十三章 次期大統領

 あれから一年もかけてしゅんりは魅惑化のグレード2を取得した。

 修行中は本当に精神が崩壊するかと思う程、他の異能の修行とは違う過酷な日々を過ごした。

 欲情して苦しくてもブリッドは指一本もしゅんりに触れることなく、「頑張るんだ、お前は強い子だ!」などど、運動会やスポーツ大会の観戦に来た父親のように励まし続けたのだった。

 そして、何かとこなしてきたしゅんりであったが魅惑化の能力の才能は本当に無く、取得するまで困難を要した。すぐに自分のフェロモンに負けて欲情したり、相手に能力をかけようとしても中々効かなかったと思えば反対に広大な範囲にフェロモンをばら撒けて地下内にいた男性のタレンティポリスが大変なことになった事もあった。

 そしてグレード判定をしたルビー総括はグレード3を取りたいと言ったしゅんりに、「んー。残念だけど、貴女才能ないから無理よん。諦めなさい」と、言い放ったのだった。しゅんりはルビー総括のその言葉に今までにない以上にショックを受け、その場で思わず泣いてしまった。

 そして一番悔しくて腹立たしかったのはブリッドが魅惑化のグレード3を取得したことだった。

 初めて魅惑化の修行をした時、ブリッドはルビー総括とワールに批難され、しゅんりにそれを要求するなら自分も魅惑化の修行をしてみろと言ったのだった。

 しゅんりが特殊なだけで異能の能力はそんな簡単にほいほいと得られるものではない。特に倍力化を最初に発揮した者程、他の異能を得るのは困難だとされている。

 しかし、ブリッドはそんな事を無視したかのように最初から自身のフェロモンにも侵されることなくコントロールが出来たのだった。

 その事実にしゅんりはショックと怒りに嫉妬が混じった感情が出て、思わずブリッドを殴ったこともあった。

 そんなこんなで魅惑化の能力を取得した二人はブリッドが作ったご馳走様を囲んで酒とジュースで乾杯していた。

「いやー、しゅんり良かったな。無事に魅惑化の試験に合格して」

 一時はもう修行を中断させるか諦めさせるかと揉めたこともあり、無事にグレード2を取得出来たことにブリッドは安心していた。

「ええ、そうですね。誰かさんは努力せずにグレード3を得られてご満悦の様子ですし。まあ、そうですよね。誰かさんは女なんて何十人も抱いてきたような遊び人らしいですし? もとからフェロモンばら撒いて来たんだから余裕だったでしょうよ」

 しゅんりはこの一年の間、警察署にずっといたこともあってブリッドと恋仲にあることを周りの者が周知するのにそう時間がかからなかった。そんな二人に妬みを持った者や、しゅんりに好意がある者は二人を別れさそうとある事ない事をしゅんりに吹き込んだのだった。

