十一章 ダレ

 鮮やかなオレンジ色に染まる墓地にレジイナはチューリップの花束を片手に持って立っていた。

 サーッと風が吹いて桃色の髪が揺れる。耳に髪をかけながらレジイナは目的の墓石の前にしゃがみ込んで既にある二つの花束の上にチューリップの花束を置いた。

 ひまわりと白いユリが既に添えられており、ウィルグルとあともう一人誰が来たのだろうかと疑問に思いながらレジイナはジャケットのポケットから水鉄砲を取り出し、そっと花束の横に置いた。

 目を瞑ってブラッドの冥福を祈っていたその時、レジイナの元にとある人物がやって来た。

「カルビィン、どうしたの」

「お前と一緒だよ」

 そう言ってカルビィンは白いカーネーションの花束を三つの花束の上にそっと置いた。

 自身を見下ろすカルビィンの悲しそうな顔を見て、レジイナは居た堪れなくなり、フイッと顔を逸らしながらゆっくりと立ち上がった。

「……何か言ってよ」

「……何を言って欲しいんだよ」

 レジイナはポロッと涙を一筋流しながら悲壮的な顔でカルビィンを見つめた。

「この"人殺し"って、なじって欲しい」

 切羽詰まってそう懇願するレジイナにカルビィンは顔を歪めながら顔を横に振った。

「お願い、カルビィン。私、もうたまらない」

 今にも消えてしまいそうな声でそう言ってきたレジイナをカルビィンは思わず腕を引いて強く抱きしめた。

「う、ううっ……! 辛い、辛いのっ……!」

「ああ」

 声を上げて泣くレジイナになんて声をかけたらいいのか、何が正解なのか分からずカルビィンは力一杯に抱きしめることしか出来なかった。

 声が枯れて涙が止まってきたレジイナはそっとカルビィンの胸元に手をやって体を少し離した。

「ごめん……。落ち着いた」

「そうか」

 ああ、なんて愛らしいんだろう。

 ああ、なんて優しいんだろう。

 少し距離を開けてお互い見つめ合う。

 再び距離が零に埋まりそうになったその時、二人の間にサーッと風が強く吹き、カルビィンとレジイナはそれに従って一歩ずつ後ろに下がった。

 それはまるで二人が近付き合うのを否定するかのような風だった。

「帰るか……」

「うん……」

 その言葉に頷き、レジイナはもう一度ブラッドとアイラの墓に目をやってからカルビィンの後に続いてアジトへと戻っていった。

 

 

 

 あれからブラッドをエアオールベルングズに騙し入れた敵は見つかっていなかった。

 そして四大国から暗殺部にその男を生捕りにしろと命を下された。

 そのため暗殺部は敢えてアジトの引っ越しを止め、敵がこちらを見つけやすく隠れることなくあの地下のアジトで堂々と過ごすことにした。

 ブラッドからの情報でウィンドリン国を落とすことを失敗したため、またもやなにか仕掛けてくるだろうという算段であり、間違っていなかったなとジャドは思っていた。

 自分達を狙ってくる輩があれから尽きない。

 そんな襲撃を迎える度に捕まえ、尋問をかける日々に四人は疲労しつつも、少しずつ地面割り男の情報は集まってきていた。

 そんな日々が続いていたとある真夜中。

 街灯の当たらない湿気た路地裏でレジイナは体を血で真っ赤に染めながらフーッフーッと荒く息を吐き、自身が殴り殺した敵を睨みつけていた。

「おい。派手にやり過ぎんな」

「ああん?」

 そう注意したジャドをギロッと睨みながらレジイナは突っかかってきた。

「私に命令すんの?」

「……落ち着け。そんなことしても何の解決になんねえ」

 ブラッドを殺してから敵に感情をぶつけるように殺すようになったレジイナにジャドはそう諭した。

「ハッ! ジャド、あんたは何で落ち着いてられるわけ? 私は落ち着いていれないっ!」

 そう声を上げてからレジイナは自分の体を抱きしめてるように腕を背中に回してそのままその場にしゃがみ込んだ。

「フーッ、フーッ……!」

 狼の牙が生えてきて唸り始めるレジイナに近寄ってジャドは背中を摩った。

 感情が不安定なせいでまた獣化が制御できてない。

 ジャドがゆっくりと背中を摩り続けてやっと落ち着いてきたレジイナにジャドは自身が着ていた黒のトレンチコートを被した。

「明日の夕方にお前さんの家に迎えにいく。それまで休め」

「……ごめんなさい」

 レジイナは顔を上げることなくそう謝罪し、血に塗れたスーツを隠すようにジャドのコートを着た。それからビルの上まで飛んで屋上に降り立ち、ビルとビルの間を飛び交いながら自室のアパートに帰った。

