番外編 密会

 アドルフ率いるエアオールベルングズに襲撃され、レジイナが死にかけたその時。

 奇跡としか言いようのない光に囲まれながらレジイナは生き返った。

 綺麗に治った腹を見ながらカルビィンはレジイナの目の前で立ち止まって涙を流した。

 ああ、レジイナ……!

 今すぐにでも駆け寄って抱きしめたい気持ちをなんとか制止し、彼女を見つめる。

 重度の貧血なだけで怪我はないらしい。

 そう安心した時、キルミン総括のネズミが再びカルビィンの元に戻ってきた。

「チュウ! チュチュチュチュッ!」

 ネズミが言うには青い髪をした目つきの悪い男がこちらに向かってきてるらしい。

 ブリッド・オーリン補佐か。

 奴が来たということはレジイナを保護しに来たのだろう。

 それでもいい。

 だが、本当は行って欲しくない。

「レジイナ!」

 カルビィンはレジイナを真剣な目で見つめて名を呼ぶ。

 俺と一緒にザルベーグ国に来い。お前を一生守ってやる。それにお前が望むなら俺は地獄にでも付いて行ってやる!

 一世一代の告白。

 さあ、俺と共に来てくれっ!

「俺と一緒に……」

 その時、カルビィンとレジイナの間に強い風が襲いかかってきた。まるでそれは二人を引き裂くような風だった。

 その時、カルビィンは悟った。

 俺とレジイナが一緒にいるべきではないってことか……。

 今まで神や運命など信じてこなかったカルビィンだったが、今はそれは信じざるえなかった。

 カルビィンはマンホールを開けてレジイナを無理矢理に落とす。

 タイミング良く現れたブリッドにカルビィンはホッと胸を撫で下ろし、ジャドも保護するようお願いした。

 そしてカルビィンはマンホールの蓋を閉め、ネズミに三人をキルミンのいるとこまで連れて行くようにと、そして今まで育ててくれてありがとうと遺言を頼んでマンホールの隙間から入らせた。

「おい、トゲトゲ。もし、ここにいたらお願いしてもいいか?」

 カルビィンは自身では姿が見えない相手に声をかけた。

「レジイナを守ってくれ」

 俺では愛した女を守れねえ。

 見えも聞こえもしないはずなのにカルビィンはトゲトゲの「ああ、マカセロ」という、鼻を啜ったような声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 一人で踏ん張って戦ってくれていたウィルグルにカルビィンが戦闘に加わろうとしたその時、顔を長髪でほぼ隠しているアドルフがニヤッと笑って、「撤収!」と、声を上げた。

「はあ……?」

 今こちらを二人を殺すならベストタイミングであるのにも関わらず、逃げようとするアドルフにカルビィンは驚いた。

「待てっ! 何故、逃げる!」

 去ろうとするアドルフを追いかけようとするカルビィンを育緑化を使いすぎてフラフラとしたウィルグルが肩に手を置いて止めた。

 そんな二人を見てアドルフは顔だけ振り返った。

「逃げた方がてめえらにとっては都合がいいはずだが?」

「あいつの言う通りだ……」

 確かにそうだけどっ!

「何を企んでやがる……!」

 カルビィンの問いにアドルフは手を振り、「また今度会おう、カルビィン・ロス補佐」と、笑いながら一瞬にして目の前から消えたのだった。

「もう、俺、だめ……」

「俺も、動けねえ……」

 二人して地面にその場に突っ伏し、閉じそうになる目をなんとか開けようと抵抗する。

 消えかかる意識の中、「おい、カルビィン! おいっ!」と、かつての同僚の声を遠くに聞きながらカルビィンは意識を失うのだった——。

 

 

 

 夕日の日差しが顔に当たり、カルビィンはゆっくりと体を起こして周りを見渡した。

 お世辞にも綺麗とは言えない小屋の中、誰かのコートの上に寝かされていたカルビィンは自身の横で眠るウィルグルを見てホッと胸を撫で下ろした。

 そしてここに連れてきてくれたのであろうゲビンに目を移した。

「起きたか」

「おう、お前が?」

 連れてきてくれたのかと、問うたカルビィンにゲビンは頷いた。

「たくっ、ヤードの奴から話を聞いた時は驚いたぜ。来てみればお前ら二人が倒れてるしよー」

 大きな溜め息を吐くゲビンにカルビィンは「すまなかった。助かった」と、礼を言った。

「ちなみにマスターがどうなったか分かるか?」

「ヤードが保護しに行ったおっさんか? いるぜ、ほら」

 ゲビンが指差した方向を見るとキッチンの前で作業をするマスターがいた。

「よお、カルビィン。生きてて俺は嬉しいぜ」

 そう言ってマスターは即席であるが人数分の料理を手に持ってこちらにやって来た。

「とりあえず今は食って体力を戻せ」

「すまねえ、いただくぜ」

 カルビィンはマスターが容赦なくウィルグルを起こすのを見ながら食事を口に含みながら今後どう動こうかと考えていた。

 