 確かに、たまに女物の香水の匂いするなとは思ってたけど。

 しゅんりはブリッドのチームで働いていた時の事を思い出していた。

「へ、へー。誰の話かな……?」

 その事で今まで何回喧嘩したことか。

 また誤魔化そうとするブリッドにしゅんりはまた怒りを露わにし、真向かいにあるソファに座るブリッドの酒を奪って飲もうとした。

「ちくしょう、酒飲んでやる!」

「やめろ、お前には早いって!」

「うっせえ! こちらとはもう成人したんだよ!」

 ヤケ糞になって酒を飲もうとするしゅんりの手からブリッドはなんとか酒を奪って、向かいの床に直接座っていたしゅんりの横に移った。

「だからそれは昔の話だ。今はお前だけだよ」

「ふ、ふん! どうだかな!」

 今はお前だけだよ、と言われて少しときめいたしゅんりはブリッドに知られたくなくて顔を逸らした。

 急に静まり返った室内に気まずいなと思っていたら、床についていた右手の小指にブリッドが小指を絡ませてきた。

 ビクッと肩を震わせたしゅんりに構わずブリッドは小指をぎゅっと自身の小指で強く握ってきた。

「しゅんり」

「は、はい!」

 思わず声が裏返って返事したしゅんりにブリッドは微笑みながら少し顔を近付けた。

「おい、こっち見ろよ」

「こ、こっちてどっち!? あっちかな?」

 動揺してしゅんりはキョロキョロと周りを見て誤魔化そうとした。

 ブリッドは以前、「お前が魅惑化の修行が終えるまでしない。そんな能力に溺れたお前を抱きたくない」と、言っていたが遂に二人して魅惑化の修行を終えたのだ。

 しゅんりはもしかしたら今夜こそ遂にセックスできるのではないかと思って、あの時買ったどエロい下着を付けて準備はしていた。でもいざその時になると恥ずかしさが勝ってしまい、しゅんりはブリッドの小指を外して逃げようとした。

「おい、逃げんな」

「うわっ」

 逃げようとしたしゅんりの腕をブリッドは掴んで無理矢理自身に顔を向けさせた。

「頼むから、これ以上待たせんな」

 そう言ってブリッドはしゅんりの唇に口付けを落とした。

 待たせたのはてめえだろうが。

 そう心の中で思いながらしゅんりはゆっくりと目を閉じて、ブリッドに身を任せる事にしたのだった。

 

 

 

 ブリッドはこの上ない幸福感に包まれながら眠りについた。

 何年も想い、大切で愛しい女とやっと繋がり合えたのだ。確かに満足できるまで出来たと言えばそうではないが、彼女の初めてを貰え、かつ本当に愛し合う相手としたらここまで気持ちいいのかと感動もしていた。

 ブリッドはしゅんりを自身の腕に頭を乗せる、いわゆる腕枕をしてしゅんりの髪に顔を疼くめながらすやすやと眠っていた。

 ——なんか思ってたのと違う。

 しゅんりはそんなブリッドとは違って目をパッチリと見開いて天井を見ながらそう心の中で呟いた。

 しゅんりはアサランド国でカルビィン達が女を買っては夜の事をよく自慢気に話していたのをよく聞いており、最初は気持ち悪いと思っていたが話を聞くにつれて、そんな気持ちいいのかと興味を持ち始めていた。しかし、実際は確かに前戯やキスは気持ち良かったけど、本番はそうではなかった。

 しゅんりはゆっくりとシーツを捲ってブリッドの股間に目をやった。

 絶対にデカいよな、これ。

 ブリッドの巨根を初めて見た時、しゅんりは恐怖に震えた。

 アサランド国では自身に欲情して勃起したものをよく見せつけられて大体の大きさは把握していた。しかし、しゅんりの知る大きさとそれは異なっていて、ブリッドのは明らかに大きく、あのカルビィンよりも更に大きかった。

挿入した時はもう痛くてたまらなく、出血したものが果たして処女膜からなのか膣口が避けてるのか分からないぐらいに最中は激痛でしかなかった。でもブリッドが優しくしなかったかと言ったらそうではなく、「大丈夫か? ほら、力抜こうな。うん?」などと言ってたくさん頭を撫でたり、キスなどしてくれていた。

 それでも痛いものは痛い。

 思うように動けずに締め付けてくるしゅんりにブリッドも苦しそうだった。そんなブリッドにしゅんりは好きに動いていいと最後に言って、その律動を我慢してブリッドが果てるのをひたすら待っていたのだ。

 絶対おしっこしたら痛いだろうな。

 ああ、石鹸も染みて痛いだらうな、やだなあ。

 そんな事を考えていた時、横で寝ていたブリッドがもぞもぞと動き始めた。

「んん、あれ、お前寝ないのか……?」

 ブリッドは腕枕をしてない手でしゅんりの頬を撫でた。寝起きの少しガラ付いた小さな声で話しかけてくるブリッドにしゅんりはきゅんっと心臓が高鳴った。

 ちくしょう、可愛いな!