 レジイナは血に塗れたスーツとワイシャツをゴミ箱に投げ捨て、シャワーを浴びて裸のまま床に引いてあるシーツに包まった。

 どうか、夢の中でもいい。

 この苦しい状況から解放して欲しい。

 そう願いながらレジイナは朝日が昇ってきた早朝に現実から逃げるようにゆっくりと目を閉じて眠りについた。

 

 

 

 ——レジイナは昼頃に自身の部屋に近付く足音で目を覚ました。

 レジイナが住んでいるアパート付近はアサランド国内で一番治安が悪く、このアパートにはレジイナと若い女性の一人以外は住んでいない。そのため、ここに来るのは暗殺部の三人かその女性しかいないのだが、この足音は明らかに暗殺部の三人と女性とは違っていた。

 レジイナはジャドから借りたトレンチコートに裾を通し、愛用のアンティーク調の銃を手に取ってゆっくりとドアまで近付いた。ドアの前で足音が止んでノックされる。仲間内で決めた合図はノックは三回した後、二秒置いて二回ノックする決まりだ。

 トントン。

 二回ノックされてからそれ以降ドアが叩かれることは無かった。

 レジイナは勢いよくドアを開けて、訪問者に向けて銃を突き付けた。しかし、訪問者は左手でレジイナの右腕を掴んで銃口の位置を逸らした。すぐさまレジイナは左手で殴りにかかるが、動きを読まれてるかのように先回りして左腕も掴まれて拘束されてしまった。

 気持ち悪い奴だな。

 レジイナはそう思いながら顔を獣化させて訪問者に噛みつこうとしたその時、知った匂いを獣化した狼の鼻で嗅いだ。

 タバコとこの香水の匂いって……。

 驚いてレジイナは目の前にいる訪問者に目をやると、その訪問者は必死な形相でレジイナに訴えかけてきた。

「落ち着け! 俺だ、ブリッドだ!」

 レジイナは何故ここにブリッドがいるのか驚いて、拘束が外れた腕を下ろした。

「お前な、いきなり殴りにかかるやつがい、るか……」

 ブリッドはそう言いいかけた時、レジイナがほとんど裸の格好をしている事に驚いて言葉を止めた。

「何やってんだ、お前! 服ぐらいちゃんと着なさい!」

 レジイナが羽織っていたトレンチコートのボタンを閉じながらブリッドは顔を赤面させながら怒鳴った。

「はあ、出たよ……」

 レジイナはそう言って相変わらず母親のような態度で接してくるブリッドに呆れて溜め息を吐いた。

 その後、ブリッドはレジイナに招かれて部屋の中に入った。

 ブリッドは余りにも殺風景な部屋に加え、ベッドの上に銃が乱雑に置かれている様子を見て顔を顰めた。

「レディの部屋をジロジロ見るなんて失礼ですね」

 レジイナはその様子に更に機嫌を悪くしながら窓際に座ってタバコを吸い始めた。そして、ブリッドの服装の趣味が変わったなと思いながらその姿に目を移した。

 以前着ていた服装とは違い、黒のワイシャツにジャケットと白のパンツ、そして革靴とシックな服装に変わっていた。

 女の趣味か?

 服装が変わった理由を考えながらレジイナはブリッドに話しかけた。

「で、要件は?」

 レジイナはブリッドを睨みつけながらタバコの煙を吐いた。

「要件なんて分かりきってんだろ。しゅんり、ルール違反だ。ちゃんと三ヶ月に一回は帰って来い」

「ハッ! 何を今更」

 今まで何度も破ってきたルールをこのタイミングで言いに来たブリッドにレジイナは鼻で笑いながら返事した。

「別に休暇なんて要りません」

「あのな、この三ヶ月に一回帰るのは休息だけの意味じゃないことは分かりきってんだろ」

 ブリッドの言う通り、この休暇は身体と精神的な休息の他に、表立って言ってないが敵に寝返ってないかの確認も含まれているのだ。

 ブリッドはレジイナの持つタバコを取り上げて勝手に火を消した。

「ちょっと」

「ガキが吸うもんじゃねえ」

「そういうあんたもガキから吸ってそうですけどね」

 図星だったブリッドは咳払いしながらレジイナを見下ろした。

 トレンチコートのみ羽織り、胸元や脚元が大胆に露出しているレジイナの姿に思わずブリッドは目を逸らしてしまった。

 レジイナは距離の近くなったブリッドを見上げてから、自身が吸っているタバコの銘柄がブリッドのと同じだということを知られまいと急いでトレンチコートのポケットに直してから「なるほどね」と、言いながら立ち上がった。

