3
ファミレスのテーブルの上に敷き詰められるように置かれた大量の料理を一死不乱に頬張るしゅんりを見ながらブリッドは顔を引き攣らせながらコーヒーに口をつけた。
「おい、もっとゆっくり食べろよ。誰も取りはしないし、喉を詰まらせるぞ」
ジャドみたいだな。
しゅんりはそう注意してくるブリッドをチラッと見てから、なんとも言えない色をした様々なジュース混ぜた飲み物を一気に飲んで口の中にあるものをゴクッと飲み込んだ。
「ぷはー。誰も取りはしない? 確かにそうかもしれないね。でも、これが最後の食事になるかもしれないじゃんか」
いつ死ぬかなんて分からないと言いたげなしゅんりにブリッドは眉を寄せた。
「お前のその首輪はお前を守るためにあるんだ。絶対に俺が死なせしない」
真剣な顔でそう言ってきたブリッドにしゅんりは一瞬ときめいたものの、すぐに冷静になった。
ブリッドリーダーじゃアドルフには勝てない。
一騎討ちで戦えば化け物じみた強さを持つアドルフに勝つことができる人物はしゅんりの知る限りいないだろう。
倍力化を誰よりも使いこなし、かつ武強化と育緑化を使用できる。もしかしたら自身同様に他にも能力を使えるかもしれないとしゅんりは考えた。
あの電波ジャックはもしかしたらアドルフが武操化を使ったものかもしれない。もしそうなら、アドルフが聴力に異常をきたす変な波長みたいなものを出すことができるとしたら厄介だろう。そしてそんなことができるとしたらタバコの煙を実体化できるみたいに武操化となにかを掛け合わせた技か?
バクバクと一心不乱に食べていたと思えば、真剣に考え始めるしゅんりを不思議に思い、ブリッドはこの情緒不安定な好いた女をどうしたものかと考えていた時、ブリッドの携帯が鳴った。
「はい、……ああ、分かりました」
手短に話してすぐ通話を消したブリッドは財布からクレジットカードを取り出してしゅんりに渡した。
「え、くれるの?」
「バッカ、貸すんだよ。いいか俺は今から警察署に戻るが、お前もこれを食べ終わったらすぐに戻ってこいよ。いいか、寄り道せずに戻ってこい。分かったか?」
カードを自身に預けて先に警察署に戻ると言うブリッドにしゅんりはニヤッと笑った。
「はーい」
そして元気よく手を上げて返事するしゅんりにブリッドは不安に思いつつも、GPSもあるし大丈夫かと思いながら一足先に警察署に戻った。
その後、ゆっくりと食事を楽しんだしゅんりはブリッドのカードでちゃっかりとタバコを買って警察署に戻り、ある人物を探して署内を歩いていた。
そんな時、「しゅんり!」と、自身を大声で呼ぶ声にしゅんりは振り返った。
「オリビアさ……、ええ⁉︎」
久しぶりに会ったオリビアはお腹が大きく膨らみ、ベビーカーを押していた。
に、妊娠中⁉︎
え、その赤ん坊はオリビアさんの子供⁉︎
そう困惑しているしゅんりにお構いなしでオリビアはしゅんりの頭に向けて手刀を仕掛けてきた。
「え、痛い」
「なにこの石頭! 腹立つわー」
つい頭に力を込めたしゅんりに攻撃を仕掛けたオリビアは痛む手を振って怒りを露わにした。
「本当に何考えてんの、バカちん!」
オリビアはしゅんりに抱き付きながらそう叫んだ。
震える体で抱きしめてくるオリビアにしゅんりは先程、アドルフに付いていこうかと迷った自分に嫌気が差した。
「ごめんなさい……」
「本当にそうよ、バカ。あ、そういえばブリッド補佐なら総括部屋よ」
「あはは。そっすか……」
オリビアの中で自身とブリッドが今だにセットになってることに空笑いしながら、今は素直にオリビアと共にブリッドの元へ向かうことにした。
「そういえば貴女がまだ暗殺部にいる時、一度ブリッド補佐が来たでしょう?」
オリビアのその言葉にしゅんりはビクッと体を震わし、自身が噛み付いて大量出血をして意識を失ったブリッドの姿を思い出した。
「それでさ、帰って来たと思ったら顔真っ青でね、私が気になって診たら右肩にすっごい傷跡があったのよ。なんかたまたま抗争に巻き込まれたって言ってるんだけど知らない?」
オリビアの言葉にしゅんりは目を見開いた。ジャドが治療したのだ、綺麗に治っていると思っていたが完治してなかったらしい。
「ちょ、ちょっと!」
しゅんりは急に走り出して倍力化の総括部屋のドアを勢いよく開いた。
「うお! なんだってしゅんり、やっと帰ってきたのか」
呆れながらそう言ってきたナール総括に目もくれず、しゅんりは部屋の中を突き進んだ。
「おい、遅いぞ。寄り道すんなっつっただろ」
ソファに座って書類整理していたブリッドはしゅんりにそう注意しつつも、ちゃんと帰ってきたことにほっと安心していた。
しゅんりは二人の問いかけを無視しつつ、ブリッドに真っ先に向かって無言でワイシャツのボタンを外し始めた。
「え、なにしてんの、お前」
ブリッドの問いを無視して作業を進めていくしゅんりにナール総括は「え、わらわ出ていった方がいいのか?」と、動揺し始めた。