「うん、まあ」

 痛くて寝れないとは言えずにしゅんりは言葉を濁した。

「まあ、俺もお前も明日はなんもないし、いいんじゃねえか?」

 そう言って、ブリッドはしゅんりに頬擦りした。

「はあ、しゅんり好き」

「う、私も……」

「好きだ、好き。本当に愛してる」

 愛の言葉を呟きながらしゅんりの額、頬や瞼にキスを繰り返すブリッドにしゅんりは最初照れていたが、嫌な予感をして少し距離を取った。

「離れんなよ」

「ひいっ!」

 ブリッドはしゅんりの腰をグイッと引いて、自身の股間をしゅんりの大腿に当てた。

「勃った」

「し、知らないよ!」

 もう痛くてたまらないのだ、出来ないと思ったしゅんりはブリッドの拘束から逃げようとし、しゅんりのその行動にブリッドはショックを受けた。

「……ダメか?」

「無理! もう裂ける!」

「そんな簡単に裂けるかよ。知ってるか? そこから赤ん坊が出てくんだぜ?」

「それぐらい知ってるわ! ブリッドの大きすぎなんだよ、小さくしてよ!」

 そう言って抵抗するしゅんりにブリッドはなるほど、と思った。

 今までそういう行為をして来た女性は皆、ブリッドのその巨根を褒めて気持ち良さそうに喘いでいた。処女を相手した事なかったブリッドはしゅんりのその反応に言われて初めて気が付いた。

「ねえ、それあと何回したら慣れるもんなの?」

 ブリッドの巨根を睨みながら言うしゅんりにブリッドは適当に「うーん、二、三回?」と、適当に答えた。

「マジかよ……」

 この痛みをあと二、三回は味わうのかとしゅんりは項垂れた。

「今日は諦めるわ。明日な、明日」

「え、明日!?」

 そう驚いたしゅんりを置いてブリッドは一人で反応した自身をトイレで処理するのだった。

 

 

 

 準備は整った。

 しゅんりはすやすやと隣に眠るブリッドの頬ににチュッとキスしてからゆっくりとベッドから出てスーツを着用した。

 この一年、タカラやオリビアによって着せ替え人形かのように遊ばれてブリッドのお金で大量の服を購入してもらったしゅんりはスーツではなく普通の年頃の女と同じくお洒落を楽しんでいた。

