6 ジャド・ベルナール①

 茶髪の髪を揺らしながら公園で元気に駆け回る五歳になる娘を微笑ましく見ながらその父親は「パパー! こっち、こっち!」と、手招きしてくる娘に手を振った。

「パパー! 見て見て、すごいでしょ?」

 鉄棒に手をかけて逆上がりをしたり、ブランコを元気に漕いで自慢げにそう言う娘の頭を父親はぽんぽんと撫でてやった。

「すごい、すごい」

「えへへー」

 ——娘と過ごした時間を父親は思い出していた。

「パパ、ありがとう!」

 誕生日にあげたユニコーンの人形を抱きしめながらそう言う娘。

「ねえねえ、なんでお空は青いの? 雲はなんで白いの?」

 不思議に思ったことをなんでも質問する娘。

「ヤダー! 抱っこ、抱っこして!」

 おねだりをする娘。

「もう、パパとはお風呂入らないもん」

 父親離れをする娘。

「パパ……、ごめんなさい」

 素直に自身の誤りを謝る娘。

「パパ、ずーっと、ずーっと一緒だよ!」

 この先、ずっと一緒に過ごそうと約束した娘。

 ああ、なんて愛おしいのだろうか。

「ああ、ずっと一緒だ。愛してるよ」

 世界一愛してやまない愛娘。

 この子の為になんだって出来る。そう決意し、自分ならできると思っていた——。   

 

 

「パーパー」

 ジャドは自分しかいないはずの自室に他人の声がし、パッと目を覚ました。

「パーパー、おーきーてー」

 声がするベットの下へ目を向けると、真っ暗な部屋の床に座って懐中電灯を灯し、自分の顔を照らすレジイナがいた。

「ぎゃああああっ!」

 その不気味な様相にジャドは思わず悲鳴を上げてしまった。

「ジャド、うるさいよ。まだ真夜中」

「ふざっけんな! ていうか、どうやって入ったんだ!?」

 ジャドの自室は自国のワープ国から用意されたオートロック付きの高級マンションの二十階にある部屋であり、鍵のないレジイナが簡単に出入りできる場所ではなかった。

「鍵なんて渡してねえだろ。どうやって入ってきたんだ?」

 ジャドはベットから出て、レジイナの胸倉を掴んで無理矢理に立たせた。

「いやん」

「変な声を出すなボケ」

 一切悪びる様子がなくふざけるレジイナにジャドは舌打ちをした。

「悪いって」

 そう口だけで謝り、レジイナはベランダを指差した。

「近くのビルからベランダに飛び移ってきたの。んで、ガタガタって扉揺らしたら簡単に開いたよ」

 ジャドは「あったま、痛え……」と、言ってから力が抜けたようにベットにボブっと腰掛けた。

「お前さんが俺ん家にどうやって不法侵入したのかは理解した。で? なんの用件だ」

 暗殺部に決まった休みなどなく、こうやって自室に帰って夜に就寝できることなどそうそうない。貴重な睡眠時間を邪魔されたジャドは「さも大事なことがあったんだろうな?」と、レジイナを睨みつけながら質問した。

「大事も大事。カルビィンとウィルグルが今にも殴り合いそうな勢いで喧嘩してるの。ジャドパパ、来てよ」

 なんともふざけた内容にジャドはなんで俺はお前さんらの世話をせなならんのだと、自身の役回りを呪った。

 

 

 

 

 寒さが少し緩和された三月の深夜。ジャドはレジイナと共にアジトのドアを三回ノックし、暫く時間をあけてから二回ノックしてからドアを開けると、そこには声を上げて言い合いをするカルビィンとウィルグル、そしてそれを宥めようと間に立つブラッドがいた。