ボタンを外し終えたしゅんりはブリッドの右肩を露出し、約一月程前に自身が噛みついた傷跡を目の当たりにした。
「う、ううっ……。うわあああん!」
痛々しく残る傷跡にしゅんりは滝のように涙を流し、ブリッドの肩にもたれかかって泣き始めた。
「ええ……。どういう状況?」
ベビーカーを押して後から到着したオリビアは二人の様子を見て困惑した。
「ブリッド、わらわ達出て行った方がいいか? あと鍵はちゃんと閉めておけよ?」
「いやいや、俺らが出て行きます」
気を遣って部屋を出ようとするナール総括にブリッドは断り、服を整えてしゅんりの肩を抱きながら部屋を出た。
目的地もなく、とりあえず子供のようにひっくひっくと泣きじゃくるしゅんりを連れてきたブリッドであったが、廊下を歩く周りの視線が痛い程に突き刺さってたまらず人気の少ない倉庫にしゅんりと共に入った。
「うおっ」
しゅんりは倉庫に入った途端、ブリッドに突進するかのように抱き付いた。あまりの勢いによろめきながら壁に背を預けてなんとかブリッドはしゅんりを受け止めた。
「ごめ、ごめんな、さいっ……」
しゅんりはひっくひっくと泣きながら必死に何度もブリッドに謝罪の言葉を繰り返した。これで彼の傷跡が治るわけではないのは分かっていたが、今のしゅんりには謝罪することしかできなかった。
「いいから落ち着けって。怒ってないから」
しゅんりの頭を撫でながら落ち着かせようとするがしゅんりは頭をふるふると横に何度も降った。
「なんでもする! もう腕の一本、足の一本切ってもらっても、目玉くり抜いてでもいい! 償います!」
「いい、そんな事しないでいいって」
なんてえげつないこと言うんだと、思いながらブリッドは顔を引き攣らせた。アサランド国ではそれがまさか常識なのかとブリッドは内心恐怖を感じながら「なんでもか……」と、呟いた。
なんでもしてくれるならして欲しいことは沢山あるが、それを今言うのは卑怯な気がする。しかし、こんな大チャンスはもうないかもしれないと思ったブリッドは恐る恐るしゅんりに尋ねてみた。
「……なんでもしてくれるのか?」
「する、なんでもします!」
ばっと顔を上げて涙でぐちゃぐちゃになった顔で見上げてくるしゅんりにブリッドはゴクッと唾を飲み込んだ。
「じゃ、じゃあさ……」
「はい!」
「き、キスしてくれないか……」
消え入る声でそう言ったブリッドにしゅんりは涙だけではなく思考も止まった。
「き、す……?」
「おう、キス……」
そのまま五秒程しゅんりは静止し、徐々に顔を赤めた。
「嫌ならいいし、無理強いはしないけど……」
しゅんりは自身同様に顔を赤く染めたブリッドの顔を見て鼓動が早くなった。
なにこれ、三年前のあの時みたいだ。
しゅんりは約三年半前、廊下でブリッドにキスされそうになったあの日のことを思い出した。正直あのままキスされていればよかったのにと何度、後悔したことだろう。今まさにあの時出来なかったことがキスが出来るチャンスが来た事にしゅんりの心臓は大きく跳ねた。
しゅんりはあの時みたいに気持ちを決め、目と口を強く閉じてブリッドに顔を向けた。
「ちげえよ、俺はキスしてくれって言ったんだ」
「ええ! 私から⁉︎」
「……ダメか?」
首をこてんと傾げてこちらを見下ろしてくるブリッドにしゅんりはクラッとした。
ちくしょう、可愛いな!
ブリッドはそんなしゅんりにしてくれないのかなと不安を感じつつ、少し屈んで目を閉じてしゅんりからのキスを待った。
しゅんりは一度深呼吸して口をキュッと閉じてからゆっくりとブリッドに顔を近づけ、その頬に自身の唇を付けた。
「おい、頬じゃねえよ。口だ、口」
「くう、分かったよ!」
恥ずかしさにしゅんりはヤケ糞になりながらブリッドの唇に自身の唇を勢いよくぶつけた。
「いっ……⁉︎」
「うう!」
勢いよくぶつかり合った二人はキスした時、ガチンと歯同士もぶつかり合いって痛みが生じた。
もうやだ、恥ずかしい!
穴があったら入りたいとしゅんりは両手で顔を隠した。
「はは、下手くそ」
口に手を当てて笑いながら見てくるブリッドにしゅんりはもう消えたいと思いながら頭を抱えた。
「もうやだ、やだ! やり方なんて分からないよ!」
そう叫ぶしゅんりにブリッドは喜びの感情に満ち溢れた。
「しゅんり」
ブリッドに呼ばれて「何⁉︎」と、言おうした時、後頭部に手を回されて今度はブリッドからキスをされた。
「はあ、しゅんり……」
「んんっ」
最初は唇同士付けるだけのキスからどんどんと深くなり、ブリッドはしゅんりの名を呼んでから口内に舌をねじ入れた。口内を確かめるようになぞってくる舌の動きや、時には舌を吸ってくるブリッドにしゅんりは思わず声が漏れた。
やばい、キスってこんな気持ちいいのか……。
しゅんりの思考はどんどんと鈍麻になり、キスの快楽に溺れつつあった。
どちらかとなく離れ、お互い息を上げながらそのまま二人は見つめ合った。
ああ、好き好き。ブリッドリーダー、大好き!