 しかし、今ここでスーツを再び身につけたのは意味があった。

 これは喪服の意味がある。

 シャーロットをあの世に見送ってからしゅんりはスーツを敢えて選んで着ていた。

 それは本当の自分を教えてくれ、かつ自身を愛してくれたシャーロットへの手向けの意味があったが今はブラッドにも向けていた。

 しゅんりは「行くよ」と、小声で呟いてから頭上を見上げた。

 するとポンッという効果音と共にパートナーであるトゲトゲが姿を現した。

「ご主人様。このまま、ここでシアワセに過ごすセンタクもあるぞ?」

 ふわふわと浮遊して目の前に現れたトゲトゲにしゅんりは悲しそうに笑った。

「私にここで守られるだけのお姫様になれって?」

 確かにこの一年間、本当に幸せだった。

 ずっと好きだったブリッドと同じ家に住み、溢れんばかりの愛を与えられて世界は平和なんだと錯覚しそうな程に甘く、砂糖を吐くほど幸せな日々だった。

 でも、そんな幸せは誰かのお陰で成り立っていることぐらいしゅんり——、いや"レジイナ"は理解していた。

「トゲトゲは反対してるだろうけど、私は行くよ。あんたはここに残る?」

 そう問うてきた主人にトゲトゲは怒ったような顔で睨んできた。

「アア、反対だ。ダガ、ご主人様から離れるなんてモット反対だ」

 忠誠心溢れんばかりの返答にレジイナはホッとしたように笑い、自身の首につけられた首輪に手を伸ばして簡単にそれを外した。

 タカラ特製のGPS内蔵のこの首輪はそんな強固なものではなく、爆弾など搭載されてなかった。レジイナがそれに気付いたのは首輪をつけられて一週間経った頃だった。

 複雑かつ巧妙な仕掛けをされたこの首輪に本当に爆弾がないか確認するのには時間がかかったが、同時にいつでも好きに取れることに安堵したことは覚えている。

 そして、トゲトゲがカルビィンとアドルフがやり取りしてたのを聞いていたことについて。

 逃げるトゲトゲを捕まえて吐かせるには苦労したが、真相は簡単にまとめればアドルフはエアオーベルングズは組織規模は大きくなっているが、統制がなくなってきていると言っていた。そしてエアオールベルングズの真の方向性から逸れている。暴走する輩を暗殺部で殺してくれるその代わりに、情報の開示とレジイナを狙う者を処分するようにと交渉をされたということだった。

 カルビィンはそれを快諾したお陰でレジイナはこの一年間、幸せな日々を過ごせていた。

 でも、そんなの願ってない。

 誰かの犠牲の上に立つ幸せなどいらない。

 カルビィンとトゲトゲの思いを踏みにじることになるだろうが、守られるお姫様だなんてまっぴらごめんだ。

 そう思ってレジイナなりにこの一年間、魅惑化だけでなく他の異能も磨き上げてきたのだ。

 待ってろよ、エアオールベルングズ。

 そう覚悟してレジイナがブリッドの部屋から出ようとしたその時、ベランダの扉が開いてフワッとした風と共に誰かが後ろに立った。

 だ、誰だ⁉︎

 アドルフの気配とも違う人物に焦ったその時、レジイナは頸に強い痛みを感じてそのまま床に伏せた。

 閉じかけた目で必死に目の前に映される光景を最後まで見ようと足掻いくとトゲトゲの騒ぐ声が聞こえ、高そうな革靴が見えたその時、しゅんりの意識は途絶えた——。

 

 

 

