十章 情報

 カーテンの隙間から伸びる朝日が顔に当たり、レジイナは何度か瞬きをしてから目を覚ました。

 あれ、私なんでベッドに寝てんだろ……。

 レジイナはいつも自宅ではシーツを直接床に引き、その上に体を丸めて寝ている。それに加えてベッドの上は何丁もある銃の置き場になっているため、ベッドで寝ることは今までなかった。何故ベッドで寝てるのかと不思議に思いながら周りを見渡すと、そこは見覚えのない部屋でレジイナはドキッと驚いた。

 ど、どこだここは……。

 そしてゆっくりと自身の体を見下ろしてシーツを捲るとブラジャーとショーツしか身につけておらず、隣からはスースーと誰かの寝息が聞こえてきていた。

 恐る恐る顔を傾けるとそこにはレジイナと同様に裸で寝ている見慣れた男の綺麗な背中があった。

 ブ、ブラッド!?

 冷や汗がドバッと出てきて、レジイナは再び気を失いかけた。

 ま、待って! 私、まさか!?

 昨日、レジイナとブラッドを含めたいつものメンバーの五人は、賭けに負けたカルビィンの奢りでとある居酒屋でどんちゃん騒ぎをしていた。

 ジャドとウィルグルの阻止を無視し、カルビィンにたんと酒を飲まされたレジイナは途中から記憶がなくなり、気付いたらブラッドと同じベッドに寝ていた。

 どういう経緯でこうなり、もしかしたらああなっていたのか、もしくは未遂なのかも分からず、レジイナは息を荒くしながら混乱していた。

「んっ……」

「ハッ!」

 レジイナの荒い息遣いで起きたのか、ブラッドは目を擦りながら隣にいるレジイナが起きていることに気付き、体を向けてきた。

「おはよう」

「お、おはようございます……」

 にこやかな笑顔で朝の挨拶をしてくるブラッドにレジイナはシーツで自身の下着しか身につけていない体を隠しながら、ゆっくりと起き上がってベッドから出ようとした。

「おい、逃げんなよ」

「うわあああっ!」

 ブラッドから伸びてきた腕にレジイナは過剰に反応し、色気のない声を出しながらシーツから手を離して近くの壁まで飛んで逃げた。

「それは傷付くぜ。一晩を共にした仲だろ?」

「ひ、一晩!?」

 ブラッドはゆっくりとベッドから出て、下着一枚だけ履いた姿のまま移動し、逃がさないようにと壁に左手をついてレジイナを見下ろした。

「ブ、ブラッドさん!?」

「ん? どした?」

 空いた右手で自身のバラバラに揃えられた短髪の桃色の髪を撫でるブラッドにポンッとレジイナは顔を真っ赤に染めた。

「あ、あのですね! わ、私達、も、もしかしてですね!」

「もしかして?」

 ニヤニヤと慌てるレジイナを笑うブラッドとは反面にレジイナは目をグルグルと回しながら必死に昨晩の自身達に何があったか聞こうとした。

「わ、私達、あの後どうなったの!?」

「……覚えてないのか?」

「覚えてない!」

 酔っていて記憶がないと言うレジイナにブラッドはフッと笑いかけてから、壁から左手を外してレジイナのブラジャーのホックに手をかけた。

「ヒュエッ!? な、なんでブラ外すの!」

「いや、お前が覚えてねえっていうからさ」

 ブラブラとぶら下がり、下着としての役目を果たしていないブラジャーを両腕で支えて持つレジイナの顎にブラッドは手を伸ばし、クイッと上げさせて顔を近付けていった。

 うおおおお、どういう状況なんだこりゃあ!

 キ、キスされそうになってるのか、これ!

 どうしたらいいのか戸惑っていた時、レジイナはフッと青髪の目つきの悪い男が脳内に過った。

「ダメッーー!」

 そう声を上げながらレジイナは反射的に両手を前に出してブラッドを突き飛ばしてしまっていた。

 まさか突き飛ばしてくるとは思っても見なかったブラッドは見事に向かいの壁までふっ飛ばされ、その衝撃から意識が遠ざかっていった。

 消えかかる意識の中、ブラッドは「ちくしょう、あのままやっとけば良かった……」と、昨晩のことを後悔していた——。

 レジイナだけでなく、自身以外の全員がベロベロに酔うように仕向けたブラッドは眠りこけるレジイナを背に担いで自宅に連れ帰り、なんとしてでも今日こそ自分のモノにしようと企んでいた。

 ジャドの情報を得る為に協力をした報酬としてレジイナのファーストキスを奪ったものの、それからレジイナに恋愛対象として見られることはなく、その反対に警戒されて更に距離が開いていっていた。そんな自身とは違い、あんなにも歪み合っていたカルビィンとはなんとも言い難いふわふわとした雰囲気を二人が醸し出していたのだった。

