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レジイナはひょこっとマンホールから少しだけ顔を出して周りを見渡した。
「砂漠地帯みたい。敵一人も見当たらないよ」
「隠れる場所がないのは辛いが、ここが目的地に一番近い。出るぞ、急げ!」
ジャドの合図で四人はマンホールから一斉に出てザルベーグ国境付近に向かって走り出した。
「あれ、キルミン総括の車じゃない⁉︎」
濃い緑のSUV車を指差したレジイナにカルビィンは「ああ、キルミンのだ! 走れ走れっ!」と、返事して更に足を早めた。
四人が一斉に自身に向かって走ってくるのに気付いたキルミン総括にレジイナが手を振ったその時、レジイナは何かがこちらに向かってくるのを感じた。
「止まって!」
レジイナの言葉で三人は遥か彼方から見える隣町から放物線を描いてやって来るあるモノに目を映した。
それはとても速く、かつ大きかった。砲弾か何かかと警戒してレジイナとウィルグルの二人は協力して育緑化の力で植物のバリケードを作ったが、ドオーンと大きな着地音が聞こえてから一向に爆発音などのアクションが起こらなかった。
「な、何も起こらない……?」
緊迫した状況の中、レジイナがそう呟いたその時、目の前に広がっていた植物のバリケードが粉々に壊された。
そこにはレジイナ達が探して人物、地面割り男がいた。
おいおい、あの距離から飛んで来たってか⁉︎
小さく見えるビルが立ち並ぶ隣街に目を移しながらジャドは目の前に現れた堅いの良い、お世辞にも綺麗とは言い難い汚らしい格好をした男を凝視した。
レジイナは目の前に立つ男が倍力化を自分が知る誰よりも使いこなす人物だと理解し、両手をクロスして硬化して地面割り男から繰り出されるであろう攻撃に備えた。
しかし、地面割り男はレジイナ達の考えとは反して片膝をついて頭を下げ、お辞儀をし始めた。
「レジイナお嬢様、お久しぶりでございます。アドルフ・ディアスが只今お迎えにあがりました」
その見格好に似つかわしくない丁寧な動作と口調に一同が困惑する中、レジイナは目の前で頭を下げる男、アドルフを蹴り飛ばした。
「ざっけんなっ! 何がお嬢様だ!」
顔を真っ赤にしてそう怒るレジイナにアドルフはすぐに体制を整えてその場で再び頭を下げた。
「俺は何か気に触るようなことを。申し訳ございません。なにか……」
そう言葉を続けようとしたアドルフにレジイナは足に力を入れてジャンプして近付き、次はその頬を殴った。
「癪に触る!? 言いたいことは沢山あるけど、まずは死ねっ!」
レジイナは倍力化を全力で使用し、アドルフに攻撃を仕掛け続けた。しかし、アドルフはあえてそれを防ぐ事なく、大人しくレジイナの攻撃を受けていた。
「大変申し訳ないですが俺はまだやることがある為、死ぬ事はできません」
「ざっけんな! てめえのせいでブラッドが死んだんだっ!」
そう叫びながらレジイナがアドルフに再び拳を向けたその時、今まで手を出さなかったアドルフはレジイナの拳を右手で受け止めた。
「レジイナお嬢様、おいたがすぎます。それに……」
アドルフはレジイナの首元に手を持っていき、そのまま地面に叩きつけた。
「ガハッ……!」
「俺のせいで死んだ? いやはや、お門違いにもすぎる。貴女様が殺したんでしょ?」
