マジックパッシュ-鉄道模型好きな貧乏氷河期おっさんが美少女剣道刑事と不本意ながら事件を解決しちゃう話
米田淳一
第1話 目撃者はイージス艦?(1)
「京浜急行線横須賀中央駅付近の爆発事件、整理番号24号は体制を殺人事件に切り替えます。捜査員は物証収集、特に周辺防犯カメラ画像の提供要請等を迅速に実施されたい」
「佐々木、承知しました」
インカムから流れる警察無線に、佐々木と応答した女性刑事は、汗を拭いて毒々しい空を見上げた。
「ひどい色」
くっきりとした目鼻立ちにスラリとした長身の彼女は、残暑厳しい9月の錆に血を流したような不吉な空の色を見た。それに思わず口にすると、息を少し吐いて、唇をまたきゅっと引き結び、また捜索に戻った。
爆発事件として事故事件両面での対応が始まって、消防との合同調査で対応していた。
引火性のガスや爆発物などが他に見当たらないところでの爆発で男性が一名死亡。
爆発の痕跡はあるものの、鑑識や爆発物処理班の調べでも爆発物やその運搬手段の特定ができないのだという。
どうもおかしな爆発だということで、県警の百戦錬磨の刑事たちも戸惑いを隠せない。
被害男性は爆発の直撃で損傷がひどく身元不明という惨たらしいことになっている。
検死に回して歯型照合などを使って特定するしかないと考えられたものの、歯列も爆発で破壊されていて特定困難らしい。
今の所、殺害手段は爆殺という他は全く具体的にわからない。だが遺体の損壊の酷さから、余程の恨みがあったのだろうと推察する。
佐々木はこの残暑の中、拳銃と重たい防弾チョッキを身につけて捜査検索にあたっている。どうにも相手がわからないのでこういう重装備となった。まだ30代、高校剣道では名を知られ、今も警察の剣道大会でも上位常連なので体力に不安はない、はずだが、今年の残暑はあまりに過酷だ。今日も朝から天気予報はさまざまな警報だらけである。
横須賀の狭い街並みの向こう、海側には灰色の護衛艦が係留されているのが見える。今も昔も横須賀は軍港であり、それにともなって海上自衛隊と米海軍の将兵が行き交う基地の街だ。
すぐ脇の線路を京浜急行線の銀色の車体を紅白のフィルムで飾られた電車が高速で走り抜けていく。そのいかにもの金属塊が巻き起こす風もねっとりと湿り、肌にまとわりついて不快だ。でも佐々木は気分を仕事に影響させることを愚かと思う聡明さを持っている。もともと国家公務員採用のキャリアで県警本部で順調に出世してきた彼女である。なのになぜ現場仕事をしているのか、理由はあるのだが、それを語る余裕は今はない。彼女の鋭い視線が今、ホームにいる不穏な動きの彼を見つめているのだ。
「なにやってんの!!」
佐々木が腹から出した大音声の誰何に、中年を過ぎた年頃の彼は目を向けた。
その瞳に全く光がない。見つめるのはホームに進入してくる快速特急電車の前頭部。そしてこの駅のホームにはまだホームドアがない。
すぐに佐々木は駆け出し、そのホームに登って彼に向かった。
彼は覚悟が固いのか、まだ飛びこもうとしている。
最近やたらと鉄道自殺が多い。首都圏だけでも一日3件4件と起きることもある。確かに辛い世の中なのかもしれない。そして命を捨てる彼ら彼女らにはそれが救いになるのかもと思う時がある。佐々木も時々他部署への応援でその処理にあたる時、自分もいつかこの遺体の側に回るのだろうかと思うことがある。世の中は呆れるような雑な政治、雑な議論が続き、少子高齢化も格差貧困も放置されてますます暮らしにくくなっている。
地味に負担は増え続けるのに政治も経済経営も責任を取ることはない。そのくせ普通に自己責任と言って切り捨てが横行する。佐々木はその中でも本来はそれに巻き込まれない側のはずだが、板子一枚下は地獄の感覚に苛まれる日々なのだ。どうしてこんなにも安心して働いて安心して子供を産んで育てていける世の中でなくなってしまったのか、と毎回嘆きの息が漏れてしまう。
それでも佐々木は彼を救おうとした。トラックに轢かれて転生、などという小説もあるが、鉄道自殺で転生なんてあり得ないと思う。なにしろ鉄道自殺は世の中で言われるより失敗率が高いのだ。そして失敗したら大怪我で重い後遺症のためにさらに辛いことになる。
彼は目を瞑って線路に向かっていく。他の乗客が非常停止ボタンを押したのか、あたりには警告音が鳴り響き、電車も急減速を開始している。だが止まり切れるように見えない。そして彼はあと3歩で線路に落ちるところで……足がもつれたのか、倒れ込んだ。
「なにやってんの!!」
倒れ込んだ彼を抑え込む佐々木の怒気混じりの大音声が再び響いた。だが彼女の耳につけた警察無線のインカムも『捜査中に何をしている!』という怒声を響かせていた。
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