「おい、おいって。なんでそんなとこで寝てんだよ」

 リビングの床に突っ伏して寝ていたレジイナは不思議そうな顔で見下ろしてくるブリッドによって起こされた。

「ハッ……! トゲトゲ、トゲトゲはっ!?」

 レジイナはバッと起き上がり、周りを見渡してトゲトゲを探した。

「ヤバい! 行かないとっ!」

 玄関に向かおうとするレジイナをブリッドは焦った様子で腕を掴んで制止した。

「落ち着けよ。トゲトゲがどうしたんだ?」

「あ、その……」

 ブリッドに昨夜、貴方と性行為した後アサランド国に戻ろうとしてましたなんて言えないと思って口籠るレジイナにブリッドは首を傾げた。

「スーツなんて着て……。俺に愛想尽かしたとかか?」

 自身の息子のデカさのせいでしゅんりに嫌われたのかと思い始めるブリッドにレジイナは「いや、違うから」と、呆れた顔で溜め息を吐いた。

「それよりトゲトゲが攫われたかもしれないの!」

「はあ? それは本当か?」

 トゲトゲなんて見えないブリッドはそんなことあるのかと首を傾げた。

「ジョシュア総括かアリスの仕業か? 小人っつーのは壁なんてスルッと抜けれるから小人が小人を攫ったとか?」

 小人と小人同士ならば確実にトゲトゲの方が強くて勝つためにその考えはあり得ないが、この場をやり過ごすにはそれしかないと思ってレジイナはうんうんと何度も首を振った。

「すぐ準備する。警察署に行くか」

「わ、私一人で行くよ」

 そう言ってレジイナはブリッドの制止の言葉を無視して出ようとした。

「待て。行くな」

 しかし、レジイナはブリッドに抱き上げられて無理矢理にソファに座らされた。

「ちょっと!」

「しゅんり、俺に何か隠してないか?」

 真っ直ぐと見下ろされ、レジイナは心の中で舌打ちをした。今すぐにでも走り出したい気持ちをグッと堪え、顔を俯かせた。

 その時、首に違和感があることに気付いた。

 首輪をしている⁉︎

 昨夜、確実に外したはずた。それなのに再び首輪はつけられており、GPSが再起動していた。

 冷静になるんだ、冷静に……。

 この異常事態に混乱すればする程に悪い方向にいくことはレジイナは経験上、理解していた。

 ふーっとゆっくりと息を吐き、レジイナは顔を上げてブリッドに作った柔らかな笑顔で見返した。

「分かった。ブリッド早く支度して? 一緒にトゲトゲ探して欲しい」

 やけに素直だな……。

 不審がりながらも暴れることなく大人しく待つ彼女に安堵したのか、ブリッドはレジイナの額に口付けを落としてから急いで支度した。

 警察署についてすぐにレジイナはホーブル総監に呼ばれた。

「無理です。急いでるんで」

 片手を上げて足早に去ろうとするレジイナに向けてホーブル総監は手に銃を持った。

「ほお、本気で殺されたいみたいだな」

 そう言ってすぐ発砲しようとするホーブル総監を止めて、ブリッドはレジイナにホーブル総監に着いて行くよう指示した。

「はあ⁉︎ トゲトゲを探さないといけないから無理だって!」

「ジョシュア総括のとこは俺が行くからとりあえず行け。それにすぐ済ませればいいだろ?」

 レジイナは「分かったよ!」と、半ば投げやりになりながら声を上げ、カツカツとヒールを鳴らしながらホーブル総監の後を追った。

 

 

 