ニヤッといやらしく笑うアドルフにレジイナは額に血管を浮かした。
「ちくしょうがああああっ!」
レジイナはアンティーク調の銃を取り出して風を噴射して目の前にいる仇に向かって攻撃をした。しかし、アドルフもすぐさま銃を取り出してレジイナと同じように風を銃口から噴射した。
通常、倍力化を最大限に使いこなせる者は他の異能を得ることはない。倍力化を群を抜いて誰よりも使いなこせているだろうアドルフがまさか武強化も使えるとは予想していなかった一同はその光景に目を見張った。
「レジイナッ!」
そのままアドルフの攻撃を受けそうになったレジイナをウィルグルは小人に指示を出して地面からツルを出し、その場から救出した。
「ぶっ殺してやるっ……!」
フーッフーッと唸りながら狼の牙と耳を生やすレジイナを横目に見ながらカルビィンがキルミン総括がいた場所に目を向けると、そこには既にキルミン総括の車はなかった。
「ちくしょう……! 逃げやがったのか!」
余りにも薄情な自身の育ての親に怒りを露わにしたその時、チュウチュウと鳴き声をあげながら一匹のネズミがカルビィンの肩に乗ってきた。
ネズミはキルミン総括からの伝言を伝えに来ており、変更した集合場所と一人だけで逃げて来いという内容を伝えてきた。
「いいか、俺は一人で逃げねえ。四人揃ってそこに行くから待ってろって言ってこい」
カルビィンはネズミにそう伝言してからアドルフから守るようにレジイナの前に移動した。それに続くようにウィルグル、そしてジャドもカルビィン同様にレジイナ守るように並んで立った。
「アドなんとかさんよ。うちの娘をお宅らにはやれねえな」
「次、レジイナに手を出してみろ。ぶち殺してやる」
「覚悟はできてるだろうな?」
桁違いの強さを持つアドルフに怖気付くことなく、自身を守ろうと目の前に立つ三人にレジイナは「さ、三人とも……」と、呟いてそのまま泣きそうになる気持ちを堪えて唇を噛んだ。
「ヒュー! なんともお綺麗な友情劇。素晴らしいなあ、感動して涙ちょちょぎれちゃうぜえ」
レジイナに対する口調とは違ってバカにしたような口調をするアドルフに三人が額に血管を浮かして怒りを露わにした。それを見たアドルフは両手を上げて「やれやれ」と、溜め息を吐いた。
「いいか、お前らがその背に守ってるレジイナお嬢様の正体を冥土の土産に教えてやるよ」
遠回しに今から殺してやるよと宣言した後、アドルフは長髪を掻き上げ、頸を四人に見せた。
「このエアオーベルンクズの創設者、セルッティ旦那様の愛娘はそちらにいるレジイナお嬢様だ。俺はあの人らからの意思を受け継ぎ、そこのお嬢様を迎えに来ただけだ」
アドルフの告白に一同、息を呑む。
わ、私がエアオーベルンクズの創設者の娘……?
微かに残る記憶の中にいる両親は優しく、そんな悪の組織を立ち上げるような人達には見えなかった。
「ま、間違いだっ!」
「いいえ。事実でございますよ、レジイナお嬢様」
そう断言した後、アドルフはパチンと指を鳴らした後、レジイナ達の周りを一瞬でテレポートでもしたかのような速さで大人数の敵が囲んでいた。
「まあ、やっぱり今の暗殺部からレジイナお嬢様を連れ出すのは骨が折れるとは分かってたからよお、準備してて良かったわ」
一瞬にして数えきれない程の人数に囲まれ、四人は固まってしまった。
この一瞬でどうやって来たんだ、こいつらは!
