい内臓破裂だな。


まあ、いいか。

どうせしばらく入院生活だ。


「よ!ラッキーボーイ!」

「三試合もラッキーで勝つ奴なんて初めて見たぞ!」


いつの間にかラッキーボーイと名付けられている。

まあ、上手く誤魔化せた証拠だな。


「次はどんなラッキーを見せてくれるか楽しみにしてるぜ!」


それは期待されても困るな。

次は負けるのに。



「お兄ちゃん残念だったね」


ヒナタが凄く残念そうな顔をしている。

ブロック予選突破した選手の顔には見えない。


自分の勝利よりも僕の敗退の方が気になるのか?

変わった子だな。


「ヒナタは予選突破したんだからいいじゃない」

「そうだぞ。

ヒカゲもブロック決勝まで行ったし、鼻が高いぞ」


打って変わって母と父も上機嫌だ。


今は本戦前の休み時間。

家族で食事を取っている。


僕はシンシアとの試合はギリギリの演出をして負けた。

ヒナタとの鍛錬でギリギリ負けるのは得意だ。


でも、シンシアは普通に強かった。

おかげでヒナタは負けた事自体は納得してくれた。


ただ、残念なのは変わり無いようだ。

本気で決勝戦を僕としたかったみたい。


毎日のように鍛錬してるから別に今更な気がするんだけどな。


それにしてもこれ美味しいな。

せっかくだしスミレに持って行ってやろう。


僕は魔力でランチボックスを生成して、素早く詰める。

そしてウエイトレスを呼んでおかわりを頼む。


「ほらヒナタ。

しっかり食べないと持たないぞ」

「そうよ。

ヒカゲの分も頑張らないといけないでしょ」

「そうだね。

お兄ちゃんの分も勝って優勝するから。

ちゃんと応援してね」

「もちろん最後まで見てるぞ」

「頑張ってねヒナタ」


両親が応援するなら僕はいっか。


せっかくだし街の観光でもしようかな?


この大会は貴族のボンボンが集まるから、スリも集まるんだよね。


スリなんて歩く貯金箱じゃないか。

ウキウキして来たぞ。


「お兄ちゃんも応援よろしくね」

「へ?僕が応援しても結果変わらないだろ?」


僕の返事にヒナタの表情がみるみる険しくなっていく。


しまった。

嘘でも応援するって言うべきだった。


「お兄ちゃん!」

「嘘、嘘。

ちゃんと応援してるよ」

「絶対だからね!」

「もちろん」


応援はするよ。

応援はするとは言ったけど、見てるとは言ってない。



会場を少し離れた広場。

僕はスミレを呼んでランチボックスを広げた。


「どうぞ。

これ美味しかったんだ」

「もしかして、これの為に私を呼んだの?」

「そうだよ」

「なんで?

これは美学その8に反しないの?」

「他人にだからね。

身内はOK」

「身内って私とあなたが!?」


スミレは目を丸くして慌て出した。

そして顔がみるみる赤くなっていく。


何をそんなに驚いているんだろう?


「そうだよ。

他人じゃなかったら身内じゃん」

「そ、そうよね。

深い意味なんて無いわよね……」


スミレは少し落ち着いて来たけど、少し残念そうな顔をした。


深い意味ってなんだろう。


「ちなみになんだけど。

あなたの身内の基準って何?」

「僕が身内と思うかどうかだね」

「今、あなたの身内は何人いるの?」

「そうだね……

家の敷地内で働いてるのも一応身内だからね。

正確な人数はわからないや」

「適当なのね」

「まあそうだね。

でも、悪党の身内は君が初めてだよ」

「私が初めて……

フフフ。

そうなのね、私が初めてか」


なんだか今度は凄く嬉しそうだ。

悪党と言われて喜ぶなんて変わった子だ。


料理はスミレの口にもあったらしく、ニコニコしながら食べている。

持って来た甲斐があったってものだ。


「あの……

あんまりマジマジと見られると恥ずかしいのだけど…」

「なんで?