 自分の方がリードしていると思っていたのに、そうではなかったと気付いたブラッドはレジイナをカルビィンにこのまま取られてしまうのではないかと焦っていた。

 卑怯なやり方だとは自覚している。

 いつもスマートになにかとやってきた自分に似合わない方法だと思っていても、どうしても初めて好きになった女を取られたくないという気持ちの方がブラッドには大きかった。

 自宅に着いたブラッドは背に担いでいたレジイナをドサッとベッドに寝かし、慣れた手付きで服を脱がしていき、あっという間に下着のみの姿にした。

 そこで自身も服を脱いで下着のみになった時、パチパチと瞬きしながらレジイナが目を覚ました。

「ありゃ、どこりゃここ……」

 呂律の回ってないその様子にキュンっと胸が締め付けられながらブラッドはレジイナを組み敷いて見下ろした。

「んー? あー、えへへー」

 ぼやける目でジッと見てきたかと思えば、笑い始めるレジイナにブラッドは頬を撫でてから、ちゅうっとリップ音を鳴らしながら額に唇を落とし、次にその瞼の上に口付けを落とした。

 そして次に頬、鼻とキスを落としていくと、レジイナがブラッドの首に自身の腕を回してグイッと引き寄せてきた。

 これはイエスということか?

 良いように解釈したブラッドがレジイナの唇へと口付けをしようとしたその時、「えへへ、ブリッドリーダー、しゅきー」と、可愛らしい声で愛の告白をしてきた。

「へ、ブリッドリーダー?」

 "ブラッド"の聞き間違いかと一瞬思ったが、はっきりとレジイナは"ブリッド"と、他の男の名を呼んだ。

 そういえば以前レジイナが酔った時、自身を「ぶりゅとりーだー」と呼びながら頬擦りしてきたのをふと思い出した。

「……萎えた」

 ボフッと力が抜け、レジイナの上に乗っかったブラッドは再び寝始めたレジイナの顔を至近距離で睨んでから横に移動してから天井を見上げた。

「俺もカルビィンも初めから出番無しってことか……」

 何かと母国に帰りたがらなかったり、師匠の話をするとイラつくレジイナの態度に疑問に思うところがあったが、これで理解した。

 その師匠であるブリッドという男を好いているものの、レジイナの性格上、何かの理由で喧嘩でもしてこじれているのだろう。

 レジイナと出会ってからもうすぐ一年経つ。

 ということはそのブリッドという男とのこじれは一年以上になるだろう。一年経ってもその男を思うレジイナを落とせなかったことにそりゃ簡単じゃねえわなと、納得したブラッドは目を瞑り、自身も眠りについたのだった。

 ——ブラッドが次に目を覚ました時、目の前には見慣れた中年男が自身をニヤニヤと見下ろしていた。

「よお、色男さんよ」

「……よお、イケおじさんよ」

 ジャドが顎をクイッとした先を見ると、自身が寝かされているベッドの下でレジイナが土下座をしていた。

 あんなにも派手に壁に飛ばされたのにどこも痛む所がない不思議な感覚を味わいながらゆっくりと起き上がり、ワイシャツのボタンが食い違ったまま着せられ、乱れた服装をしていたブラッドは足を組みながら、毎度おなじみの土下座をしたままのレジイナを見下ろした。

「痛えんだけど」

「本当に、本当にすみませんでしたっ!」

 レジイナは床に頭を付けながら全力でブラッドに謝罪した。

 あの後、向いにある壁までブラッドを見事に吹き飛ばしたレジイナはグダッと倒れて一向に目を覚まさないブラッドの様子に焦っていた。

 どうしたらいいか分からずに混乱したレジイナは「うわああん、助けてえええー! トゲトゲー!」と、某ヒーローに助けを求めるかのように大声でトゲトゲを呼んだ。

「ンダよ。ヒトが気を利かせて姿が消してやってんのに」

 今までレジイナの前から姿を消していたトゲトゲはそう呆れたように言いながらポンッという効果音と共に登場した。

「ど、どうしよう! ブラッドが、ブラッドがあっ!」

 バタバタと慌てるレジイナにトゲトゲは溜め息を吐きながら、二人の脱ぎ捨てられた服を指差して、「まず、服を着ろ。んで、オッサンとこに連れてけよ。ただの失神だと思うが、シンパイなら連れてけ」と、慌てる自身の主人にアドバイスをしたのだった。

 レジイナはその後、トゲトゲの言う通りに自身とブラッドに服を急いで着させ、肩に担いでジャドの自室に連れてきたのだった。

 ジャドは二日酔いで弱った体を少しでもスッキリさせようと優雅にコーヒー飲んでいた時、ガタガタとベランダが騒がしくなったと思えばレジイナが必死な形相でブラッドを肩に担いで来たのを見た時は一瞬、何があったのかとギョッとした。しかし二人にはどこにも怪我はなく、乱れた二人の服装を見てなんとなく察したのだった。

 ことの経緯を聞いたブラッドはジャドに目をやった。

「安心しろ、ただの脳しんとうだ」

「そうか、助かったよ」

 今だに顔を上げないレジイナにブラッドは溜め息を吐きながら食い違っているシャツのボタンを直し、首に適当に巻かれていたネクタイを綺麗に巻いて、ピシッとジャケットを着直した。

