第10話 狙撃者は陸上自衛隊?(2)

「あれ、佐々木さん!」

 声を上げたのは襟付きシャツにチノパンを履いた、50代はじめ氷河期まっただ中の小説書きの変なおっさん・鷺沢である。

 佐々木は早速イヤな顔になっている。

「警備ですか? おつかれさまです」

「なんであなたがここに?」

「この『えびなみん』の中のとある施設でもバイトしてるんですよ。臨時職員で」

 海老名市民は『えびなみんなのやね』を『えびなみん』と呼ぶ。行政が凝って名前をつけてもさっぱり市民に浸透しないというよくある例である。

 鷺沢は首から提げたIDカードをぶらぶらさせている。ヒマなのか。

「臨時職員って、なにやってるの」

「まあ、いろいろと雑用ですよ。でも年に1度、ここの秋のお祭りのときに鉄道模型展示したりしてます。今日はこれからここに視察にくる大臣の警備ですか?」

 佐々木は更にイヤな顔になった。

「仕事がありますので」

 佐々木はそう言って去ろうとした。

「佐々木さん、大臣の演説のあるホールは向こうですけど、警備だから別の場所に行くんですか?」

 うっかり佐々木はホールと反対方向、トイレのほうに去ろうとしてしまった。凄くイラッとしたのだが、仕方ないので憤怒の形相でホールへ回れ右をする。

「水野です。大臣がまもなく正面玄関に到着します」

 インカムがそう知らせてくれる。

「佐々木、承知」

「佐々木先輩、どうしました?」

 声のトーンに水野が気づいたらしい。

「どうもしてない!」

 つい佐々木は言ってしまった。鷺沢がいるとどうもやりにくい。ただのキモイおっさんなのに、なんでこうなんだろう……。ああ、イライラする。



 大臣が颯爽と公用車から降り立った。大臣の名は佐藤利樹(さとうとしき)。40代でありながら現在の政権与党・自由進歩党のなかで第3派閥の佐藤派を率いる若きリーダーであり、政局の話となると「総理になって欲しい人」のアンケートで必ず名が上がる、今の森下総理は支持率が低いし、その次に期待されている女性大臣は政策通ではあるが政治家の付き合いと選挙に疎くて望み薄い。他にも何人か名前は出るが反主流派だったり高齢だったりで、それを省くとこの佐藤がこれから望ましい首相に浮上するのだ。

 当人は「自分はまだまだです」といいながら外遊も国内視察も積極的にこなしている。やはり40代の若さは大きな武器なのだ。

 だからこそ警護は慎重かつ綿密に行う必要がある。なにしろ本邦では元総理が銃撃で暗殺され、その直後に現総理が爆発物で襲撃されているのだ。冷静に考えれば日本の周りのほとんどは『ならず者国家』だ。彼らにとっては日本にまともなリーダーがいるのはひたすら邪魔なのだ。いざとなったら軍隊を空挺で送って斬首作戦で殺してしまおうと計画する彼らにとって、勝手にテロで死んでくれて政局が混乱してくれるのは一番大歓迎なのは当然である。それがならず者国家というものである。今時隣の国が豊かなのが許せないとか隣の国から土地にしろ資源にしろかすめ取れれば美味しいとか考えるのは、どう擁護してもただの野蛮人である。

 そんな野蛮な国が2つも常任理事国に入っている国際連合など噴飯物だが、その野蛮を喜ぶことを公言する大馬鹿者が日本にも少なくないのだ。売国奴とは国を売る馬鹿者だが、彼らは国に価値相応の値段をつけて売ることすら出来ない。それでも彼らは日本国民なのだ。

 内心胸糞であるが、佐藤はそういう所でどんな相手でも追い詰めすぎない強固な理性を持っている。国会や政治番組で野党議員の意味不明あるいは悪意だけで穴だらけの罵詈雑言に等しい質問にも感情を動かさない。今時には珍しく、学生時代にポーカーや麻雀が得意だったというだけあって、どんな悪意でとがった言葉も薄い笑みですべて受け流す。相手がエスカレートして個人的な中傷に走っても、その笑みは崩れない。普通の政治家は我慢しきれずに言葉をかぶせて口論にしてしまう。

 だが佐藤は笑みを浮かべて黙っている。そして相手の手が尽きたところで佐藤の反撃が始まる。相手はなんとか佐藤の防御を崩そうとして必死だったので、そのじっくり準備された怒濤の反撃に対抗できない。それどころか手の内を全て見せてしまったので反撃を避けることすら出来ない。

 通常はこういうやりかたは時間が限られている国会やテレビではうまくいかないのだが、そこに佐藤の狡猾かつ慎重な作戦がある。一方的に言われてる方に人間は感情移入しがちなのも利用しているようだが、その真相は未だになぞである。それを佐藤マジックとも呼ばれている。

 さらにこの佐藤マジックの驚くべき点は、最後に少しだけ相手をヨイショするところである。普通はこんな圧倒的な反撃を目にすると人間は「そこまでしなくても」と思いがちなのだが、それが発動しないように、ちょっぴりヨイショする。やられた側もそれに救われるので、結果的に佐藤には敵が少なくなる。メディアも深追いできない。そういう傑物である。

 こういう彼だが、政治思想的には新自由主義だし、財政均衡主義で消費税増税には反対しないので、政治に詳しい者は彼を『人垂らし』として批判する。それでも彼の傑物ぶりに批判のトーンをあげることが出来ないのだ。そういう意味ではやっかいな人物である。


 そういう彼だが、護衛する佐々木たち刑事に取ってはその中身は関係ない。いちいちそんなことに心を動かしていたらとっさの判断に邪魔になる。

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