しゅんりは声に出さずに目でそう訴えかけた。ブリッドもそんな蕩けた顔をしたしゅんりを愛しく思い、抱き寄せて強く抱負をした。
「しゅんり……」
「ブリッドリーダー……」
お互いの名を呼び、どれくらいの時間そうしてたか分からないぐらい二人は抱きしめ合っていた。
しばらくそうした後、ブリッドはゆっくりとしゅんりの体を離した。ずっとこうしていたいのにと、しゅんりは残念に思いながらブリッドの顔を見た。
「そういえばさお前、家どうするんだ」
「あー、考えてなかった……」
しゅんりがもともといた寮はとうの前に他の住人が住んでおり、大事そうな荷物はマオが取っていて他は処分されていた。
そのため、ウィンドリン国に家がないしゅんりは今、寝泊まりする場所がない状態だった。
「もしよかったら俺ん家来ないか?」
「え?」
「い、嫌ならいいけど……」
しゅんりはブリッドの誘いに一瞬の間に思考を巡らせた。
それって、それってつまりあれですか! あれをするってことですか!
「嫌じゃない! 行く!」
しゅんりは今後あるかもしれないある行為に胸を高鳴らせて返事した。
「そうか。じゃあ仕事終わるまで今日は俺の手伝いをして一緒に帰ろうか」
そう言ってしゅんりの頬を手の甲で撫でて微笑むブリッドにしゅんりは顔を真っ赤に染めた。
「は、はい!」
高鳴る鼓動に少し体を震わせながらそう言ってブリッドとともにしゅんりは総括部屋に戻ることにした。
遂に今夜、私はブリッドリーダーとあんなこと、こんなことするのかと緊張と期待を巡らせながらしゅんりはニヤニヤする顔を引き締めて廊下を歩くのだった。
結局しゅんりは仕事もせずにナール総括やタカラ、ルル、オリビアに囲まれながら一人でバタバタと仕事をするブリッドが仕事を終えるのを待っていた。
「オリビアさんが結婚してたなんて知らなかったなー」
「三年以上経てばそりゃ誰か結婚したり子供産まれたりするでしょ」
さも当然のように言うオリビアを見てからしゅんりはタカラに目を移した。
「……何よ」
「いや?」
しゅんりのそのすました顔にタカラは「どうせ私は独身かつ彼氏いませんよ」と、チッと舌打ちをした。
「ルルもいないよねー?」
まるで同志だと言いたげなしゅんりにルルはもじもじしながら顔を逸らした。
「……は?」
予想とは違う行動をするルルにしゅんりが首傾げたその時、部屋のドアが開いた。
「母さん。父さんが呼んでるよ」
ドアの先にはナール総括の息子である翔がいて、自身の母親を呼びに来た。
「用件は?」
「そっちのトーマスリーダーと合同で任務したことについて聞きたい事があるって」
「ふむ、ならトーマスも呼ぶか。ブリッド、わらわは出るぞ」
「ここには俺しか仕事してないんで、どうぞご勝手に!」
部屋にいる一同をキッと睨みつけてそう返事するブリッドに居心地悪そうにしたルルの肩に翔は手を置いた。
「ルル。君は今日、日番なんだから気にしなくていいよ」
「そうなんだけどね……」
以前より距離が近くなった二人にしゅんりが再び首を傾げた時、二人のある場所を見てしゅんりはバッと二人に近付いた。
「ちょいちょい、なにこれっ!」
二人の左腕を持ち上げてしゅんりは二人の左手の薬指にあるものを見て目を見開き、ルルはそのあと恥ずかしさにしゅんりの腕を振り払って翔の後ろに隠れた。
「何って結婚指輪」
「へ、結婚指輪……」
まさかと思いながらしゅんりは二人から離れ、指を差しながら「二人、いつ結婚したの⁉︎」と、声を上げた。
「ルルの誕生日に。式は三ヶ月後を予定してるから、よかったらしゅんりも来てよ」
顔を真っ赤にし、両手で顔を覆って恥ずかしがるルルの肩を抱きしめて翔は幸せいっぱいだと言いたげな満面の笑みでしゅんりに結婚式へ招待した。
「お、おめでとう……。ぜひぜひ」
おいおい、てめえこの前まで私のこと好きとか言ってませんでした⁉︎
そう喉まで出かかった言葉を飲み込んだ後、またある者が訪問してきた。
「ああ、いたな」
そこには白衣を身につけたネイサンがやってきた。
しゅんりが牢屋にいた際、主治医として常にいてくれたネイサンに「えー、もう診察いらないんだけど」と、思いながらしゅんりは顔顰めた。
自身に用事があると思い、ネイサンに目線を移したがネイサンはしゅんりを素通りしてソファに座るオリビアの横に座った。
「調子はどうだ?」
「問題ないわ。心拍数も安定してるし、今日は胎動が多いの」
「それは喜ばしいな」
優しげな顔でそう言って微笑み、ネイサンはベビーカーにいる赤ん坊を抱き上げた。
「……なに、これ」
翔とルルは最近結婚し、ネイサンはオリビアと結婚して子供を授かっていたのだった。
自身がいないのはたった三年であり、あれからなんにも変わっていないと思っていた仲間達はどんどんと先に進んでおり、しゅんりは置いて行かれたような疎外感を味わっていた。
その後、賑やかだった総括部屋はしゅんりとブリッドと二人きりとなった。
静かになった部屋でしゅんりはソファから足を投げて座り、「あー」と、意味もなく声を出した。
「なんだよ」
放心状態にあるしゅんりの向かいにあるソファに座ったブリッドは話しかけた。
「……みんな幸せになってやがる」
「言い方悪くないか、それ」
確かにしゅんりは死と隣り合わせになりながら戦っていた。そんな中、周りが結婚したりしていたら疎外感も感じるものかと考えたブリッドはしゅんりの隣に移動した。
「つ、次は俺達が幸せになればいいんじゃないか?」
噛んでしまった……!