「あ、あのですね……」

「なんだよ」

 あんなにもハッキリと拒絶されて機嫌の悪いブラッドはそう返事し、レジイナを見下ろした。

「き、昨日、私達、な、なにかありました……?」

 本当の父親のように慕うジャドの前で昨夜、性行為があったのか確認する目の前にいる女の神経を疑いつつ、ブラッドはレジイナの前にしゃがみ込んだ。

「レジイナ」

「は、はいっ!」

 目線を合わせて名前を呼んできたブラッドに顔を上げて返事したレジイナをブラッドはキッと睨んでから頭を後転させた。

「いっ!?」

 そして前に倒し、ブラッドはレジイナに頭突きをかましたのだった。

 予想外の攻撃に倍力化で硬化できなかったレジイナはブラッドの攻撃に「いーっ! 痛い、痛いっ!」と、言いながら額に手を当てながら床に倒れてのたうち回ることしかできなかった。

「教えてやんねー」

「な、そんなあっ!」

 ベーッと舌を出して「バーカ」と、言い捨ててブラッドはジャドの自室から出て行った。

「ガハッガハッ!」

 昨夜の事実を知っているトゲトゲは自身の主人の反応が面白くてたまらないのか、お腹を抱えながらその場で暫く笑い続けていたのだった。

 

 

 

 ブラッドは真っ白な部屋にある窓に肘をつきながら手の甲に自身の顎を乗せ、人工的に作られた庭の木々に目をやりながら昨晩のレジイナの寝顔を思い浮かべていた。

「ねえ、お兄ちゃんったら!」

 幼さ残る高いその声にブラッドはハッと意識を戻し、目の前で頬を膨らませながらこちらを睨む少女に目をやった。

「悪い。なんか言ったか?」

「何度も呼んだのに無視して、最低」

 ごめんな、と言いながら自身を兄と呼んだ少女の綺麗な黒髪をポンポンと撫でてブラッドは微笑んだ。

 少女、ブラッドの妹であるアイラ・リードンは真っ白なベッドの上でムスッとしつつ、ブラッドに撫でられて少し満足げな顔をした。

 ブラッドはそんな妹を慈しみの目で見ながら幸せな時間を堪能していた。

 ブラッド・オーリンは齢八歳で母親に捨てられ、生まれたばかりの妹を腕に抱えながらこのアサランド国で生きてきた。

 なぜ母親に捨てられたのかなんて理由は分からないが、この国ではよくある事であり、そんな疑問を持つ暇なく、毎日生きていくことに必死だった。

 ストリートチルドレンが集まるスラム街に辿り着いたブラッド達はそこにいた子供達と助け合いながら生きる為になんでもしてきた。

 それは盗みから始まり、子供で束になって一人の大人に強盗を働くこともあった。

 そして、精通する時期と共に魅惑化の異能を開花したブラッドは自身を女に売って商売をし始めた。

 魅惑化を使って性行為をすればその歳の子供からしたら目が飛び出そうな程の大金を大人の女性はブラッドに貢いでくれた。

 そして、わざわざ好んでしたくない性行為をしなくても魅惑化を使用して稼げる方法を知ったブラッドは十五歳という若さで情報屋として稼ぐようになった。

 安定した稼ぎを取れるようになったある日、当時七歳だった妹が自宅で倒れているのを見つけたブラッドは急いで稼いだばかりのお金を握りしめ、キキッグにある病院に駆け込んだ。

 その時、妹はもう治ることない難病だと診断された。

 やっとまとまった金が手に入るようになり、二人でまともな生活ができるようになった矢先に起きたことだった。

 おいおい神様よ、それはねえぜ。

 そう天を仰いでブラッドは初めて神というものを恨んだのだった。

 それから妹のアイラの高額な治療費を稼ぐ為にブラッドは魅惑化を更に磨き、今は四大国の暗殺部に情報を売って生計を立てていた。

 俺は金の為なら何でもするぜ、こいつが一日でも長く生きる為なら。

 そう心に刻みながらブラッドは毎日昼間は世界で一番愛しい妹を見舞い、夜は情報屋として血生臭い世界で生きてきた。

 ブラッドは金が許す限り高額医療や治験段階にある新しい治療を妹に試していったが、なにをしても既に大分進行していた病状は良くなることはなく、現状維持が精一杯であった。

 どうしたらこんな狭い病室から自由に生きていける外の世界に連れて行けないものかと考えていたブラッドの手をアイラは両手で握って自身の顔に持っていき、頬擦りをした。

「お兄ちゃん、どこか痛いとこあるの?」

「……ねえよ、急にどした」

 もしやテレパシー能力でもあって朝のことを知ってるかと、馬鹿げた考えをしながら少し焦ったブラッドにアイラは寂しげな顔で笑みを浮かべた。

「私、お兄ちゃんのこと大好き。お願い、お兄ちゃんは生きてね」

「なっ……」

 何言ってんだ、と言いかけた言葉を飲み込んでブラッドはそっとアイラを抱きしめることしかその時は出来なかった——。

 

 

 

 レジイナはチュンチュンと鳥の囀りが鳴く中、ニヤニヤと笑いかけてくるジャドとトゲトゲと共にアジトに向かって歩いていた。

「ほーん、へえ」

「……なに」

「いやあ? 俺はお前さんはてっきり師匠にほの字だと思ってたんだがな」

 自身の思い人であるブリッドのことを思い出し、グッと胸を痛めるレジイナの近くで浮遊していたトゲトゲは「そうなのか? ギンパツと最近イイ感じだとオレ様は思ってたんだが」と、言いながら近くにある雑草を巻き込んで変化してジャドに話しかけた。