「なんだよ」

「あれでしょ。私がエアオールベルングズに寝返ったかどうか疑ってるんでしょ?」

 ウィンドリン国が襲撃された際、レジイナの活躍で敵を殲滅できたと言っても過言でもない。

 しかしタイミング良く現れ、かつ一度しか休暇に帰ったきり母国に戻らなかった自身が信用されていないことは理解していた。

 実際、ブリッドがアサランド国にわざわざ足を踏れることができたのは先程レジイナが言っていた理由と一致していた。

 暗殺部が飼っていた情報屋が裏切ったとなれば、内定調査が必要なのは当然の流れだった。レジイナ以外の三人はあれからあった休暇にはきちんと戻り、各々の潔白を晴らしていたがレジイナはまたもや帰国しなかったのだ。

 そのためレジイナへの元へ誰かが向かわなければならないと話が出た時、一番に名乗り出たのがブリッドだったというわけだった。

「いいよ。確認しなよ」

 レジイナはブリッドが止めたボタンを全て外し、トレンチコートを脱いで裸になった。

「な、な、何してんだよ!」

 予想外の行動にブリッドは動揺して半歩後ろに下がったが、レジイナはそんなブリッドを無視して追い詰めるように堂々と近付いては壁際まで追いやった。

「何って、確認。タトゥーがないか見たら?」

 それは自身が裏切ってないかをさっさと確認させるための行動だった。

 しかし、自身の考えから反して目を逸らすブリッドに苛立ったレジイナはその胸倉を掴んで無理矢理こちらを向かせた。すると、みるみるとブリッドの下半身が膨張している事にレジイナは気付いて口の端を上げて潮笑った。

「あはっ! おっ勃っててやんの。いつもガキだとバカにしてた女に何反応してんだよ、ブリッドさんよ」

レジイナはブリッドの首元を腕で押さえつけ、膝でグリグリとブリッドの股間を刺激した。

「いっ……! 離せ、よ!」

 弱い所を容赦なく刺激されて痛みを我慢出来ず、ブリッドは拘束から逃れるためレジイナの体を突き飛ばした。

「お前があっちに寝返ってないってことは分かったからやめろっ!」

 息を荒げてそう言ってブリッドは首に手をやって軽く咳をした。

「あ、そう。なら帰って下さい」

「帰んのはお前だ。今のお前の精神状態は普通じゃねえ」

 レジイナはブリッドのその言葉に額に血管を浮かせた。

 はあ? 普通じゃない?

 そんなの当たり前だろうと、レジイナは思った。

 だって、私は。私は仲間を、ブラッドを……!

