第13話 狙撃者は陸上自衛隊?(5)

 海老名署の取調室。

 今どきの警察の取調室は捜査の可視化と言うことでカメラが常備され、取り調べの様子は全て録画されると共に隣の刑事部屋のモニターで見ることが出来る。

「容疑者は橘義彦(たちばな よしひこ)。元陸上自衛隊偵察部隊所属。偵察用バイクに乗って泥だらけの演習場を走り回ってたらしいが、一身上の都合で退職、そのあとは本厚木の模型店で店員のバイトをしていたけどそれも退職し今は無職」

「イヤな感じで自衛隊関係者が出てきましたね」

 佐々木は溜息をつく。

「で、動機は、っていうと」

 刑事たちが顔を合わせて話し合う。

「新自由主義と自己責任論による氷河期世代の棄民政策への抗議、だそうだ」

「それ、佐藤大臣だけの話じゃないよね。今の森下政権だけでなく、そのずっと、ずーっと前、30年以上前からずっとその路線ですよ」

「それにあのころの我々は喝采あびせてそれを応援しちゃってたもんなあ。あれで氷河期世代、みんな『最大限の注視で』見殺しにされたんだよな。佐々木はまだ生まれてなかったが」

「ええ。正直、あんな見殺ししといて今更子育て支援なんて言われても不安しかないのは当然だと思いますよ」

「棄民するってことはそういうことだからな。国民を虫ケラ扱いしといて人数が足りなくなったら産めよ増やせよ、って、バカにしすぎている。だがそれとこの事件を結びつけても何もわからない。ありふれた主張に過ぎず、犯人としての特徴性に全く欠けている。まあ、犯人とは思えないのが正直なところだ」

「県警本部もこの件の扱いに困ってるらしい。メディアも早く説明しろ記者会見しろってやいのやいのって」

「で、警護官2名の負傷の状態は」

「思ったより深手だが、今回、病院の先生がとびきり腕利きらしい。なんとしても治すってがんばってる。なんでも大学病院であともうすこしで教授だった人らしい」

「なんですかその『白い巨塔』」

「でも当人は教授に興味ないとか。それよりいろんな手術するのが好きらしい。人助けにもなるし腕試しにもなる」

「ほっとくとウクライナに行っちまいそうだ」

「そういう人が行ってるんだろうねすでに。医道の人ってのは想像を絶する」

「ほんとそうですよ」

「で、どうしましょう」

「どうもなー。この橘って男、犯人とは思えないんだよな。具体的な犯行手段についての供述もない。ただ動機だけ叫んでる。で、逮捕はしてないんだろ?」

「はい。どうも様子が変なので参考人のままです」

「グッジョブだ。逮捕しちまったら送検するかしないか判断を迫られるハメになる。こいつはそういう判断をしないでおいた方がいい質の男に見える」

「そういう質、って」

 佐々木が不審がる。

「いろんな男を見てきたけど、こいつはただの悪でもないが、ただの善人でもない。ただ、十分気をつけた方が良い奴だ」

 先輩刑事は顎をなでた。

「で、佐々木、あのキモイおっさんはどうしている?」

「鷺沢さんですか。あの『えびなみん』の中で事件のショックを受けてる他の職員のメンタルケアに飛び回っているそうです。あんなこと起きるなんて誰も思ってなかったらしくて」

「それ、何で連絡してんの?」

「プライベートのLINEです」

「え、あんだけキモイって言いながら佐々木、あいつとLINE交換してんの?」

「イヤになったらブロックすればいいだけですから。他のもの教えるよりはマシですよ」

「今はそうなのか。なるほど。感覚が違うんだな」

 先輩刑事の石田はふむ、とうなずく。

「今の子は、って言うと俺たちも年取っちまったなあ」

「とはいえ鷺沢の言うとおりなんだよなあ。狙撃にしちゃ威力が大きすぎるし射線も全く判別できない」

「科捜研で分析することにしていますが、あの白煙が思いのほかやっかいで」

「真犯人はそれを狙って先に白煙炊いたんだろうな。でも技術的には不可能なんだろうか」

「科捜研はそこらへん、正直に言ってはっきり言わないんですよね」

「えっ、また?」

「ええ。所轄であの時の動画と静止画の提供をお願いして、とても多くの方々が提供してくれてるんですが……」

「こんなことだから」

 先輩刑事は苛立った。

「ただ、証言を集めると変なんですよね」

「変?」

「妙な音と、火花が見えた、って」

「火花は被弾の時かな。でも音って、どんな音だ?」

「ゴーっていう音だった、って」

「なんだそれは」

「まるでバーナーを焚いてるような音が移動して聞こえた、って証言が複数あります」

「なんだそれ。わからん……さっぱりわからん」

 その時佐々木のケータイのバイブ音が鳴った。

「いいのか?」

 出ようとしない佐々木に石田刑事が聞く。

「どうせ鷺沢ですよ。それより被弾した警護官からの証言はいつごろ」

「まだ手術が終わってない。意識はあると聞いたが、あの被弾創と火傷だ。回復して聴取ができるまで時間がかかるだろう」

「大臣は」

「次の予定に行ってるよ。警視庁警護課はカンカンだが切り替えて警備を厳にしてる。現職大臣が襲われて自分とこの警護官が負傷だからな。県警は何やってんだ、と警備課長が怒鳴り込んできてうちの上の連中にものすごい剣幕だ」

「そりゃそうなりますよね」

「しかし真犯人らしき当ても見つからない。動機もわからない。手段もわからない」

「橘の身柄、どうします?」

「まあ帰りたいっていったら帰すが、いたいっていうならこのまま事情聴取名目で足止めしといた方が良さそうだな。迂闊に自由にしてマスコミに有る事無い事しゃべられてもめんどくせえし」

「そうですよね」

「佐々木、またケータイ鳴ってるぞ」

「どうせ鷺沢だからいいんです」

「いいのか?」

「いいんです!」

 佐々木は頑なにそういう。

「何かあったのか?」

「何も」

 佐々木の強い否定に石田刑事は口を曲げた。

「なんだかよくわからんが、着信ぐらい出たらどうだ? なにか傷つけられたのかもしれないが、頑なにプライド守るより気持ちよく許した方が人生は豊かだぞ」

「そんなですかね」

 佐々木は不愉快そうだったがケータイをみた。

「話があるんできてくれないか、って。だから嫌なんです」

「じゃあ、いかなきゃいいだろ」

「え」

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