「いい加減にしろよ、クソガキ共」

 ジャドはふーっとタバコの煙を出し、カルビィンとウィルグル、そして隣に立っていたレジイナも拘束した。

「ジャド!?」

「なんだよ! 離せ、離せ!」

 ウィルグルはジャドの登場に驚き、カルビィンは頭に血が上っているのか、掴めもしないタバコの煙を殴って抗っていた。

「ええ、なんで私も……」

 レジイナは自身も拘束されている理由が理解できず、困惑した顔でジャドを見た。

「はあ、もう俺も若くねえんだから寝かせてくれ……」

 そう嘆いてからジャドはカルビィンとウィルグルの頭をゴンッと音がなるぐらいの強い力で殴った。

「なっ、俺は悪くねえよ! カルビィンが悪いんだろ⁉︎」

「あんな小さい事をチクチクと嫌味を言うお前が悪いんだろ、ウィルグル!」

「あー! もう、どっちが悪いかなんてどうだっていい!」

 まるで兄弟喧嘩のような幼稚な言い合いをする二人をそう叱り、ジャドはタバコの煙の力を更に強めて二人を締め付けた。

「うう、苦しいっ……」

「ジャド、や、やめ……」

 タバコの煙にギュッと強く締め付けられて苦しむ二人をジャドは腕を組んで睨み、「なら、もうやめるな?」と、言った。

 その迫力に二人を圧倒され、無言で勢いよくうんうんとうなづいた。

「ほらよ」

 フッと煙は消してジャドはウィルグルとカルビィンの拘束を解いた。

「ちょ、ちょっ! 私も解いてよ!」

 そう訴えてきたレジイナは今だにジャドのタバコの煙に拘束されたままだった。

「うっせえ。お前さんも反省しろ」

「私が!? なんで!」

 ジャドは胸ポケットから銃を取り出してレジイナの額に突きつけた。

「ひいっ!」

 今にも本当に撃ってきそうなジャドの気迫にレジイナは声を上げた。

「お前も煙、扱えんだろ。なんで使わなかった?」

 そう質問するジャドにレジイナは怯えながら「だって、理由を知らないんだもん!」と、訴えた。

「理由?」

「そう、理由! 二人があんなに怒ってんだもん。なにか大事なことで揉めてると思ったから止めるだけじゃダメだと思ったんだって!」

 レジイナの理想としてはジャドに二人の言い分をしっかりと聞いてもらって解決してほしかったのだ。こうもあっさり喧嘩を止めさせるとはレジイナは思ってなかった。

「あのなー、俺はあいつらやお前さんの"パパ"じゃねえよ」

「パパみたいなもんじゃん……」

 ブスッと拗ねた顔をしてそう呟いたレジイナの頭をジャドは銃でガンッと殴ってからタバコの煙の拘束を解いた。

「最後はお前さんだ」

「お、俺!?」

 ジャドはそう言って二人の喧嘩をレジイナがいない間も宥めていたブラッドだった。

「魅惑化を使えば済むよなあ?」

 ニコッと不気味な笑みを浮かべながらカチッと銃の安全装置を外すジャドにブラッドは両手を上げて降参のポーズをとった。

「待て待て! こんな興奮状態の二人に使っても充分な効果はでねえよ!」

「いんや、そんな事ないと思うが? お前さんがそんらそこらじゅうの魅惑化より有能なことは俺は知ってるぜ?」

 ニコニコ笑い続けながらブラッドにそう伝えてくるジャドに四人は恐怖で固まった。

 マジギレじゃん……。

 たまにしか取れない貴重な睡眠時間を奪われたことに予想以上に怒るジャドの元にふわふわとした光が降りて来たと思ったら、ポンッとトゲトゲがウィルグルが育ててる観葉植物に乗り移って姿を現した。

「ガハッガハッ! オッサン、マジギレじゃん。ウケるー」

「ああん? 燃やして欲しいのか?」

 シーッ、シーッと口に人差し指を当ててレジイナがトゲトゲに黙るよう伝えるが、それを無視してトゲトゲは話を続けた。

「ガハッガハッ、やってみろよ? そしたら部屋全体がモエテ、折角生き残った暗殺部はゼンメツだぜ。一ヶ月前のこと思い出してみろよ」

 トゲトゲの言った言葉にジャドは少し考えてからブラッドに向けていた銃口を下げた。

「ケッ。てめえら、俺は明日も休む。絶対に邪魔すんな」

 ジャドはギロッと四人とトゲトゲを睨みつけてからアジトを出て行った。

 カツカツとジャドの履く革靴の足音が聞こえなくなってから四人は、はあーと止めていた息を一気に吐いた。

「本気で殺されるかと思った……」

「流石に少しチビったぜ……」

 ウィルグルとカルビィンはそう安堵し、次に自分達の喧嘩の仲介役としてジャドを連れてきたレジイナを睨んだ。

「いやいや。まさか、こうなるとは思ってなかったって!」

 両手を振ってそう言うレジイナを庇うようにトゲトゲは観葉植物に変化したまま、レジイナの前に出てきた。

「ヨケイなオセワッてやつだな」

 いや、トゲトゲは自身の主人を庇う気などさらさらなく、更に二人の怒りを買おうとした。

「おいおい、流石にそれはあんまりだぜ」

「ブラッド!」

 トゲトゲとは違って、ちゃんと自身を庇ってくれたブラッドにレジイナは目をキラキラさせて喜んだ。

「俺達なりにあんたら二人を丸く収めたい一心でやったことなんだ。責められるんじゃなく、こちらとしては感謝して欲しいもんだな」

「そうだ、そうだ!」

 ブラッドの後ろに立ってそう声を上げるレジイナにカルビィンとウィルグルは腑に落ちないながらも、レジイナを責めてもなにもならないと思ったのか、お互い睨み合ってから舌打ちをし、フイッと顔を背けた。

「ねえ、解決してないよね」

「もうほじくり返すな。それより、明日もジャドが来なくても問題ないのか?」

 ジャドは一日だけの休暇を取る予定だったのだが、勝手に一日増やしたのだ。いつ何時、なにがあるか分からないアサランド国。そんな悠長に休んでていいものなのだろうかとブラッドは疑問に思った。