「種明かしが気になる感じ? なに、てめえは自分達の技術の方が上だって思ってるわけ?」
アサランド国も舐められたもんだなと、レジイナの背後に立つ男がそう言った途端、一斉に笑い始める自身達を取り囲む敵に四人は恐怖した。
これは本当に死ぬかもしれない……。
ゴクッと唾を呑んだウィルグルはそう覚悟をしてから砂漠地帯に生えている数少ない植物に漂う小人に語りかけた。
ウィルグルはその小人達に指示や命令をすることなく、尊敬の意を敬して語りかけた。
ウィルグルが目を閉じて両手を胸の前に組んだその時、嫌な予感がしたアドルフは両足に力を入れて飛んで四人から距離を開けた。
その瞬間、砂漠地帯に青々しく綺麗な草原が現れ、ニョキニョキと三メートル程の大きさのひまわりが生えて中心部分に口がパカッと開いた。
「イタダキマース!」
ウィルグルの小人は四人の頭上でふわふわと浮遊しながらそう声を上げ、上げていた両手をサッと下ろした。それが合図のように生えていたひまわりは近くにいた敵をムシャムシャと食べ始めた。
「スゲエな。オレ様一人でもこんな数の植物をウゴカセねえぜ」
「俺だって小人との二人だけじゃ無理だ。こいつらが協力してくれてんだよ」
あちこちに見える光の粒子を指したウィルグルにトゲトゲが成る程なと納得した時、ウィルグルは三人に向き合った。
「俺がここを抑える。落ち着くまでレジイナをどこかに隠すか、逃がしてくれねえか?」
「そんなのダメだよ!」
教会の時とは比較にならない程の大人数をたった一人で相手するというウィルグルにレジイナは反対した。
「いや、そうしよう。あの男は俺が相手する」
レジイナの言葉を無視してカルビィンはアドルフに向かって走り出した。
「ダメ! 行かないでカルビィン!」
カルビィンを止めようと手を差し伸ばしたレジイナの手をジャドが掴み、それを阻止した。
「レジイナ、こっちにこい!」
「やだやだやだ! 二人を見捨てて逃げるなんてことできない! それに私は殺すなって言われてる。私が暴れても問題ないはずだから!」
そう抵抗するレジイナとジャドの間に地面から腕が出てきた。
「地面から!?」
今まで地面の下に埋まっていたのかと驚く二人をニヤッと笑いかけながら筋肉質で堅いの良い女がニュルニュルと地面から生えるように出てきた。
「間違ってないけど、生捕りにしろってことは殺さない程度に傷付けていいってことでしょう?」
膨よかな唇を弧を描くように上げる女の額にジャドは容赦なく銃口を突きつけて引き金を引いた。
「んもう、早漏さん。ちょっとはお話しましょうよ。それにそんな攻撃で私が死ぬとも?」
ジャドが放った銃弾を受けても頭が貫かれることなく平然とする女にジャドはニコッと笑いかけた。
「いんや? てか、俺は早漏じゃねえっ!」
「怒るとこそこ⁉︎」
そうレジイナが突っ込んですぐ、女がガタガタと震え始めた。
「え?」
レジイナが驚きの声を上げてすぐ、女の額からペキペキと音を立てながら全身が凍り付いていった。
「永年に冷凍されとけ」
見たことないジャドの攻撃にレジイナは驚く暇もなく、二人の元に次々と敵が襲いかかってきた。
「ちくしょう、キリがない! レジイナ、逃げてくれ!」
「嫌だっ! 皆で帰るの!」
薄暗いビルにある地下の部屋。
五人で笑い合った日々はレジイナにとっては短い間だったが、とても大切な日々だった。
そんな日々をこれ以上潰されまいと、レジイナが必死に敵を殺し続けている時、「ぐわああっ!」と、ジャドの叫び声が聞こえた。
声のした方を振り返るとジャドは地面に横たわっていた。
「ジャドー!」
レジイナはジャドに襲いかかる敵をアンティーク調の銃から風を出して吹き飛ばし、急いでジャドの所へ向かった。
「ハッ……!? あ、足がっ!」
急いで向かうと、そこには右膝から下を切断されたジャドの姿があった。
「あああっ……、ダメダメ、足、足どこお!?」