ブリッドは勇気を振り絞ってしゅんりに告白をしたつもりだったが、格好がつかなかったなと恥ずかしさからほんのりと頬を染めた。
「幸せ、ねえ……」
しゅんりはそう呟き、顔を暗くした。
幸せなんて願う暇なんてない。そう、他人を僻む前にやらなきゃいけないことは沢山ある。
しゅんりはそう思ってソファから立ち上がろうとした時、ブリッドに手を引かれて再びソファに座らされた。
「なに、んっ」
何かと問おうとした時、ブリッドにしゅんりはキスをされた。
どんどんと深くなるそれにしゅんりは困惑しつつも、そのままブリッドからのキスを受け入れることにした。
束の間の休息とでも思おうか。
命に代えても復讐を遂げてやると思いつつも、しゅんりは今は他者から与えられる幸福を噛み締めることにしたのだった。
その後、再びナール総括とタカラが戻ってきて賑やかになった部屋でしゅんりは今夜の事で頭がいっぱいになっていた。
アサランド国にいる間、自身の豊満な胸や可愛いらしい容姿を武器に何人もの敵を暗殺し、それ目的に襲われそうになったこともあったため、それなりに性については学んではいた。そしてまだ経験はないしゅんりはその行為に興味もそれなりに持っていた。
キスであれ程気持ち良かったのだ。実際にあれをこうして、こうしたらもうとんでもなく気持ち良くてたまらないのじゃないかと妄想して正直、周りの話は半分もしゅんりの耳に入っていなかった。
結局ブリッド一人で事務仕事をしていた為、仕事を終えたのは十九時を回っていた。
「しゅんり、待たせたな。帰るぞ」
「えー、もう行くのか? わらわは寂しいぞ」
「やだー、しゅんり行かないでー」
ナール総括とタカラがしゅんりを両側からぎゅっと抱きしめて阻止するのを見てブリッドは溜め息を吐いた。
「あのな、あんたらが仕事しないせいで定時より二時間も多くしゅんりと雑談できただろ。もういいでしょうが。ほら、行くぞ」
ブリッドは溜め息を吐きながらしゅんりの腕を引いて部屋から出た。
タカラ、ナール総括はニヤニヤしながらこちらに親指を立ててグッドサインをしてきた。二人共しゅんりがブリッドと今夜やるだろう行為に上の空だった事にとうに気付いていたのだ。
は、恥ずかしい……。
ブリッドに掴まれてない手で顔を覆いつつしゅんりは大人しくブリッドに付いて行った。
警察署から徒歩圏内にある高層マンションの十八階にブリッドの家はあった。広々としたオープンキッチン付きのリビングに寝室と倉庫と化している二部屋があるブリッドの部屋は男にしては綺麗で、かつモデルルームようなデザインで黒を基調とした部屋になっていた。
なんかこの「俺、出来る奴なんです」という感じの部屋ムカつくなと、思いながら部屋を見渡すしゅんりにブリッドはシャワーを浴びてくるかと声をかけた。
「しゃ、シャワー⁉︎」
「おう、先に入ってこい。着替えは適当に置いといてやるから」
いきなり本番ですかと、しゅんりは動揺しつつ大人しくシャワーを浴びた。いつもより念入りに体を洗ったしゅんりは以前ブリッドが着ていただろうストリート系のパーカーを着用した。ズボンも用意されていたが大きすぎてすぐにずり落ちるため、ワンピースのようにパーカーを一枚だけ着ることした。
どうせすぐ脱ぐしいいよね。それにもう裸見せてるし。
そう心の中で自身を言い聞かせて、しゅんりは恥ずかしいと思いいつつその格好でリビングに出た。
「へ?」
リビングに着くとソファの前にあるテーブルにはなんとも美味しそうなパスタとサラダが二つずつ用意されていた。エプロンを着用したブリッドは風呂から上がってきたしゅんりに目をやり、溜め息をこぼした。
「お前な、ズボンはどうした」
「えーと、大きすぎて履けなかった……」
ブリッドはコップに水を入れて、しゅんりに手渡した。
「頭も乾かしてないし、お前はもう……」
ブリッドはゴクゴクと素直に飲むしゅんりに呆れていた。
「はあ。ほら、冷めないうちに食うぞ。ソファに座れ」
「……これ、ブリッドリーダーが作ったの?」
「じゃなきゃ、なんであるんだよ」
綺麗に盛り付けられた海鮮がたっぷり入ったパスタにレタスやパプリカなど色とりどりの野菜に生ハムが散りばめられたサラダを見て、しゅんりは首にかけていたタオルを床に叩きつけた。
「なにこの俺できる奴なんですって感じ、ムカつく!」
「じゃあ食うな、バカ」
ブリッドはしゅんりの言葉に少しイラッとして額に指を弾いて軽く攻撃した。
食事を終えたしゅんりは片付けをするブリッドを横目にソファに座ってテレビを見ていた。
しゅんりの脳内はもうそれはそれはピンク色に染まっていてテレビの内容は全く入ってなかったが、出来るだけ平然を装うために全力を尽くしていた。なぜならそのような雰囲気を向こうが一切出さないからだ。
こっちばかり気にしてるなんて思われるのは癪だ。
「おい、そろそろ寝るか?」
ブリッドのその言葉にしゅんりは肩を震わせた。
ついに、ついにこの時が来た……!
「う、うん。寝よっかなー」
出来るだけ平然を装ってしゅんりはブリッドに寝室を案内された。
しゅんりはそろそろとベッドに上がって横になる。
さあ、どうぞ!