 

 

 ゲビンとヤードの伝いで武操化の異能者に協力を頼み、カルビィンは四大国に連絡をとった。

 四大国は早急に対応してくれ、三日後には新たなアジトをザルベーグ国近くにある町に用意し、ジャドとレジイナの代わりに新たな暗殺部員を用意した。

 四階建てのとある寂れた雑居ビルの三階の全フロアが暗殺部として貸し出され、一階にあった閉店されていた飲食店をマスターの新たな喫茶店として開業準備がなされていた。

 武器の保管や連絡手段が身近なところにあるのは便利だが、敵から知られやすい状況ではないかとカルビィンは不満がありつつも、早急に対応してくれた四大国に文句を言うつもりもなかった。

 そして、カルビィンは新たな暗殺部員である二人を空港まで迎えに行ったウィルグルをマスターがせっせと開店準備を行っている店内で待ちながらコーヒーを飲み、ある人物と新たに用意された黒電話で会話をしていた。

『あんな遺言残してて結局は死ななかった訳だが、なにか俺に言うことはねえか?』

 声色からニヤニヤといやらしい顔をしていることが容易に想像できるキルミン総括の言葉にカルビィンは「いやあ、その……」と、恥ずかしさと気まずさでそう口籠もった。

『ああ、なんだ? 今まで育ててくれてくれてありがとうございます、父上。愛してますだっけな?』

「そこまで言ってねえよ、盛るな」

 そんなそう突っ込みながらカルビィンは「いや、本当すまねえって……」と、謝罪を口にした。

『悪いと思ってんなら帰ってきて親孝行しろ、このボケ』

「親孝行なんてもんキルミン、てめえもしたことねえだろうが」

 自分の事は棚に上げてそういう育ての親にカルビィンはそう言ってからワーワーと騒ぎながら文句を言うキルミン総括の言葉を無視して受話器を置いて無理矢理に通話を切った。

 その時、カランカランと鈴の音が鳴って店のドアが開き、ウィルグルが後ろに二人を従えて店内に入ってきた。

「よお、待たせたな」

「ああ」

 カルビィンは自身の座るテーブルに手をやり、三人にそこに座るよう指示した。

「やることは沢山ある。手短に自己紹介を終わらせるぞ」

 マスターが気を利かせてコーヒーを追加で持ってきてくれたのを片手を上げてお礼をしながらカルビィンは自身の向いに座って先程からおどおどとしている少年に目を向けた。

「ぼ、ぼぼぼくからですか⁉︎」

「いいから早く言え」

「ひいっ!」

 カルビィンの催促に怯えたように震え始めた少年にウィルグルは溜め息を吐いて代わりに自己紹介をした

「ワープ国から来たデリック・クック。療治化だ」

 ウィルグルの様子から車内でも大変だったんだろうなとカルビィンは察しながらデリックを見た。

 柔らかそうな金髪の髪を短く整え、ティーンズに流行ってるゲームの絵柄が書かれたTシャツにジーンズを着ている見た感じ十五歳か十六歳の小柄な少年。

 タレンティポリスになったばかりの少年かつ、療治化しか使えずに自身の身も守れないであろう者を連れてくるワープ国の気がしれないなと思いながら、カルビィンは次にデリックの隣に座ってこちらをジロジロと品定めするかのように見てくる栗色の髪を長く伸ばして露出の多い服を着た女に目をやった。

