第8話 目撃者はイージス艦?(8)

「やっぱりそうでしたか」

 休憩室に戻った佐々木は、そう頷いた。

「自衛隊さんも困ったもんだ。

 もともと自衛隊の中での金銭トラブルだった。自衛隊は給料は安いが、外に家を持たず基地の中で生活すると、食事はさらに安くて量も多い3食給食だし、家賃も基地に住むとほぼかからないのでお金が貯まりやすい。もちろんそれはちゃんとしないとあっという間に危ないことになるが、若い隊員にそういうまとまった現金は刺激が強すぎる。それで金銭感覚が狂って借金に手を出すトラブルは昔からあった。それを上官が説得して借金の整理精算を手伝う時代もあった。だがそれが時代が変わってしまい、清算を手伝うどころかそういう隊員相手の闇金を副業で営むものまで現れた。その1人がこの爆殺された隊員だった。恨みをもった闇金の被害者たちは逆恨み交じりに彼の爆殺を計画した。どうやら闇金隊員は自衛隊の外の暴力団関係の闇金ともトラブルを起こしてたらしい。それでも自衛隊内にいれば身柄は安全だ。暴力団は自衛隊基地内まで襲えないし、自衛隊は建前さえ守れれば他に関心持たない体質がある。

 そこで横須賀駅近くに誘き出しての爆殺を考えた奴が出てしまった。もちろんその闇金隊員も警戒していただろう。刃物や拳銃での危害は予測し対策してた。だが、まさか自爆ドローンによる襲撃は予想外だったと思う」

「でも、この件、自衛隊からはなんと」

「それとなく匂わせながら聞き出したら、向こうから『なんとかならないか』と言ってきたよ。奴のことは自衛隊としてもどうにもできなかったらしい。死んでくれてほっとしてる、と言うのが本音だ。そこで『調整』を提案してきた。自爆ドローンによる爆殺を隠蔽するために協力し、奴の殺害に関わった連中を一網打尽に検挙するのを認める。ただし」

「なんですか? ただし、って」

「大っぴらには自衛隊内のトラブルということではなく、あくまでも『フェンスの外』だけでの金銭トラブルによる殺人事件ってことにしてくれ、だってさ」

「なんですかそれ」

「彼らはそうやって組織を守ることにしたらしい。クソッタレだが」

「そんな」

「つまり闇金隊員とそれに引っかかって逆恨みした借金隊員たちのことは、自衛隊としては全く知りませんでした、すみません、ってことで決着する。もともとうちの第一捜査本部もその決着が見えるように、ずっと我々にも隠して交渉してたらしい」

「胸糞ですね、ほんと」

「ああ。最初から俺たちがこんな第二捜査本部を作るのも第一捜査本部としては折り込み済みだった、ってことだ。正直、こんなことして何を守る気なんだか、さっぱりわからない。それに自爆ドローンの入手ルートも解明できない。自衛隊が解像度を落として提供したイージス艦の電子戦装置の傍受データも使って銃器規制課が裏で継続捜査することにしたらしいが」

「じゃあ、また第二の自爆ドローン事件が発生する可能性が」

「そうだ。調べたところ、自爆ドローン襲撃は例の極秘SNS使って闇バイト発注と同じやり方でやったらしい。だからそのSNSに潜む闇ドローン屋を特定し、逮捕するまでこの事件は終わったようで終わらなくなっちまった」

「そうですか……」

「でも」

 先輩刑事は言った。

「佐々木、そのリスト明らかにするために払ったオークションの模型代、それ、第一捜査本部に請求できるからな。忘れず請求しとくんだぞ」

「えっ」

「それが俺たちを小馬鹿にした第一捜査本部の連中へ今唯一できる報復だ」

 佐々木は頷いた。

「安すぎませんか、それにしちゃ」

 その佐々木の言葉に、先輩は笑って答えた。

「後でまとめてもっといっぱい払わせるから、気にすんな」



「そうなったんですか」

 鷺沢に海老名署の応接室で佐々木は報告した。

「お疲れ様でした。警察も自衛隊も、変なところで大変ですね」

「ええ。情けないけど」

 2人はため息を吐いた。

「仕方ないです。でも、諦めずに少しずつ、曲がったことには抗っていきましょう。私の命を救ってくれたあなたには、これからできるだけまともな未来を歩んでほしい。それを支えるのが、私に今できる唯一のことです」

 鷺沢はそう言った。

「ありがとうございました」

 佐々木はそう言って、海老名署の玄関から鷺沢を見送ることにした。玄関を守る警杖を持った警官が軽く敬礼する。

「名コンビ?」

 別れ際、鷺沢が冗談めかせて言うと、佐々木も冗談めかせて笑って眉を寄せて言った。

「キモい」


〈目撃者はイージス艦? 了〉

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