「うん。北東の勢力をほぼ殲滅したからなのか、今は敵が大人しいの」

「まっ、俺達の強さに恐れてるんだろうよ」

 カルビィンはそう言って「なあ?」と、レジイナの肩に自身の腕を乗せてグイッと体を寄せた。

「ねえ、最近カルビィン近い」

「いいだろ別に。お前は俺の弟なんだろう?」

 最近ベタベタと近いカルビィンにレジイナは「もうっ」と、言いながら特に抵抗することなく、不満そうな顔をしただけだった。

「チッ!」

 そんなカルビィンにウィルグルは舌打ちをわざと聞こえるように鳴らした。

「ああん?」

「ああ?」

 また再び言い合いが始まりそうな雰囲気にレジイナは急いでタバコ二本を咥え、火を付けて煙を出した。

「またこれか!」

「レジイナ!」

 武強化と武操化を組み合わせた応用技である煙の実体化はそう簡単に破れるものではない。ジャドより持続力がないものの、レジイナは短時間であれば相手を拘束できた。

「ねえ、もうやめてよ! 二人が暴れたらアジトが壊れて地下に埋もれちゃう!」

「うっせえ、カルビィンに言え!」

「小さいことでいつまでもチクチク言うんじゃねえよ! だからてめえの息子も小さいんじゃねえのか?」

 カルビィンはウィルグルに対してそう貶し、「ベロベロベー」と、舌を出してバカにした。

「てめっ! それをレジイナの前で言うことないだろ!」

「なんだよ、事実だからいいだろうが」

「ちくしょ! 少しデカいからってバカにしやがって……。俺にはテクニックがあんだよ、テクニックが!」

 再びギャーギャー言い合う二人のやり取りを見ながらレジイナは「呆れた……」と、呟いてからフッとタバコの煙を消した。

「んっしょと」

 レジイナはそう声を出しながらカルビィンとウィルグルの頭を掴んでお互いの頭を勢いよくぶつけた。

「うっ!」

「ガッ!」

 その衝撃で意識を失った二人をレジイナはゆっくりと床に寝かして、奥の部屋から持ってきた毛布をかけてやった。

「はーい、おねむの時間でちゅよー」

「いやいや、おねむじゃねえから」

 無理矢理に寝かしつけたレジイナにブラッドはそうツッコミを入れたが、それを無視してレジイナはソファにドカッと腰を下ろした。

「一回寝た方が冷静になれるって。ほーら」

 レジイナはふーっと今だに口に加えたままの二本のタバコを吸いながらブラッドに隣に座るように、横の席を叩いた。

「お、おお……」

 ブラッドはよく考えたらこれは二人きりのようなもんではないのかと、少し緊張しながらレジイナの隣に素直に座った。

「ねえ。男の人って、そんなにちんこの大きさって重要なの?」

「な、なんだよ、いきなり……」

 レジイナは普段、そのような下ネタを口にしたりする事はない。直球なその質問に驚くブラッドにレジイナは顎をクイッとして自分が無理矢理に気絶させたカルビィンとウィルグルを指した。

「いやだって。二人があんなに大喧嘩するとこなんて、ここに来てほぼ一年になるけど見たことないもんだからさ」

 そう言ったレジイナに本当はそれだけではないんだけどな、と思いながら「そういうことね」と、ブラッドは言った。

「そりゃそうだろ。大きければ大きい方がいいって訳じゃないが、小さかったら女を満足させてやれねえからな」

「へー、そうなんだ」

 そういう経験が全くないであろう返事をしたレジイナにブラッドはやっぱりこいつ処女なのかと、確信して頭の中でガッツポーズをした。

「まあ、経験したら分かるよ」

「経験ねー。する予定もないしなー」

 タバコを灰皿に押しつけて消し、ドサッとソファの背もたれにもたれたレジイナは天井を見上げながら、自身の思い人を思い出した。

 ブリッドリーダーには彼女がいるし、私はもう恋とかエッチとかしないまま、おばさんになりたい。

 どうせ、好きな人と結ばれないのだ。そういう行為自体に興味もないし、する必要もないと考えて返答したレジイナにブラッドはこれはチャンスなのかもしれないと、ギュッと拳を握った。

「……興味があるのか?」

 グイッと体を寄せ、見下ろしてきたブラッドの顔をレジイナはボーっと見ながら本当、腹立つことにブリッドリーダーに似てやがるよなコイツと、思った。

「いんや、全くない」

「そっか……」

 しゅん、と効果音が出そうな程、落ち込むブラッドの顔にレジイナは首を傾げてから、ソファから立ち上がった。

「え、どこに行くんだよ」

「パトロール。ブラッド、二人の子守りをよろしく」

 そんなあと、ガッカリするブラッドに気付くことなく、レジイナはトゲトゲを肩に乗せて深夜の真っ暗な闇に溶け込みながらアサランド国の街へと繰り出していった。

 パタン、と閉まった扉を見ながらブラッドは溜め息を着き、先程までレジイナが座っていた場所に頭を預けて横になった。

 ブラッドはいかんせん自身に好意を示してきた女としか関わってきたことがなく、いつも受け身であったため、自身の好意を気付かない鈍感なレジイナ相手にどう口説いたらいいか分からなかった。

「へー」

「ふーん」

 そう感傷に浸っている時、横からそう声が聞こえてきたブラッドは驚いてソファから体を起こした。

 そこには目をぱっちりと開け、無理矢理に眠らされていたはずのカルビィンとウィルグルの二人がジトッとブラッドを睨んでいた。

「よ、よお。お目覚めか?」

 先程のレジイナとのやり取りを見られてもなにもやましいことはしていないのだから焦ることはない。しかし、あれは第三者から見ればレジイナに好意があると知られてしまう行為だったかもしれないと、ブラッドは焦っていた。

「ああ、起きてるぜ」

「ずっとな」

 そう言った二人にブラッドは「そ、そうか」と、言ってから項垂れた。

 ちくしょう、恥ずかしいっ!