「ウィンドリン国から来たミア・ホワイトでーす。魅惑化を使えるわ、よろしくー」

 いやらしく唇を舐めながらテーブルの下で足をスッと撫でてきたミアにカルビィンは頭を抱えた。

 ジャドとレジイナの代わりにしては酷すぎる。

 一人は先程から怯えるように震えて使えなさそうだし、もう一人は仕事をしに来たのではなく男漁りにでも来たらしい。

「いいか? 聞いてるかもしれないが今は暗殺部始まって以来、一番緊迫した状態にある。ふざけた行為でもしてみろ、ぶん殴るからな」

 もうジャドはいない。

 カルビィンはジャドの代わりに新たにここを仕切らなければならないと思い、新人二人にそう喝を入れた。

「ひいいいっ! ごめんなさい、ごめんなさい! ぼ、ぼぼぼくがんばりますううううっ!」

 カルビィンの脅しにそう怯えるデリックと、「えー、つまんなーい」と、口を尖らせるミアにウィルグルは「逆効果っぽいな」と、ボソッと呟いた。

 ああ、先が思いやられる……。

 天井を仰いでこれからどうしようかと思っていた時、ミアが「ああ、そういえば」と、声を上げた。

「しゅんり、いやレンジ・セーヌだっけ? あの子が敵に裏切ってないか証拠を集めて来いってウィンドリン国から言われてたんだっけ」

「レジイナ・セルッティな。そういう重要なことは一番に言え。で、詳細は?」

 ミアからウィンドリン国からの指示の内容を詳しく聞き、カルビィンはノートパソコンを開いてメモをしようとした。

「あの子の出生とここにいる間、本当に裏切り行為がなかったかまとめて来いって」

「ここでやってた仕事ならレポートを送ってただろ?」

 レジイナの出生について調べるのには文句はない。それは自然とアドルフについても知ることもできるからだ。

 しかし、ここでの仕事内容は帰国しなかったレジイナでもきちんとウィンドリン国には報告はしていた。

「なに言ってんのよ、カルビィン・ロス補佐。あんたのレポート丸写しなんてことこっちは分かってんだからね」

 ミアの正論にカルビィンは「ハハ、何のことかなー」と、乾笑いしながら目を逸らした。

「はあ、お前がレジイナを甘やかしたツケだな」

 ウィルグルのジトッとした目線にカルビィンはムッとして言い返した。

「よく言うぜ、てめえこそレジイナにせがまれてよく飯を奢ってたじゃねえか」

「お前は返されねえって分かってて金貸してただろ。お前よりマシだ」

 そう言い合いするウィルグルとカルビィンを見てミアはふふっと笑った。

 何を笑ってるんだと振り向いた二人にミアは「いや、だって」と、安心したような顔で二人を見返した。

「ここでもあの子が大事にされてて安心したのよ。何かと問題を起こすトラブルメーカーっていうの? ウィンドリン国でもまあ、めちゃくちゃだったからここで上手くやれてるのかあっちで皆して心配してたからさ」

 二回程しか任務が被ってないのにも関わらず、ミアはミアなりにレジイナのことを心配していた。

 四年前、アサランド国であった任務でのこと。

 ブルースホテルの向かいにあるビルの窓からミアはレジイナが爆弾を高くに飛ばし、その爆風から近くにあるビルの屋上に火を灯しながら飛ばされるのを目にしていた。

 重症な状況でハングライダーで逃げるレジイナを目の前にしてミアは自身を犠牲にして皆を守ったレジイナを密かに尊敬していた。

 今回、レジイナの代わりに暗殺部に行くものを誰にするかと話が出た時、ミアは真っ先に手を上げた。

 上司にやいのやいの言われる環境に辟易していたのもあるが、魅惑化を使いこなす自身が情報収集をするのには適しているし、なによりもあのレジイナを敵であるエアオールベルングズから守れるのではないかと思ったからだった。

 今度は私の番。

 しゅんり、待っててね。

 ミアはエアオールベルングズに裏切っていると疑惑があり、そしてここに戻ろうとして重度の貧血でありながら治療を受けないレジイナは刑務所の牢屋に収監されていると三人に説明した。

 そのことにカルビィンとウィルグルは激怒したが六つも異能を使え、興奮状態にあるレジイナを抑えるにはこれが適していることをミアは説明した。

「だからって、牢屋なんてそれはなさすぎるっ……!」

 拳を強く握って怒りを現しながらカルビィンは歯を食いしばった。

 ブリッド・オーリン。奴に任せた俺が間違っていたのか!?

