【6】???・2
男は夜道を歩いていた。ひとけはまるでない。携帯を出し、鋭い光に目を眇める。とうに日付は変わり、一時になろうとしていた。
高校時代の先輩に呼び出され、一日中付き合わされた。彼女と喧嘩をしたらしい。昼はパチンコを打って、夜は先輩の家で飲んだ。彼女の愚痴を聞かされ、いつまで独りでいるんだといじられ。あたりさわりのない相槌を打ち、適当な言葉で慰めた。
彼女と喧嘩したと呼ばれるのも、鬱憤晴らしにいじられるのも、一度や二度じゃない。明日明後日には仲直りしてるだろうし、そのうえでまた呼ばれるだろう。毎回バイトも休まされるのでいい迷惑だ。本気で慰める気など起きやしない。
それでも付き合い続けてるのは、なんだかんだと世話になったからだ。高校を出て職につけなかった彼にバイトを紹介してくれ、たまに奢ってくれもした。面白い遊びに連れて行ってくれ、女も斡旋してくれた。大学に行ったり普通に働いたりする同級生とは疎遠になるなか、先輩とだけは付き合いが続いている。
ポケットから煙草を取り出す。咥えて火をつけようとして、ためらった。
最近いつも考える。煙草は正直、値の張る娯楽だ。止めたら絶対楽になる。わかっているのにやめられない。
先輩が吸ってるからというのもある。仮に彼が止めたとしても先輩は目の前でぷかぷか吸って、なんなら彼にも止めさせまいとするだろう。ろくでもない人だ。
火をつけて煙を吸い込む。煙草も先輩もろくでもない。肺は悪くなるし、病気にもなりやすいらしい。先輩はよく咳をするし、彼もよく痰が絡む。本当はちゃんとした職についたほうがいいのに、先輩が「今はフリーターでもやってける」とか「今のおまえでいい」とか言うから、行きたくなくなればバイトを辞めて、金が必要になったらまた始めるような、浮ついた生活を続けている。
「だりー……」
不安にならないと言ったら嘘になる。だけど全部見たくない。目を逸らす。悪いとわかっていても止めない。人がいないのをいいことに、路上で喫煙もするし、灰も落とす。
「あ……?」
数本先の電柱の根元に黄色い塊が見えた。
目を凝らすと人だとわかる。相手もこちらに気づき、ゆっくりと体を起こした。
人影は小柄で、黄色のレインコートを着ていた。距離が縮まると道へ出て、進路を塞ぐように立つ。
それは少女だった。ショートパンツから伸びる脚は細い。つっかけたごついサンダルのせいでとりわけ華奢に見える。フードを目深にかぶり顔は見えないが、のぞく顎の線も細かった。
少女の前まで来ると男は立ち止まった。「なんだよ?」と少し力を込めて尋ねる。こちらに用があるのは明白だ。しかし体格差があり相手も軽装だったので、ひとけのない深夜の路上でも特段警戒はしなかった。
影がフードを取る。やはりそれは少女だった。それも、非常に綺麗な顔立ちの。美少女とはこういう存在を言うのだろう。ハッとするほど美しい。
一気に下心が芽生えた。「どうしたんだよ、こんなところで」いくぶん口調は優しげになる。
少女はポケットに手を入れたまま、上目遣いで彼を見た。
「楽しいことしない?」
「楽しいこと?」
下心はあったものの、先手を打たれて動揺する。少女はたたみかけるように近づき、煙草を持った彼の手に触れた。
「いいでしょ? 来て」
煙草が落ちた。少女が歩き出し、手を引かれ彼もついて行く。実は美人局で、向かった先に仲間がたくさんいたら? そんなことも考えたが、酔った頭で彼女の体温に抗うのは難しかった。近ごろ女日照りが続いていた。
少女は近くの裏路地に入った。歩くとすぐ行き止まりになる。暗いと思いきや、壁向こうに高い電灯があるため互いの姿が確認できた。しかし何もない場所だ。もちろん人もいない。
彼は困惑して少女を見た。こちらに背を向けている。繋いでいた手が離れ、プチプチプチとスナップボタンが外れる音がする。
少女は振り返った。コートのボタンはすべて外れ、そこから素肌がのぞいていた。彼は呆然と彼女を見つめる。目が合うと、少女はうっすらとほほえんだ。
腰を引き寄せて胸元に顔を埋める。少女は抵抗しなかった。甘くていい匂いがする。今までの女より数段甘い。舌を這わすとびくりと体が跳ね、頭上からくすぐったそうな声が降ってきた。
胸は大きくなかった――ほとんどないと言っていい。しかし頂は少し引っ掻いただけで赤く膨れ上がり、しゃぶらずにいられないほど旨そうに震えた。
「ねえ……だめ……」
胸を吸い続けていると頭を抱えた手に力が入る。聞かずに続ければ小さな喘ぎと一緒に腰が揺れた。少女を抱く手に力がこもる。パンツの前が張ってくるのを感じる。
下半身に何かが触れて、腰がびくついた。顔をあげると少女と目が合う。彼女の膝が性器を下から撫で上げる。細い指先が彼の頬に触れ、唇をなぞる。
「キスして」
無我夢中で口づける。すぐに舌が入ってきて、熱烈に絡み合う。息をするのも忘れていた。自分の鼻息が大きく響く。徐々に頭がぼんやりしてくるが、それでも彼女から口が離せず、注がれる甘い唾液を何度も飲み込んだ。
「おぅえ」
野太い声がして、頭に衝撃が走った。
路地裏に男が倒れていた。顔は吐瀉物の上に落ち、白目を剥いている。下半身からも液体が漏れており、彼のズボンを中心にアスファルトの色が濃くなった。
少女はしばらくの間それを眺めた。やがて唾液で光る唇を拭うと自身の体を見下ろす。胸元に吐瀉物がかかっていた。
男の側に屈み、彼のシャツを使って汚れを拭う。次いでズボンのポケットから財布を取ると、明かりの下で中を検分した。免許証を出し、写真と倒れた男の顔とを交互に見る。
「佐藤流星、平成十三年生まれ……」
少女は免許証をしまうと財布を自分のポケットに入れた。コートの前を閉じて男の側に戻り、彼の体を軽く揺する。
「ねえ、起きて」
それだけで男は指先を動かした。
「シャワー浴びたいな。きみの家に行こう。案内してよ」
男は立ち上がる。口元は汚物にまみれ、股間はくっきりと濡れてアンモニアのにおいを発している。白目を剥いたまま、彼はふらふらと少女のあとを追った。
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