「はあ、こんなビッチな子に育って父ちゃんは悲しいぜ」

「こんなビッチなご主人様になっちゃってオレ様もカナシイぜ」

 はーあ、と二人でわざとらしい溜め息をつく二人にレジイナはフルフルと拳を握りながら怒鳴り返したくなる気持ちをなんとか抑えた。

「言っとくけど、酒で酔ってて寝てただけだから」

「でもヤッたかもしれないんだろ?」

「うっ……」

 ジャドの言葉に言葉が詰まったレジイナは雑草に変化してフワフワと浮遊しているトゲトゲをガシッと捕まえた。

「オイ、今は変化中なんだから丁寧にアツカエよ」

 折れちまうだろうがと、そう言って抵抗するトゲトゲを逃さまいと掴み続けてレジイナは必死な形相でトゲトゲを睨んだ。

「トゲトゲ、私の側にずっといたんだよね」

「おう。昨晩はイタぜ」

 育緑化に付く小人はパートナーとして、通常は常に一緒に行動する。

 しかし、トゲトゲに至っては自我が強いからなのか、自由奔放すぎる性格なのが理由なのか分からないが、レジイナの側から離れてどこかにフラフラとどこかに行っていることが多かった。

 レジイナは昨晩、トゲトゲがずっと側にいたのか確認してから「じゃあ、私とブラッドが昨晩、本当にヤッたのか、ヤッてないのか分かるよね?」と、グイッと顔を寄せながら質問した。

 そう必死な自身の主人の様子に楽しそうにトゲトゲはガハッガハッと下品に笑いながら「サア?」と、意地悪にレジイナが求める返事をしなかった。

「てんめ、もう怒った! ざけんなよっ!」

 いつもこちらの言う通りにならないだけでなく、悪戯をしたりと困らせてばかりのトゲトゲにレジイナは人気がない早朝の裏路地でそう叫びながらトゲトゲを地面に叩きつけた。

「イッテ、イッテ! こっちこそオコッタからな! オレ様をなんだと思ってんだこのクソアマッ!」

「やんのかごらあっ!」

「ヤッテヤルヨ!」

 ワーワーと騒いで喧嘩する二人の様子にジャドは溜め息を吐きながらレジイナの頭を叩いた。

「ジャド、邪魔しないで!」

「あのなあ、外で雑草と喧嘩すんなよ。今は人っ子一人いないが、誰に見られてんのか分からんだろうが」

 ジャドの正論にチッと舌打ちをしたレジイナはキッとトゲトゲを睨んだ。

「ガハッガハッ! おう、まだヤルカ?」

「覚えておけよっ……!」

 後でウィルグルに相談でもしてこいつを懲らしめてやると決めたレジイナは足早にアジトに目指した。

 ぷんぷんと怒るレジイナに呆れながらジャドとトゲトゲの三人が揃ってアジトに着いてお決まりの合図をしてからドアを開くと、丁度ウィルグルが誰かに殴られ、弧を描きながら宙に浮いてドサッと床に倒れた場面に出くわした。

「もう、ウィルの浮気者!」

 うわあああんと泣き声を上げてウィルグルの小人の中にいるカナリアが泣いているのをレジイナとトゲトゲが呆気にとられながら見た後、次にジャドに視線を移した。

「いや、俺を見ても分かんねえよ」

 両手を上げてそう言うジャドに「私達も分かんない」と、言ってから三人はカナリアに殴られたであろうウィルグルに目をやった。

「……小人が喰った魂が異能者だった場合、その魂が乗っ取ってる間は能力を使えるみたいなんだ」

「へえ、カナリアさんって倍力化なんだ」

「なんとも便利な」

「ガハッガハッ!」

 初めて知ったその事実に驚いたレジイナとジャドはそう言ってからソファに座って二人はタバコを吸い始めた。

「ねえ、トゲトゲは誰かの魂を残してたりするの?」

 レジイナはぷはあーっと、今日初のタバコの煙を満足気に吐きながらトゲトゲに質問した。

「……んなことシッテどうすんだよ」

 また意地悪をして質問に答えないのかと顔を顰めたレジイナにトゲトゲは困ったように顔を伏せた。

 そんなトゲトゲの様子になにか言えない理由があるのかとレジイナが首を傾げた時、カナリアの意識からいつもの自分の意識に戻った小人は頬を腫らして倒れる主人を気遣っていた。

「ご主人、ご主人、ダイジョウブか?」

「大丈夫な訳あるか……。ジャド頼む、治してくれ」

 頬を見事に腫らしたウィルグルはゆっくりと立ち上がってジャドの元へふらふらと向かいながら歩き、テーブルの上に腰を落とした。

「残念ながら浮気者を治す気はねえよ。それに朝っぱらから療治化を使ったとこで疲れてんだよ」

 ニヤッと意地悪そうに笑いながらわざとらしくクルクルと肩を回すジャドにレジイナはドキッとしながら「私が治すよ!」と、話を逸らさせようと口にタバコを咥えながらウィルグルの腫れた頬に手を当てて治し始めた。

