同日の昼時、ウィンドリン国にて。

 同じ四大国のワープ国から暗殺部が新しいアジトへ移動する際、何者かに襲撃されたと連絡が来た。

 そして、敵の能力が今までになく巨大かつ、正体を掴めない状況のため、もしかしたら応援を要請するかもしれないとも伝達された。

 それを聞いたホーブル総監はすぐさま総括と補佐を集めて緊急会議を開催した。

「距離的にワープ国が近いことや、既にザルベーグ国の倍力化が動いている。我らウィンドリン国は現在は出動要請はないが、すぐに動けるように人員を割いてアルンド市へ向かう。すぐに動ける班はどこだ」

 ホーブル総監の問いに一條総括は手を挙げた。

「今、獣化総括である俺と補佐の翔、そして一班は警察署に待機しておるため、すぐ動けます」

「他は?」

 それに続いて隣に座っていたナール総括も手を上げた。

「倍力化総括であるわらわとトーマスの班が空いております」

「倍力化と獣化がいれば戦力は充分だろう。おい、療治化で動ける者はいるか」

「なら俺が向かいます」

 そう言ってアイザック総括は立ち上がり、補佐を連れて準備をしてくると言ってから会議室を後にした。

「では倍力化と獣化も準備にかかり、出来次第すぐに出発しろ」

「はっ!」

 一條親子が揃ってそう敬礼して立ち上がったのを見て、後ろで立っていたブリッドはナール総括の肩に手を置いて再び座るように促した。

「ナール様、俺が行きます」

「何を言っておる。おぬしはここに残ってホーブル総監の手伝いをしろ」

「なっ、俺がですか?」

 補佐である自身がなぜホーブル総監の手伝いをするのかと疑問に思うブリッドにナール総括は小声で「何かきな臭くないか?」と、言った。

「何か、とは?」

「それは分からぬ。だがおぬしは勘がいい。わらわはそこを信用して置いていく。頼むぞ」

 ポンッとブリッドの肩に手を置いて今度こそ会議室を出て行ったナール総括の背を見ながらブリッドは少し考えてからホーブル総監へと目をやった。

「オーリン、来い。情報の整理をしろ」

「了解です」

 なにかとホーブル総監に気に入れられていることに不思議に思いながらブリッドは今、襲撃にあったしゅんりの無事を祈りながら自身が出来ることを全力ですることにした。

 夕刻時。

 ワープ国付近の町にザルベーグ国のヴァンス総括とその部下三人、そしてワープ国のシリル補佐と療治化が到着し、敵の探索が開始されたと連絡を受けた。その時、ホーブル総監の部屋にある黒電話が鳴った。