レジイナは困惑しながらも急いでジャドの切断された膝から下の傷口を止血しつつ、周りを見渡してジャドの足を探した。
「レジイナ、後ろっ!」
「え……?」
ジャドがレジイナの背後に目をやって危険を知らせたその瞬間、レジイナの腹から腕が一本生えていた。
「か、カハッ……」
レジイナは吐血しながら自身を見下ろすと、敵の一人に背後から腹を腕で貫かれていた。
「何が創設者の娘だ! 仲間をこんなにも殺しやがって、死ねやっ!」
ザッと勢いよく腕が引かれ、レジイナはジャドから離されるように草原の上に仰向けで倒された。
ああ、私は殺されないだろうと油断してしまっていた……。
遠くで誰かが私の名前を呼ぶ声がする。
意識が遠のっていく感覚の中、顔の横でグズッグズッと声を上げながら泣く誰かにレジイナは気付いた。
そこには黒い涙を流しながら「ご主人様! ご主人様、シヌナッ!」と、泣きじゃくるトゲトゲがいた。
真っ白な空間の中。
まるでレジイナとトゲトゲしかこの世界には居ないのではないだろうかと錯覚するほど綺麗で周りの喧騒が聞こえない静かな空間だった。
あの世とこの世の境目的な? てかあんた、涙も黒いのね。
そう言いかけたが、もう自身が話せる力はそう長くないだろうと悟ったレジイナはトゲトゲに最後の
「……トゲトゲ、お、
「……ナンダ?」
流れていた黒い涙を腕で拭い、レジイナを真正面から見てトゲトゲはいつもみたいふざけずに真剣にレジイナの
「私を、食べて……」
そんな主人の願いにトゲトゲは顔を更に歪めて大粒の涙を流した。
それしかネエのか?
それしかネエのかよっ!
ふわっとした優しい顔でレジイナは今ある残った力を振り絞ってトゲトゲの頬を親指で撫でた。
アア、ご主人様っ!
「たくよお、弱っちいなあ。あんた」
「へ……?」
聞き慣れた女の低い声がトゲトゲから発され、レジイナは驚いて声が漏れた。
「最初で最後の大サービスだ。まあ、受け取れや」
トゲトゲからそう女の声で告げられ、ぶわあっとレジイナは暖かい光に包まれた——。
「え、どういうこと……」
レジイナは敵に貫かれただろう腹に手をやると、服は破れて血で汚れていたが綺麗に穴は塞がっており、ウィルグルが小人達と協力して辺り一面に生やした草原の上にも多量に出血した後が自身が死にかけたのは夢ではなく事実だと告げているようだった。
「トゲトゲ……?」
「ウワアアアン! ご主人様! ご主人様!」
どういう事か理解出来ずにいるレジイナを他所に、トゲトゲは涙を流しながらレジイナの胸に飛び込んでその豊満な胸に顔を擦り付けて泣いた。
「ああ、ごめん。心配かけた」
そして周りを見渡すと足を切断されて意識なく地面に横たわるジャドとそれを守るように立つウィルグル、そしてカルビィンが走って来た足を止めて目の前に立ち止まり、目から涙を流してレジイナを見つめていた。
レジイナが敵に腹に風穴を開けられたその時、ジャドは切断された足の痛みに耐えて銃を手にしてその敵を銃で撃ち抜いて殺し、そのまま意識を失った。
そしてカルビィンは「レジイナ、レジイナァアアアッ!」と、名前を呼びながらアドルフを突き飛ばしてから急いでレジイナの元に走り寄った。
そんな声に気付いたウィルグルが三人の元に向かおうとしたその時、レジイナの周りが眩い光に包まれた。
そんな光景に三人だけでなく、敵も驚いて動きが止まっていた。
「わ、私、生きてる……?」
「ああ、生きてる!」
カルビィンのその近強い言葉にレジイナはフラッとする体に気付いて膝に手をやって自身の体を支えた。
「おい、レジイナ!」
「大丈夫、貧血みたい……」
レジイナは先程まで自身が横たわっていた箇所にある多量の血を目に移しながら返事した。
そんな四人に容赦なく敵が再び襲いかかってきた。
「ちくしょう! 空気読めよな!」
ウィルグルは育緑化の力を最大限に使って敵を薙ぎ払った。
俺も戦闘に戻らなくてはと、思ったカルビィンの元に一匹のネズミ、キルミン総括が先程伝言を任したネズミが戻ってきた。