 

 

 

 その後、パトロールから戻ってきたレジイナは三人を残し、昼まで休憩をもらって一度帰宅した。それと入れ替わるようにカルビィンとウィルグルが休憩に入り、また夜にアジトに集合することとなった。

 昼からはブラッドもいつも用事があると言って顔を出すことは無いため、レジイナは一人でアジトにいた。一人ですることは特に無く、最近大人しいエアオールベンクズの動向に緩みきっているレジイナはパートナーの小人とのんびりと会話していた。

「ふわあっ、寝てしまいそう……」

「ご主人様。それはタルミすぎだぜ」

 レジイナの胸の上で座るトゲトゲは口から黒い唾液を垂らしながら、欠伸をする自身の主人にやれやれと両手を上げた。

「まあ、死闘を繰り広げたご褒美ということで」

「そう言って、この前のお留守番の時もバクスイしてオッサンに叱られてたろ」

 レジイナはトゲトゲのその言葉に、ハッとして耳を澄ませた。

「ジャドが来たかと思ったじゃん。びびったー」

 トゲトゲの言葉にジャドがもしかして来たのではないかと驚いたレジイナは自身の胸の上にいるトゲトゲの頬を軽く摘んだ。

「ごしゅひんしゃま、オレしゃまのあちゅかいヒィドイ」

 トゲトゲは自分はどの小人より強く、かつ知能も高くて優秀であると自負している。事実、トゲトゲを超える小人など探してもいないかもしれないほど強い。

 前回の教会での戦闘もトゲトゲがいなければ本当にジャド以外の暗殺部は死んでいた。

「ジャドとトゲトゲが来てくれなかったら私達、死んでたんだよなあ」

 なんでジャドは自分の意見を変えて来てくれたのだろう、と考えながらトゲトゲを見た。

「そんな見つめられたらテレチマウぜ」

 うふふとわざとらしい笑い方をしたトゲトゲにレジイナは少し呆れながらふーっと息を吐いてから起き上がった。

「んお、いきなりビックリするじゃねえか」

 レジイナの胸から落ちそうになったトゲトゲはフワッと飛んでテーブルに移動した。

「へーへー、ごめんね」

 レジイナは適当にトゲトゲにそう謝ってから外に出る準備をし始めた。

「外、イクノカ?」

 トゲトゲはそう言ってレジイナの肩に乗って、ない髪の毛を梳かすフリをして一緒に出かける準備をした。

「そ。今日はウィンドリン国から頼んでた武器が届く予定なの。夕方には着くはずだから取ってくる」

 そう言って、一緒に向かおうと自身の肩に乗っていたトゲトゲに手を伸ばしてレジイナは両手で抱き上げた。

「トゲトゲ、良い子にお留守番しててね」

「ハア!? 普通はパートナーのオレ様と常に行動するもんだろ!?」

 ヤダヤダ、一緒に行くと駄々をこね始めるトゲトゲにレジイナはいっつも勝手にどっか行ってふらっと帰ってくる癖にと、心の中で少し恨めしく思った。

「ね、良い子にしてて」

 トゲトゲを抱き上げたままのレジイナはちゅっとその頬にキスをし、ニヤッと笑いかけてからソファにそっと降ろした。そしてポンポンと頭を撫で、トゲトゲの言葉を待つ事なくアジトから出て行った。

「クウウウ、ズリイ……」

 ムスッと頬を膨らませ、拗ねたようにそう言ったトゲトゲはレジイナからのキスは満更ではなかったらしく、そのまま大人しくアジトで留守番をすることにした。

 

 

 

 カランカラン——。

 レジイナは喫茶店の扉の鐘を鳴らしながら店内に入店した。

 店内を見渡すと、このスラム街に似合わないほど立派なスーツを着こなし、金髪の髪を後ろに撫でた男が一人で優雅にコーヒーを飲んでいた。

 ……見たことない奴。

 レジイナはこの寂れた店に不似合いの男をチラッと見てからマスターに「ミックスジュース」と、注文してから席に着いた。

 この"ミックスジュース"は何かマスターに用がある時に注文するメニューであり、店内に他の客がいる時に使う合言葉だった。

 マスターはそんなレジイナの注文に「あいよ」と、言ってから頼んでもいないオレンジジュースを持ってきた。それを見たレジイナは片眉を上げてマスターを睨んだ。

「レジイナ、このお方はワープ国のなんかの補佐だ」

「……身内って訳ね」

 それを早く言えよ。

 そう思いながらレジイナはマスターを睨みながらジュース片手にその男の前の席に座った。

「どうも、はじめまして。暗殺部でーす」

「はじめましてではないですよ。しゅんり殿」

 男はキリッとした吊り目の綺麗なグリーンの瞳でレジイナを敵意剥き出しで睨みつけてきた。

「……レジイナでよろしく」

 レジイナはそう言ってから以前名乗っていた名前を呼んできたこの男と会ったことあったのか、そして何か恨みでも買うような事をしたのかと考えた。

 レジイナは自分で言うのもあれだが、人から好かれやすい性格をしていると思っている。敵でもなく、身内である同じタレンティポリスのこの男になぜそんな目で睨み付けられるといかんのだと不思議に思ってると、男は「忘れてるなら自己紹介でもしましょうか?」と、勿体ぶった言い方をした。