 この黒電話はアサランド国にある喫茶店にある電話と繋がっており、四大国と重要な連絡を取る際に使われる電話で、盗聴などの危険を省かれるために使用されあるものだった。

 本当はアサランド国からこちら四大国へ電話をかける際はこの電話を通さないといけないルールがあったが、今回は緊急を要するために各々の携帯から連絡を寄越していた。

 それなのに、わざわざこの電話が鳴るということはさほど重要な内容なのだろうとブリッドはゴクッと唾を飲んでホーブル総監を見た。

「……ほう」

 同じ考えに至ったであろうホーブル総監はそう呟いてから黒電話の受話器を上げた。

『もしもし。こちらワープ国、暗殺部のジャド・ベルナールだ』

 ブリッドは聴力を倍力化で高めながらホーブル総監と共に電話の相手の声を聞いていた。

「こちらのしゅんりではなくワープ国のジャド・ベルナールがかけてくるということは、しゅんりは死んだか?」

 そう不吉なことを淡々と言うホーブル総監の言葉に「相変わらず嫌味な奴」と、小さな声で悪態を付く聞きなれた女の声が聞こえる中、ジャドは冷静な口調で話を続けた。

『いや、健在だ。俺がそちらに報告する方が早いと思っての判断だ。許してくれ』

「ふんっ、いいだろう。あとしゅんり、聞こえてるからな」

 電話の向こうで焦ったようにハッと息を呑む声に少し和みながらブリッドはすぐに気を引き締めてジャドからの話を待った。

『今回、俺らが襲撃されたことは知っていると思う。それは囮だ。本命はお前さんらのいるウィンドリン国の襲撃だ。すぐに臨戦体制をとってほしい』

 ジャドからの報告に今度はブリッドは息を呑んだ。

 まさか暗殺部への攻撃は囮であり、こちらの戦力を削るための作戦だったのか。

「貴重な情報、感謝する。他に情報はあるか?」

『こちらで飼っていた情報屋がエアオーベルングズに寝返った。どこまで情報を行き渡っているか分からないということと、そいつはもう始末済みだということだけだな』

「ほお、壮大な失態をしたか。なんとも貴重な情報をありがとう。こちらは早急に対応したいが為、もう切るぞ」

『あ、ちょっ……!』

 何か言いかけたジャドの言葉を聞くことなく電話を早急に切ったホーブル総監はブリッドに目をやった。

「アルンド市に出動した者に連絡をとり、引き返すように伝えろ。そして早急に今いるタレンティポリスを集めろ」

「了解!」

 今夜は長い夜になりそうだ。

 ブリッドはそう気を引き締めてすぐに取り掛かった。

 

 

 

「あんの、クソじじい! いつかぶん殴ってやる!」

 レジイナはジャドが運転するバイクの後ろに跨りながらギャーギャーと怒りを表していた。

「耳元で叫ぶな! たく、あんま目立たたないようにしろよ」

 夕日がほぼ沈みかかり、空が暗紫色になった空を二人はバイクで飛び、小さくなった街並みを見下ろしながらジャドは慎重に運転していた。

 ジャドにそう注意され、ブラッドの件やウィンドリン国に危険が迫っていることに苛立ちを隠せないでいるレジイナは舌打ちを何度もしながら爆発しそうな感情をなんとか抑えようとした。

 にしても、本当にバイクで空を飛べるように改造しているとは思わなかったな。

 レジイナは少し気持ちをなんとか落ち着かせたその時、地上より肌寒い空の世界をバイクで走らせるジャドに感心していた。

 色々と考え事をするレジイナに反面、ジャドは全身集中して絶妙なバランス感覚に武操化をフルで発動させながらバイクを器用に運転していた。

 ブラッドを埋葬してから急いで喫茶店に向かったレジイナとジャドはウィンドリン国に連絡した後、携帯からの連絡では武操化を使いこなせる敵がいれば盗聴される危険があるため、カルビィン達への伝達はトゲトゲに任せた。そして、ストックとして喫茶店に置いていた新しいスーツに着替えたレジイナはジャドと倉庫に置いていた武器を持てる分だけ担ぎ、急いでバイクに乗って空を飛んでウィンドリン国に向かっていた。

 確かに私が狼に獣化して走るよりは速い。だが、こんなスピードではウィンドリン国に着くには日を跨いでしまう。

 そう焦ったレジイナは器用に体を回転させて後ろ向きに座り直し、愛用しているアンティーク調の銃を構えた。

「おい、動くな! 落ちるぞ!」

「それはこっちのセリフ。ジャド、スピード出すからしっかり捕まっておきなよ」

 レジイナのその言葉にジャドはドバッと額から汗が出た。

 待て待て待て! まさか!

