第11話 狙撃者は陸上自衛隊?(3)


 車を降りて聴衆の待つホールに向かうのだが、警備の要点はシーンの変わるところが一番である。車から降りる、部屋に入る、演説を始める、といった瞬間が危ない。多くの政治家がその瞬間に狙われ、命を落としてきた。とくに本邦では皇太子であり摂政宮であった裕仁親王、後の昭和天皇ですら暗殺されかけた。大正12年・虎ノ門事件である。もともと日本という国は他国より上でも下でもなく、たまった不満で個人テロを容認する素地があるのかもしれない。忠臣蔵にしろ桜田門外の変にしろ、実際は凄惨なテロなのにそれを美化するところがある。元をたどれば日本は戦国が終わり徳川になってもなにかというとポンポン首を刀ではねる首狩り族みたいなものだったのだ。そのテロリストとテロ容認の血があるからこそ、昭和天皇は2・26事件で近衛師団を自ら率いて鎮圧の指揮を執るとまで激昂したのかもしれない。

 広い中央ホールは吹き抜けにエスカレーターや階段が置かれた屋内の大空間だが、外に向けて大きなガラス窓がある。災害時に人を傷つけぬように鈍い破片に割れる性質の安全ガラスで作られていて、そのガラスの向こうにも聴衆がいる。ガラスの内側の聴衆は奈良と和歌山の2つの暗殺未遂事件を受けて金属探知機をくぐり持ち物検査をうけている。今の海老名市長もせっかくの肝いりの『えびなみん』で暗殺事件などたまったものではないので、県知事経由で県警に万全の警備を依頼しているのだ。


 大臣は廊下を歩き、途中の市の窓口に愛想を振りまいている。それも政治家の仕事だ。幼い子が渡す花束を受け取ったり、窓口の職員に声をかけたりしている。

 うっ。

 その窓口の職員、佐々木がよく見たら鷺沢だった。佐藤大臣と鷺沢はカウンター越しになにか言葉を交わして笑い合っている。何あれ……キモイ……。佐々木はあきれるが、大臣はかまわずさらに廊下を進み、ホールの演壇に登った。


「はい! 佐藤利樹です。こうして皆さんの集う『えびなみん』いや『えびなみんなのやね』に参りました。いいですね。私の理想とする『デジタル化によって生まれ変わる日本』の先行例だなと感心しました。だれもがとりのこされずにデジタル化とAIによる刷新を果たした日本に」

 そのとき、白い煙があたりを包んだ。

「しまった、空調!!」

 空調機をつかって白煙が流し込まれている! 煙に巻かれる佐々木の向こうで、鷺沢が非常排煙装置のハンドルを握っている。こういう施設に用意されている装置だ。

 だが!

 目の前が白くなる中、黒い人影が一斉に佐藤大臣に飛びかかるように見えた。そして引き倒された大臣の周りにアタッシュケースを広げて盾にした人影が次々と現れた。警護官のもつアタッシュケースは防弾の盾になるのだ。しかしその次の瞬間、激しい火花が散った。

「なに!」

 ようやく排煙装置が働いて煙が薄くなってきたら、そこには大臣の身体を守ろうと折り重なった警護官がいた。そのうち2人が大腿部と腹部から鮮血を流していた。

「救急車!」

「大臣は!」

「無事です!」

「警護官2名負傷!」

「他に負傷者はいないか!」

「県警警護員は大臣の脱出支援にあたれ!」

「県警本部から海老名、厚木、相模原、綾瀬、座間各局。海老名市上郷12『えびなみん』で要人襲撃事件発生。各PB員およびPC員は海老名市上郷中心の5キロ圏配備に当たれ。なお容疑者の人着は不明なるも銃器爆発物の所持の公算が大であるため、職質などにあたっては慎重を期されたい。また周辺各局には拳銃携帯を検討されたし。以上県警本部」

 佐々木はこの襲撃に強烈に目を鋭くしていた。アドレナリンが過剰分泌になっているのだ。

「佐々木!」

 先輩刑事がとがめた。

「カッカしてどうする。犯人はまだそこらにいるかもしれないし、それを追うためには物証もかためねばならん。無理かもしれないが冷静になるんだ」

「ええ」

「佐々木さん!」

 鷺沢がやってきた。

「大丈夫でしたか!」

 先輩刑事が気づいた。

「これが例の氷河期おっさん?」

 佐々木がうなずき、鷺沢は頭を下げる。

「どうも」

 鷺沢はそのまま名刺交換でもしそうなとぼけぶりだった。襲撃事件直後だってのに!

「排煙装置、助かりました」

 先輩刑事が薄く笑う。

「もうちょっと早く排煙できるかと思ってたんですが、訓練でもやったことないですからね」

「え、そうなんですか」

「消防署に怒られそうですけど」

「役所なのに」

「そんなもんですよ」

 佐々木はだんだん震えが来た。

「佐々木さん……大丈夫?」

 鷺沢はマジで心配している。

「佐々木、こっちこい」

 先輩刑事はそこから佐々木を連れ出した。


 施設の裏で、先輩刑事は優しく佐々木に言った。

「おまえさん……やっぱり、お父さんの事が」

「いいんです」

 でも佐々木は震えている。

「無理は一番悪い。おまえさんの出番はいくらでもこれからある。裏のパトカーの中で休んどけ」

「そんな!」

「震えながら強がっても説得力ないぞ。30分ほど休め。30分」

「……30分、ですね」

「ああ。あと、言っとく」

 先輩刑事は笑った。

「おまえさんは十分勇敢で強い。だから、ちゃんと休むんだぞ。今は休む方が勇気が要るんだからな」

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