「ふん、さっさとすればいいものをな。あのお方はお前みたいに暇人じゃないんだぞ」

「はあ? あのお方?」

「来れば分かる」

 機嫌の悪いホーブル総監はレジイナを連れて、警察署にある応接間に案内した。

 綺麗で豪華な内装の応接間に初めて入ったレジイナはキョロキョロと周りを見渡した。

 そんなレジイナにホーブル総監はまたその奥にある扉を指差して入るようにレジイナに命じた。

「奥の部屋にあのお方がいる。失礼な事をするなよ」

「"あのお方"ってなに。すぐ終わらせて欲しいんだけど」

 一分一秒でも早くトゲトゲを探しに行きたいレジイナはイライラしながらホーブル総監に質問した。

「しつこい、入れば分かる」

 ドンっとレジイナの背中を押して、ドアへと誘導した後、ホーブル総監は応接間から退室した。

 そんな乱暴なホーブル総監にレジイナは舌打ちした後、「失礼します」と、言ってドアをノックした。

「どうぞ」

 レジイナは低くてよく通る声をした人物の許しをもらってからドアを開いた。

「あ、貴方は……」

 レジイナは高級そうなスーツを見に纏い、白髪混じりの初老を見て固まった。

「久しぶりだな、しゅんり」

 その人物はレジイナと以前会ったことがあるかのようにそう言って、驚くレジイナに手を差し出した。

「なんで、大統領がこんなところに……」

 レジイナは目の前にいる人物、ジョニー・サイトウを目の当たりにしてそう呟いた。

 先程から動かないレジイナの手を無理矢理とってサイトウ大統領はレジイナと握手をした。

「そんなに驚かないでもいいだろう。それにしてもとても美人に育ったんだな。私こそ驚いたよ」

「ま、待って下さい。全然状況が掴めないんです」

 レジイナはサイトウ大統領から手を離して、半歩後ろに下がって距離をとった。

「もしかして私のこと忘れたのかい?」

「忘れたも何も。私は貴方の事はテレビとかで知ってますけど、お会いした覚えはないです」

 サイトウ大統領の言葉にレジイナは困惑しつつ返答した。そんなレジイナにサイトウ大統領は顎に手を当てて、うーんと悩んだ。

「まあ、君はまだ小さかったから覚えてなくてもおかしくないな。なら、どうだい? これで思い出すかな?」

 そう言ってサイトウ大統領は内ポケットから銃を取り出した。

 銃を急に持ち出すサイトウ大統領にレジイナは更に距離をとって警戒した。そんなレジイナに構う事なく、サイトウ大統領は銃を見せた。

「君が持つ銃と同じデザインのものだ。まだ使っているかな?」

 それはレジイナが持つアンティーク調の白い銃と同じデザインの黒い銃だった。

「あ、貴方は……」

 今から約十五年前にレジイナはとある人物に助けられ、それと同じ物を貰っていたのだった。幼さ故にその人物の名前も顔を忘れていたが今、それが思い出されていった。

「ジョニーおじちゃん……」

「そうさ、ジョニーおじちゃんだよ」

 ニカっと歯を見せて笑うジョニーにレジイナはブワッと滝の様に涙を流した。

「会いたかった! ずっと、ずっと、ずっと……!」

 突進するようにレジイナはジョニーに抱き付き、子供のように声を出して泣いた。

 何度思っただろう。寂しい時、辛い時はずっとジョニーに貰った銃を抱きしめて、短い間ながら自身を可愛がり、名前をくれたこの人に会いたいと何度も何度も思って生きてきた。

「おお、そうか。私も会いたかったよ。だが、なかなか立場上会いに来れなくてすまなかった」

 レジイナはジョニーの言葉にフルフルと頭を横に振って、ジョニーおじちゃんは悪くないと心の中で思った。

 レジイナは今まで積もりに積もった気持ちをぶつけるようにジョニーに泣き付いた。

「うう、ごめんなさい、鼻水付いた……」

「あはは、相変わらず君はわんぱくだな」

 そう笑って許すジョニーにレジイナは申し訳ないと思い、ブリッドに持たされていたハンカチでジョニーの濡れた胸元当たりを拭こうと目を向けた。そして薄らと透き通るワイシャツからある模様を見てレジイナは目を見開いた。

 レジイナは涙が瞬時に止まり、ジョニーの着ていたワイシャツを勢いよく両側に引き裂いた。

「エアオールベルングズ!」

「……はあ、はしたい子に育ってしまって私は悲しいよ」

 胸元にあるサソリに羽が生えたタトゥーを見てレジイナはそう叫んだ。そんなレジイナをジョニーは容赦なく胸倉を掴んで床に倒した。

「ガハッ……!」

「うん、まずは躾から教え直そう。その後はレディとしての嗜みも教えてやらんとな」

 勢い良く倒されてレジイナは一瞬息が詰まった。

 ちゃんと倍力化で硬化したがここまでの衝撃が来るなんて、こいつ強い!

 そして目の前にある見覚えのある革靴を見てレジイナは気付いた。

 昨夜、トゲトゲを攫ったのはこいつだったのか!

 レジイナはフェロモンを出して目の前の男の動きを緩慢にさせ、その間に噛みついてやろうと顔を獣化させた。

「おっと、君の獣は狼か。危ない、危ない」

 ジョニーはすぐさまレジイナから離れて距離を開けた。

 レジイナは立ち上がって、内ポケットに入れていたジョニーがくれた銃を取り出して風を出した。出来るだけ細くして風を出し、腹に風穴を開けてやろうとした時、ジョニーも自身の銃でレジイナ同様に風を出して、攻撃を弾き飛ばした。

 倍力化と武強化の二つか。

 レジイナはそう思って部屋内にある観葉植物を近くにいた小人にし、急速に成長させてジョニーを拘束させようと指示を出した。しかし、ジョニーは手をカマキリのように鋭い刃に獣化させてそれを切り刻んだのだ。

 まさか、獣化もできるのか! 

 レジイナは困惑しつつ武操化を使って部屋内にある電話で応援を呼ぼうした時、部屋内の電気がいきなりプツンと音を立てて消えて暗くなった。呆気に取られて固まるレジイナにジョニーは窓から差し出す光に照らされながら笑いかけてきた。

「酷いじゃないか。私は君と二人だけで話したいことがあるのに」

「な……」

 電話の線も切られたことにレジイナは驚きを隠せなかった。

 こいつ、武操化もできるのか……?