凄く綺麗だよ」

「そういうのじゃないんだけど……」

「スミレはもっと美人になるからね。

これから世の中の男女問わず君に釘付けになるよ。

だから見られるのに慣れれおかないと」

「本当にそんなに美人になるかしら?」

「君の努力次第だけどね」

「美人になったらあなたはずっと見てくれる?」

「もちろん。

僕は美しい物が大好きだからね」

「そうなのね。

じゃあ頑張るわ」


ふと、何者かが近づいて来る気配がした。

スミレは音も無く消える。


素晴らしい反応だ。

一瞬で彼女がいた形跡まで消えた。


「ご機嫌よう。

ヒカゲ・アークム君」


振り向くと、いかにも貴族ですって身なりの銀髪少女がいた。


相手に見せる為だけに練習したって笑顔を貼り付けたような表情だ。


広場が一瞬にして緊張の渦に巻き込まれる。


それも仕方がない。

この広場は平民が集う場所。


僕みたいな身なりが大した事ない田舎男爵の息子ならまだしも、いかにも上流階級の貴族様が現れると場違いである。


「お初にお目にかかります。

コドラ公爵家の長女、リリーナ・コドラといいます。

こちらが侍女のエミリー。

以後お見知りおきを」


少女が名乗った途端に広場にいた平民が少しづつ離れて行く。


公爵家の娘の機嫌を損ねたら大変だからね。


僕も消えたいけど、名指しされたからどうしようも無い。


しかし、おかしい。

スミレが調べてくれた中にコドラ公爵の子供はムースしかいなかったはずだ。


「これはリリーナ嬢。

ムース君の件?」

「ええ。

この度は兄が大変お世話になりました」

「あれは試合中の不幸な事故だよ」

「別に咎めに来た訳ではございませんわ。

ちょっとお話をと思いまして。

座ってくださいませんか?」


エミリーがどこからともなく椅子とテーブルを用意していた。

リリーナは片方の椅子に座って向かいの椅子を示す。


嫌だな〜

めんどくさいな〜

でも、公爵家の言う事聞かない訳にいかないしな〜

階級社会には困ったものだよ。


「僕にお話って何?」

「私とお友達になっていただけませんか?」


はい?

公爵家のご令嬢と田舎男爵家の僕が?


「ご冗談を」

「冗談ではございませんわ。

私、聖教宣教師学園に通っているので殿方のお友達はいませんの。

同い年ですし丁度いいと思いません?」


この大会に例外的に出場しなくていい子供がいる。

それは聖教宣教師学園に入学してる子供だ。


聖教宣教師学園は学術、剣術共に優れている貴族の中で容姿に優れている6歳の女の子と王族の子だけが入れる学園だ。


聖教とはこの世界に広く広まっている宗教だ。

聖教宣教師学園は文字通りを宣教師を育てる学園。

それともう一つ、王族の結婚相手の選別場所でもある。


「丁度いいなんて、とんでも無い。

僕なんかの田舎男爵の息子より相応しいお友達候補なら沢山いるよ」

「今の私はなんの地位もありませんよ」


学園に入った女の子は身分が剥奪されて、記録からも一旦抹消される。

だから調べてもわからなかったんだろう。


でも、実際は階級による格差は消えない。

所詮建前だ。

人間の意識はそんな簡単に変わらない。


本人だってそう思っているに違いない。

その証拠に侍女を連れ回している。


まあ、僕は違うけどね。


「そっか。

じゃあ、君に付き合う必要もないね。

バイバイ」


爵位が無いなら、今は僕の方が立場が上だ。

よし、すぐに離れよう。

階級社会最高。


僕は急いで立ち上がった。


「待ってください!」


リリーナも慌てて立ち上がる。

その表情はさっきまでの笑顔は剥がれ落ちて、驚きと焦りに塗りつぶされている。


絶対話を聞いてくれると思っていたんでしょ?

こんな雑な扱い受けた事ないでしょ?

だって公爵家の娘だもんね。


だけど僕は無視して回れ右をした。

面倒くさい事はごめんだ。


「待ってください!

あなたにとっても有意義な話です!」


嫌でーす。

待ちませーん。

それに、内容は大体予想付きまーす。


「ぐすっ、お願いです。

ぐすっ、聞いてくださらないと困るんです」


おや?泣き落としですか?

素晴らしい。

見事な嘘泣き。


思わずこっちの心が痛くなるような仕草まで完璧。

自らの容姿も利用した素晴らしい演技力。

きっと数々の人を丸め込んで来たんでしょうね。

その自信が醸し出てますよ。


でも悪党の僕にはなんの意味もありませーん。

でも、その演技力を見せてくれたお礼に一つだけ教えてあげよう。


「本当に友達が欲しいならネコ被るの辞めたい方がいいよ。

ニャー」


最後にかわいいネコのポーズをプレゼント。

このポーズは泣き止まないヒナタをあやすのに重宝した自信作だ。


案の定リリーナも泣きやんだ。

そしてポカーンとしている。

隣のエミリーはなんかこっちを睨んでる。


あれ?これはスベッたかな?

まあいいや、さっさと退散しますか。


僕は再びリリーナに背を向けて、そそくさとその場を離れ――


「待ちなさいって……」


リリーナは俯いてぼそりと呟いた。

肩がプルプルと震えている。

隣のエミリーがスッと剣を差し出す。


「言ってるでしょうが!!」


その剣を抜いて突然大声と共に切り掛かって来た。

流石、聖教宣教師学園の生徒。

鋭くて早い。

僕はあえて紙一重で避けた。


「何するんだよ。

危ないじゃないか」

「あら?

良く躱したわね?

私これでも学園でトップクラスの剣術使いなんだけど?」

「その剣本物だよね?」

「ええもちろん。

試合じゃあるまいし、偽物なんて持ってる訳無いじゃない!」


再びリリーナの剣が僕を襲う。

それも避けると、更に一撃。

僕は大きく飛び退き距離を取る。


この女、目が据わっていやがる。

本気で僕を斬る気だ。


「あなた、ただのポンコツじゃないわね」

「毎日ヒナタの相手させられてるから避けれたんだよ。

そう言う君だって、ただのお嬢様じゃないじゃん」

「あら?