「朝から? 何かあったのか?」

「い、いやー! ウィルグルさん、それにしても派手にやられましたねー!」

 わざとらしく話を逸らしてきたレジイナにウィルグルは顔を顰めながらも、聞かれたくない事情があるのかと察してその話を追求することをやめた。

「まあ、慣れっこだけどな」

「え、それって浮気を繰り返してるってこと?」

 軽蔑の目を向けてきたレジイナにウィルグルは「男は下半身と上半身は別の生き物なんだよ」と、最低なセリフをあっけらかんかに言ってのけた。

「最低。やーめた」

 そう言って治療を中途半端にやめたレジイナにウィルグルが「いや、マジで頼むよ」と懇願していた時、合図のノックをしてカルビィンがやってきた。

「おう」

「おはよ」

 顔を顰めて痛そうに頭に手を当てながらやって来たカルビィンは朝の挨拶をしたレジイナにさっき買ったばかりの物が入ったレジ袋を渡してきた。

「なにこれ」

「スポーツドリンクと薬。お前、二日酔い大丈夫か?」

 カルビィンはそう言ってレジイナを心配そうに上から覗いた。

「こ、今回はそんな酷くないよ……。それよりカルビィンの方が酷そうじゃん」

 レジイナはカルビィンからフイッと顔を逸らしながらほんのりと頬を赤らめた。

「まあ、自業自得だし、俺は薬飲んだところだし大丈夫だ。あと、昨日は酒を飲ませすぎて悪かったな」

「うん……」

 ぽわぽわーと効果音が出そうな雰囲気の二人にニヤニヤと笑うジャドとウィルグルに対してトゲトゲは真顔になってからふわふわと浮遊し、二人の間に移動した。

「おい、ギンパツ。昨日はちゃんと帰れたのか?」

「え? おう、あんま覚えてないけど起きたらちゃんと家にいたぞ」

「それはヨカッタぜ。いやあ、それに反してご主人様は……」

 そう話し始めたトゲトゲを掴んでレジイナはブチっと雑草をちぎって話を中断させた。

「ナニシヤガンダッ! ブチくそイテエだろうがっ!」

 そう叫びながら変化を無理矢理に解かされたトゲトゲはレジイナにそう詰め寄った。

「おい、トゲトゲの話が途中だったんだけど……」

「ん? どしたの、カルビィン」

 満面の笑みを浮かべてトゲトゲを無視しながらカルビィンに話しかけたレジイナは立ち上り、自身が座っていたソファに誘導して「ほら、ゆっくりしなよ」と、声をかけた。

「お、おう……」

 何か俺に聞かれたくないことがあるのかと不審がりながら素直にソファに座るカルビィンから次にレジイナは笑みを浮かべながら、文句を言い続けるトゲトゲを無言で両手で握り潰し始めた。

「イテテテテテッ!」

 痛がるトゲトゲを無視しながら無言で圧をかけ続けるレジイナにトゲトゲは紫色の顔を更に顔色を悪くさしながら「悪かった! 言わねえよ、ギンパツにホストのとこで寝てたなんて言わねえからハナシテくれ!」と、ウィルグルと小人に聞こえるようにわざと大きな声でそうレジイナに伝えた。

「あらやだ」

 口に手を当ててオネエ口調でそう驚くウィルグルを無視し、レジイナは顔から笑みを消して鬼の形相でトゲトゲを睨みつけた。

「アハ、アハハ。うっそだぴょーん」

 流石にやり過ぎたと、今にも自身を殺しにかかりそうなレジイナに怖気付いてそう言い直したトゲトゲであったが、そんな誤魔化しはもう遅かった。

「あははは! もう、トゲトゲったらー。そんなに殺されたいの?」

 急に笑ったかと思えばスッと笑みを消したレジイナに命の危機を感じたトゲトゲは「ヒッ!」と、声を上げながらポンッとアジトから姿を消した。

「ちくしょう! 小人ちゃん、トゲトゲがどこに行ったか感知できない!?」

「ジョオウ、残念だけどワタシそれできない」

 そう返事した小人にレジイナは「うがーっ!」と、叫びながらガシガシと頭を乱暴に乱し始めて、行き場のない怒りをあらわにすることしかできなかったのだった。

 

 

 