「三、二」

「待て! 待ってくれ、レジイナ!」

「待たない! 一、零!」

 ジャドの制止を待たずにレジイナはカウントをし終え、ブワーと銃から風を噴射してバイクの走る速さを何倍にも上げた。

「うおおおお! 速い、速すぎる! 顔が痛えっ! てめえ、俺がこのバイクのカスタムするのにいくら金をかけたと思ってる!」

「喋らない! 舌噛むよ!」

 レジイナはアンティーク調の銃を右手のみで固定して持ち、反対の手で肩にかけていた銃の一つ、ライフルを左手で持って氷を出してシードルを作った。これで風に吹き飛ばされたり、顔が痛むことはないだろう。

「よし、これで大丈夫だね。もっとスピード出していくよ!」

「これ以上⁉︎ 殺す気かあああっ! いやあああっ!」

 レジイナはジャドの悲痛な叫び声を無視して更にスピードを出し、少しでも早くウィンドリン国に着くために風を吹かせ続けたのだった。

 

 

 

 ウィンドリン国リーシルド市内に残っていたタレンティポリスが警察署に全員集まった所でブリッドは以前、ザルベーグ国がエアオールベルングズが襲撃してきた時のデータを隣に立つタカラにパソコンからスクリーンに映させた。

「見てもらえば分かるようにザルベーグ国が襲撃された際、集中的に攻撃されたのは中心都市になる。その周辺都市にも被害があるがそこまで酷くない。今から各班、部署関係なく戦闘バランスを考えて配置を決めた。すぐに各箇所に向かってくれ。そして街中に配置された班は国民の避難を優先に行ってくれ」

 ブリッドの言葉にそこに集まった者達は「はっ!」と、言ってから敬礼をし、すぐに出発した。

「ねえん、ブリッド補佐」

「はい。ルビー総括なんでしょうか?」

 ブリッドは声のする方へ振り返ると、そこにはルビー総括だけではなく、武操化のジュリアン総括、武強化のムハマンド総括、育緑化のジョシュア総括と今、アルンド市に向かっていた三人の総括以外が揃っていた。

「私達はどうしたらいいのかしらん?」

 そう質問してきたルビー総括にブリッドはスクリーンへと目をやった。

「以前のザルベーグ国同様の襲撃があるとしたら、まずこの警察署を直接攻撃してくると考えています」

「その時にそーなえて、俺らは待機しーろと?」

「ジョシュア総括、その通りです」

 そう返事したブリッドにムハンマド総括は手を挙げた。

「ムハンマド、何か意見でも?」

 ジュリアン総括の言葉にコクコクと頷いた後、ムハンマド総括は口をパカっと開いた。

 今ここにはいつも無口なムハンマド総括の通訳をやっているケイレブ補佐がいない。しかし、こんな緊急事態だ。流石に何か喋るだろうと、いつかといつかと一同がムハンマド総括の言葉を待っていた。

「あ……」

 そう声を出したかと思えば、ムハンマド総括はスッと口を閉じてしまった。それを見て一同、前のめりになっていた体がガクッと傾いた。

「ちょっ! こんな時ぐらい喋りなさいよ!」

 ジュリアン総括の怒りの言葉に気付いたタカラは作業していた手を止めて、こちらに駆け寄ってきた。

「すいません、失礼します。ムハンマド総括どうしました?」

 タカラを見て安心したような顔をしたムハンマド総括はタカラの耳元に顔を近付けて手を添えた。

「あ、はいはい。ちょっと待ってくださいね」

 タカラはそう返事してからいつも携帯している銃からツルツルと綺麗な氷を四角く形成した物を出し、携帯からライトを出して地図の地形を映し出した。

 氷で作られたスクリーンにムハンマド総括は同じくタカラが氷で作ったペンに印をつけていった。

「ジョシュア総括はこの地点、警察署の隣のビルで敵が潜入しないか監視、かつ阻止して欲しいとのことです。そしてジュリアン総括は放送室にて見れる範囲の市内の監視カメラを監視、かつ敵の動きを見て我々に指示を出して欲しいです。ルビー総括は警察署内で侵入者がいた際は中にいる者と一緒に戦闘を、ムハンマド総括はジョシュア総括とは反対側のビルで監視と狙撃をするとのことです。そして、ブリッド」