あなたがネコ被らなかったらお友達になってくれるって言ったんじゃない?」


リリーナはせっかく開いた距離を縮めて来て何度も切り掛かって来る。

それ全て紙一重で避けていく。


「言ってない。

僕がお友達になるとは言って無い」

「じゃあ私とお友達になりなさい」

「嫌だよ。

本気で殺しに来るお友達なんていらない」

「私は公爵家。

あなたは男爵家。

拒否権なんてある訳無いでしょ?」

「自分で地位は無いって言ってたじゃん」

「うるさい!

そんなの建前に決まってるでしょ!」


少し距離が空いて攻撃が止む。

リリーナは肩で息をしている。

僕も疲れたふりをした。


「一回戦は鎧と剣の破損。

二回戦は転倒。

三回戦はすっぽ抜け。

三回も不幸な事故ある訳無いわよね?」


どうやら僕の試合の事を言ってるらしい。


「実際に起きたからあり得るね」

「なら四回目もあるわよね?

そしてお父様には不幸な事故を起こすだけの力があるわ」


ほらやっぱり。

そう言う系の話だよね。

それをわざわざ言いに来るって事は権力争いでしょ?

そう言うのに僕を巻き込まないで欲しい。


「言いたい事はわかった。

ヒナタには気をつけるように言っておくよ」

「あんな小娘にどうにか出来る訳無いでしょ!」

「じゃあ両親にも伝えておくよ」

「あんな田舎男爵にどうにか出来る訳無いでしょ!」

「じゃあどうすればいいんだよ」

「エミリー!」


呼ばれたエミリーは一瞬で僕の背後から羽交締めにした。

そしてリリーナが真っ直ぐに剣を振りかぶる。


「あなたがなんとかしなさい」

「そんな無茶苦茶な。

僕は君の言う田舎男爵のポンコツ息子なんですけど」

「こんなにお願いしてもダメかしら?」


いつお願いしたんだよ。

こいつ本気で切る気満々だし。


まあ、これぐらいはいつでも抜けれるけどね。

でも、ちょっと暴れたらエミリーの羽交締めがキツくなって、背中に二つ柔らかい物の感触を楽しめる。

これはあえてこのままでいよう。


この侍女、なかなか良い物を持ってる。


「これはお願いじゃなくて脅迫だよ」

「じゃあ脅迫でいいわ。

やりなさい!」

「開き直られたって無理なものは無理」

「いいえ。

あなたなら出来るって聞いたわ」


ん?聞いた?

今そう言ったよね?


「誰から?」

「教皇様よ」

「え?は?

誰それ?」

「教皇様ぐらい知ってるでしょ?」


流石にそれぐらいわかる。

聖教の教皇様でしょ?


でも当然面識なんて一切無い。

一方的に見た事すら無い。


「それは知ってるよ。

でもなんで教皇様の名前が出て来るんだよ」

「私、あの学園息が詰まるから嫌なのよね」

「確かに君はそう言うガラじゃ無いね」

「何か言った?」

「滅相も無い」

「それで教皇様に相談したの。

そしたら神の言葉をくれたわ」

「神の言葉?」

「光が当たって人一倍輝く星。

その星に隠れて姿が見えない星。

その星を探しなさい。

その星があなたの願いの道標になるでしょう

って言ってたわ」

「それで?」

「これって天才の妹のポンコツの兄貴であるあなたのことでしょ?」

「そんなのこじつけだよ」


なんか神様のお告げって、いつも分かりにくいよね。

もっと具体的に言えよな。

具体的に言わないから、こうやって被害者が出来るんだ。


「こじつけでもなんでもいいから、なんとかしなさい」

「だから無茶苦茶だって。

そもそもそれと君の学園の件と何が関係あるんだよ」

「私は養女なのよ」


だろうね。

宣教師学園に入学出来るような子が養女に迎えられる事は良くある事だ。

それだけ入学自体がステータスになると言う事だ。


「今の公爵が失脚したら、公爵の弟である私の本当のお父様が実権を握るわ。

本当のお父様は私を溺愛してるから、私は晴れて自由になれるわ。

さあ、ここまで聞いたんだからお願い聞いてくれるわよね?」


この大会は王家が大々的に開催している大会だ。

いくら公爵とは言え、不正を働けば失脚間違い無しだ。


「それなら、君が不幸な事故の証拠掴んで突きつけた方が確実だよね?」

「……そうね」

「でしょ。

じゃあ僕はこれで……」

「じゃあ私はあんたが証拠持って来るの待ってるわ。

いくわよエミリー」

「ちょっと待って――」

「持って来なかったら、今度こそ叩き切るから」

「行っちゃった……」


結局めんどうな事に巻き込まれてしまった。


本当に余計な事してくれたよ。


ようはコドラ公爵が僕が三人ボコった仕返しにヒナタになんかしようとしてるって話。


元の原因を作ったのが僕だとしても関係ない。

どうせヒナタに降りかかる不幸は排除するのに……


これだとナイトメアではなくヒカゲとして動かないといけないな。


さてどうしたものか?

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