「もう、いい。あんたが帰らないなら私がここから出る」

 レジイナは先程脱ぎ捨てたトレンチコートを手に取って部屋から出ようとドアに向かった。

「待て、逃げるな!」

 ブリッドは逃げようとするレジイナの腕を右手で掴んでそれを阻止しようとした。

「もう鬱陶しいなあっ!」

 レジイナはそう怒鳴ってブリッドに振り向いて右肩に齧り付いた。

「いってえな!」

「いひゃいならはなしぇ」

 レジイナはブリッドの肩から口を離さず、少しずつ顎の力を入れていった。

「くそ、ぜってー離さないからな!」

 しかし、ブリッドはレジイナから離れることなく、逆にガシッと抱き寄せて逃げないように拘束した。

 ブリッドの抱負にレジイナは「ガルルル……」と、狼のように唸り始め、段々と体から灰色の狼毛、耳、尻尾がゆっくりと生えてきた。

 ブリッドはそんなレジイナの様子を見て、精神的に不安定な状況にいる事を知った。

 獣化を持つ異能者は精神的に不安定になり、気持ちのコントロールが出来なくなると無意識に獣化してしまう事があるらしい。

 レジイナはムキになって帰らないと言い、無理矢理帰らそうとするブリッドに無意識に獣化して攻撃を仕掛けてしまっていたのだ。

 ブリッドは全力で右肩に集中させて皮膚を硬化させるが、獣化と倍力化を使いこなすレジイナの牙は少しずつブリッドの肩に刺さっていった。

 ポタポタと出血し始める自身の肩と激痛にブリッドは意識が飛びそうになりながら無意識にレジイナの頭に手が伸びていた。

「落ち着け、しゅんり。大丈夫だ、大丈夫だから……」

 何が大丈夫なのかブリッドも分からないまま、とりあえずレジイナを落ち着かせようと頭を撫で続けた。

 するとレジイナはボロボロに砕けかけた精神という名のガラス玉がゆっくりと修復されていくような感覚がした。

 そうだ。私、ずっとこの人に頭を撫でて欲しかったんだっけ……。

 スーッと獣化は徐々に溶けていき、耳と尻尾だけが残ってほとんど元のレジイナの姿に戻った。そしてレジイナはクゥン、クゥンと喉を鳴らしながら自身が傷をつけたブリッドの肩を舐め始めた。

「はあ、肩もげるかと思った……」

 ブリッドはそのレジイナの様子に力が抜け、レジイナを抱きしめながらその場に座り込んだ。それでもレジイナは舐める行為をやめなかった。

 何分間そうしてたか分からないぐらいに経過した時、レジイナは目から涙をポロポロと流しながら泣き始めた。

「どうした……?」

 泣きたいのはこっちなんだが、と思いながらブリッドは自身の血で汚れたレジイナの顔を親指で軽く拭った。

「ご、ごめんなさい……。こんなことになってるなんて……」

 知らぬ間に獣化した狼に意識を持っていかれ、レジイナは知らぬ間にブリッドを傷付けてしまったことを気付き、悲しみと後悔から涙を流した。

 レジイナは手に力を入れてブリッドの肩を治療しようと試みてみるが傷は思った以上に深く、まだ療治化を使いこなせていないレジイナの力では出血は止まることなく流血し続けた。

 そんな時、三回ノックされ、二秒後に更に二回ノックされた後にドアが開かれた。

「おい、迎えに来たぞって……。あれ、すまん。そういうプレイ中だったか?」

 ジャドは困った顔でそう言い、裸で泣きじゃくりながらブリッドの肩に手を当てるレジイナと大量出血で意識朦朧としているブリッドに目をやった。

「ジャド総括、申し訳ないが助けてくれ……」

 ブリッドは最後にそう言ってふらっと後ろに倒れた。

「おい、大丈夫か、おい!」

「やだっ! お願い、起きて!」

 意識が遠くなる中、レジイナの叫ぶような声を聞きながらブリッドは意識を手放した。

 ——ブリッドが次に目を覚ましたのは外が暗くなり始めた頃だった。

 右肩に温かい感覚がしてそちらを見ると、ジャドがブリッドに療治化の能力を使用して治療している最中だった。

 そしてその反対にはシーツを頭から被って啜り泣くレジイナと銀髪男が向かい合っており、「落ち着け。な? 深呼吸しろ」と、銀髪男がレジイナを落ち着かせようとしているようだった。今のレジイナには狼の尻尾と耳は生えておらず、今のところ獣化は解けているようだった。

「おい、お前さん大丈夫か?」

「あー、大丈夫なんか、これ……」

 ブリッドはグラグラと目の前が揺れる感覚がしてやばいなこれ、と思いながらゆっくりと起き上がろうとした。

「おいおい、今起きるのはおすすめしないぜ。今夜はここに泊まれ」

「いや、今夜の飛行機に乗って本国に戻らないとダメなんです」

「そういやお前さん、補佐だったな」

 ジャドはブリッドを見てから、カルビィンに獣化を解かしてもらう為に声をかけられ続けているレジイナに目をやった。

「おいバカ。お前さんの師匠が帰るってんだ。お見送りしてやれ」

 ジャドに話しかけられてハッと意識がクリアになったレジイナは顔色の悪いブリッドを見て更に目から涙を流した。

「ご、ごめんなさいっ……! 私また、また狼に、狼に飲まれそうになっちゃった……!」

 そう泣きじゃくるレジイナをカルビィンはそっと抱きしめ、よしよしと言いながら背中を撫でた。そんな様子にイラッとしたブリッドはグイッとカルビィンの肩を弱々しい力で押してレジイナから離した。

「見送りはいいです。それよりしゅんり、次の休暇には必ず戻って来い。戻らなければ今度は無理矢理連れて帰るからな。分かったか?」

 レジイナはブリッドの言葉に涙を流しながらコクコクと頷いた。

 それを見てブリッドはジャドに「しゅんりを頼みます」と、お願いしてから目立つ肩を隠すためにジャドから先程レジイナが羽織っていたジャケットを貰い、ふらふらする体を鼓舞して急いで帰路を急いだ。