「俺も?」

 ブリッドは自身も市内に出て敵の殲滅に加担しようとしていた。しかし、タカラからは「ホーブル総監の警護にあたれって」と、予想していなかった指示を出された。

「ちょ、俺だけ安全なとこにいれってことっすか!」

 そう言ってずいっとムハンマド総括に抗議しようとするブリッドをルビー総括が阻止した。

「ブリッド補佐。貴方、自分の立場を弁えなさいん。それに、ムハンマドの言う通りにした方がいいと思うわよん?」

 ルビー総括の言葉に確かに補佐の立場にしては図に乗りすぎたかと反省しつつ、そうした方がいいという理由が分からずにルビー総括を真っ直ぐと見た。

「君達一般のタレンティポリスにーは知らせていなかったーけど、ザルベーグ国の襲撃の際、一番始めに殺さーれたのはそこの警視庁のトップさんだったのーさ」

 サラッと重要な情報を言ったジョシュア総括にブリッドは驚きのあまりに声を荒げた。

「そんな大事な情報なんで俺らに伝達がなかったんですか!」

「それは内部に裏切り者がいる可能性がいたからよん。ザルベーグ国は戦争国。いつスパイに入られるか警戒してて、警察署のセキュリティは万全なのん。なのにどうやって警察のトップが殺されたのか、判明するまでは各国総括までの伝達にしてたのよん」

 ルビー総括の説明の後、ジョシュア総括は「君は倍力化とーしても優秀なんでしょー?」と、言いながらブリッドの肩に手をポンッと置いた。

「俺らのボス、頼んだーよ?」

 そうジョシュア総括が言ってから総括は各々の定位置に向かって行った。

「ブリッド、私も指示された場所に向かうわ」

「……ああ、頼む」

 心配そうな顔で見てくるタカラにそう言って頷き、ブリッドは覚悟を決めてフッーと息を吐いてからホーブル総監の元へと向かった。

「聞いてたぞ。ふんっ、俺を警護なんて舐めたことをいってくれるんもんだな、ムハンマドは」

「ホーブル総監。貴方は俺らと違って人間なので当たり前です。さあ、隠れましょう」

 そう言ってホーブル総監の背に手を回して地下の倉庫にでも隠れさそうと誘導したブリッドの手をホーブル総監は叩いた。

「はあ?」

 なんで手を振り払われたのか理解できなかったブリッドを無視してホーブル総監は会議室を出て、上の階に向かうエレベーターのボタンを押した。

「ちょ、ちょちょ! どこに行くつもりですか!」

 地下なら以前、タレンティポリス達が人間から隠れて警察署地下に出勤していた抜け道が沢山ある。なのにわざわざ逃げる場所がない地上階に向かおうとするホーブル総監の前にブリッドは立って、エレベーターに乗るのを阻止した。

「隠れる? なにをふざけておる」

 ホーブル総監は表情一つ変えることなくブリッドを睨みつけた。

「俺が敵の目標なら目標になるまでだ。餌に群がる虫ケラなど叩きっ潰してやれ」

 そう堂々と言い切った上司にブリッドは頭を抱えた。

「その虫ケラを潰す俺の意見は聞いて貰えないってことっすか?」

「お前のような若造の意見を聞けと?」

「……分かりましたよっ! 手荒なことになったとしても許せよな!」

 ブリッドはそう声を荒げ、自身達を下に見る癖になにかと気にかけてくれる不思議な上司を絶対殺させないと覚悟を決め、自身の大剣をすぐに取りに行ってから、ホーブル総監の部屋へと一緒に向かって行った。

 その道中、いきなりファンファンと警報音が署内で響き渡った。

『武器を携帯した敵が署内にいるっ! 人数は二十人ほどで十七階から反応があるわ!』

 ジュリアン総括の放送からブリッドは自身がいる階で敵の反応があることに驚きつつ、ホーブル総監を壁に張り付かせて自身の背に隠した。

「ど、どこだ……」

 バクバクとなる心音に邪魔される中、聴力を高める。

 この廊下の右か?