 カルビィンとウィルグルにミアは真剣な顔で二人を見つめた。

「だから早くあの子を自由にするために動きましょう。早く暗殺部としてのルールとか教えてちょうだい。魅惑化の私にしかできないことなら何でもするわ」

 ミアの真剣な顔つきにカルビィンはフッと力を抜いた。

「ああ、頼りにする。ありがとう」

 カルビィンは先程より挙動不審が収まったデリックとミアに暗殺部としてのルールから今後の動き方についてまとめて説明した。

 レジイナ、待ってろ。今すぐにそんな薄暗いところから出してやるからな。

 カルビィンとウィルグルは新たなメンバー二人と一緒に一日でも早くレジイナを牢屋から出してやろうと決意してすぐに動き始めた。

 まず、身を守ることが一切できないデリックは基本カルビィンと共にすることにした。

 そしてある程度は敵を操作などして身を守れるミアは広範囲を戦闘できるウィルグルとペアで動くことになった。

 しかし、ミアは一人のほうが情報収集できるからと言い張り、何かあったらすぐウィルグルが駆けつけれるようにパートナーの小人をつけることにした。

 ミアが情報収集に一人で出て、その後すぐにウィルグルが車を出してデリックが必要だという医療用品を見にブルース市に出かけていた時。

 カルビィンが新たなアジトの部屋を整理をしていた時、ノートパソコンの画面がいきなり光り出して通信が繋がられた。

 まさか敵にもう居場所が知られたか!?

 そう焦って画面に目をやるとそこには必死な形相をしたブリッド・オーリンの顔が映っていた。

『暗殺部。聞こえるか?』

「……今は俺しかいねえ。いきなりなんだ」

 四大国から暗殺部への連絡は基本、盗聴されないよう細工された黒電話で行われる。

 パソコンからのテレビ通話など内容も場所も盗聴されてしまう状況にカルビィンは焦りつつも、何かあったのかとゴクッと唾を飲み込んだ。

『お前にしか頼めない。しゅんりの獣化が止まらない』

「なんだと……!?」

 以前、協会でエアオールベルングズと戦闘した際。獣化に飲み込まれそうになったレジイナの姿を思い出した。

「てめえらが牢屋になんてとこにレジイナを閉じ込めたからだろ⁉︎」

 獣化は情緒不安定になると暴走して自我を飲み込まれてしまう。牢屋など入れられればレジイナだけでなく誰でも情報不安定になるものだ。

『こちらも苦渋の選択だ。それにその名はもう禁句だ。こちらの武操化に通信網を複雑にさせてそちらに繋いでいるが盗聴される心配はゼロでない』

 ブリッドの言葉にカルビィンは確かにあんな全国放送されてしまえばあの名も使えないかと納得しながらパソコンのあるテーブルと合わせて用意していた椅子に座った。

「分かったから早く通話させろ」

 レジイナを助けるためにウィンドリン国に戻したのにレジイナが獣化に飲まれては元も子もない。

 自分が愛している女をここで死なすわけにいかないっ!

「レジイナ」

 ブリッドにダメだと言われたが、カルビィンは獣化に飲まれそうになって苦しむレジイナを真っ直ぐに見ながら何度も名前を呼んだ。

「レジイナ」

 ああ、レジイナ。

 もうこれで呼ぶのが最後になるだろうと思い、気持ちを込めて名前を呼ぶ。

『ヴヴヴッ……!』

「レジイナ」

 好きだ。愛している。

『ガアアアッ!』

「レジイナッ!」

 頼む。死ぬな、生きてくれっ!

『ハッ!』

 レジイナ女は目を見開き、こちらに目を向けてきた。。

 牢屋と聞いてたが、やけに広くて暗い部屋の中にいるレジイナは目を大きく見開きながらゆっくりと顔を動かして画面越しのカルビィンの顔を見た。

 意思が戻ってきたことにカルビィンは安心しながら声をかけ続けることにした。

「レジイナ、分かるか? カルビィンだ」

『これあ、あ、う……』

「焦るな。無理に話そうとしなくていい。いいか俺の顔を見るんだ、そうだ。ゆっくり息を吸って——」

 少しずつ落ち着かせようとしながらカルビィンは優しく声をかける。

 大丈夫、大丈夫だ。

 お前は絶対に俺が死なせやしない。

『はあ、はあ、キッツ…‥』

 レジイナの近くで操作しているだろう武操化の女の声を聞きながら、そんな悠長にはできないなと思ってカルビィンはレジイナの横にいるブリッドに声をかけた。

「おい、オーリン補佐。レジイナの背を撫でてやれ」

『分かった』

 ブリッドはカルビィンの言う通りにレジイナの横にしゃがみ、床に座ってレジイナの背をゆっくりと撫で始めた。

『あ、あう、ああ、私、私……』

 言葉をやっと発されたレジイナからスーッと狼の毛が引っ込み、尻尾と牙、そして爪と耳も消え、狼から人の形に戻ったのを見てカルビィンはホッと胸を撫で下ろした。

 ああ、良かった……!