「あ、待て。お前、空港まで送ってやれ」

 ジャドは思いついたようにそう言ってカルビィンに声をかけた。

「分かった。レジイナを任すぞ」

「ああ。助かる」

 そう言ってカルビィンはジャドから車のキーを受け取ってブリッドを空港まで送ることにした。

 空を飛ばすことが出来るジャドの最高傑作のバイクはウィンドリン国の襲撃の件で二度とエンジンがかからなくなってご臨終した。

 それに嘆いたジャドは壊れた原因を作ったレジイナの母国であるウィンドリン国に訴えて高級車を支給させた。そんな車に鍵を刺しながらカルビィンは隣で青白い顔をする男をチラッと見てから「何処かで会ったことあるか……?」と、疑問に思いながらエンジンをかけて車を発進させた。

「うちのレジイナが悪かったな。何か食いに寄るか?」

 車に揺られながら多量出血でふらふらしているだろう隣に座るウィンドリン国の同僚にそう声をかけるカルビィンにブリッドは「いや、時間がない。気遣いありがとう」と、弱々しく返事した。

「あと、"うちの"しゅんりが大変世話になってるみたいだが、距離が近いみたいだな。セクハラで訴えられぬように今後、気をつけてもらいたい」

 そう声色を強めにして言ってきた男をカルビィンはジトッと睨んでから道路の端に車を停めた。

「思い出した。てめえ、ブルースホテルで女みてえな声で歌ってた倍力化の野郎か」

「俺も思い出した。どデカいドブネズミの姿で迷惑な戦い方をしてたカルビィン・ロス"元"補佐だな」

 お互い嫌味を言い合ってから暫くの間、睨み合った。

 レジイナの師匠がこんな若造だとは思わなかった。もしや、こいつがレジイナにマフラーを送った奴か?

 しゅんりを休暇に帰しもしねえし、あいつにベタベタ触りやがって。絶対に許さねえ。

 お互いが恋敵だと察した二人の脳内で試合開始のゴングが鳴った。

「いやあ、以前の電話では失礼をした。レジイナの師匠がこんな若くして補佐になったエリートだとは知らなかったもんでな。あと、確かに今は補佐ではないが、いずれか補佐に俺は戻る。先輩だっつーこと忘れんなよ、この若造が」

「こちらも以前の電話では不躾な態度、申し訳なかった。ロス"元"補佐。でも今は補佐ではないだろう? というか戻る予定があるな一日でも早く補佐に復帰したらどうだ? そしてあいつに触んな近寄んな近えんだよ、このドブネズミ」

 まさに一発触発。

 カルビィンとブリッドがお互いの胸倉を掴み合ったその時、車内に植物のツルが生えてカルビィンとブリッドを拘束した。

「な、植物⁉︎」

 いきなり生えてきたツルに驚くブリッドを他所にカルビィンは「おい、トゲトゲ! 離せやオラアッ!」と、ある者の名を叫んだ。

「たくよお。オッサンのヨミが当たるなんて面倒くさいコトこの上ないゼ」

 植物から声が聞こえてきたと思えばポコッという効果音とともに車内にサボテンが生え、縦に割れた刺々しい歯が生えた口から声が発された。

「じゃあ今すぐ戻って伝言してこい。レジイナの師匠は多量出血で病院送りにされたってな」

「病院"送り"ってのがギンパツがナニかしたのかってご主人様が思うぞ。いいのか? ウエーン、ウエーン。ブリッドリーダーがカルビィンのせいでって泣くご主人様がミタイのか?」

「うっ」

 レジイナが悲しむ顔を想像して胸を痛めるカルビィンをブリッドがギロッと睨んでから、喋る謎のサボテンに目を移した。

 不思議そうな顔をするブリッドにトゲトゲはニヤアッと笑いかけてから自己紹介をし始めた。

「どうもブリッドリーダー、オヒサシブリ。オレ様はご主人様につく小人のトゲトゲっつーモンだ。イゴオミシリオキヲ」

 久しぶり?

 ブリッドリーダー?

 育緑化の小人がなぜ俺に見えるんだ?