 いや、左……。

「上かっ!」

 ブリッドは大剣を右手で軽々しく持って天井に向かって突き上げた。

「ガッ!」

 見事にブリッドの大剣で真っ二つに引き裂かれた敵の手にはあの忌々しい思いがある銃が手に握られていた。

「な、これは!」

「ふむ、やはり流出していたか」

 それはブリッドの親友で、もう亡くなったデーヴがブリッドへと放ったグレード2向けに作られていた倍力化の硬化も破壊できるレーザーを放つ銃であった。

「これは厄介だな」

 悠々とそう言いながらハンカチで敵の血で汚れたスーツのジャケットを拭くホーブル総監にイラつきながらもブリッドは聴力、視力を高めて周りに集中する。

「右、前!」

 そう言いながらブリッドは確実にこちらにかかってくる敵を見事に大剣で切り裂いていった。

 そして、敵が落とした銃を手に持って、敵三人が束になって向かってきた所に放った。

「ぐわあっ!」

 シューッと煙が晴れるとそこは黒焦げになった敵の死体を見てブリッドはゾクッと背筋が凍った。

 これを受けたら俺でも人溜まりもない。

 ブリッドは全身の五感をフルに高めて敵が銃の引き金を引く前に素早く動いて次々に敵を引き裂いていった。

「キリがねえっ!」

 ジュリアン総括が二十人と言っていたのは嘘だったのか⁉︎

 そう苛立っていたその時、バリンとガラスが割れる音がし、ブリッドは頭上を見上げた。

「いやあ、倍力化君。グレード2ばかり相手をしてて飽きただろ? 俺、まあまあ腕がなる武強化なんだよ。遊ばないか?」

「……自ら能力を晒すとは余裕だなあ、おい」

 まるで映画から出てきそうなカウボーイの様なふざけた格好をした男は監視カメラを割った開発途中だったグレード2用に作っていた銃を持って、余裕そうにくるくると回転させた。

「これ単体でもすごい破壊力だが、俺の武強化の能力が加わればどうなると思う?」

 そうカウボーイ様の男に言われてブリッドはゾゾっと背筋が凍った。

「ハハッ! 良い顔するなあ、若造。なんで俺らの襲撃がバレたか分かんねえが、それでもこちらが有利なのは変わらなくて安心したよ。こんな生ぬるい国に生まれ落ちたのを後悔すんだな」

 キュウーンと機械音が鳴った瞬間、銃からレーザーが放たれた。

 発射までの時間が他のやつより早い⁉︎

 通常であれば発射するまで時間が少しかかる。これでは発射するまでに敵を殲滅できない。

 ブリッドは大剣を自身の前に刺して盾のようにし、全力で体を硬化させた。

 頼む。この間に誰か応援に来てホーブル総監を逃してくれ!

 そう覚悟した時、ブリッドの意志を反してホーブル総監がブリッドの隣に立った。

「はあ!? バカか!? 逃げて下さいよ!」

「お前こそバカか? いいか、あのレーザーは電力を素早く構成して放たれている。ということは同じく電気を構成して相殺すればいい」

 そんなこと言われても俺は倍力化しか使えねえよ!

 そう怒鳴りつけようとその時、ホーブル総監がブリッドの大剣に手をかざすと、大剣の柄からブリッドの手にピリピリとした強烈な痛みが伝わってきた。その瞬間、敵が放った攻撃とぶつかり合ってバーンッと強烈な破壊音と共にモクモクと煙が辺り一面に広がっていった。

「なっ! 倍力化だけじゃなかったのかよ!」

 煙の向こうから敵の影がこちらから逃げようとする後ろ姿が見えたその時、ホーブル総監はスーツのジャケットにある内ポケットから自身の銃を取り出して構えた。

 ブワーッと銃口から風が吹き、辺り一面の煙が晴れた時、ホーブル総監は再び銃の引き金を引いた。バーンという発砲音がしたものの、敵は倒れることなくそのまま走り続けていた。

 ヤバい、外したのか!