そう思ってしゅんりはベッドの真ん中に寝て目を閉じた。
「おい、ちゃんと布団被れ。風邪引くだろ?」
ブリッドはベッドに上がらずにしゅんりの胸元までしっかりと布団を被せた。
「俺、まだ仕事してるから何かあったらリビングに来い」
「え、寝ないの……」
予想外の出来事にしゅんりは動揺し、思わず起き上がった。
「あいつらがお前に付きっきりだったせいで仕事がまだ山積みなんだよ」
ブリッドはそう言ってしゅんりの頭をぽんぽんと二回撫でてから寝室から出ていった。
「んん⁉︎」
嘘だろ、何で⁉︎
しゅんりは困惑した。自分で言うのもあれだがこんなに可愛いくておっぱいでかい女がいるんだ。普通はすぐにでもヤりたくなるもんじゃないのか。
しゅんりは自分の予想とは全然違うことが起こり、動揺してその晩はなかなか眠りに付けなかった。
翌朝、ブリッドに起こされたしゅんりは用意された朝食を食べながらブリッドを睨んだ。
「どうした、眠れなかったか」
「ええ、そうですね。あんなデカデカしたベッドは慣れないもんで」
容易に二人は寝れるキングサイズのベッドにまさか一人で寝るとは思わんかったわ、と思いながらしゅんりはスープをズズズッと音を立てながら飲んだ。
「そうか。まあ、今日はゆっくりしとけ。俺は今日遅くなるけど部屋の中の物は好きに使っていいぞ。冷蔵庫のタッパーに飯入れてあるから適当に温めて食え。あと鍵渡しておくから」
しゅんりに合鍵を渡してブリッドは「行ってきます」と、言って仕事へ出かけて行った。
「んん?」
あれ、なんか違う。
思ってたの違うと思いながらしゅんりはブリッドの作っておいてくれたご飯を食べながら与えられた休日をゆっくりと過ごした。
その後もブリッドはしゅんりを寝室で寝かせて、リビングで仕事をしたり、ソファに寝て過ごしており、居候してからあっという間に二週間経った。
そんなブリッドの行動にしゅんりは頭を悩ませて、慣れない事務作業の休憩にと警察署近くにある公園のカフェに来ていた。
コーヒーを片手にタバコを吸い、疲労した顔で煙を吹いた。
私、もしかして女としての魅力がないのかな……。
ぼーっとしながら公園で遊ぶ子供を見ながら、子供はいいよなと心の中で八つ当たりをしていた時、「同席してもいいですか?」と、言って断りなく誰かが向かいの席に座ってきた。
良くねえよと言おうとした時、その人物を見てしゅんりは断ろうとした言葉を飲み込んだ。
「マオか……」
「マオかって失礼な」
苦笑しながらタピオカを片手に持ちながらマオはしゅんりの向かいの席に座った。
「しゅんり、タバコなんて未成年が吸っちゃダメだって何回も言ったでしょ」
「へーへー」
そう言ってしゅんりは灰皿にタバコを押し付けて火を消した。
「なんでそんな疲れた顔をしてるの。簡単な事務作業して、その後ブリッド補佐の家に帰ってるんじゃないの?」
「そうよ、ブリッドリーダーの家に来てもう二週間が経つ」
そう、二週間だ。
あれからキスさえもあの日からされていない。
しゅんりはマオを真剣に見ながら相談し始めた。
「ねえ、私って魅力ない?」
「なにその質問」
直球なその質問にマオは困惑しつつもしゅんりを見た。可愛いらしい容姿に加えて、体のラインが分かるようなスーツを着こなし、大きな胸を大きく開いて谷間が見えているしゅんりはどの男が見ても十分に魅力はあるだろう。
「いや、あるよ。自信を持って」
「じゃあ何で……」
魅力はあるのに何で手を出されないかとしゅんりは頭を項垂れた。
「マオ、彼女いたことある?」
「いるよ。今もいる」
その言葉にしゅんりはばっと顔を上げてマオを睨んだ。
「え、知らない。何で言ってくれないの」
「ほとんど三年間も音信不通だった人にどうやって言うのさ」
「それは申し訳ない……」
呆れながら言うマオにしゅんりは申し訳ないと謝罪しつつ、聞きたかった質問の続きをした。
「あのさ、どういうことしたら男ってヤりたくなるの?」
もじもじしながら質問してくるしゅんりにマオはまさか、と思った。
「まさか、二週間も同じ家に居てまだしてないの?」
「う、ううー! ちくしょう、そうだよ、糞が!」
ガシガシと頭を掻きながらしゅんりはそう叫んだ。
「へ、へー……」
マオはそんなしゅんりを見て、ブリッド補佐はしゅんりの事を本当に大事に思ってるんだなと尊敬した。
自分なら我慢出来まい。
「私、終わってるのかな……」
騒ぎ出したと思ったら急に遠い目をし始めたしゅんりにマオはふふっと笑った。
「……笑い事じゃないんだけど」
「いやいや、大事にされてるんだからいいじゃない」