 その後、カルビィンからの探るような目線から逃げるようにレジイナはウィルグルとペアを組み、最近平穏な日々が続いているアサランド国のパトロールへと出向いていた。

「おい、レジイナ」

「なに」

 ブラッドとトゲトゲの件でイライラが頂点に達していたレジイナは全く関係のない隣で歩くウィルグルをギロッと睨みつけながらそう返事をした。

「八つ当たりすんなよ」

「……悪かったよ。なに?」

 図星を突かれ、一瞬ムスッとしたもののすぐに非を認めたレジイナはウィルグルに素直に謝った。

「単なる興味なんだけどよ、お前は結局どっちが好きなんだ?」

「どっちって何が?」

 何の話をしているのかと思いながらタバコを口に咥えながら火をつけ始めるレジイナをジトッと見ながら「ブラッドとカルビィン」と、ウィルグルは二人の名前を出した。

「ブホッ! かはっ、かはっ!」

 今まさに悩みの原因である二人の名前が出てきてレジイナは思わずタバコの煙に咽せ込んだ。

「は、はあ!? す、好きっ!?」

「いやお前、ブラッドとしたんだろ? なのにカルビィンにあんな思わせぶりな態度、可哀想すぎると思ってさ」

「や、ヤッてないかもしれないの! それに思わせぶりな態度なんてとってないし!」

 両手を振って否定するレジイナにウィルグルは首を傾げた。

「え、ヤッてないのか?」

「や、ヤッたかもしれない、してないかもしれない……」

「はあ?」

 どういうことか聞いてくるウィルグルにレジイナは困ったように髪を後ろに流しながら自身が分かっている今の現状を素直に話した。

「酒で記憶ないから実際はどうだったのか分かんないの」

「ほお。でもしたかどうかなんて分かるだろ?」

「え?」

 分かんないから困ってるんだけどと、そう思いながら見てくるレジイナにウィルグルは溜め息をついた。

「お前、処女だろ? 初めてしたら、そりゃあ痛みとか違和感ぐらい残ってるもんだろうが」

 初めてしたら何かしら痛みや違和感があるものかと知ったレジイナは、自身に何も異変がないことからブラッドと性行為が無かったと気付いてぱあっと顔を明るくしてから、ふとある疑問が浮かんだ。

「え、ウィルグル、もしかして後ろの経験もあるの……?」

「ねえわっ! 一般論だ!」

 なんでそうなるんだと怒り始めるウィルグルの肩に乗っていた小人からカナリアが話しかけてきた。

「ウィルの名誉の為に言うけど、それはないわよ、レジイナちゃん」

「ほお、カナリアさんが言うなら本当だね」

 それならそれで面白かったのになあと、呑気なことを言うレジイナにイライラしたウィルグルはレジイナに意地悪を言ってやりたい気持ちになった。

「ま、そんな鈍感なお子ちゃまのままじゃ、お前に彼氏なんて一生できねえだろうよ」

「お子ちゃま!?」

 子供扱いされてヴヴッーと唸り声を上げるレジイナにウィルグルは鼻でハッと笑った。

「なんだ? 本当のこと言われて唸ってんのか?」

「本当じゃないもん! もう大人だもん!」

「大人は"もん"なんて言いませんー」

 ベロベロベーと舌を出して自身をからかうウィルグルにレジイナはその場に立ち止まって地団駄を踏み、「ムキーッ!」と、声を上げた。

「ウィル、大人気ないわよ」

「そーだ、そーだ!」

「ケッ。人の好意を無下にするやつに大人である必要ねえよ」

 カナリアの言葉にそう返事したウィルグルはクルッと振り返り、その場で立ち止まったままのレジイナに意地悪な笑みを浮かべた。

「あーあ、そんな態度とっていいのかレジイナ? この事をカルビィンが知ったらどう思うだろうなあ?」

「な、な、なんて卑怯な!」

 あわわわと顔色を悪くするレジイナに満足したウィルグルは鼻歌を歌いながら再び歩き出したのだった。

 

 

 

 その後、ペコペコとした態度をとってくるようになったレジイナに機嫌を良くしたウィルグル達は夕方にはアジトに戻り、同じくパトロールをしていたジャド、カルビィンと合流した。

「よお。何か収穫は?」

「ないな」

 こりゃ仕事になんねえなと、そう思ったジャドは腕を組んで考えた。

 教会の一件からエアオールベルンクズの動きが少なくなったこの地域にジャドはここ最近悩みに悩んだ結果、ある決断をした。

「よし、引っ越しをしよう」

「へ?」

「引っ越し?」

 レジイナはとウィルグルはジャドの提案に首を傾げた。

「まあ、頃合いだとは思ってたぜ」

「頃合い? 引っ越しは初めてじゃないということ?」

 そう質問したレジイナにカルビィンは今まで自身がいた時には一度、暗殺部では既に二度引っ越ししていることを教えた。

「同じところにいると敵にアジトがバレる可能性が高いし、敵もある程度狩れていなくなる。もうここにはほとんどいねえし、いても派手に動ける勢力はねえから頃合いだろうよ」

「成る程。次はどこ付近にするとか決まってるの?」

「もし敵に知られた時用にアジトは他に一つは確保してある。今回は南東にあるユーフ町だ」

 ジャドはそう言って地図をテーブルに広げて場所を指差した。

「……ここなの?」

 レジイナはその場所を見ながら近くにあるウィンドリン国を見ながら呟いた。

「良かったじゃねえか。母国に帰りやすくなったな」

 ニヤニヤと笑うジャドをギロッと睨んでからレジイナは溜め息をついた。

「いつ引っ越す予定だ?」

 そんなレジイナを見ながらカルビィンはジャドに質問した。

「今から喫茶店に行って四大国から指示を仰いでくる。ここ最近なにも成果を上げてねえからな、すぐにでも向かうことになるだろう。お前達も自分達の家からすぐ引っ越せるように荷造りしてこい」

「でも、こんな小さな国なんだからわざわざ引っ越ししなくても通えなくない?」

 四大国に比べてアサランド国は中央にある小さな国だ。そして、今回は北東から北西にある地区に移動するため近場である。密集地であるこの国でわざわざ引っ越す必要があるのかとレジイナは疑問に思ったのだった。