 ブリッドは急いで敵を追いかけようとした時、ホーブル総監に肩に手を置かれて制止された。

「離れとけ。巻き込まれるぞ」

「巻き込まれる……?」

 どういことかと疑問に思いながら耳を澄ませるとカチカチカチと、時計の針の音が聞こえてきたと気付いたその時、爆発音が敵からして、敵は木っ端微塵に吹き飛んでそこらじゅうに肉片が飛び交っていた。

「ば、爆弾……?」

 ブリッドは力が抜けてその場に大剣の柄に手を添えながら片膝をつき、横に立つホーブル総監を見上げた。

「なんだ?」

「ホーブル総監、あんた何者ですか……?」

 驚いた顔で見上げてくるブリッドにホーブル総監は鼻でフンッと笑った。

「ただの人間だ」

「いや、今のは!」

 そう反論するブリッドの額にホーブル総監は手にしていた銃口を突き立てた。

「俺は人間だ。そしてお前らも人間だ」

「なっ……」

 まさか自身が人間だなんて言われるなんて思ってなかった。そういえばと、ブリッドはいつもホーブル総監が自身達をなんて呼んでいたか思い出していた。

「異能があろうが、なかろうが俺達は"人間"だ。だが、お前らみたいに俺は自身の弱みを曝け出す"異常者"ではないということだ」

 そう言ってからホーブル総監はブリッドから銃を離して内ポケットに銃を直した。

「いいか、この事は他の者に言うな。言ったら分かるな?」

 ギロッと睨まれ、ブリッドはその迫力に圧され、コクッと頷いた。

「ふう。誰か来るな」

 そう息を吐いた時、コツコツとヒールを履いた人物の足音が近付いてきた。

「ブリッド補佐、ホーブル総監! 無事かしらん!」

 ゆらゆらと綺麗な長髪とふくよかな胸を揺らしながらルビー総括は二人の元に近寄った。そんな艶麗な様子に似つかわしくなく、手や口周りに血を滴らしたルビー総括にブリッドはポケットにしまっていたハンカチを差し出した。

「ありがとうん」

 素直にブリッドから受け取ったハンカチで口周りを拭くルビー総括は周りに積み上がった死体に目をやった。

「ああ、こちらは一旦片付いた」

「その様で良かったですわん」

 そう安心した顔をルビー総括は一瞬した後、キリッとした顔でブリッドを見た。

「警察署の外が大混乱よん。ジュリアンから応援要請が来たのん」

 ブリッドは舌打ちをし、顔を俯かせた。

 ちくしょう、配置ミスをしたか……。

「オーリン、行け」

 ホーブル総監のその言葉にブリッドは目を見張った。

「だ、だが俺はあんたの護衛を任されている」

「そうですわん。ホーブル総監」

 ブリッドが外の応援へ向かうことを反対する二人にホーブル総監はギロッと睨みつけた。

「なら、クラーク。お前が俺の護衛につけ」

 そう言ってホーブル総監はルビー総括の腕を引いて自身の部屋へと向かって行った。

「ええ!? ちょ、ホーブル総監、いきなりそんな事を言っても無理ですわよん!」

「ほお。お前はそこの若造より弱いと断言するのか?」

「そ、そうとは言ってませんけどん……」

 ルビー総括であってもホーブル総監の圧には勝てなかったのか、そのまま腕を引かれながら大人しく付いていくしか出来なかった。

 そして、ルビー総括は顔だけブリッドに振り返り、「頼むわよ」と、声を出さずに口だけを動かして伝えてきた。

「……行くか」

 ブリッドはそう覚悟を決めて急いで警察署の外へと向かって階段を降りていった。

 

 

 