 引っ掛かる点が多いが、敢えて突っ込まずブリッドは「ああ、以後お見知り置きを」と、返事した。

「デ? ギンパツ」

「……んだよ」

 罰が悪そうな顔をするカルビィンにトゲトゲは拘束を外した。

「ほれ。運転サイカイしろ」

「けっ。はいはい」

 カルビィンは渋々、車の運転を再開して無事にブリッドを空港に送り届けた。

「二度と来んな、バーカ!」

「てめえが暗殺部を辞めたらな! いいか、しゅんりに近寄んなよっ!」

 お互い中指を立てながら別れる二人を見ながら変化を解いたトゲトゲは溜め息を吐きながらその様子を見ていた。

 ブリッドは脳内で思いつく限りの悪態をカルビィンにつきながらトレンチコートのポケットに手を入れた。

「ん?」

 何か入っている。

 触り慣れている箱の感触に驚きながらそれを取り出すと、そこには自身がいつも吸っている銘柄のタバコがあった。

 気付かぬ間にコートの中に移動させていたのか?

 しかし、確認すると自身のパンツのポケットにはタバコが直されていた。

 もしかして、同じ銘柄のタバコをしゅんりが吸っているのか?

 そう気付き、嬉しくてニヤつきそうになる口を片手で隠しながらブリッドは搭乗口に足軽く向かうのだった。

 

 

 

 ブリッドがアサランド国に来てから一週間後。

 アサランド国で働く暗殺部に新たな訪問者がやってきた。

 マスターから連絡が来て四人揃って喫茶店に向かうと、そこには豪華な食事を目の前にして座るキルミン総括がいた。

「おいおい。いつからこんなにルールがガバガバに緩くなったんだ?」

 ジャドは頭を抱えながら次々に四大国からアサランド国に足を踏み入れる者が増えてきているのを嘆いた。

「ああん? 何がガバガバなんだ? てめえのケツ穴か?」

 下品な言葉を言いながらきょとんとした顔で首を傾げる育ての親であるキルミン総括にカルビィンは嫌な予感をさせながら、出来るだけ怒らせないようにと気を引き締めた。

「このご馳走様はなに? 食べていいの?」

 久しぶりに目をキラキラさせながらキルミン総括の前の席に座ったレジイナはマスターに顔を向けた。

「おいおい、デカ乳娘。今回の主役が手を付けてからだ。待てだ、待て」

「犬扱いすんな、下衆野郎!」

 キルミン総括に悪態を付くレジイナにハラハラしながらカルビィンがその隣に座ろうとしたその時、「おい、てめえはそこに座れ」と、椅子が一つだけ置かれている、いわゆるお誕生日席に座るようキルミン総括に指示された。