「バーカ、敵さんが俺達の自宅を突き止めてる可能性があるだろ」

「ああ、成る程」

 そう返事したレジイナに「少しは考えろよな」と、カルビィンはレジイナの額をベシッと指で弾いた。

「もうなんでデコピンするの! カルビィンのバカバカバカッ!」

「アハハ、悪かったって。なあ、許せって」

 両手を握ってカルビィンの肩を叩き始めるレジイナの腕を取って動きを止め、顔を覗きながら謝ってくるカルビィンにレジイナは朝にウィルグルのどちらが好きなのかと質問されたのを思い出してポッと頬を赤らめた。

 その時、ある人物が二人の間に手刀を落として強制的に二人を離させた。

「ブラッド、今日は早いな」

「まあな」

 ブラッドはジトッとカルビィンを睨みながらウィルグルにそう返事した。それに対してレジイナとのせっかくの触れ合いを邪魔をされたカルビィンもブラッドを無言で睨み返した。

 そんなブラッドとカルビィンの睨み合いから逃げるようにススッと距離を空けてレジイナはウィルグルの隣に移動した。

「……ふう、ウィルグルの隣って落ち着くね」

「てめえ、失礼なこと言ってるっていう自覚あるか?」

 別にレジイナを恋愛対象として見てないウィルグルであったが、あからさまに男として見られてない失礼な発言にそう返事した時、ジャドがブラッドに話しかけた。

「ブラッド、近々俺達はユーフ町に引っ越す。今まで通り仕事をしてくれるか?」

「ユーフ町? ここより辺鄙な町だな。行けなくないし、続けさせてもらうぜ」

「それは有難い」

 今後もよろしく頼むと言いながらジャドはブラッドに手を差し伸ばした。

「こちらも有難いよ。まあ、ここより離れるんだから給料が上がってくれればより有難いんだがな」

 チラッとレジイナを見ながらそう言うブラッドにドキッとしたレジイナはスッとウィルグルの背中に隠れた。

「おい、何してんだ」

「うっさい。そのまま居てよ」

 うう、恥ずかしい……!

 ブラッドと行為に及んでいないと分かっていても早朝のことを思い出し、羞恥心に頬染めるレジイナに機嫌を良くしたのか、ブラッドはふんふんと鼻歌を歌いながらユニコーンの椅子にドカッと座った。

 その反面、そんな二人の事情が分からないカルビィンが機嫌を悪くしたところで、ジャドはニヤニヤと笑いながら喫茶店に向かう為にアジトから出て行った。

 その後、なんとも言えない雰囲気の中、数十分後にはジャドが戻り、一週間後にはここを立ち退いて新たなアジト、ユーフ町に向かうこととなった。

「それまでにここにあるものを処理する。俺らがいた証拠を残すなよ。各々の家はまた後日手配されるから当分はユーフ町のアジトで寝泊まりすることになると思えよ」

 ジャドのその言葉にレジイナはあからさまに嫌な顔をした。

「ええー、そのアジトにシャワーはあるの?」

「さあ? 俺も詳しく分からないがすぐに手配されるはずだから少しは我慢しろ」

「はあ? 無理無理、絶対に無理」

 シャワーを浴びれないなんて有り得ない、そう文句言うレジイナに「一日二日浴びなくたって死なねえよ」と、デリカシーもなにもない解答をカルビィンがした。

「そう言う問題じゃない! こんなむさ苦しい男共に囲まれてたら臭くてたまんない!」

 鼻を摘んでチラッとジャドを見たレジイナに「俺は臭くねえからなっ!」と、以前レジイナに加齢臭がすると言われたことを根に持っていたジャドが声を荒げた。

「確かにおっさん臭するよな」

 そう同意したカルビィンを見ながらレジイナは「あはは」と、乾いた笑いをした。

「んだと、カルビィン! レジイナはお前さんも加齢臭がするって言ってたからな!」

「ハア!? 俺から加齢臭!?」

 ガバッとこちらに振り向いてきたカルビィンの視線から逃げるようにレジイナは「倉庫行ってきまーす」と、伸びた言い方をしながら奥の部屋へと逃げるように入って行った。

 その後、レジイナを追いかけるようにジャドとカルビィンが向かい、あーだこーだと騒ぐ様を見ながらブラッドはウィルグルと共に声を上げて笑っていた。

 あーあ、こんな日々がずっと続くだけで俺は幸せなのかもしれない。

 そう思ってから病室から出れずに日に日に弱っていく妹を思い出し、チクッと胸を痛めたのだった。

 

 

 

 ブラッドは深夜にコツコツと黒の革靴を鳴らしながら軽快にアジトから自宅に向かって歩いていた。その時、ふと背後から気配を感じ、ブラッドはビルの角を曲がって息を潜めてその気配の正体を待ち構えた。

