第14話 狙撃者は陸上自衛隊?(6)

「ここでボイスチャットしちまえよ」

 石田刑事はそう言う。

「いいんですか?」

「いいぜ」

 佐々木はスマホのボイスチャットボタンを押した。

「どうもー、鷺沢と申します」

 呑気な鷺沢の声がこの海老名署の署内に響く。

「鷺沢さん、ですね。前回の横須賀の事件ではありがとうございました」

 石田刑事は素直に礼をする。

「いえいえ。警察への協力は市民の義務ですから。それより今海老名署にいる橘義彦さん、何か覚えがあるよなーと思ってたら、昔彼と模型店でよく話してました」

「本当?」

「ええ。でもなんでわざわざこんな時に偽犯人やるのか、意味がわからん」

「そうですよね」

「あと狙撃した方法についてもわからない。これについて、うちのものでそれ撮影した録画をちょっと拝見させてくれませんか」

「えっ、証拠品ですよ」

 佐々木は驚く。一般人がそんなものを見せろ、って、明らかな捜査規定違反だ。

「でもなあ、科捜研で埒が明かないならそれしかないか。やれやれ、これもまた第二捜査本部案件かよ」

 石田は嘆く。

「おつかれさまです……せっかくみなさん頑張ってるのにこれではたまりませんね」

「ほんとそうだ。どうしてこうなっちまったのか」

「行き過ぎた文書主義が役所で進むとそうなります。あってはならない、ということが起きると、普通はそれでもなぜあったのかを追及する。でも普通じゃなくなった役所は『そんなことはありえないはずだが』といいだし、都合よく忖度と嘘が流行る」

「鷺沢さん」

「私の臨時職員やってる海老名市のとある機関も似たようなもんです。組織が腐るとそうなる。まるで共産主義国みたいなもんですけどね」

「『なるほどそれならシベリア行きだ』ってやつか」

「そんな野蛮な知恵のない国でも武力があれば戦争を起こせる。起こされた方は本当にたまったものではない」

「ウクライナもそうだけど、この事件もその縮図か」

「おそらく」

「えええっ、どうしてそこまで話が飛躍するんですか!」

 佐々木が驚く。

「飛躍させるしかなかろう。ここまで何もわからない尽くしでは視野を思いっきり広げるしかない。荒唐無稽だとしても、そういう事件はあったからな」

 確かにそうだ。かつての宗教教団が武装してサリンを東京の地下鉄で撒いた事件は危うく日本の国家権力を直撃するクーデターとして成功寸前だったのだ。だが天網恢恢疎にして漏らさず。途中で彼らに色々な錯誤があり、それで不幸にも多くの犠牲者が出たがクーデターとしては失敗した。

「じゃあ、真犯人はその手のグループ?」

 佐々木がそういう。

「だろうね。単独犯行とは思いにくい。しかもただの犯罪グループでもない。もっと大規模で大きな資金源と高い技術を持ってる連中だろう」

「まさか……それって、国家権力?」

「ああ。どこの国かはわからない。本邦はそれやりかねないならずもの国家に囲まれてる。それらがやらなくても、呼応してやっちまう本邦の組織もあるかもしれない」

「まさか、自衛隊の一部が?」

「それも否定しきれない」

「まさか」

「まさかと思うぐらいだから、こうしてまんまと犯行されて殺されかけるわけで」

 鷺沢がそういう。

「公安部や公安外事ならある程度把握してるかな」

「いや。彼らも把握しきれてないでしょう。現職大臣が殺されかけるまで彼らが察知している件を泳がせるとは思えない。彼らも失敗したんです」

「そうでしょうね。そういえばお昼ごはんは」

「佐々木、カップ麺のストック出してやってくれ、って、えええええっ!」

 石田刑事はのけぞった。お昼ごはんを催促したのは取調室にいるはずの橘義彦だったのだ。

「なんで署内を自由に!」

「すみません、お腹すいちゃって、取り調べの人に隙があったんで、つい」

「なんだと!」

「つい、って」

 その時鷺沢がボイスチャットでさらに続けた。

「橘さん、お久しぶりです。しかし『おいた』が過ぎません?」

「鷺沢さんにはバレてましたか」

「はい。どうもおかしいなーと思って考えてたら、これはあなたの復讐なんだな、と」

「え、復讐?」

 佐々木は理解できないでいる。

「橘さん、見てましたね。あのホールでの大臣の演説」

「見てた。ほんとあの大臣、話は上手いし、人の情に訴えかける術も持ってる。政治家ってあああるべきってほどだ」

 橘は言葉を区切った。

「だがそのせいで俺も、鷺沢さんも、棄民されることになった。俺は自衛隊に入り偵察部隊でキャリアを積んできた。だがあの件で俺は自衛隊に失望した。それでやめて一般の世界に出たら、あったのは酷い棄民政策だった。高齢者支援、子育て支援どとにぎやかだけど氷河期世代に対する支援はほとんどない。あったとしても的外れか、得るためのハードルが高すぎる。でも今の世の中はその氷河期世代を非正規に押し込めて搾取し、棄民することで成立している」

「橘さん、その演説をしたいが為に名乗り出たんですか」

「ええ。その通りですよ」

 ええええっ。刑事たちはうつむいた。

「今の世の中、みんないい人だ。でもそのいい人たちが笑顔で俺たちを棄民する。テロだってなんだってしてやりたいと思うことすらある。でもみんないい人なんだ。それではあとは自分を責めるしかない。氷河期に生まれてしまった自分を。だから安楽死でもなんでもさせてくれ。これ以上肩身狭くやりがい搾取され続けるのはたまらない」

「それで模型店のバイト、やめたんですか」

「楽しいバイトでした。でもどうやっても最低時給でした。それに不満を言えば勤務シフトが減らされる。それでもお客さんのために頑張ってしまう」

 みんな、黙り込んだ。

「それで捜査を混乱させる気になった?」

「ええ。混乱させちまった方が良いなと思いましたよ。せっかくこの素晴らしく残忍な世界を壊してくれる連中がでてきたんだから。もうどうにでもなれです。いくらこのままじゃマズいよ、って言ったところで我々氷河期世代の意見なんかまともに採り上げない。あるのは終わりなきやりがい搾取」

「ちょっとまった。その連中、って」

「橘さん、知ってるんですか」

「知ってるも何も、我々自衛隊の最大の敵ですよ。ああ、いつのまにかそれがこの国内に浸透してきてるんだな、ってわかりました。彼らにとってはいい予行練習ですよ。斬首作戦の」

「まさか、ならず者国家?」

「当然そうです。だから警察のあなたたちでは手に負えないと思いますよ」

 刑事たちは慄然としている。

「じゃあ、なんの武器を使ったかも」

「それはまだ言わないでおきます。このカップラーメン食いたいし」

「ちょっと!」

 佐々木は怒った。

「橘さんはわかってるんですね」

 鷺沢が聞く。

「一つしかないさ。こんなことやるためにはあの方法しかない」

 橘はそう言いながらカップの海鮮塩ラーメンを受け取っている。

「石田さん、これ、かなり大きな事件でしょうね」

 鷺沢がいうと、石田はうなずいた。

「だろうね。とてつもなく大きな事件だろう」

 石田は続けた。

「でも、困難で大きな事件ほど、燃えるんだよね俺」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る