「大事ねえ……」
いつまたアドルフに襲われるか分からない今の状況で悠長にしてられんと、焦るしゅんりはマオの携帯をばっと奪った。
「ちょっと貸して!」
「いいけどさ」
人の携帯で何してるのと思いながらマオはしゅんりの好きにさせた。
「マオ、着いてきて!」
「え、なになに⁉︎」
しゅんりはマオの携帯のマップを見ながらとある場所に向かった。
しゅんりは近くにあったデパートの二階にあるランジェリーショップにマオと共に入店しようとしていた。
「いやいや、僕入らないから!」
「いやいや、来てよ! ほらマオ、どの下着なら勃つ? どれならヤりたくなるか教えてよ!」
「何を聞いてんの! ふざけないでよ!」
「いや、真剣だから! 来て!」
ずるずるとしゅんりはマオを引きずりながら店の中を物色した。マオは必死に抵抗するが倍力化を所持するしゅんりには敵わず、無理矢理に店の中を連れ回された。
「本当に無理! 僕、男だよ!?」
「だからじゃん! ほらこのスケスケとか着たらしたくなる?」
「な、何言っての!」
「あらあら、カップルでお買い物ですかー?」
ギャーギャー騒ぐ二人に店員はそう言って近付いた。
「違います!」
「違うから!」
即座に二人は否定し、しゅんりは店員に、「年上の男をヤらせたくなる下着教えてください!」と、店内で声を張り上げたのだった。
店員は目を何度か瞬きさせた後、握った手を手の平にぽんっと置いて、「ああ!」と呟いた。
「男友達の意見を聞いてたんですね」
「そうなんですが、役に立たなかったんで教えください」
「ひどい……」
しゅんりの物言いにマオは傷付きながら、店員にアドバイスを受けながら下着を買う姿を見守ることにした。
しゅんりは先に家に帰宅し、店員のアドバイスを何度も脳内に反復しながらどエロい下着の上に短めのブリッドのパーカーを一枚着用してブリッドの帰りを玄関で待ち構えた。
「ただいまって、何だよ。玄関で待ってたのか」
主人の帰りを待つ犬のように玄関で待ち構えていたしゅんりにブリッドは微笑みながら、ぽんと頭に置いた。
「ただいま」
「おかえり!」
腕を前に組んで元気よくそういうしゅんりにブリッドは困惑しながらも家の中に入った。
帰ってきたブリッドは部屋着に着替え、リビングのソファに座ってノートパソコンを膝に置きながら仕事をしていた。
少しでもしゅんりと長く居たいと思って仕事を持ち帰ってきたものの、仕事の量は変わらない。だが、夕飯までには早く終わらせようと急いで仕事をしていた。しかし、集中したいのだが何故かしゅんりは隣に座ってこちらをジッと見ていた。
この状況はなんなんだと思いながら、ブリッドは困惑しながらパソコンのキーボードを押した。
しゅんりはそんなブリッドの左肩を寄りかかって見上げ、店員が言った言葉を思い出していた。
「彼を誘う時は肩に寄りかかって、上目遣いできゅるるるーんって感じで見るといいですよ!」
「きゅるるるーんって言えばいいんですね!」
「違う、違う。きゅるるるーんって言わないで、思うだけだから」
マオの突っ込みもある中、しゅんりは二人から学んだ事を早速、ブリッドに試し始めた。
顎に緩く握った両手を当てて上目遣いでブリッドを見ながら心の中できゅるるるーんと唱えた。
そんな普段しないような事をしてくるしゅんりにブリッドは「おお、おお……」と、動揺しつつなんとか平然を装ってしゅんりに話しかけた。
「しゅんり。俺は今仕事中だから離れような、な?」
しゅんりは心の中でガーンという音が鳴った。
な、何故効かない!
「やだ!」
しゅんりはブリッドにガシッとしがみついた。
負けてたまるか!
しゅんりはなんとしてもブリッドの気を引こうと上目遣いでブリッドを見た。
そんなしゅんりにブリッドは誘ってるのか、それとも以前同様に甘えてるだけなのかと悩んだ。
前者なら喜んで今すぐにでもベッドへ連れて行きたいが、後者だった場合は怖い。「家に呼んだのは体目的だったの? 最低!」など言われたらもう立ち直れないし、それに右肩に噛まれたあの時の痛みを思い出す。
すっげえ痛かったんだよな……。
ブリッドはあの日のことはトラウマになっていた。
ブリッドは軽く深呼吸して、しゅんりの肩を引いた。
「しゅんり、待て」
そしてブリッドはしゅんりに犬のように"待て"と命じたのだった。
それから二時間程しゅんりは自分の中にいる狼の本能のまま、ブリッドの仕事が終わるのを素直に待つことになったのだった。
「よし、終わった……」
まだかまだかと待ち侘びたその言葉にしゅんりはぱあっと顔を明るくした。
やっとだ!
