第2話 目撃者はイージス艦?(2)

  駅事務室で色々と面倒な調書などの仕事が待っていた。殺人事件の捜査中なのにこれでは全くあがったりである。捜査本部の管理官は理解してくれたが、しかしただでさえ物証集めも難航している事件の最中のこれに、管理官も建前では人命救助できて良かったというものの、相反する本音がその顔に滲んでいるように見えた。

「鉄道マニアがなんで鉄道自殺するのよ」

 佐々木はそうため息をついた。確認のために調べた彼の所持品は鉄道車両の意匠をデザインしたキーホルダーや名刺入れなどテツグッズだらけだったのだ。

「全てが嫌になりました」

 彼はカタカタと震えながら、弱々しく答えた。

「だからって鉄道で死ぬつもりだったの? 好きな鉄道で」

「もう何も考えられなかった」

「で、今は?」

 佐々木もほんとは自殺未遂者にこういう態度を取るべきではないとわかっていたが、あいにく当番の救急精神科医は到着が遅れるとのことで、すっかり苛立ってしまっていた。


「なんでいつもこうなんだろう」

 まだ身体をこわばらせたまま嘆く彼は見たところ50歳ちょうどぐらい。いわゆる氷河期世代であるようだ。所持していた診察券入れの中に精神障害手帳があった。正直なことを言うとこれがあると手続きがめんどくさくなるのだ。本来は心を病んだ人間を救ったのだからもっと優しく丁寧に扱うのが本来と思うのだが、今の文書主義の制度は全くどうかしていて、ひたすら煩瑣なあまり、まともな心のケアができないし、それを嘆いても一向に改善されないのだ。本末転倒である。

「名前、自分で言える?」

「鷺沢幹(さぎさわ みき)です」

「仕事は」

「バイトです」

「バイト? その年で?」

「ええ。やりたいことがあったから、高校卒業後ずっとバイトとそれやってました」

「やりたいこと?」

「小説書いてます」

 佐々木は思わず息を吐いた。よくいる自称小説家かな……。

「一応、まだ日本推理作家連盟会員です」

「作家連盟? あなた、まさかほんとうに推理作家なの?」

「実態は親睦団体ですけどね。でも商業で本出さないと会員推薦必須なので入れません」

「じゃあ、出版社から出したことあるの?」

「一時はブックオフに私の本の棚がありました」

「本当?」

「ええ」

「それがなんでまた」

「話すと長くなりますけど」

「……じゃ、それは後で」

 それで少し間が空いた。

「刑事さん、迷惑ですよね。こんなことして」

 佐々木は息を吐いた。

「命失う寸前の、私のお父さんぐらいの歳の人にこう言うのはほんとすまないけど、正直」

「でも正直でいいですね。ええ。私にとっても中途半端な浅い同情をされるよりいいかもしれません。人生捨ててるのに上辺だけでいろいろ言われると、悲しくてほんとに死にたくなりますから」

「このせいでまた私、さらに左遷だろうな、って」

「県警本部の刑事なのに左遷って、もしかするとキャリアの方でしたか」

「なんでそんなこと」

「推理作家連盟」

「そうでした」

 佐々木は頬を膨らませてしまった。

「近くで起きた事件の検索してたけどそれほっぽってこっちやってて。建前は人命救助、ただしい判断だってことになるけど、実際は「何やってんだ!」だし」

「刑事ドラマみたいですね。確かそんなのあったと思います。『踊る大捜査線』にもあったような」

「『これ持ってるせいで人助けられないならこんなのいらない!』って? でも私、織田裕二じゃないんだけどなあ」

「そうですよ。織田裕二そんな背高くないし、胸も」

「えっ」

 佐々木は思わず引いた。

「何でこんなときに私の体を観察してるの……。キモい」

「すみません」

 鷺沢は本当にすまなそうな声である。

「しかし間がもたないなあ。駅員も人手少ないから「お願いします」ってサッサとどこかいっちゃったし、救急精神科の先生もまだ来ない」

「人手不足、どこもそうなんですね」

「どうかしてる。なんでこんなに人がどこでも足りないのか」

「そりゃ、国あげてボリュームゾーンの私みたいな氷河期世代を丸ごと棄民したんですもの。社会が支えられなくなるのは当然です」

「そうよね……県警本部もベテランがぽっかりといなくてノウハウが継承できないって問題になってた。……って、何内情さらりと聞き出してるのよ」

「推理作家」

「ほんとに本出したの?」

「推理じゃないですけどね。架空戦記」

「それでなんで推理作家連盟に」

「昔は福利厚生目当てにいろんなジャンルの商業作家が入るメリットがあったんですよ」

「それなのに今本出してないの?」

「ええ。色々あって」

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