 隙を作れば殺られると思い、レジイナは再び魅惑化を使用した。しかし、先程同様にジョニーには効いた様子もなく、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

「うーん、他は良かったけど魅惑化はセンスないようだ」

 ジョニーは「残念だ」と、言いながら甘い香りをただ寄らせた。

「くっ、魅惑化も使えるのかっ……!」

 レジイナはジョニーから香るフェロモンをまともに食らってその場に座り込んだ。目の前に立つジョニーを見上げながらレジイナは息を上げた。

「どうだい? こんなおじさんに欲情した気持ちは?」

「ち、くしょうが! ふざけんな、誰が欲情なんて!」

 残った理性を振り絞ってレジイナは悪態をついた。そんなレジイナにジョニーは「そんな汚い言葉は使ってはいけないよ」と、言ってある者の名前を呼んだ。

「トゲトゲ君、だ。しゅんりを拘束してくれ」

「やっぱりてめえかっ!」

 やはりトゲトゲを攫ったのはこいつだったのかと思いつつ、トゲトゲがそんな簡単に言うことが聞くわけないと思ったその時、トゲトゲはレジイナの目の前に現れた。

「ご、ご主人様……。に、ニゲテくれ……」

 そこにはジョニーによって捕まり、にて無理矢理に動かされているトゲトゲがいた。

 嘘だろ……。

 あのトゲトゲに言うことをきかすなんて、なんて奴なんだっ!

 レジイナが困惑する中、ジョニーはトゲトゲに先程自身が切り刻んだ植物をまた急速に成長させて、レジイナの四肢を大の字に広げるようにして宙で拘束させた。

「はい、これで楽になるだろう」

 パチンとレジイナの耳元で指を鳴らしたジョニーにレジイナは徐々にあった熱が冷めていった。

「ああ、綺麗な肌が切れてしまったね。治してあげよう」

 ジョニーはそう言ってレジイナの頬に手を当てて、傷を瞬時に治した。

「育緑化に療治化も……。あんた、何者なんだ」

「何って、大統領だよ?」

 レジイナの頭をぽんぽんと撫でて、ジョニーは散らかった部屋と電気を直した。

「私は君に話をしに来たんだ。戦いにきたわけではない」

「うっせえ。あんたらエアオールベルングズは私たちタレンティポリスの敵だ。大統領だからって容赦はしない」

「この世を統べる者が全員、エアオールベルングズだって言ってもかい?」

「はあ? な、にを……」

 レジイナはジョニーの言った事を徐々に理解していった。

「待って、じゃあなんで私達は戦ってる? あんたらの命令でエアオールベルングズは動いて、そして私達もあんたらの命令でエアオールベルングズと戦って……」

 何の目的でそんな事をさせてるのかレジイナは理解できずにジョニーを見た。

「君も七つある能力を超越して全て使いこなす異能者はセブンタレンティズと呼ばれ、様々な権限を有しており、四人存在するという噂は知っているだろう?」

「そんなの、ただの噂じゃ……」

 まさか、と思ってレジイナは目の前のジョニーに目をやる。

「四大国の大統領って……」

「正解。四大国の大統領は代々セブンタレンティズが就任している」

 レジイナはジョニーのその言葉に吐きそうになった。

 自分達はこの四人の手の平で踊らされ、殺し殺される日々を過ごしてきたというのか。怒りを通り越してレジイナは余りのショックに放心状態になった。

「なんで異能者は人間に蔑まれるような世の中になったと思う?」

 ジョニーは問いかけるが返答しないレジイナにフッと笑いかけ、そのまま語り始めまた。

「約千年前は島や国で別れていたが全国的に大きな地震が起こり半数の島々は海の中へと沈み、人口も半分の四十億人程まで減っていったと言われてるだろう? それは本当に地震だと思うか? いいや、我々異能者が意図的に起こした人災なんだ。それで当時、七つの能力を持っていた四人の異能者が地上に残っていた島を寄せるように集めて、なんとか全滅を阻止し、一つの大きな陸にしたんだ」