しゅんりはそう思った時、ブリッドの言葉に絶望した。
「今日は外で夕飯にするか。お前、甘い物好きだったよな。ドルチェが美味しいイタリアンが近くあるんだよ」
ブリッドはしゅんりが後者の甘えてきてると解釈し、デートに誘ったのだった。しかし、残念ながらしゅんりの望んだ答えは前者。ブリッドの読みは大きく外れ、しゅんりは静かに怒って寝室に向かった。
「え、しゅんり……?」
思っていた反応と違っていて困惑していたブリッドを置いて、しゅんりはいつも着ているスーツを着用して玄関に向かった。
「おい、どこに行くんだよ!」
「ハッ! これで確認すれば?」
しゅんりは首につけられている首輪を指差した。
「はあ!? そう言う問題じゃねえだろ!?」
どこに行くか告げずに出ようとするしゅんりにブリッドは声を上げて腕を掴んで止めようとしたが、しゅんりはブリッドの腕を振り解いて暴言を吐いた。
「黙れ、このインポ野郎!」
中指を立ててしゅんりはそう言って部屋を出て行き、暗くなった外に勢いよく出ていった。
しゅんりの暴言とあれは誘って来てたのかと、気付けなかったブリッドはショックの余りにその場に座り込むことしかできなかったのだった。
「おい。どうしてお前がここにいる」
警察署の上階に位置するタレンティポリスを纏めるホーブル総監の部屋のソファの上でしゅんりは膝を抱えて座り、顔を俯かせていた。
「うるさい。黙って」
「……ふう。殺されたいのか?」
額に血管を浮かせて怒るホーブル総監を横目でチラッと見てからしゅんりは再び顔を伏せた。
「どうせ殺さないくせに」
ホーブル総監はしゅんりのその言葉に図星だったのか、溜め息を吐いてから手元にある資料に目を写し、仕事を再開した。
静かな部屋の中、キーボードの音と紙が擦れる音だけが鳴る中、いきなりカツカツとヒールで走る音がし、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「ホーブル総監! やっと会えましたわん!」
そこには息を切らしながら甘い香りを漂わすルビー総括がいた。
「な、なんでお前がいるんだ! 長期任務に出したはずだぞ!」
余りにも仕事にならない為、上官としての権利を使用してホーブル総監はルビー総括を長期任務に行かせていた。
予定では一ヶ月程かかる任務のはずだったはず。なのに二週間足らずで帰ってきたルビー総括にホーブル総監は額から汗を流した。
「愛の力ですわん!」
ルビー総括は自身の能力を最大限に活かして早く任務を終わらせて帰ってきたのだった。
なんたる執着心。
しゅんりはニヤッと口の端を上げて、
すると部屋の中にあった観葉植物から植物が育ち始め、色とりどりのバラの花が生えて強い香りを放った。
「しゅんりじゃないん。私の匂いを消すつもりかしらん?」
自身から放つフェロモンの香りをかき消すように放たれたバラの香りにルビー総括はしゅんりをギロッと睨みつけた。
「かき消すなんてそんな。これは自己防衛」
しゅんりはそう言ってからルビー総括に魅惑化を解くようにお願いした。
「ふうん。まあ、貴女がいたら出来るもんもできないからいいわん」
一体何を仕出かすつもりだったんだと、顔を青ざめるホーブル総監に気分を良くしたしゅんりは鼻でそれを笑ってからトゲトゲにバラを直すよう
それからしゅんりはルビー総括の前に移動してその場に膝を折って座り、頭を下げた。
それは日本で教わった、アサランド国ではしゅんりの芸の一つとなった土下座だった。
「お願いです。私に魅惑化を教えてください」
「ちょ、しゅんり。土下座とかやめてよん!」
しゅんりの行動にあたふたしながらルビー総括はホーブル総監に助けを求めるように目線を送った。
「お願いです。強くなりたいんです」
真剣な眼差しでこちらを見てくるしゅんりにルビー総括は黙って腕を引いて立たせた。
「いいわ。教えてあげてもいいけど、もともと魅惑化を使えない異能者の修行は他と違って過酷よん? 覚悟はあるかしらん?」
「はい。あります」
しゅんりは目の奥で炎を燃やしながらルビー総括を真っ直ぐに見た。
七つの異能を全て使いこなすようになること。
アドルフに言われた言葉の意味をしゅんりはずっと考えていた。
アドルフはしゅんりのことを捕まえることなどいつでも簡単にできる。それは今、この瞬間であってもだ。
しかし、なぜそれをしないのか。
それは簡単なことだ。しゅんりが弱く、まだ利用価値がないからだ。
エアオールベルングズのボスになる資格がまだない。それを得る最低限のラインがもしかしたら七つの異能を全て使える条件だったら?
魅惑化を使えるようになったその時、アドルフは再びしゅんりの前に現れるだろう。
しゅんりはトゲトゲにこの二週間、ずっとルビー総括を探させていた。
長期任務にそろそろ帰ると聞かされていたため、明日にでもお願いしようと考えていたがタイミング良くブリッドと揉めた。そしてルビー総括はホーブル総監の元にすぐ来るだろうと予想して来てみたらその通りになった。
アドルフ、待ってろよ。
しゅんりは今は見えない敵、アドルフに向かって闘志を燃やして窓の外を睨みつけるのだった。
翌日ルビー総括は昨夜、家に泊めてあげたしゅんりを連れて警察署に出勤し、地下にある訓練所に向かった。
タレンティポリスの総括室は上階に移動したがもともとあった総括室は補佐に与えられ、他の部屋は以前同様に機能していた。
ルビー総括は訓練所に向かう途中に補佐室にいた気まずそうな顔をしたブリッドと廊下でたまたまあったワールを連れて訓練室に到着した。
「ルビー総括、僕は明日撮影があるんですが何をされるんです?」
ワールはもともとある整った容姿に魅惑化の能力を駆使して異能者の代表としてテレビに出演していた。
異能者のイメージがガラリと変わり、良い方向に向かったのはワールの活動の要素も大きかったのだった。そんなワールは任務よりテレビの仕事を優先しており、それなりに忙しい日々を過ごしていた。
「まあ、僕の愛しのしゅんりのためとあらば時間を割きますがね」
クルッと回転しながらしゅんりの前に跪き、ワールはしゅんりの手をとって甲にキスをした。