「そうだね、頼むわ」

 男の態度に気分を害したレジイナはそうぶっきらぼうに言ってからズズッーとジュースを飲んだ。行儀の悪い飲み方をするレジイナに顔を顰めた男はコホン、と咳払いをして自身の所属先が記されているカードキーを見せた。

「ワープ国、武強化の補佐をしているシリル・ウッドです」

 そう言って自己紹介を終えてもなお睨んでくる男をジッとレジイナは見つめ返し、そういえばジャドの後ろにいた補佐ってこんな感じの人だったっけかと、ザルベーグ国であった会議を思い出した。

「うーん、うーん……」

 腕を組んで思い出そうとするレジイナにシリル補佐は「無理に思い出す必要はありません」と、冷たく言い放った。

「いや、悪かったって。あの会議でしょ? あそこに貴方がいたのなら分かるでしょうに。あん時は倍力化の試験で必死だったんだって」

 以前、レジイナがウィンドリン国の代表としてザルベーグ国の会議にナール総括達と向かった時、参加者達の賭けものとして賭けられながら、倍力化のグレード3を会得しようと訓練に奮闘していたのだ。参加者全員を覚えるなんていう余裕はなかったのだ。

「私は別に貴女に覚えていて欲しくて来た訳ではないので、そんな説明はいりません」

 更に気分を悪くしたであろうシリル補佐のその態度にレジイナはめんどくせえと、思いながら頬杖を付いて明後日の方向を向いた。

「で、その補佐殿はどのようなご用件で?」

 どうせジャドに用事でもあるのかと考えてからハッとレジイナは目を見開いた。

 アサランド国に連絡や立ち入る時はとても厳しい審査を通らないと入国できない。まず立ち入ったこと自体、あまり事例がない。

 例としてはこの前の教会での大きな戦闘の時のように応援が必要な時など、緊急性のあるものばかりだ。

 ワープ国になにかあり、総括を務めたことがあるジャドに助けを乞うてきたのかと、真剣な顔をしたレジイナをシリル補佐はバカにしたように鼻で笑った。

「そんな大事な事ではないですよ」

「あれ、気付かぬ間に喋ってた?」

 思ってたことを喋ってたのか、と頬を掻くレジイナにシリル補佐は「顔で喋ってましたよ」と、伝えた。

「顔って……」

 そんな分かりやすい顔をしてたのかと、少し反省していたレジイナを真っ直ぐに見ながらシリル補佐は両手で組んだ手の上に顎を乗せた。

「私はジャド総括にも用事がありますが、貴女と話したくてここに来ました」

「はい?」

 予想外の言葉に驚き、思わずマスターに顔を向けた。

「お前、今日これを取りに来る予定だったろ?」

 マスターそう言ってからレジイナがずっとウィンドリン国から欲しいとねだっていた武器を投げて寄越してきた。

 だからジャドに連絡がまず来なかったのかと、理解したレジイナは他国の補佐からの話は何かとゴクッと唾を呑んでシリル補佐の言葉を待った。

「なに、難しいことじゃないです。しゅんり殿、暗殺部を辞めるか死んでください」

 レジイナはそんなシリル補佐の言葉に口を開いて驚いて暫く固まった後、先程マスターからもらった武器、ロケットランチャーを袋から出して肩に担いで立ち上がり、テーブルに右足をかけたた。

「はあ!? 舐めてんのかごらあっ!」

 今にも暴れ出しそうなレジイナにシリル補佐は「舐めてません」と、冷静に言ってからスーツの内ポケットに手を伸ばした。

「なに店ん中で暴れてんだ、ボケ」

 店内に三人以外の声が聞こえてきたかと思ったらフワッと漂ってきたタバコの煙にレジイナとシリル補佐は拘束された。

「……今日は休みの予定だったんじゃないの?」

 ギロッとレジイナはこちらに近付くジャドを睨み、煙の主導権を奪おうと武強化と武操化を使用した。

「ぐうううううっ」

「おお、そんなことも出来るようになったのか。だが、甘い」

「うげっ!」

 逆にギュッと締まった煙にレジイナは声を上げる中、シリル補佐はスルッとタバコの煙の拘束を解き、ジャドの前で跪いた。

「お久しぶりです、ジャド総括」

「ああ、久しぶり。あと、俺は総括じゃない。総括はお前に譲るっつっただろ」

 ジャドはそう言ってから溜め息をつきながらドカッと椅子に座った。

「何を言いますか、総括は貴方様です」

 レジイナは今だにジャドに拘束されたまま、二人の会話を聞きながら総括じゃない、総括です、という同じ会話を繰り返す二人に呆れながらブラブラと浮いた足を揺らして退屈しのぎしていた。