 ふわっと生温い風を感じたと思えば、自身の目の前に釘が無数に刺さった棍棒が落ちてきたのを見て、ブラッドは瞬時に魅惑化を発動させた。

 ブラッドはそこらへんにいる魅惑化より優れた異能者であり、男女問わず自身の魅惑させる自信があった。

 しかし、目の前にいる棍棒を持った男には効かず、更にブラッドに向かって来て、そのまま大きな両手にガシッと肩を掴まれて宙に浮かされてしまった。

「ほお、優秀な情報屋とは聞いていたが、叫び声の一つも上げないとは見上げた根性だな」

 ブラッドは二メートル、いや三メートルもあるのかと思う程の巨体な男を見上げながら、じわっと額に汗を滲ませながらも冷静になろうとすーっと息をゆっくり吐いた。

「すー、はー。んー、甘くて美味そうな匂いだな。だが、俺のこの大きな体には足りない量だな」

 体の質量とフェロモンの量がイコールなんて聞いたことねえんだが。

 そう考えながらブラッドは何か打開策がないか考え、フェロモンを漂わす方向を変えた。

「ほお……」

 パンパンと発砲音が聞こえ、大男はブラッドを抱えながら器用に左、右と飛びながら避けていった。

「ガッ、痛えな」

 次に後ろから銃を持つ人物とは違う人物に飛び蹴りされた大男は少しよろめいただけでさほどダメージを受けてはなかった。

「んあ? 次はなんだ?」

 大男の頭上からドバッと液体がかかり、上を見上げたその瞬間、火がついたマッチが落とされた。

「おお、これはやばいな」

 ヌルヌルとした手からブラッドはスルッと飛び蹴りをした人物に抱えられながら大男から距離をあけた。そのすぐ後に大男はマッチの火が落とされ、オイルの付いた体はボワッと一気に火が付いた。

「あははっ! あちい、あちいなあ! こんな刺激的なのは久しぶりだぜっ!」

 炎に包まれながら両手を広げ、楽しそうにくるくると踊る大男にブラッドは顔を顰めた。

「……狂ってやがんな」

 ブラッドは普段から自身のフェロモンを嗅がして手なづけていた人物である女三人を後ろに控えさせながらその様子を見てきた。

 倍力化を使えるマダムと女子高校生。

 武強化を使えるウェイターの女性。

 時折、甘い言葉と性行為をプレゼントしながらブラッドは三人の日常生活を出来るだけ邪魔しないようにして、自身が何かあった時にすぐに向かわせて守らせるように育ててきた。

 魅惑化を使いこなせる者程、相手を惚れさせるのはもちろん、遠い所までフェロモンを対象者に届けさせることができる。

 教会で戦闘したザーリは他の魅惑化より特化してそれができていたため、百人以上の者を魅了し、操ることができていた。

 ブラッドもそこまで大人数が扱える訳ではなかったが、容易に他者を自身に惚れさせて操作できることに特化していた。

 このまま待てば炭になって死ぬであろう大男を最後まで見届け、死体の処理をしようと待ち構えていたブラッドの目の前で大男は着ていた服のジャケットから拳銃を取り出し、銃口を頭上に向けた。

 攻撃されるかと身構えた四人とは反して、大男は銃から多量の水を噴射させて雨のように自身に振り落とし、自身に燃え移っていた火を鎮火させた。

「ふー。いやあ、待たせて悪かったな。あまりにも久しぶりに刺激的な痛みに感激してしまってな」

 あまりにも狂っている発言をした大男に驚いた四人の隙を見落とすことなく、大男は銃口から氷を発砲してブラッドの右後ろにいた女子高生、左後ろにいたマダムを撃った。

 倍力化を使用できる二人であったが、その強力な氷の銃弾によって左胸に大きな風穴を作られ、声を上げる間もなく即死した。

 な、なんて強い威力なんだ!?

 そう呆気に取られている間に大男はテレポートしたのかと思うぐらいの速さでブラッドの目の前に移動した。

「ブラッドさん、逃げてっ!」

 残った一人であるウェイターの女は手に持っていた銃から電気を広く出してバリケードの様な物を繰り出した。

「うひょー! ピリピリすんねえ、いいマッサージだこと」

 パリンという音ともに大男はそのバリケードを棍棒で叩き割ってそのままウェイターの女を棍棒でグシャッと殴り殺した。

「あーあ、血が着いちまった」

 棍棒を軽く振って血を振り払う大男を見てブラッドは死を覚悟した。

 俺もここまでか。

 情報屋として働くことを決めた時点でいつ死んでもおかしくないと覚悟を決めていた。

 どうか、妹のアイラが最後まで安らかに生きれますように。

 神なんて信じていないブラッドだったが、最後は神頼みをしながらそう祈り、その場で両手を組んで空を見上げたところで大男は愉快そうに声を上げて笑った。

 何がおかしいのかとギロッと睨みつけたブラッドに大男は手に持っていた棍棒を遠くに投げ捨て、シュシューッと体を縮めた。

 なるほど、倍力化で体を巨大化してたのか。

 ブラッドはそう冷静に分析をしながら何故、自身を始末する前に臨戦体制を解いたのかと不気味に思いつつ、逃げることなくその大男から目を離さなかった。

「いやあ、悪かった。本当はお前と交渉をしたかっただけなんだが、あまりにも久しぶりな戦闘で心が沸き立ってしまった」

 戦闘体制を解いた男のグレー色の長髪の髪は汚れており、毛もあちこちに飛んで纏まってなかった。砂埃や血が飛び散った黒のパンツとジャケットがこれ以上汚れることを気にすることなく、無精髭が生えた顎を摩りながら「まあ、話をしようぜ」と、大男はそのまま地面に座り込んでブラッドにニヤッと笑いかけてきたのだった。

 

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