『か、かる、カルビィン……。け、怪我して、ない? ウィルグルは……?』

 レジイナはゆっくりとだがそう言葉を発し、パソコンの画面に近付いてカルビィンの顔を観察するように見つめてきた。

「バッカ。自分の心配しろよな」

 カルビィンはそう呆れたように笑った後、真剣な顔つきになった。

「そう。お前は自分の心配だけしてろ、"しゅんり"」

『え……』

 レジイナと呼ばずに"しゅんり"だとわざわざ呼び直したことに驚いた顔をするレジイナにカルビィンは胸を痛めた。

『わ、私はレジイナなんでしょ……?』

 俺だって"レジイナ"と呼びたい。

 何故かしゅんりと呼ぶことを認めれれば、もう二度と本当に会えないのではないかとカルビィンは感じでいた。

 暗殺部のレジイナ・セルッティはもういなくなり、ウィンドリン国のしゅんりとなる。

 自身からブリッドに任せたずなのに、そこから逃げ出して自身のとこに来てくれないかとカルビィンは望んでしまっていた。

 そんなことあってはいけない。

 だから突き放すしかない。

「てめえが敵の娘である以上、その名を再び使うということは俺達の敵になるってことだ。理解できるか?」

 カルビィンの問いにレジイナは首を横に振った。

『わ、分かんないよ……。やだよ、カルビィン、私の名前を呼んで……』

 レジイナが縋るように近付くように映ったのを見てカルビィンは泣きそうになるのを堪えて眉を寄せた。

 俺だってお前の本当の名前を呼びたいっ!

「呼ばねえよ。それにもうこっちに連絡してくんな。てめえのせいでこっちは死にかけた上に、あん時の処理に追われて大変なんだ」

 自身の言葉に傷つく顔をするレジイナにカルビィンは胸が抉られるような痛みが走った。

『や、やだ……。カルビィン、そんなこと言わないでよ……』

「やだじゃねえよ。いいか? もう二度と連絡するな、こっちに来ようとするな。迷惑だ」

 違う。本当は来てほしい。

 俺のとこに戻って来てくれ。

「本当、てめえみたいな我儘で傲慢なめんどくさい女いなくなって精々してるんだ。頼むからもう関わってくんなよ」

 カルビィンは今すぐにでも本心を言いそうになる自分を制御できなくなりそうになり、通信を無理矢理に切った。

 ノートパソコンをゆっくりと折りたたんだカルビィンに買い出しから帰ってきて後ろで見守っていたウィルグルは声をかけた。

「泣くならあんなこと言ってやんなよ……」

「な、泣いてねえし……」

 グズッと鼻が啜る音を聞きながらウィルグルは丸まったその背をゆっくりと摩ってやった。

 カルビィンはレジイナを守りきれなかった自身の弱さを嘆いていた。

 しかし、ウィンドリン国に逃してやることが最善の手だと考えてあの時、ブリッドに任したことは後悔してなかった。

 だが、やはり悔しい。

 そして、もう二度とレジイナに会えないかもしれないとも思っていた。

 でも、会えなくてもあいつのために出来ることはある。

 カルビィンはウィルグルに「サンキュ」と、お礼を言ってから涙を服の裾で拭いてから立ち上がり、アジトから出て外へと繰り出した。

「てめえの無実をすぐ証明してやるから待ってろよ、レジイナ」

 レジイナがエアオールベルングズと関わりがないと証明する為、カルビィンは血に塗れた地獄の国、アサランド国で暗殺部として再び動き始めた——。

 

 

 

 三日後。

 カルビィンはジャドから聞いたレジイナの故郷であるトリムに訪れていた。

 話に聞いていた通り廃村と化していて人の気配などない。噴水を目印にしてレジイナの実家を探す。

「……証拠隠滅か」

 ジャドの指定されていた家は炭と化していた。ジャドとレジイナが来た時は家が建っていたらしい。

 あえてレジイナにここに来させて自分のことを思い出させてから他の者の目が付く前に証拠隠滅させるために燃やした。

 仕方ない。シャーロットという死刑囚の遺品を探すかとレジイナが埋めたペンダントを掘り起こそうとしたその時、カルビィンは背後に人の気配がしてすぐに振り返った。

「おいおい。人の遺品を掘り起こすなんて悪趣味なことやめろよなあ」

 そこには堅いの良いグレーの髪で顔をほぼ隠した男がいた。

「……お前こそ、人の家を燃やすなんて良い趣味してるみたいだが?」

 目の前にいるアドルフを睨みつけながら何故かカルビィンは自身が落ち着いていることに疑問を感じた。

 そうか、こいつからは殺気が感じられねえ。

 タイミング良く現れるアドルフにカルビィンは常に俺らは監視されているのかと考察していた。もし、あの電波ジャックがアドルフの仕業であるなら納得がいく。

「おいおい、やんねーのか? つまんねえなー」

 戦闘体制にならないカルビィンにそう不満を漏らし、アドルフはジャブをして軽くステップを踏んだ。

「お前が俺を殺す気ならとうに俺は死んでる」

「ほおーん。俺より自分が弱っちいって認めんのか?」

「そこまで俺はバカじゃねえ」

 敵と自分の力量を測り、その場で戦闘するか逃げるか察知するのにカルビィンは長けていた。それに長けていようがいまいが、アドルフとカルビィンの戦闘力など一目瞭然であった。

