第9話 狙撃者は陸上自衛隊?(1)
この年、残暑は10月になっても続いていた。刑事佐々木美咲(ささき みく)の生活は相変わらずだった。
正義を実現したい、という気持ちで多くの者が警察や検察、弁護士といった法曹業界に入ってくるが、現実には終わりなき『ドブさらい』なのだ。犯罪者も犯罪も尽きることはない。一つの犯罪を解決したら別の犯罪が生まれる。犯人も捕まえても捕まえても出てくる。それに心を強くして立ち向かうと、予想外の裏切りを食らってしまう。同じ警察官でもいじめもある、パワハラもある、さらには借金背負って捜査秘密を漏らす。あってはならないとされることだが、残念ながらあるのだ。それでもそれがまだ珍しいからニュース沙汰になるのだという者もいるが、そういうもんだからそれを食らうとショックが大きいのだ。
佐々木はまだ30代前半だが、それでも手痛い目に何度か遭っている。そのたびに……こっそり自分の部屋で過ごして気持ちを立て直すのだが、その姿は誰にも見せない。あとは剣道場での集中である。剣道は身につけるとまず身を守ってくれるし、武道らしく相手との競り合いがすがすがしい。負けても勝っても学びが多い。とくに実力の近い者との対戦は本当に発散できる。全力で立ち向かっても相手も全力なので余計な気遣いは要らない。目一杯身体と頭を使って竹刀を交えたあとは互いへの敬意と称賛で終わる。武道とはそういう所が良いのだ。
「水野、ポイントDにつきました」
水野の声が警察無線のインカムで聞こえている。後輩だが剣道では好敵手である。
「佐々木ポイントEで待機中。いまのところ不審物不審者なし」
他の刑事たちも次々と事前に決めたポイントでの警戒を報告する。
場所は海老名駅の北側に最近出来た、市役所や保健所などの行政施設と市民交流センター・中央公民館・中央新図書館などを統合した複合施設・海老名市マルチコミュニティホール『えびなみんなのやね』である。以前の市役所もあるのだが、このところタワーマンションが増えて伸びた税収で少子高齢化対応の新しい施設、ハコモノを作ったのである。とはいえタダのハコモノではなく、全ての入った組織が有機的に連携して市民サービスを行うことが最大の売りである。
そのために海老名市民には悪評高いマイナンバーカードの完全上位互換の『えびーにゃカード』が発行されている。それにより海老名市統合行政システム「EBISYS」によって海老名市民は出生届から入学、進学、就職、結婚、子育て、また場合によっては離婚、そして定年後の再就職や市民同士の交流、そして終活から死亡届まで完全に切れ目なくサポートされる。
その範囲は民間・行政の境目さえ超えていて、海老名市民用に作られた家計簿アプリ「えりな」は海老名市民の持つ銀行・証券口座からSuicaやPASMO、各種ポイントや各種クーポンに水道光熱費などのデータを統合管理してくれる上に、もしその管理に困ったら導入されたAIがサポートし市役所がすぐに補助金や助成を用意しに来てくれる。確定申告だけでなく生活保護の申請すら一瞬で終わってしまうと言う。非常に優れた行政システムだが、なぜこれが海老名市だけに存在するかを語る余裕は今はない。
日本国内、未だに紙とハンコが一番だとかデータが消えたらどうすると言う者が抵抗している状態なので、よその自治体にとってはうらやましい話である。紙とハンコで増える一方の手作業のなかでどうやってミスを減らすのか、災害時にどうやって紙の書類を水没や火災から完全に守れるのか聞きたいものである。デジタルデータネットワークは核戦争があっても世界全体が少しでも存続する限り必ず残るように設計されている。運営コストはかかるがそれも世界全体で負担すればそう高額にはならない。それよりスタンドアローンで大地震や核戦争に耐える紙データの収蔵庫、実現できるものなら拝見したい。どんな壮大で巨額の費用がかかるか、ある種のロマンの対象である。素直に言うなら、そんなモノ作れるわけねえだろバカ、である。だが日本は民主主義国家、どんなバカにも投票権と発言権があることになっているのだから、遅々として未来は来ないのだ。
佐々木はここまで過激には想わないのだが、こう考える者は何人もいる。
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