 カツカツと革靴を鳴らして、ジョニーはレジイナに近寄って見下ろした。

「我々異能者は力がありすぎる。それを制御するためには人間の存在を優位にさせる必要があった。しかし、状況は大きく変わってきてる」

「変わってきてる……」

 それはレジイナもなんとなく理解していた。考えないように、考えてはいけないとしてた事柄だ。

「どんどんと異能者の出生率が増えてきおり、隠して生きるには多すぎる。そろそろ人間を優位にしていくには難しい世の中になった。それでだ、我々セブンタレンティズは考えたのだ。異能者を優位にさせ、かつ人間の反乱がない方法を」

 エアオールベルングズと協力し、彼らに自ら敵となってもらう。それから人間を守るヒーローとして異能者を世に認めされる。そして、異能者が隠れずに生きていける世の中を作るのが今回の戦争の理由だったのだ。

「どうだい? 君と君の彼氏等のタレンティポリスのお陰で、隠さずに生きる異能者が増えてきた。まだ隠れてものもいるだろうがじきに全員が名乗り上げる世になるだろう。私は君の活躍に本当に感謝している」

 だからか、だから私はこの人の思惑通りに動いたから人間に異能者と知られ、かつエアオールベルングズの娘であっても生きてるのかとレジイナは納得した。

 たかがタレンティポリスの一端のブリッドや、一人の総括の力であの状況で助かるわけなかったのだ。あんなに憧れて会いたかったこの人にとってもレジイナはただの駒であり、それ以上でもそれ以下でもなかったのだ。

「それでだ。君には私の跡を継ぐ才能がある。どうだい、私の元で働かないか?」

「……はあ?」

 予想外の言葉にレジイナは思わず声が出た。

「なに、誰にでもできる仕事ではないのだ。君はまだ二十歳で全てグレード3ではないが七つの能力を取得した。セブンタレンティズの素質があり、かつエアオールベルングズの娘である。それに加えて世の為に命を張ったヒーローだ。誰もが君を大統領として認めるだろう」

「……私が了承するとでも思ってるのか?」

「ああ、せざるを得ないのは分かってるだろう?」

 ジョニーは見透かすようにそう言ってレジイナの拘束を解いてゆっくりと床に降ろした。逆らえば大統領という立場を利用して、何をするか分からないこの男に逆らうことなど、最初から出来ないだろうと言っているようなものだった。

 レジイナはふらふらとしながらもなんとか立ち上がって、目の前に立つジョニーを睨みつけた。

「そんな顔をしてはいけないよ。君には笑顔が似合うんだから」

 ジョニーはそう言ってレジイナの頭を撫でた。

「触んな、この下衆野郎」

「だからさっきも言っただろう。そんな言葉使いをしてはならないと」

 そう言ってジョニーはしゅんりの頭を片手で掴み、壁に押し付けた。

「ぐはあっ!」

「ご主人様をハナセッ! このジジイ!」

 トゲトゲはジョニーからのを無理矢理に解除したが、すぐに再び動くなとをされた。

「トゲトゲッ……!」

「教えてあげよう。私はね、君の周りにいる大人と違って優しくはないんだ」

 そう言ってジョニーはレジイナを床に放り投げた。

「スーツを着てることは偉いがその格好は露出が多すぎる。今から使いの者を寄越すから、私の行きつけの店でオーダーメイドで何着か見繕ってあげよう。スーツが出来上がり次第、私の元で働いてもらう」

 無言でレジイナはジョニーを変わらず睨み続けた。

「返事は? トゲトゲ君や大切な人を守りたくないかい?」

 ジョニーはレジイナの頭をギリギリと床に押し付けながら脅迫してきた。

「わ、分かった……」

 余りにも卑怯な提案に負けてレジイナはそう返事した。ジョニーはレジイナのその返事に満足したのか、レジイナを優しく抱き上げて頭をよしよしと撫でた。

「よく言った。君と働けるのを楽しみにしてるよ。早急にスーツは作らせよう」

 このサディスティック野郎が。

 そう心の中で思いながらレジイナは拳を強く握り締めることしかできなかった。

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