チューチューと伝えてきた内容にカルビィンは目を見張ってから少し考え、レジイナに向き合った。
「レジイナ!」
距離にして三メートル。
二人の間にはそれぐらい距離があった。
レジイナはカルビィンの目を真っ直ぐに見つめ、真剣な目で見てくるその様子にハッと息を呑んだ。
「俺と一緒に……」
カルビィンがそう言葉を紡ごうとしたその時、二人の間を引き裂くように強い風の攻撃が襲いかかってきた。
「ちくしょう! 敵が多すぎて間に合わない!」
そう叫ぶウィルグルにカルビィンは顔を歪めながらレジイナの腕を引き、近くにあったマンホールの蓋を開けて無言のままレジイナを下水道に落とした。
「カルビィン!?」
多量出血によって力の入らないレジイナはそのまま重力に従って下水道に落ちていくことしかできなかった。
体に来る落下の痛みに覚悟したその時、レジイナは嗅ぎ慣れたタバコと香水の匂いに包まれていた。
「お前、いきなり落ちてくる奴がいるか!」
「ブリッド、リーダー?」
レジイナはブリッドに見事に受け止められていた。何で下水道に彼がいるのかと驚きながら頭上にいるカルビィンに目をやった。
「おい、補佐殿。負傷者の保護も頼むわ」
そしてカルビィンは次に意識の失ったままのジャドを下水道の中へと放り投げた。そんなジャドをブリッドは器用に右肩にレジイナを担ぎ直し、左腕でジャドを受け止めた。
「ほいほいと投げんな、このドブネズミ!」
「それぐらい出来ると信用してやったんだ。レジイナを頼んだぞ」
カルビィンはマンホールの蓋を閉め、ネズミに伝言を頼んでマンホールの隙間から入らせた。
「おい、トゲトゲ。もし、ここにいたらお願いしてもいいか?」
「オウ、イイぜ」
トゲトゲは自身の姿も声も届かないカルビィンに返事した。
「レジイナを守ってくれ」
見えない相手に頭を下げるカルビィンにトゲトゲはポロッと涙を流してから、「ああ、マカセロ」と、約束してから下水道にいるレジイナを追いかけたのだった——。
数時間前。
ブリッドは今後アサランド国にいる暗殺部が緊急事態に陥った時、すぐ応援を寄越せれるようにアルンド市の軍までに出向き、軍事練習の指揮をするためホーブル総監と共に出向いていた。
普段の仕事に加え、あれから何かとホーブル総監にこき使われるようになったブリッドが疲労で困憊しながら軍基地の食堂で昼食を食べていたその時、備え付けられていたテレビの画面が切り替わり、暗殺部から報告を受けていた地面割り男と同じ特徴をした男が映った。
「レジイナ……? ああ、しゅんりだっ!」
しゅんりの名としゅんりがワインボトルに頬擦りする写真が出た事に驚き、声を上げたブリッドを一緒に昼食をとっていたホーブル総監が舌打ちをした。
「行け」
「え……」
行け、とは?
そう困惑するブリッドにホーブル総監は再び舌打ちしてからテレビに向かって顎を向けた。
「しゅんりを保護しろ。いや、捕獲して来いが正しいかもしれんな」
ホーブル総監はそう言ってから考える仕草を取った。
「しゅんりが敵に寝返ったって言いたんですか!」
「その真意が分からんから捕まえろと言っている。奴は報告にあった地面割り男だ。倍力化のお前が適任だろう」
相変わらず嫌味を言う野郎だと睨みながらブリッドは立ち上がった。
「……気を付けろよ」
そうボソッと呟いたホーブル総監にブリッドは振り返ってから「了解」と、返事してから足に力を入れ、風のような速さで軍基地から走り去って行った。
確か報告ではこの下水道を通れば近道だったはず。
ジャド総括から四大国に報告があった迷路のような下水道の道を脳内で思い出しながらブリッドはアサランド国、暗殺部の現アジトにある場所に向かって全速力で走っていた。
時折耳を澄ましながら近くで戦闘が行われてないか確認していたその時、「チューチュー! チュウ……、チュウ……」と、ネズミの鳴く声が微かに聞こえてきた。
それはまるで困ったように鳴いているように聞こえた。
まさか、あのセクハラ野郎のネズミか?
