第3話 目撃者はイージス艦?(3)

「でも久しぶりに出そうとして」

「編集者に持ち込んだの?」

「はい。でも、『いい作品だけどねえ、面白いし。でも』って言われてあえなくボツ」

「なにそれ。ぜんぜん理由になってない」

「50代の作家のリデビューなんて出版社にはうまみがないんでしょう。それが私の作家生命が完全に尽きた、ってことです」

「まさか、それで電車に」

「恥ずかしながら」

 ナンダソレは。

「でもデビューなんて何歳でもできるのが作家では?」

「普通に考えて、50のこんなおっさん、出版社がプロモーションに出して人気出ると思いますか? それだったらもっと若くて、できれば女性の方が可能性がある」

「それ、いろいろとコンプラ的にまずいと思うけど……そうなのかな」

 彼はそう言いながら、少しずつ恐慌から回復していて、佐々木はホッとしていた。これなら救急医が来なくてもなんとかなるかもしれない。

「そうです。結局はそういうことです。せめて何かに役に立ちたかった。昔は推理作家連盟、定款に警察捜査への協力ってのもあったけど、削除されちゃったし」

「え、推理作家が捜査協力?」

「一見会員作家にできそうな人はいますけど、そうはいかないので」

「そりゃそうよ。社会部記者で事件報道やってたとしても、警察捜査とは全く別だから」

「そうですよね。でもどんな事件なんですか?ニュースサイト見てたらこの駅の近くで爆発事故、1人死亡ってありましたが、もしかして」

「ノーコメント」

「じゃあそれだったんですね。しかも事故ではなく事件で」

「ノー・コメント!」

 佐々木は強くそう拒絶した。

「でも「爆殺」事件っていくつか例がありますよね。1998年のアメリカ・コネチカット州の事件では盗まれた手榴弾が使われた。2012年中国でマフィアの抗争がらみで闇ルートに流れたプラスティック爆弾をアクセサリーに偽装して爆殺。2017年ロンドンでは手製の爆弾をやっぱりアクセサリーに偽装して身につけさせて爆殺。爆弾事件というと郵便爆弾がよくありましたが、今は郵便センターのX線検査でほとんど阻止できる」

「ちょっと、なんでそんなことをスラスラと」

「推理作家」

「そうなの?」

 鷺沢は一度黙ってためらったが、また口を開いた。

「今回の原稿がそれでした。架空戦記じゃなくて推理を書いたんです。私、もともと架空戦記で食い詰めて元嫁と離婚しました。だから推理でまた食えるようになろうと思って、古今東西の事件と推理を研究したんです。警察の捜査資料部にも文書公開請求したりして。30年かけました」

「えっ、私の歳と同じぐらいの時間ずっと研究を?」

「でも結局、無駄でした。あえなくボツ。だから」

「そんな」

「所詮、鉄道模型好きな変なおっさん、ってのが限界だったんです。最後にワンチャン、また本出して元嫁呼んで幸せな生活したいなと思ったけど」

「そうだったの。でも鉄道模型、って」

「テツなんですけど、なかでも鉄道模型が好きなんです。それで毎年夏に展示してて。それだけが生きる最後の縁でした。でもコロナで何度もその展示が連続で中止されて」

 その時だった。

「おや、すっかり回復してるじゃないですか。私要らなかったかな」

 救急医が鼻歌交じりに来たのだった。

「先生!」

 佐々木が言うが、救急医は笑っていた。

「君、いいカウンセラーになれるかもね。警察クビになったら転職先に考えてもいいかも」

「でも彼」

「ほら」

 微笑む救急医は、目顔で鷺沢のあくびを指摘した。

「あくびかくってのはいちばんの回復の兆候なの。これで寝て起きればもう大丈夫だ。睡眠は無害天然の最強の向精神薬だよ」

 鷺沢はこの駅事務室のソファに横たわり、それに戻ってきた駅員が毛布をかけた。そうしたら鷺沢は軽いいびきをかき始めた。眠りにおちたのだ。

「まったく!!」

 佐々木は呆れた。

「鷺沢さんか。連絡みてどっかで見た名前だと思ったけど、前この人の本、私読んだことあるよ」

「ええっ」

「デビュー直後かな。まだ作家としての経験値少ないから作品は荒っぽかったけど、それでもこりゃいい線ついてるなー、楽しみだなーって思ってた。まさかここで会うとはね」

 救急医は微笑んでいる。

「それがそこから30年かけて推理修行してたのか。それがどんな話になったのか、読みたいけどなあ」

「もうっ」

 佐々木は軽く苛立ったが、救急医は言った。

「刑事さん、この鷺沢さん、すごく鋭いよ。あのデビュー作の頃と変わってなければ、本当の天才だと思う。それゆえ彼はとても毎日が暮らしにくかったと思うけど。刑事さんには強くお勧めできる。制度的には捜査に参加させられないだろうけど、彼からはいいアドバイスがもらえると思う。特に複雑で通常の捜査手法が使えない事件にはとても有効なはず。ほんとは警察の中にこう言う人がいるべきなんだけどね……まあ、今はなんでも不条理だから。残念だけど」

「アドバイス」

「個人的にこっそり話聞いておくとあなたの仕事にもキャリアにも役に立つよ。保証できる」

 そう救急医は言い、それに佐々木は思い出した。この救急医、この横須賀で救急精神科を今やってるけど、県警本部が指定している医療捜査アドバイザー、特別捜査協力医なのだ。


 佐々木は深く礼をした。

 でも、こんな氷河期おっさんが警察の捜査にアドバイス?

 ……マジ?

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