 その察知能力、少しでもレジイナお嬢様に教えておいて欲しかったなと思いながらアドルフは頬を軽く掻き、カルビィンに本題を話し始めた。

「今、レジイナお嬢様は牢屋に閉じ込められているのは知ってるな」

「……てめえ、レジイナのストーカーか?」

 なんでそんなこと知ってるなど、と言わないカルビィンにアドルフは隠す必要ないかと思いながら自身の隠れた目を指差した。

「見えるからな」

「で? てめえの酔狂するお嬢様が牢屋に入れられてるが、俺に何の用だ」

 返答次第では戦闘せざる得ないかと身構えるカルビィンにアドルフは自身の着ているジャケットから二枚の写真を出した。

 一枚は桃色髪の男性と白髪の綺麗な女性の結婚式で撮ったであろう写真であり、二枚目は桃色髪の赤ん坊を抱き上げている一枚目に映る女と男、そしてグレーの短い髪をした美少年がいた。

「情報をやる。そのかわりにレジイナお嬢様を牢屋から出して欲しい」

「なっ……」

 そこまでして協力する目的はなんだと疑うカルビィンの目線にアドルフは肩をすくめた。

「おいおい、そんな目すんなよ。俺がレジイナお嬢様に酔狂だって、てめえが言ったんだろ?」

「牢屋から出た途端、レジイナを攫うつもりじゃねえのかって疑ってんだよ」

 半分はそのつもりだけどな。

 そう思いつつ、アドルフは新たに条件を出した。

「レジイナお嬢様を狙う奴は俺だけじゃない。他のエアオールベルングズはレジイナお嬢様の命を狙ってる。そんな奴の情報をお前に伝えてやる」

「……仲間の情報を売るとか何考えてやがる」

 どう言う意図かと身構えるカルビィンにアドルフは「うーん、どうしようかねえ」と、呟いてから、話し始めた。

「エアオールベルングズはこの写真に映るセルッティ旦那様が創設されたが、元はこんな暴れるだけ暴れるような組織ではなかった。本当は異能者達をまとめてアサランド国を統治するために作られた。しかし、反乱分子が暴走してそいつらにセルッティ旦那様と奥様は殺された。俺はそんな奴らを始末するためにここに残ってんだ」

 そう言ってアドルフは写真に映る美少年を指差した。

「これ、俺」

 カルビィンは目を見開きながら写真に映る美少年とアドルフを交互に見た。

「てめえ、嘘付くなっ!」

「嘘じゃねえよっ! どう見ても俺だからっ!」

 組織内で身バレ予防であえて不恰好な格好をしているアドルフにカルビィンは「いいや、嘘だろっ!」と、指を差して否定し続けた。

「ああもう! てめえが信じる信じねえは好きにしやがれ! で、どうする? 俺はこのエアオールベルングズの真の目的から反してる奴を始末したいが大々的には動けねえ。だが、放置すればレジイナお嬢様に危害が及ぶ」

「てめえの情報を買う代わりにそいつらを俺らが始末しろと?」

「いい話だろ?」

 ニヤッと笑うアドルフにカルビィンは顎に手を添えて考えた。

 確かに良い話だ。

 もともと暗殺部は敵が四大国に被害が及ぶ前にアサランド国内で始末するのが目的だ。それに加えてレジイナを守ることができる。

 だが、こいつを信用していいのか?