 階を降りるごとに敵に遭遇して敵を殲滅しつつ、ブリッドは警察署の表玄関から外に出た。

 そこはまさに地獄絵図だった。

 味方、敵関係なく死体が転がり、血の海が広がっていた。

 ああ、俺の作戦ミスのせいか……。

 そう絶望し、すぐに怒りに変わった。

 敵を一人でも多く殺してやる。

 ブリッドは足に力を入れて素早く動きながら大剣で敵を殲滅していった。そして、味方の負傷者を見つけてすぐ、警察署内に誘導していった。

「おい、ブリッド! こっちだ!」

 倍力化と療治化を使いこなすネイサンがブリッドに手を振った。

「頼むっ!」

「ああ、任せろ。すぐに治して再び戦闘に戻す」

 負傷してもすぐ治し、速攻で戦闘に戻すというなんとも残酷なことを言うネイサンに負傷者が顔を青ざめる中、ブリッドはそれを見て見ぬフリをすぐに戦闘に戻った。

 ああ、あの時を思い出すな……。

 ブリッドは四年前にあったアルンド市での戦闘を思い出していた。

 こうやって戦闘員が減っていき、結局戦闘員はブリッドと翔、そしてルルの三人だけになって絶望的な状況になった。

 今回も同じだ。

 既に日が沈み、夜になってどんどんと仲間が減っていく中、ブリッドは戦闘中のルルと背中合わせになって立っていた。

「懐かしいわね」

「嫌な思い出だけどな」

 お互い顔を見合わせてフッと笑い合った。

「お前だけは絶対に生きろよ。一條に会わす顔が無くなる」

「いやね、それを言うなら私もよ。しゅんりに会わす顔が無くなるわ」

「……あいつ、俺が死んで悲しんでくれるならいいがな」

 そう悲しそうな顔をするブリッドにルルは呆れたわ、と思いながら潮笑った。

「悲しむに決まってるわよっ!」

「そりゃ良かったよっ!」

 そうお互い声を上げながら目の前にいる敵を殲滅していく。

 ああ、しゅんり。

 しゅんり、しゅんり、しゅんり。

 会いたい。

 死ぬまでにもう一度だけでいい。もう一度お前に会いたかったよ。

 長時間の戦闘で力尽きそうになってきたブリッドの元に一斉に敵が降りかかってきた。

 スローモーションで見えるその様子に、もう立ち上がることが出来なくなったブリッドの元にフワッと嗅ぎ慣れた匂いが漂ってきた。

「タバコ……?」

 そう気付いた瞬間、周りがモクモクと煙に囲まれ、敵がその煙に包まれるようにして拘束されていた。

 匂いの元を辿り、顔を見上げると警察署の屋上にいた人物にスポットライトが照らされていた。

「しゅんり……?」

 そこにはタバコを口に咥え、何丁もの銃を肩にかけていたしゅんりが屋上の蓋に片足を乗せてこちらを見下ろしていた。

 しゅんりはタバコの煙をふーっと吐き出し、吸っていたタバコをポイっとこちらに投げ捨てた。そして肩にかけていた銃の内、ロケットランチャーを手にした。

 おいおい、まさかそれを俺らがいる中、発射する気じゃねえだろうな⁉︎

 そう危惧したブリッドの考え通りしゅんりは眼下にいる味方にも容赦なくロケットランチャーの引き金を引いた。

 その次の瞬間、ドオーンという爆発音が辺りに響き渡った。しかし、不思議なことに自身に痛みはなく、周りにいる敵だけが吹き飛んで死んでいっていた。

 まさか、このタバコの煙が俺らを守っているのか……?

