第15話 狙撃者は陸上自衛隊?(7)

 海老名市内、こども食堂を併設した例の焼き肉店にまた鷺沢と佐々木はきていた。

「四十八願さんに頼むんですか、画像解析」

「彼女も出来るけど、もう一人いいのがいるんだ、うちのチームには」

 鷺沢は四十八願の家の奥に進む。

「お疲れ」

 鷺沢が声をかけると奥には四十八願の隣にもう一人、子供がいた。

「晴山美瞳(はるやま ひとみ)。まだ高校生だけど四十八願の助手で活躍してる。画像解析は彼女の得意だ」

 佐々木は解析のために持ち出した動画データのSSDを渡すと、美瞳はそれを受け取ってPCにつなぎ、解析を始めた。

「なるほど、ただ再生すると白煙が濃くて見えにくいですね、たしかに」

「でも画像偽装の痕跡って、そんな簡単に出るの?」

「出ますよ。PCで使う静止画にしろ動画にしろ、そのままのデータだとやりとりが困難なので、計算を使って圧縮をかけ、再生時に解凍するんです。それをエンコードとデコードといい、そのための計算プログラムはコーデックと呼ばれます。でもそのコーデック、圧縮の効率を上げるために、圧縮解凍で人間の肉眼ではわからないところを削除して完全に元に戻すのを諦める手法があります。不可逆圧縮ですね。で、それを使った動画をあとから加工すると情報量が増えちゃう。それをJPEGグリッド境界法やJPEGグリッド法といったメジャーなものからマイナーなアルゴリズムまで使って解析すると、加工した場所が明らかになります」

「じゃあまた集めた動画が偽装されてるの?」

「なんでかはわかりませんけどね。で、こんなもんでどうでしょう」

 美瞳がモニターを見せた。

「何かが移動してる……」

「今時のケータイは60fpsも当たり前ですからね。多分対象の武器、おそらく飛翔体は映ってたんだと思いますよ」

「飛翔体! また自爆ドローン?」

「もっとやっかいなモノかもしれないね」

「やっかいなモノ?」

「うん。たとえば、対人巡航ミサイルとか」

「巡航ミサイル!!」

 佐々木は唖然とした。

「昔のマンガに冗談めかせて出てたけど、ほんとに作っちゃったんだろうね」

「そんな」

「頭部の弾頭には戦車の装甲も穿つ成形炸薬を搭載、事前に定められたコースをプログラム通りに飛翔して目標に突入する。それなら狙撃銃のような直線的な射線はいらない。自由に障害物を回避して突入できるからね。成形炸薬は特殊に配置された炸薬で高温の金属ジェットを作って装甲板を穿つ。警護官の盾も撃ち抜ける」

「それで警護官の人たちがひどい火傷もした、ってことですか」

「しかも超小型慣性航法装置を使った自律航法なので、発射しちまえばそのあと仕掛けた奴は余裕で脱出できる。あとは白煙だろうけど、空調システムのメインダクトで発煙筒をタイミング合わせて焚くのはそんな難しくもない。バーナーのような音は推進用の小型ファンジェットエンジンだろうね」

「そんなもの、あり得るんですか」

「金さえあれば作れると思うよ。普通はそんなもん作れば話が漏れるけど、漏れないように作れる組織もある」

「で、佐々木さん、この報酬ですが」

「え、報酬?」

「美瞳、そういうのは先に言っておくもんだよ」

 鷺沢が苦笑する。

「これほしいなー、って」

 美瞳がオークションの画面を見せた。

「トミックスTNOS新制御システム基本セット……6万6千円!!」

「あー、これもプレ値がドバッとついちゃってるんだね」

「でもこれがないと鉄道模型を自動運転させられないんです」

「あなたたち、警察をなんだと思って!」

 その佐々木を鷺沢、四十八願、美瞳の3人がジトっとした目で見る。

「……わかったわよ!」

 佐々木はそのオークション画面の入札ボタンを押した。

「落札したわよ! これでいいのね!」

「ありがとうございます!」

 美瞳は満面の笑みだ。

「ほんとあなたたちって!」

「でも佐々木さん、石田さんたち、大丈夫かな」

 鷺沢が声を低めて聞く。

「相手は多分ならずもの国家の支援受けてるか、そのものの組織だよ。県警の警察力で対抗できるかな」

「そうだけど……石田さん、昔から優秀で有名だったって。時間は経ったけどいくつかの迷宮入りとされてる事件の後始末やったとか」

「うっ、本当?」

 鷺沢は思わず聞く。

「どうかわからないけど、公安や公安外事にも話通じてるみたいですし」

「なるほど、叩き上げで酸いも甘いもというわけだ」


 佐々木は去り際、この四十八願の家の中を見た。いくつもの鉄道模型ジオラマが整理してしまわれている。

「これ作った人たち、結構亡くなってるんだよね。で、これは全部破棄寸前だった」

「えっ。こんなよく出来てるのに?」

「鉄道模型ジオラマは一般には売買されるようなものじゃないからね。だから作っても場所取るし、売ることも出来ないから解体処分するしかないんだ」

「勿体ない」

「だからこの四十八願の家、今一人暮らしだから、空いてるスペースでできるだけ保存してる。四十八願、案件で稼いだ分で隣のこども食堂と学童保育、放課後児童クラブを資金面で支えてる。ほんとはこういうの行政が金出せば良いのに、今の行政は税金集めてもなんに使ったらいいかわからない盆暗だからね。それで予算余らせてたり。余らせるなら税金なんか集めるな、と思うけども」

「鷺沢さんも橘さんと同じことを思ってるんですか」

「私は自己責任だと思ってる。勤めに入れば良かったのに商業出版なんてやって、その結果食い詰めたんだもの。だから自業自得だと思う。ただ、自業自得だからって、こんな苦しい状態を続けさせられるのは嫌になる。安楽死させてくんねえかな、って良く思う」

「四十八願さんや美瞳さん、ここのこどもたちもいるのに?」

「辛いものは辛いの。こうなってる私、佐々木さんから見て、幸せそうに見える?」

「ええ」

「そうか。でも私、嫁さんとこども育てる普通のオッサンになりたかった。そっちのほうが確実に幸せだから」

「そうでしょうか」

「無い物ねだりだってのはわかってる。自分を肯定できればそんな事しなくてすむ。でもね、ぼくらの世代は徹底的に自分を否定するように育てられてるんだ。三つ子の魂百まで。ぼくらは教育の段階から呪われてるんだと思う」

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