「はあ? もしかして俺が今日の主役ってか?」

 各々の首を傾げながら言われる通りに座ると、キルミン総括はビールが入ったジョッキ片手に「カルビィンの送別会だ! カンパーイ!」と、声高々に言った。

「い、今なんて……」

 一同、頭上にハテナマークを浮かべて乾杯をしない様子に機嫌を悪くしたキルミン総括は舌打ちをした。

「キルミン総括。説明して頂けないでしょうか? 俺ら全く話についていけてないんです」

 レジイナの隣に座り、斜め前に座るキルミン総括に説明を要求するウィルグルにキルミン総括は「おいおい、察しが悪いな」と、溜め息を吐いた。

「お前さん一人だけが突っ走ってるだけだろ。おい、説明しろ」

 キルミン総括の隣に座るジャドに睨まれながら言われ、「わーった。わかりやすく説明してやる」と、やれやれと両手を上げながらキルミン総括は説明をし始めた。

「カルビィン、今から俺とザルベーグ国に戻れ。補佐に復帰だ。いやあ、めでたいめでたい!」

 満面の笑みでそう言ったキルミン総括にジャドとウィルグル、レジイナは驚いて口が開く中、カルビィンはダンッとテーブルを両手で叩きながら立ち上がった。

「俺はそんなこと聞いてねえし、望んでねえっ!」

「いいからてめえは俺の言うことだけ聞いてろ、クソガキ」

 反論したカルビィンをそう怒鳴りつけたキルミン総括はカルビィンの頬を殴って床に倒した。

「ガッ!」

「キルミン総括、カルビィンの育ての親なんでしょ⁉︎ 子供を殴るなんて最低!」

 レジイナは倒れたカルビィンの元に急いで駆け寄り、背中を支えながらそのまま床に座らせた。

「うっせえ。てめえも殴られたいのか? いや、犯されたいのか?」

 そう言い直したキルミン総括にカルビィンは「こいつには手を出すな!」と、声を張り上げた。

「いくらキルミンでも、それだけは許さねえ」

「俺に口答えすんなんていい度胸だな、カルビィン」

「いつまで経ってもガキ扱いすんなよな。俺は三十過ぎてんだ。過保護すぎんぜ、パーパ」

 ニヤッと挑発的に笑うカルビィンにキルミン総括は真面目な顔をしてからカルビィンの前にしゃがみ込んだ。

「三十だろうが四十だろうが、いつまで経ってもてめえは俺の息子だ。息子の心配して何が悪い」

 また殴られるかと警戒してたカルビィンの予想とは違い、キルミン総括は眉を寄せながら愛しげにカルビィンの頭を撫でた。

「反省させるつもりでここにてめえを送ったが、話が変わった。いつ死ぬか分かんねえこの状況の国にてめえをいつまでも居さすつもりはない。俺のとこに戻ってこい。な?」

 キルミン総括とカルビィンからなんとも言えない雰囲気が放たれている中、突然マスターが「ああ!」と、声を上げながらテレビを指差した。

「空気読めねえのか、ここの店の店主はよお」

 ギロッと睨んでくるキルミン総括にマスターは怯えることなく、「いや、見ろって!」と、一同にテレビを見るように促した。

『やあやあ、諸君。俺らはエアオールベルングズ。異能者による異能者の為の善人の集まりで、俺はその幹部っつーのをやってる』

 そこにはグレー色の長髪の髪をボサボサに伸ばして顔を半分以上隠した堅いの良い男がテレビに映っていた。

「おい! あんたらが探してた地面割り男の特徴に似てないか⁉︎」

「ああ。それに自らエアオールベンクズと名乗ってやがる……!」

 なんとも舐めた真似をする敵にジャドはフルフルと体を震わせながら怒りを露わにした。

 こいつがブラッドをっ!

 レジイナはヴーッと唸りながらテレビの画面を睨みつけ、ウィルグルは急いでリモコンを手に取って音量を上げた。

『いやはや、電波ジャックもそうそう長く保たねえから手短に話す。この写真の女を探している』

 地面割り男がそう言ってテレビに出した写真はなんと、レジイナが酒に酔ってワインボトルに頬擦りする姿だった。

『名前はレジイナ・セルッティ』

 地面割り男の説明に一同、声も出せない程に驚きながら当の本人のレジイナに目をやった。

「もっと他に写真があっただろーっ!」

 両手を強く握ってそう怒りを露わにするレジイナに一同ガクッと力が抜け、ウィルグルに関しては手に持っていたリモコンを落としてしまった。

「突っ込み所そこじゃねえだろうがっ!」

 当の本人であるレジイナが見当違いなことを言うのをカルビィンが突っ込む中、地面割り男はテレビの中で話を続けた。

『我ら同志よ。この女を生捕り、いや俺の所に生きて連れて来て欲しい。いいか、殺すな。絶対にだぞ』

 そこまで地面割り男が言い切ってから『恐れ入りますが暫くお待ちください』と、記載された画面に切り替わった。

 どういうことかレジイナに聞こうとした時、バーンッという爆発音が鳴り響いて喫茶店の入り口が大破された。そして一同の目の前に数えられない程の大人数の敵が現れた。

「カルビィン! いつもの場所が分かるな⁉︎ 待ってるぞ!」

「な、キルミン、待て!」

 キルミン総括は戦闘に加わる事なく、一人だけ逃げるようにそう言い捨てて姿を消した。

 ちくしょう、あの野郎!