「たくよお。うっせえんだよ、お前さんは昔から」

「それ程に貴方を尊敬しているということです」

「はいはい。で、要件は?」

 手をヒラヒラさせながら早く言えよ、というジャドにシリル補佐はダンッとテーブルを両手で叩いて「分かってるでしょうに!」と、声を上げた。

「約束の二年を当に過ぎ、もうすぐ三年になります。いつワープ国に戻り、総括として働いてくれるんですか⁉︎」

「うっせえ。それはお前さんが勝手に言ったことで俺は総括に戻る気はねえ。てめえもダラダラと補佐を続けて総括の席を開けるんじゃねえよ」

 二人のそのやり取りにレジイナは本当にジャドを尊敬してるんだな、とシリル補佐を見た。

「何を見てるんですか!? 元はといえば貴女のせいですよ!」

 先程と違って感情的になったシリルはマジックのようにシュッと突然、手の中に二十センチ程の長さの針を大きくしたような武器を出し、レジイナの首に当てた。

「ひいっ! む、無抵抗な相手にそれはないんじゃないの、おっさん!」

「おっさん!? 私はまだ三十代ですよ!」

「ギリギリな、ギリギリ」

 もうすぐ四十歳を迎えるシリル補佐にそう言ってからジャドは針のような武器、暗器と呼ばれる手裏剣の一種を武強化の力を使ってシュッと刺繍針程の大きさに縮めた。

「お前さんは興奮したらすぐに手を出す癖を治せって、俺が何度も言ってきたの忘れたのか?」

「ですが、この小娘が!」

 そうシリル補佐を咎めるジャドだったが、シリル補佐はキッとレジイナを睨んで指を差した。

「この小娘は自分が何をしでかしたのか、そして貴方にとんでもない罪を被させたのか理解してませんっ!」

「はあ?」

 シリル補佐の言ってる意味が理解できなかったレジイナは首を傾げた。何の事かと問おうしたその瞬間、店内がヒュッと零点化に冷め切ったかと思う程の殺気がジャドから放たれた。

「シリル、次にあの事を言おうとしてみろ。分かるな?」

 ドスを聞かせてそう言うジャドにシリル補佐だけでなく、店内にいたレジイナとマスターも恐怖に体を震わせた。

 本気で殺されてもおかしくない。

 そう察した三人はジッと動けずにいた。ジャドが本気を出せばここにいる三人は気付く間もなく頭を銃弾で貫通させられ、即死だろう。

 どれくらいそうしていたか分からないぐらい緊迫した雰囲気の中、喫茶店に近付きながら楽しそうに話す男二人の声が聞こえてきた。

「レジイナ、先に帰れ」

 ジャドはシリル補佐から目を離さずにフッとレジイナを拘束していたタバコの煙を消した。

「う、うん……」

 レジイナは聞きたいことが幾つかあるものの、昨夜から機嫌の悪いジャドをこれ以上刺激しないようにと、レジイナはそっとロケットランチャーを袋に直してから背に担いで喫茶店から出た。

 マスターの「行かないでくれ!」と、声を出さずに口の動きで伝えてくる姿にレジイナは片手を顔の前に持ってきて謝罪をしてから逃げるようにアジトに戻って行った。

 

 

 

 日がそろそろ沈みきろうとしている夕刻。

 アジトに早めに戻ってきたカルビィン、ウィルグル、そしてブラッドの三人はここにはいないレジイナの話をしていた。

「てかさ、お前ら二人とも最近、近いんだよ。見てて鬱陶しい」

 今だにカルビィンに喧嘩口調のウィルグルに同意するようにブラッドも「俺もそう思うぜ」と、カルビィンを軽く睨んだ。

 夜の一件でレジイナに好意があるだろうと知られたブラッドはもう隠すことなく堂々とカルビィンに敵意を示した。

「んだよ、なんでお前ら二人に批判を買うんだ? レジイナが嫌っつってんなら話は別だけどな」

 カルビィンはそう言ってからタバコの煙をポッポッと言いながら輪っかの形にして遊んだ。

「お前さ、ぶっちゃけレジイナのことどう思ってんだ?」

 ウィルグルにそう質問されたカルビィンは獣化を使用してピンッとネズミの耳を生やし、暫く沈黙した後、ニヤッと笑った。

「ああ、好きだぜ。悪いか?」

 声のボリュームを上げてそう宣言したカルビィンにウィルグルは「やっぱりな……」と、呟き、ブラッドは目を細めてカルビィンを更に強く睨み付けた。

 あーあ、試合のゴングがなっちまったな。

 そんな二人にウィルグルは脳内でゴーンとゴング音が鳴り響き、そして溜め息をついた——。

 は、入りづれえっ……!