ブリッドは下水道で鳴き続けるネズミがカルビィンが獣化で操っているネズミかと思い、その声の元に近付いていった。
「なんだこいつ……」
そこには同じ場所でくるくる周り続けながら困ったように鳴き続けるネズミがいた。
このネズミはカルビィンの言う通りにキルミン総括に「四人でご主人様のとこに行くって坊ちゃんが言ってましたよ!」と、伝えたところ、カンカンに怒ったキルミン総括に「引きずってでも連れて来い!」と、車の窓から投げ捨てられ、途方に暮れてるところだった。
こんな小さな体であんなでかい坊ちゃんを連れてけるわけないのに、どうしようどうしようどうしよう!
そうわたわたとしてたところにブリッドがネズミと遭遇したのだ。
ネズミは自身を見てくる男を見て、こてんと首を傾げた。
「お前、いやカルビィン・ロスのネズミか?」
「チュー!」
正しくはキルミン総括のネズミだったのだが、ネズミはカルビィンの名前を言ってきたブリッドを信用して走り出した。
こっち、こっちだよ!
ネズミはチューチューと鳴き声を上げながらカルビィンの元へとブリッドを案内し始めた。
もしかしたらご主人様の使いの者かな? それなら助かったよ!
意思疎通ができないとも知らずネズミは「チュ、チューチューチュチュッ」と、ブリッドに話しかけながら小さな手足を必死に動かし、戦闘が行われている場所へと繋がるマンホールに向かって走り続けたのだった——。
「お願い、ブリッドリーダー! 離して、離してってば!」
ふわふわとする意識の中、レジイナは手足をバタバタと力弱く動かしながら抵抗した。そんな弱々しい抵抗であっても長距離を全速力で走り続け、意識のないジャドとレジイナの二人を抱えて走るブリッドには疲労も出ており、目の前で案内するように走るネズミを見失わないように必死だった。
「暴れるな! それよりもお前、顔色悪すぎだ! 戦闘はもう無理だろ!?」
「お願い、本当にお願いします……! カルビィンとウィルグルが、二人が死んじゃう!」
ブリッドの肩に担がれながらどんどんと小さくなっていくマンホールの蓋に伸ばすレジイナの手の上にちょこんとトゲトゲが乗った。
「トゲトゲ!
「それはデキナイ」
トゲトゲの否定の言葉にレジイナは絶望した。
「
育緑化として小人のパートナーであるトゲトゲにレジイナは
そんなレジイナに動きそうになる腕を必死にトゲトゲは抑えながら顔を歪めて「デキナイ」と、繰り返し返事した。
「いやあああっ!