 そんな白状な育ての親に舌打ちをしながらカルビィンは腕だけネズミに大きく獣化させ、一斉にかかってきた敵を薙ぎ倒した。

「今だ! 走れ!」

 一同一斉に走り出し、喫茶店から出て逃走を図った。

「俺の店があああっ!」

「今は逃げることに専念して!」

 レジイナはマスターを背負いながらとりあえず安全なところに避難させようと必死に走っていた。

「ちくしょう、なんだってんだ!」

「レジイナを生捕りにする為だろ!」

 にしてもこんな大人数が喫茶店に近寄るのをカルビィンとレジイナ、そして俺の小人やトゲトゲが気気付かなかったんだ。

 そう疑問に思いながらウィルグルが自身の小人に目をやると、耳に手を当てて「うう、ミミ変、ミミがあ……」と、唸っていた。

 電波ジャックだけでなく、周りの音が聞こえないように何か細工してたのか⁉︎

「レジイナ、カルビィン、トゲトゲ! 聴力は狂ってないか!?」

「確かにさっきから集中しても聞こえづらい!」

「なんだってんだ! 何が生捕りだ! 絶対にお前をあんな奴らにやらせねえ!」

 カルビィンのその言葉にきゅんっと胸が締め付けられたレジイナだったが、顔を横に振ってすぐ気を引き締めた。

「ジャド! 一緒にタバコでめいいっぱいバリケードを作るよ!」

「分かった!」

 ズズッと片足を前に出してキューブレーキをかけたジャドとレジイナは自身のタバコを取り出し、箱ごと火にかけた。

 そしてそのまま口に咥え、ふーっと勢いよく吐き出し、武強化と武操化を合わせて使い、煙のバリケードを作り出した。

「今のうちに下水道に入れ!」

「マスター、しっかり捕まっててよ」

「うえっ!? レジイナ!?」

 自身を背負ったままヒューッと落ちていくレジイナにマスターが声を上げる中、続々と全員が下水道に降りて行き、一同はなんとか敵から逃げ切ることに成功したのだった。

 

 

 

「マスター、ここにいてね」

「早く迎えに来てくれよな……」

 レジイナはブラッドに教えてもらった下水道の隠し扉の一つにマスターを隠すように連れて行った。

「すぐにヤードに向かわせる。赤っ鼻の男だ」

「できればお前らの誰かに迎えに来て欲しいんだけど……」

 そう願いを申し出るマスターに一同、暗い顔をして「悪い。約束できねえ」と、ジャドは言った。

「そ、そんなこと言うなよ! ほら、俺の手料理また食いに来いよな。な?」

「マスター……」

 レジイナはぎゅうっとマスターに抱きつき、「ありがとう」と、言ってから隠し扉のドアを閉めた。

「行くぞ」

「どこに行けばいいんだよ……」

 ウィルグルは絶望的な顔をしながらそう返事し、レジイナに顔を向けた。

「俺らのこと裏切ってないよな……?」

 真剣な顔でそう尋ねて来たウィルグルにレジイナは目を見張ってから「裏切ってるわけないじゃない!」と、困惑した顔でウィルグルに返事した。

「ウィルグル、レジイナが裏切るわけねえだろうが!」

「だ、だって、じゃあこれはなんなんだ!」

「落ち着け。いいか、今は冷静になるんだ、敵の思う壺だ。深呼吸するぞ、はい吸ってー」

 三人が困惑する中、ジャドは深呼吸するように促した。バカバカしいと思いつつもゆっくりと深呼吸した三人はスーッと頭が冴えていく感覚がした。

「……レジイナ悪かった。お前みたいなバカが演技できるわけないのにな」

 失礼なことを言いながら納得するウィルグルを殴ろうとするレジイナをトゲトゲは「ご主人様、今はオチツケ!」と、その小さな手で阻止した。

「誤解が晴れて結構。とりあえず、私が何故か誘拐されそうになってることには変わりない。ということで、私的には広い場所で敵を一網打尽にする作戦がいいと思うんだけど」

「それのどこが作戦なんだ。俺はここから近いチェング国に向かって応援を呼ぶか、一旦体制を整えるために逃げるのがいいと思う」

「今から連絡するか?」

 携帯を取り出してチェングン国にウィルグルをジャドは制した。

「待て。全国放送を電波ジャック出来る敵がいる。こんな携帯の電波なんて簡単に盗聴されるぞ」

「そうだな……」

「向かう方が確実だ」

 そう言うジャドの案にカルビィンは「んー」と、唸りながら腕を組んで考えていた。

「カルビィン、他に策があるのか?」

「戦闘員が一人でも多い方がいいからよ。ザルベーグ国付近まで逃げる方がいいかなと思ってんだが」

「その戦闘員って誰?」

 レジイナの質問にカルビィンは「キルミンが国境付近で俺を待ってるってよ」と、返事した。

「あんのオッサン、俺らを見捨てて一人で逃げたよな」

 そう怒りを露わにするウィルグルにカルビィンは「いや、本当に昔から自分優先な人なんだ。許してくれ」と、代わりに謝った。

「でもそんなキルミン総括が戦闘に加わる可能性あるの?」

「戦闘に加わらなくても、あの人は多分に車で来てる筈だ。上手いことそれに全員で乗ってザルベーグ国で体制を整えるってのはどうだ?」

「まあ、今のところそれが一番、手っ取り早いかもなあ」

 レジイナとカルビィンは獣化なり倍力化で速く走って逃げれる。しかし、身体的に強める能力のないジャドとウィルグルにはどうしても速く逃げるには何か乗り物が必要なのだ。

「よし、決定だ。急いで向かうぞ」

 そう言ってからカルビィンとレジイナは獣化し、ウィルグルとジャドを背負いながら走り始めたのだった。

 

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