→逃げる【XX】ふたりの世界

 上下はコンクリートだ。人ひとりがしっかり立てるくらいの広さ。ふたりいても問題なく動ける大きさ。縁は丸く、土管のようなものだとわかる。

 左右はビニールシートの壁。片方はめくってもコンクリート。塞がれているらしい。もう一方のシートはめくったことがなかった。楓が、触るなと言うから。

 ずっと頭が痛い。空気がこもってるからだろうか。くさいとか、息苦しいとか……そんなことはないけれど、空気はずっとこもっていた。

「螟悶?蜊ア縺ェ縺?h縲よ悃蟶後′蟇昴※繧九≧縺。縺ォ螳?ョ吩ココ縺後″縺ヲ縲√a縺。繧?¥縺。繧?↓證エ繧後※繧」

 外界での最後の記憶は、家の前で楓と手を繋いだところまでだ。そこから記憶がぶっつりと切れている。楓が言うには、ここはたいら山ドリームパークらしい。外が見れないので真偽はわからない。しかしこんな大きな土管が放置されてる場所はそうないので、本当だとも思う。

「逕キ縺ッ谿コ縺輔l縺ヲ縲∝・ウ縺ッ迥ッ縺輔l縺ヲ繧九?ら函縺肴ョ九▲縺溷・ウ諤ァ縺ョ荳ュ縺九i譁ー縺励>螳?ョ吩ココ縺悟?縺ヲ縺阪※窶ヲ窶ヲ縺ュ縺壹∩邂怜シ上↓蠅励∴縺ヲ繧九s縺?」

 どこから持ってきたのか、楓はしっかりと備蓄を整えていた。水、食料、防寒具……排泄のための尿瓶もある。近くに汚物を埋める穴も掘っているらしい。最初から外ですればいいじゃないかと思ったけど、彼女は首を横に振った。

「譛晏ク後?縺?繧√?よョコ縺輔l縺。繧?≧繧医?らァ√?螂ウ縺?縺九i縺セ縺?逕溘″谿九l繧九¢縺ゥ縲∵悃蟶後′隕九▽縺九▲縺溘i豁サ縺ャ縺励°縺ェ縺?b縺ョ縲よ▼縺壹°縺励>縺九b縺励l縺ェ縺?¢縺ゥ縲√%繧後↓蜃コ縺励※縲らァ√′謐ィ縺ヲ縺ヲ縺上k縺九i」

 それでおれはおとなしく従う。頭痛のせいで頭が働かず、頼り切りになっている。おれの体調不良を彼女は責めなかった。強い瞳がこちらを照らす。

「縺薙%縺九i蟋九∪縺」縺溘°繧峨?√%縺薙′荳?逡ェ謇玖埋縺ォ縺ェ縺」縺ヲ繧九?ゆス輔b縺ェ縺?¢縺ゥ縲∫函縺肴ョ九k縺?縺代↑繧俄?ヲ窶ヲ縺薙l莉・荳翫?縺ィ縺薙m縺ッ縺ェ縺?h」

 食事も、風呂も、排泄も。楓の促す通りに行う。最低限のことしかできないけれど、そうすれば体が楽になる。一日が瞬く間に過ぎ、おれはその大半を無為に過ごす。たまに楓が両手を広げ……それに抱き留められると……ますます思考が溶けていく。

「おれたち死ぬのかな?」

「豁サ縺ォ縺溘>縺ェ繧峨>縺、縺ァ繧よュサ縺ュ繧九h縲ゅ◎縺?§繧?↑縺?↑繧臥函縺咲カ壹¢繧峨l繧」

 楓の言葉はまっすぐで、強い力がある。

 おれは半分死んでるんじゃないかと思うときがある。しばらくまともに歩いてないし、外の空気も吸っていない。そういうことをしようとすると、楓が優しくおれを抱いて「縺昴s縺ェ縺薙→縺励↑縺上※縺?>」とささやくから、ごまかされてしまうのだ。

 楓がいるから生きていられる。おれの人生は、いつしか彼女そのものになる。

「縺薙≧縺?≧縺ョ縺後⊇縺励°縺」縺溘s縺?」

 そう言って楓はよく笑う。おれの体を撫でながら。彼女の言う「こういう」がどういうことかはわからないけど、おれは聞かない。聞いたってきっと理解できない……今のおれの頭では。

「髢馴&縺」縺滉ク也阜縺悟」翫l縺ヲ縲√″縺ソ縺ィ縺オ縺溘j縺阪j縲よ怙鬮倥§繧?↑縺?シ」

 壁の向こうには何があるんだろう。おれが知らなかったことが……こうなる前に知っておくべきだったことが、もっとたくさんあるはずだ。

 たまに、楓の体が動く気がする。彼女が服を着ていないとき……何も着ずにおれの前に立っているとき、なめらかな線を紡ぐ彼女の腹が、いびつに波打つような気がする。目を凝らせば消えてしまうから、いつも気のせいだと思うようにしている。実際それ以上固執できない。快い濁流に呑み込まれてしまうから。

 楓はずっとおれといるが、ときおりいなくなる気配もする。そういうときは記憶が混濁し、戻ったときには楓の姿と、一向に減らない備蓄品がある。

 夢を見ているのかもしれない。

 本当のおれはあそこで死んでいて、天使がここに連れてきてくれたのかも。

 あそこってどこだろう。天使って誰だろう。

 どうしてこんな夢を見るんだろう。

 楓がおれの上に乗るとき、腹から蟲のような足が出る。おれの腹に食い込み、侵入しようとするのだ。痛くて、叫んで……気づけばそこには何もない。血も、足が開けた穴も。

 楓は強く輝いている。でもそれを享受するとき、おれの背には濃い影ができる。そこでは無数の足を持った蟲が這いずり、皮膚を裂いて脊椎に絡む。

 耐えられない――狂うほど気持ちが悪いのに。

 おれにはもう、楓しかいない。

 蟲が喉の横を通る。頬を喰い、口腔から顔を覗かせる。楓の口づけが降ってきて――だめだと言いたいのに止められない――小さな舌が、そっとおれのそれに触れる。

 絡めたものが離れて。遠ざかる舌には、蟲が絡まっている。

 何か言わなきゃいけないのに。

 楓の中に、おれの蟲が入っていく。舌に乗り、潤んだ唇の隙間に呑まれる。それがあまりに扇情的で、目の前が真っ赤になる。

 もっとほしい。彼女を喰い破る蟲になりたい。

 言葉にならない叫びが漏れる。唾液が溢れて口の端で泡立つ。

「荳?邱偵↓逕溘″繧医≧」

 彼女の声も、もう聞こえなかった。

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