「ワリイ、ギンパツと約束したんだ」
金切り声で叫ぶレジイナにそう謝罪したトゲトゲはツルを出してレジイナが暴れないように拘束した。
「なんだこれは!」
いきなり出てきた植物のツルに驚くブリッドを無視し、トゲトゲは次にレジイナの頸目掛けて全力で殴った。
「カッ……!」
ガクッと意識を無理矢理に失わされたレジイナにブリッドは驚きつつも、今はそんなことに構ってられないと判断して走り続けた。 ブリッドはネズミの後を追ってマンホールから出ると、そこには深緑のSUV車に乗るキルミン総括がいた。
マンホールから出てきた三人に驚いて目を見張った後、キルミン総括は溜め息を吐きながら車のロックを外し、後部座席を親指で差した。
「助かる!」
ブリッドは忙しいで二人を後部座席に乗せ、助手席に乗り込んだ。
「チュウ、チュチュチュウ……」
その間、ネズミが先程あった出来事を伝え終えるとキルミン総括は怒った顔をしながら車を発進させ、ザルベーグ国の病院へと急いだのだった。
——レジイナが次に目が覚めて見えたのは白い天井だった。
「ぐはっ……!」
驚いてレジイナは勢いよく起き上がったが、頭がフワッとし、力が抜けるようにそのまま倒れるように再び横になった。
「おい、いきなり起きるな! 重度の貧血なんだぞ!」
ぐるぐると回る視界の中、息を荒くしたレジイナは声をした方に目を向けた。
「……な、んでいるの。ブリッドリーダー」
「覚えてないのか?」
ベットの横にある丸椅子に座るブリッドの問いにレジイナは頷き、ブリッドに説明を求めた。
「お前ら四人は地面割り男から襲撃にあって、お前が拉致されそうになったところを暗殺部のカルビィン・ロスとウィルグル・ロンハンが残って逃してくれたんだ。お前含めて重傷者は二人だけで済んで死者は出ていない」
レジイナはまともに動かない頭でブリッドの言葉を繰り返していた。
「重症、二人……」
「覚えていないのか……?」
もしかして脳にまでダメージがあったのかと心配したブリッドは立ち上がってレジイナの顔を覗き込んだ。
「重症、二人……」
レジイナは曖昧になった記憶を呼び戻そうと再びその言葉を繰り返し、ハッと思い出した。
「ジャド!」
レジイナは自身に付いていた医療器具と点滴を抜いて、ベッドから這い出た。
「ぐっ……」
足に力が上手く入らず床に倒れたレジイナはブリッドの静止を聞かずになんとか立ち上がり、点滴を抜いた箇所から血を垂らしながら部屋を出た。
「ジャドー! ジャド、どこにいるの⁉︎」
廊下で叫ぶレジイナに看護師とブリッドが注意しつつもレジイナは止めずにもう一度「ジャドーッ!」と、どこにいるか分からないジャドに再び声をかけた。
「ここだ。ここにいるぞ、レジイナ」
すると、二つ隣の部屋からジャドの声が聞こえてレジイナはブリッドの腕を振り解いてその部屋に入った。
「おい。あんま病院で騒ぐな、バカ」
呆れた顔で優しく微笑むジャドにレジイナはふらふらとよろめきながらブリッドに支えられながらジャドに近付いた。
「ジャド、重症って……」
「まあな」
レジイナはあの時の事を思い出し、ジャドの顔から下半身に目をやった。
「ああ、ああっ……!」
真っ白な布団には右足があるであろう場所は膨らみがなく沈んでいた。ジャドは右足が無くなっていたのだ。
レジイナは崩れるようにベッドに顔を伏せ、そのまま声を上げて泣き始めた。
「泣くなよ。これは俺の失態だ」
ジャドの怪我をまるで自分のせいだと嘆くレジイナの頭をジャドは優しく撫でた。
「私、私、ジャドに助けられてばかりで、うう、何も恩返し、できてないっ……!」
涙と鼻水を流しながら見上げるレジイナにジャドは微笑んだ。
「してくれたさ。十分してくれた。俺はお前さんからいっぱいもらったよ」
ジャドは愛しさで溢れた目をしながら泣きじゃくるレジイナの涙を親指で拭った。
「本当の娘のように愛させてくれた。この一年少し、本当に楽しい時間を過ごさせてもらったよ」
レジイナはポロポロと涙を流しながらジャドを見た。
ああ、こんなに私を大事にしてくれた人を何で守れなかったのだろう。そして、そんな私に何でこの人はこんなにも愛に溢れているのだろうか。
「俺達二人は潮時だな。もうあそこには帰れない」
五人が本当の家族のように過ごしたあの日々にもう帰れないと、そう残酷な現実を告げたジャドにレジイナは顔を歪めて悲痛に泣き叫んだ。
トゲトゲはそんなレジイナの後ろに浮遊しながら痛む胸をグッと握りしめ、その後ろ姿を見ることしか出来なかった。
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