 レジイナはアジトの扉をノックしようとした時、「レジイナ……」という自身の事を話しているウィルグルの声が聞こえてきて、自身の悪口を話しているのかと、中の様子を聴力を倍力化で高めて扉に耳を当てて三人の会話を盗み聞きしていた。

 最近、カルビィンがベタベタと近いし、異様に優しいなとは思っていたけど、まさか好意を抱かれていると思っても見なかったレジイナはボンっと顔を真っ赤に染めた。

 そして、教会での戦闘後に「お前が欲しい」と、言ってきたカルビィンを思い出してレジイナはぎゅうっと胸が締め付けた。

 あれは、性行為のことじゃなくて告白だったのか! 

 うがあああっと、心の中で叫びながら頭を抱えるレジイナの元にポンッとパートナーであるトゲトゲが姿を現した。

「ガハッガハッ! ご主人様。中に入らねえのか?」

 ニヤアッと頬を上げて笑うトゲトゲに、ここにいる事を知られたくないレジイナはシーッと口に人差し指を当てて黙るようにジェスチャーした。カルビィンとブラッドには分からないだろうが、ウィルグルにはトゲトゲの声は聞こえてしまう。

 しかし、既にここにレジイナがいる事にカルビィンの態度から全員には知られているため、そんな努力が無駄だと分かっているトゲトゲは「エー? なんてー?」と、わざとらしく声を張り上げた。

 この野郎っ!

 レジイナはトゲトゲの口を手で防いでこれ以上、声を出させないように拘束した。

「ふご、ふごっ! ンーンー!」

 意地でも声を出してレジイナをからかうトゲトゲの二人にウィルグルは室内で呆れながら自身の小人に目をやった。

「ヤレヤレ」

 両手を上げて首を左右に振る小人を見ながらウィルグルはレジイナとトゲトゲの関係性を心配した。

 トゲトゲは他の小人より強い。しかしその分、自我が強く中々パートナーであるレジイナの言うことを聞かなかった。

 以前、練習にとを出したレジイナにトゲトゲは「ナンだよ?」と、わざと惚けた事を言って鼻の穴に小指を入れ、を聞き入れなかった。

 それに対して「うがーっ! なんでよ、!」と、声を荒げるレジイナはまるでレベル一の勇者がいきなりラスボス戦で使う武器を手に入れたものの、全く扱えてないようなものだった。

 それに加えてカルビィンの発言を聞いたレジイナの頭の中はパニックになってるだろうなと心配していたウィルグルの思った通りに、レジイナは扉の前でパニックになっていた。

 そんな時、レジイナの肩に誰かの手が置かれた。

「おい、なにしてんだ」

「ぎゃあああっ!」

 背後に誰かが近付く気配に気付けなかったレジイナはそう叫び声を上げて、自身の肩に手を置いた人物を見た。

「じゃ、じゃ、ジャド!」

「おう、ジャドだ」

「私もいますよ」

 振り返ると心配そうにレジイナを見るジャドといきなり叫んだレジイナに顔を顰めながら相変わらず睨み付けてくるシリル補佐がいた。

「な、なにも!」

 トントントン、トントンと急いでノックしてレジイナは「や、やあ、諸君! さっきそこの角でジャドと会ってね、来たよ!」と、ここで盗み聞きしてませんよとバレバレの嘘を付くレジイナにカルビィンは「ふーん」と、ニヤニヤと笑い、ウィルグルは「はいはい」と、呆れた顔をした。

 しかし、その笑顔や呆れた顔も一瞬で無くなり、カルビィンは飼っていたネズミを向かわせて歯を、ウィルグルは小人にで出させたツルをシリル補佐の喉元に突きつけた。

「てめえ、誰だ」

「怪しい動きを少しでもしてみろ、殺す」

 レジイナが騒いでいたせいで気付かぬ間にスルッと他人が侵入してきたのか、はたまた二人が騙されて連れてきたのか真意は分からないが、シリル補佐を怪しんだカルビィンとウィルグルが瞬時に取った行動だった。

 そしてカルビィンはブラッドに目をやり、その視線に頷いたブラッドはフワッと魅惑化の力を使おうとした。

「待て待て、こいつは俺の元部下でワープ国の武強化の補佐だ」

「証拠は?」

 そう問いかけたカルビィンにジャドはシリル補佐の胸ポケットからタレンティポリスのカードキーを三人に見せた。

 それを見た三人はホッと安堵し、臨戦態勢を解いた。

「な、なんて野蛮な人達なんですか!」

 いきなりレジイナに死ねだの、暗器を突き付けたくせに他人を非難するシリル補佐にレジイナは「ざまあ」と、言って鼻で笑った。

「なんですかそれは! 貴女こそ怪しいんですからね? しゅんりなのかレジイナなのか名前もあやふやなのに加えて調べると、この物騒なアサランド国の出身と聞くじゃないですか!」

 エアオールベンクズの可能性があると、騒ぎ立てるシリル補佐にレジイナは「ああん?」と、下から睨み付けた。

 そしてカルビィン、ウィルグル、ブラッドも仲間であるレジイナを貶されたと思って同じく怒りを露わにした。

「おい、それはないんじゃねえか?」

「俺達の仲間をバカにされちゃあ、黙ってられねえな」

「男は趣味じゃねえが、奴隷にでもしてやろうか?」

 ザッとシリル補佐の前に移動した三人の迫力にジャドは少し押されつつ、「まあまあ、許してやれ」と、宥め始めた。

「ケッ。じゃあお望み通りに確認でもしますか? 補佐殿」

 レジイナはカルビィン、ウィルグル、ジャドの三人に「定例会議するよ」と、言ってから服を脱ぎ始めた。それに続いて服を脱ぎ始める三人にシリル補佐は驚き、「な、何を!?」と、声を上げた。