「信用しろとは言わねえ。もし、俺の情報が間違って、お前らの誰かに危害が及んだとしよう。そん時は俺の命を差し出してやる」

「ほお、そんな簡単に化け物みたいなお前は死んでくれるのか?」

「ああ。俺の命、そしてセルッティ旦那様と奥様、そしてレジイナお嬢様に誓う」

 カルビィンの足元で膝を付き、心臓のあたるところに手を添えて下から真っ直ぐ見てくるアドルフの目は嘘をついているように見えなかった。

「……分かった。だが、お前が少しでもおかしな行動してみろ。命に代えてもてめえを俺が殺してやるよ」

 ブラッドの仇と手を組むなんて知ったらレジイナは怒るだろうな、と思いながらカルビィンはアドルフに手を差し出した。

「ああ、殺してくれて構わない」

 そう返事したアドルフはカルビィンから差し出された手を握り返し、握手を交わしたのだった。

 

 

 

 それからアドルフはカルビィンだけの前に姿を現し、的確な指示と情報を寄越して来た。

 それに加えてミアが敵から得てくる情報は多く、順調に敵の抹殺に加えてレジイナについての情報が集まってきていた。

 レジイナが牢屋に入れられて二週間。

 アジトにカルビィンが顔を出すと部屋の端で膝を抱えて泣くウィルグルとソファに座って「やーね、失礼」と、プンプンと怒るミアがいた。

「デリック?」

 同じくソファに座ってソワソワするデリックにカルビィンは説明を求めた。

 まだカルビィンに対して恐怖心があるのか、「ひっ」と、小さく怯えた声を出してから恐る恐る話し始めた。

「えーと、なんか。ミアさんがウィルグルさんをお、おおそったとかそうでないとか……」

「はあ? 襲った?」

 どういう意味での"襲った"なのかと首を傾げるカルビィンにウィルグルは真っ赤に染まった目でキッとミアを睨んだ。

「てめえ、魅惑化を使って犯すなんてルール違反だぞ!」

 そう声を荒げたウィルグルにカルビィンはついにやったかと頭を抱えた。

 ミアは魅惑化として優秀だが、自身のフェロモンに酔うのをコントロールするのが下手なのか、敢えてしないのか分からないが欲情することが多かった。

 わざわざしなくてもいいのに敵と性行為をするんだと、頼むからパートナーを交代してくれと何度もウィルグルから言われていたがカルビィンはアドルフとの密会もあって忙しかったので断り続けていた。

 ミアにウィルグルが襲われるのは時間の問題かもなと軽く考えていたが、まさかこんな早くやられるとは思ってなかったなとカルビィンは思った。

「なーによ。少ししか使ってないし、最後はあんたから腰振ってたじゃない」

「うっせえ! こんな死と隣合わせにいる環境に何年もいたら性欲なんて溜まり放題なんだよ! そこにつけ込むてめえは卑怯だ!」

 ワーワーと騒ぐウィルグルに何で怒られているのか分かんないと言いたげな顔をするミアにカルビィンは今後、異能を使って仲間内で性行為をすることを禁じた。

「えー、あんたらも溜まってんでしょ? ウィンウィンじゃん」

「ウィンウィンじゃねえ。見てみろ、ウィルグルを」

「えー、喜んでる?」

 カルビィンの問いにてへっと舌を出しながらそう答えるミアにウィルグルは立ち上がってミアを指差した。

「悲しんでんだよ、ボケッ!」

「だそうだ。分かったか? 次、ルール違反したらウィンドリン国に報告する」

「えー、卑怯よ」

 口を尖らせて文句を言うミアにカルビィンはパートナーを交代するとウィルグルに提案して、その日はことなき終えるのだった。

 そう、終えるはずだった——。




 モーテルの大きなベットの上でカルビィンはカーテンの隙間から差す朝日を浴びながら放心状態になっていた。

「うふっ。カルビィン貴方、素敵なもの持ってるじゃない。虜になりそう」

 そう言ってカルビィンの耳元に呟いたミアはカルビィンの股間に手をやってそっと撫でた。

「もう一回しよ?」

 色気のある声で誘われ、カルビィンは昨夜にあったことを思い出して消えたくなった。

 ウィルグルが襲われたため、その晩からカルビィンはミアと共に行動していた。

 そろそろ解散してお互い休憩にするかとカルビィンが言った途端、ミアはフェロモンを出してカルビィンを誘った。

 どんだけレジイナに想いを寄せようが寄せまいが、カルビィンも男だ。性欲は溜まりに溜まっていた。

 ウィルグル同様に簡単にミアに欲情したカルビィンはミアと共に一晩過ごしてしまっていた。

 レジイナ、すまねえ……!

 別に付き合ってなどいないのに心の中で懺悔するカルビィンのことなど知らずにミアは再びカルビィンに欲情していた。

「や、やめろ、俺は心に決めた奴がいるんだっ!」

「ひゃにそれ」

 カルビィンのアレを口に咥えたミアはそう返事し、カルビィンの制止を無視して行為を続けた。

 くっ、もう抵抗できねえ……!