「君は昔と変わらず美しいね。どうだい、こんな乱暴な男ではなく僕のフィアンセにならないかい?」
隣にいるブリッドに見せつけてそう言うワールにしゅんりは顔を歪め、手の甲をブリッドの服で拭った。
「うわ、やめろよ、バカ!」
「きんもいからやめてよね、ワールさん。あと、いつ私はこの男と付き合ったことになってんの」
二人のその反応にワールは少しイラッとし、「はあ⁉︎ なんてこと言うんだよ!」と、付き合ってないと宣言されたブリッドが悲壮的な顔で騒ぎ始めたところでルビー総括は手を三回叩いて、「ほら、私語はやめてちょうだいん」と、自身に注目させた。
「ワール、しゅんりが魅惑化の修行するから私の手伝いをお願いん。明日の撮影終わったら当分空きがあるでしょ。予定ある日は適当に誰か見繕って頂戴」
「え、そうなのか⁉︎」
「おお、そんなのかい。君は美しく、男性を何かと惹きつける魅力が満載だからね。すぐに取得できるさ」
しゅんりが魅惑化の修行をすることにブリッドは驚き、ワールはしゅんりならすぐ取得できるだろうと頷いた。
「じゃあしゅんり、早速するわよん」
ルビー総括はそう言ってしゅんりの背後に回って、胸の下にあるとある場所をゴリゴリと押した。
「いた、いたたたたっ⁉︎」
余りの痛さに暴れようとするしゅんりをルビー総括は尻尾だけ猫に獣化させてしゅんりの動きを封じた。
「こら、暴れないの。ここはね、魅惑化する時に使うフェロモンを出す門みたいなものよん。ツボ押しみたいで痛いってことはしゅんりのフェロモンが奥底に眠ってる証拠よ。これを自由自在な出せるようになるまで毎日揉むからねん」
「ええ、毎日⁉︎」
毎日この痛みに耐えなければならないのかと思った時、体の中から沸々と湧き出る感覚にしゅんりは違和感を感じた。
意識がふわふわとしてルビー総括が触れてくる場所がゾゾゾっと身震いし、息が荒くなって声が我慢できなくなってきた。そしてこの熱く、疼く体にしゅんりはブリッドとしたキスの時みたいな感覚と一緒だなと思い、それよりも刺激が強くて困惑した。
「ル、ルビー総括! い、ああっ! もう私、無理っ……!」
明らかに発情してきているしゅんりにブリッドは顔を赤くして顔を逸らした。
「なんなんだよ、これ」
平然としゅんりとルビー総括の様子を見るワールにブリッドは困惑しながら質問した。
「ん? 補佐さんは知らないのかい? 魅惑化は皆、最初は自分のフェロモンによって欲情して初めて自身の能力に気付くのさ。それから段々と慣れていって、自分のフェロモンに耐性が付く。それから自由自在にフェロモンを出し入れして相手を魅惑するのさ。しゅんりは今、無理矢理にフェロモンの門を開けて自分のフェロモンに慣れる所から修行が始まったところさ」
魅惑化の修行方法は分かったが、果たして俺は何の為に呼ばれたのかと疑問を感じた。しゅんりにとっても拷問だが、ブリッドにもしゅんりの欲情しているところをただ見せられるのは同じく拷問を受けてるようなものだった。
「ふう、今日はこんなものかしらん」
ルビー総括は額に浮かんだ汗を手の甲で軽く拭いて、しゅんりの拘束を解いた。
しゅんりは自分の体を抱えるように座り込み、体を震わせながら欲情しきった自身をなんとか保とうと必死になった。
もう誰に見られてもいいから自分の体を触ってこの欲を発散したい。いや、それじゃ絶対に足りない。
誰か、誰でもいいから触って欲しい……!
そう懇願してルビー総括をしゅんりは蕩けきって涎を垂らした顔で見た。
「ふふふ、しゅんりったらかーわーいーいー。私がしてあげてもいいんだけど、ブリッド補佐にしてもらった方がいいでしょん?」
そういうことか!
そう思ってブリッドは驚いて目を見開いた。
「ふえ? ブリッドリーダー?」
「そうよ。地下三階の右から三つ目の仮眠室はね、この修行用のために防音になってるから思う存分にしてきなさいん。明日のお昼頃にまた修行するから、ちゃんとリセットしてきなさいん」
ルビー総括の言葉にしゅんりは我慢が出来なくなり、ブリッドに向かって両手を差し伸ばした。
「お願い……、ブリッドリーダー。私としてっ……」
恥ずかしいから言いたくないと脳内で思いつつも、我慢出来ずにしゅんりは懇願した。
ブリッドはそんな様子のしゅんりに本当にこのまましてもいいのかと悩んだ。正直、その仮眠室にすぐにでもしゅんりと共には入ってことに運びたい。
ずっと想い、やっと繋がりあえた一番大切で愛らしいしゅんりが求めてるのだ。いいじゃないか、もう否定される心配もないし、噛まれる事もない。
ブリッドは一人で自問自答した結果、答えを出してしゅんりの前に跪いて差し出された両手を自身の両手で包んだ。
「しゅんり、俺はお前とはしない」
「はあ?」
「え?」
ブリッドの言葉にその場にいたルビー総括とワールは驚きの余りに声が出た。
「お前が魅惑化の修行を終えるまでしない。そんな能力に溺れたお前を抱きたくない」
それは大切なしゅんりとの初めてをこんな形で行いたくないと考えた末の答えだった。
なんとも紳士的でしゅんりを本当に愛しているということは分かったが、今のしゅんりにはそれはまさに死刑宣告を受けた程の衝撃だった。
「ふえ、うう、うえーん! 無理だよ、もう無理無理矢理! エッチしてー!」
子供のように泣き出してしゅんりはブリッドに懇願するが、「大丈夫だ、無理じゃない! お前は強い子だ、性欲なんかに負けるな!」と、ブリッドは励まし始めた。
「バッカじゃないの! したいもんはしたいの! ああ、ダメ、もうダメ!」
限界が突破しそうになってしゅんりがベルトに手を伸ばしたその時、ブリッドは無理矢理しゅんりの腕を引いて立ち上がらせ、訓練所内を走らせた。
「ダメじゃない。ほら走って汗かいて落ち着かせるんだ!」
「本当にあり得ねえよ、このインポ野郎! 落ち着く訳ないだろ!」
力の入らないしゅんりは上手く抵抗出来ず、ブリッドの言うままに訓練所を走らされながら暴言を吐き続けることしかできなかったのだった。
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