「ほら、見なよ」

 恥じることなく、堂々と裸を晒すレジイナに顔を真っ赤に染めたシリル補佐は「なんて破廉恥な事を!」と、目を手で覆いながらちゃっかりと指の隙間からレジイナの裸を見ていた。

「見るならちゃんと見なよ。鬱陶しい」

 バッと腕を掴むレジイナに動揺したシリル補佐はそのまま後ろに尻もちをついて座り込んだ。

「ふんっ。ねえ、確認してよ」

「了解」

 そう言ってレジイナの裸を確認しながらジャドはシリル補佐に定例会議について説明した。

「ジャド総括、嫁入り前の女性になんてことさせてるのですか!」

「うっ。でもこれが手取り早いもんでな」

 そう答えたジャドにシリル補佐は反論できずに、次はブラッドを指差した。

「そこの貴方はどうなのですか!」

「ええ、次は俺?」

 こいつは文句言いたいだけなのかと顔を顰めたブラッドにカルビィンは「確かに、怪しよな」と、何故か同意した。

「うん、怪しいよね」

「ははっ、怪しい怪しい」

 カルビィンに続いてそう言ったウィルグルはブラッドの背に回って羽交締めをして動きを封じた。

「ま、待て! まさか俺にも定例会議をしろとか言わねえよな……?」

 思い人であるレジイナの前で裸を晒されそうになったブラッドは冷や汗を流しながら目の前でニヤニヤと笑うカルビィンとレジイナを見た。

「そのまさか、だ」

「抵抗したら敵と見なすからねー」

 いつぞやかカルビィンに言われた言葉をレジイナはブラッドに言ってからシュルッとネクタイを解いた。

「ショータイム!」

 こんなタイミングで脱がされたくなかった!

 想像もしなかったこのシチュエーションでレジイナに服を脱がされる事になったブラッドは心の中で泣く事しかできなかった。

「じゃーん、タトゥーありませーん」

「ちくしょう……」

 見せるようにブラッドの裸を晒したレジイナにシリル補佐は苦い顔をして「分かりましたよ」と、やっと納得した。

「お前さんのその疑いたぐりの性格も良いところだが、やりすぎたな」

「善処します……」

 そう反省したシリル補佐を見ながらジャドが服を着始める傍ら、レジイナはカルビィン、ウィルグル、ブラッドの前でしゃがんで目の前にある局所をまじまじと見ていた。

「レジイナ!?」

「ちょっ、何見てんだよ!」

「おう? 興味あんのか?」

 各々の反応を無視した後、レジイナはニヤッと笑ってからカルビィンを指差して一、ブラッドに二、ウィルグルには三と言った。

「さ、最低だな、てめえ!」

 レジイナがとある部分の大きさのランキングを言ったと気付いたウィルグルはそう声を上げて怒った。

「ハッハッ! 一位もらったぜ!」

「お前、流石にそれはねえよ……」

 喜ぶカルビィンに反して、下品なランキングを言ったレジイナにブラッドはショックを受けていた。

「ではでは、次は貴方様ですよ」

 手の指をくいくいと開け閉めしながら悪い顔で笑うレジイナに続いてカルビィンとウィルグルもシリル補佐の前に移動した。

「な、なにを……」

 ジリジリと近寄ってくる三人に恐怖したシリル補佐に「なーに、お前さんが敵じゃねえか確認するだけだぜ」と、わざとジャドの口調を真似したレジイナに「ひっ!」と、シリル補佐は声を上げた。

「おら、脱げやおっさん!」

「貧相な体付きしてんなあ、補佐殿」

「見てみろ、レジイナ! こいつの方が小さいだろ!」

 なんとも屈辱的な事を言う三人に抵抗も虚しく裸にされたシリル補佐は「やめてー! 助けてー!」と、ジャドに手を差し伸べるが、残念ながらジャドからは同情の目しか向けられなかった。

「見てくださいよ、カルビィン補佐殿! このお札、怪しくないですか?」

「お、敵からの暗号が隠されてそうだな。没収だ」

「おい、見てみろよ。このネクタイピン高そ、いや怪しくないか?」

「怪しいな! 分析班に回そう」

 シリル補佐に怒っていた三人は仕返しとばかりに、ありもしない分析班に回すなどとふざけた言い訳を言いながら金目のものを盗っていった。

「やめてください! その時計は絶対にダメです! ちょ、そのお金も取られたら母国に帰れません!」

 わーわーと騒ぐ裸の四人を見下ろしながら既に服を着たブラッドは顔を顰めて「酷いな……」と、同じくそれを見るジャドに声をかけた。

「……はあ、頭痛え」

 警察らしからぬ行動をする三人に頭を抱えることしかジャドはできなかった。

 

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