 見たことも聞いたことない能力に戸惑うブリッドの元にとある人物が横に立った。

「はあ、また派手にやりがって……」

 そこには今ある煙とは違う匂いを放つタバコを口に咥えているジャド総括がいた。

「おお、レジイナの師匠じゃねえか。怪我はないか?」

 ジャド総括はそう言ってからブリッドに手を差し伸ばした。

「あ、ああ。怪我はない……」

 そう返事してブリッドはジャド総括の手を素直に握り返して立ち上がった。

「んー、疲労が凄いな。ほらよ」

 ブリッドを療治化で軽く診察したジャド総括はブリッドの胸元にジャド特製の調合薬が入った小瓶を持った手をかざした。

「これ入れたから少しは元気になったんじゃねえか?」

 薬液が入っていた空の小瓶をヒラヒラと見せたジャド総括にブリッドは体が軽くなった不思議な感覚に戸惑いながらゆっくりと頷いた。

「そりゃ良かった。なら、お前さんらは下がってろ」

「そうはいかない。まだ敵がわんさか出てきているんだ」

 大剣を肩に担いで走り出そうとしたブリッドの元に銃をジェットのようにして警察署の屋上から降り立ったしゅんりはブリッドを蹴って警察署の入り口まで吹き飛ばした。

「ガッ! てめえ、いきなりなにしやがんだ!」

「邪魔」

 そう睨んできたしゅんりに反論しようとした時、しゅんりとジャド総括の元に敵が一斉攻撃を仕掛けてきた。

 危ない!

 そう声を上げようとしたが、その心配は無用だった。

 レジイナは肩にかけていたライフルを両手で二丁持ち、とてもつない勢いの風を噴射した。

 それは刃のように鋭い威力を持ち、敵は細かく切り刻まれていった。

『あー、あー。テステス。いまからうちのじゃじゃ馬娘が暴れる。巻き込まれたくなかったからこっちに来んなよ』

 ジャド総括は警察署の放送を武操化で操作し、そう放送をかけた。

「誰がじゃじゃ馬娘だ、ボケ」

 そう悪態ついた後、しゅんりは以前会った時よりも圧倒的な強さで敵を次々に殺していった。

 そんな気迫にルルは恐怖しつつも、その強さに目を奪われていた。そしてそんなしゅんりをサポートするように巧みに動くジャド総括にブリッドはなんだか敗北感が芽生えていた。

 花びらが舞う様に美しく飛び回りながらレジイナは肩にかけていたライフルとロケットランチャーを捨て、最後は愛用しているアンティーク調の銃を取り出した。

「木っ端微塵に死ねやあーっ!」

 許さない。

 あんたらエアオーベルングズを許してたまるもんかっ!

 レジイナはブラッドが涙を流し、夕日に照らされた綺麗な横顔を思い出していた。

「死ねっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ねーっ!」

 狂気に満ちた顔で敵を今持てる力全てを使って殺す様にその場にいる者が全員気迫される中、レジイナは見事にジャドと共にウィンドリンク国、警察署にいる敵を全て殲滅した。

『け、警察署内にいる敵は殲滅したわ。負傷者の保護を優先に動いて!』

 ジュリアン総括のその言葉に待機していたタレンティポリスはワーッと声を上げて勝利を喜んだ。

 そんな中、ブリッドはしゅんりの元に駆け寄ったが、ジャドの運転するバイクに跨ってしゅんり達はそのまま走り出してしまった。

「しゅんり、待て! 待ってくれ!」

 ブリッドの声はしゅんりには届かず、虚しくその場で響き渡っただけだった。

 

 

 

 ——レジイナはジャドの運転するバイクに後ろ向きで座り、その背にもたれかかってタバコを蒸しながらウィンドリンク国の街並みを眺めていた。

「いいのか? お前さんの師匠が呼んでたのに無視して」

「ああん? 待つ必要ない。早く帰ろう」

 ガタガタといつ動かなくなるか分からない程にボロボロになったバイクを運転しながらジャドは「帰ろうか……」と、呟いた。

 ここ、ウィンドリンク国が本当はお前の帰るところなのにな。

 そう言いたい言葉を飲み込んでジャドはレジイナを乗せてアサランド国へと戻る道を運転するのだった。

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