 その後、カルビィンはミアの魅惑化に侵され、そのまま流されてしまうのだった。

 

 


 ウィルグルはアジトに顔を出すと昨日の自身と同じく部屋の端で膝を抱えるカルビィンを見て顔を青くした。

「ま、まさか……!」

「その、まさか、だそうです……」

 ウィルグルにデリックはそう返事し、次は自分がミアにやられるのではないかと、あわわわとウィルグルと同じように顔を青くした。

「なに、失礼な。流石に未成年には手を出さないわよ」

 栗色の綺麗な長髪をなびかせてそう言ったミアにデリックは安心するのだった。

「てか、こんな可愛い私とすることに何が不満なの?」

 ミアは確かに可愛い。出るとこは出て引き締まり、女性としての魅力は充分だ。

 だが、自身の意志と関係なく欲情させられ、ミア主体で犯されて男としてのプライドはズタボロだった。

 カルビィンはそれからアドルフやエアオールベルングズとの攻防だけでなく、ミアにも神経を削りながら日々を送らなきゃいけないのかと涙を流すのだった。

 そんなことを思った数日後にはミアが母国であるウィンドリン国に休暇として一週間帰る日がきた。

 部員としてミアが一週間欠けるのは痛いが、心身共に休まると安心してカルビィンとウィルグルは快くミアを見送ったのだった。

 そしてアドルフからの情報をまとめてウィンドリン国にカルビィンはレジイナの情報を送り、無事にレジイナが牢屋から出れたと聞いて切り詰めていた心が少し和らいだ時、ミアが戻って次はデリックがワープ国に休暇に行った。

「しゅんり、無事に出所できたわね。よかった、よかった」

 ミアもそう安心した顔をしながら牢屋でも会ったことを二人に伝えた。

「いやあ、もう私達が牢屋から出すために頑張ってるって行ったら泣く程喜んでたわよ」

「そうか、あいつ……」

 目の端に涙を溜めてウィルグルが返事したのを見て、カルビィンも笑顔で「良かったよ」と、ミアに話しかけた。

「レジイナと他に話したか?」

 自身の話が出なかったかとカルビィンが少し期待しながら声をかけると「うーん。そうね、ここが良い職場ねって話したかなー」と、口に人差し指を当てながらミアは思い出しながら話し始めた。

「へー。良い職場ね」

 こんな環境下で働かされて何が良いのかと首を傾げたウィルグルにミアは「だって、ヤリ放題なんだもん」と、斜め上の回答をした。

「まさかお前、俺達とヤったことレジイナには言ってないよな……」

 わなわなと唇を震わせながら質問してきたウィルグルにミアはさも当然かのように「え、言ったけど?」と、返事した。

 それを聞いてウィルグルは「なんちゅうことを!」と、声を上げ、カルビィンはテーブルにバンッと顔を伏せた。

「え? ダメだった? だって、ウィンドリン国に報告してるんでしょ? ルビー総括に私、注意されたもん」

 何が悪いかと疑問に思ったミアは「あんたら性欲溜まるとか言ってたし、どうせしゅんりともしてたでしょ?」と、勘違いした返答をした。

「してねえよっ! それにカルビィンはレジイナのこと好きなんだから余計なこと言うなよ!」

 レイプ未遂事件があったのだから読みは間違えてないミアにウィルグルは自身のことを棚に上げて怒り、余計なことまで口を滑らせた。

「え、そうなの? なにそれ、おもろ。しゅんりって確か十七歳とかよね? カルビィン三十代よね? 犯罪じゃん」

 手に口を当ててププッと笑うミアにカルビィンは泣きそうになった。

「いいや、レジイナは十九歳だ!」

「未成年には変わりないじゃん。ロリコンだ、ロリコン」

 ワーワーと二人が騒ぐのを聞いながらカルビィンは静かに立って喫茶店に向かった。

「どうした、カルビィン」

 やって来たと思えば席について顔を伏せるカルビィンに心配したマスターは近寄った。

「酒……」

「へ?」

 バッとカルビィンは顔を上げ、マスターに大声で注文した。

「酒だ、酒っ! 酒を持ってこいっ!」

 その後、カルビィンは酒に酔って酔いまくるのだった。

 マスター曰く、その後ウィルグルとミアも店に来て酒に溺れる姿はもう地獄絵図だったそうな。

 

 

 

 アドルフはその光景を監視カメラを通して見ながら溜め息をついた。

「あいつに協力を頼んだのは失敗だったか……?」

 酒に酔って騒ぐカルビィンを見ながらアドルフは頬を掻きながら、「困ったなあ」と、呟くのだった——。

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