4 カルビィン・ロス②

 カルビィンはエアオーベルングズのアジトとなっている、ほぼ廃村と化したロリントの古びた教会にある天井裏にネズミに獣化して潜入していた。

 レジイナとウィルグルが言うには近くにトゲトゲと名付けられた小人がいるらしいが、いかんせんカルビィンには見えないので果たして本当に役目を果たしているのか、サボっているのかは定かではなかった。

 もともと敵の小人だったんだ。完全に信用するのはやめた方がいいだろう。

 そう思ってカルビィンは敵の姿を探して天井裏を歩きまわった。

「……はあ? ふざけてるんじゃないわよ!」

 話し声が聞こえて来たと思えばいきなり怒鳴り声が聞こえ、カルビィンはゆっくりと声が聞こえてきた場所へと向かった。

「ああん? てめえ、この私に逆らうわけ?」

「いえ、そんなこと……! ぐっ!」

 古びた教会のせいか所々に隙間があり、そこに顔を少し覗かせて、カルビィンは真下で行われている会話を盗み聞きした。

「エリー様、どうかもうお止めにしてあげてください」

 エリーと呼ばれた女は白髪の長い髪を伸ばし、白く透き通った肌をしており、シスターの格好をしていた。そんなエリーに呼びかけた女は対象的に小麦畑をし、黒い髪を長く伸ばして同じくシスターの服を着ていた。

「私に指図するなんて、ザーリはいつ偉くなったのかしら?」

「そんなつもりはございません。ただ、またそうやって躾をしすぎては貴重な駒が潰れてしまいますわよ。ほら」

 そう言って小麦肌の女、ザーリはエリーの足の下で頭をぐしゃぐしゃに潰されて死んだ男を指差した。

「あら、またやっちゃったわ」

 そう言ってエリーは舌をペロッと出して「てへっ」と、笑った。

「てへ、で済まさないで下さい。人員調達も簡単ではないのですよ? 敵に知られないように操作する私の身になってくださいませ」

 溜め息を吐いてそう言うザーリにカルビィンはこいつは魅惑化か。そしてエリーという女は倍力化というところかと、踏み潰されて死んだ男に目をやった。

「そう言わないで欲しいわ、ザーリ。私、悲しい」

 エリーは本当に悲しそうにそう言って、ザーリに抱きついた。

「エリー様、ここは教会の教壇ですわ。信者達が来たら示しが付かないですわよ?」

「じゃあ、私が追っ払うから。ねえ、いいでしょう?」

 フワッと甘く香る匂いにカルビィンは獣化しているネズミの鼻を小さなその手で防いだ。

 エリーは倍力化だけでなく魅惑化も使えるのか。

「もう。少しだけですよ?」

 そう言ってザーリはエリーにそっと口付けをした。

「んん、もっとお」

「じゃあ、ちゃんとおねだりしないとですね」

 その後二人はちゅっちゆっとキスを繰り返すのを見ながら漂う甘い香りにカルビィンは鼻を小さなネズミの手で抑えた。

 女同士の絡みをこのまま見ていたい気持ちはあるが、これ以上いればカルビィンはこのまま敵の魅惑化に侵されてしまうと判断し、その場から去ろうとゆっくりと天井裏を歩き始めた。

「でも、エリー様。これ以上はお預けですわ」

「ふえ? なんで、なんでよっ!」

 ザーリの中断するという言葉に涙目でそう悲壮に声を上げたエリーにザーリは頭を軽く撫でてから、近くで隠れて待機していた小麦肌をし、黒髪を肩まで伸ばした一人の男を見た。

「はっ、ザーリ様」

「トーリ、ネズミが一匹いるらしいわね。どこ?」

 トーリという男はザーリの側で待機するいわゆる側近のようなものだろうか。そんなザーリとトーリの言葉にカルビィンはゆっくり歩いていた足を止めた。

 ば、バレたのか……。

「ここです」

 トーリは腰に差していた銃をカルビィンがいる天井に向けて発泡した。

「姿を現しなさいっ! この野郎っ!」

 エリーは乱れたシスターの服を直し、砂埃を立ちながら天井裏から降りて来たモノを指差しながら声を荒げた。

「……逃げられたか」

 砂埃が晴れると、そこには人型に作られた草の塊がドサっと落ちていただけだった。

「敵は育緑化なのかしら?」

「それだけではないでしょうね。ここの天井は脆いので人の重さは耐えられません。獣化も使えると考えるのが得策でしょう」

「厄介な奴ですね。四大国でしょうか?」

 そんな会話を聞きながらカルビィンは瞬時にゴキブリに獣化して羽を広げて飛び、教会のステンドグラスまで移動していた。

 ふう、危機一髪だったな……。

 そしてカルビィンは信用していなかったトゲトゲがきちんと仕事してくれていたことにも驚きつつも感謝した。

 トゲトゲが作ったダミーに三人が注目してくれたおかげでカルビィンは逃げることができたのだ。ステンドグラスの割れた隙間から飛んで逃げようとした時、カルビィンは教会の入り口で溜まっている十人程の集団に気が付いた。

 そして遠くを見渡すと暗い夜中でも分かるぐらいにゾロゾロと集まった人だかりがこちらに向かって来るのも見えた。

 余りにも多いその集団に戸惑いを隠せず、カルビィンはそのまま固まって動きを止めてしまった。そして、次に眼下にいる教会の前に集まっていたその集団に再び目をやると、その集団は一斉にゴキブリに獣化したカルビィンにニヤッと笑いかけてきた。

 おいおい、マジかよ……。

 エリーは倍力化と魅惑化。そしてザーリは魅惑化を使用し、トーリは武強化と何か気配を察知できる能力。そしてこの二人に魅惑化で操作されている集団の中にはカルビィンと同じく獣化の異能者がいるらしい。

 ……詰んだなこれ。

 ここまでかと、覚悟を決めたカルビィンは近くにいるか分からないトゲトゲに向かって「レジイナ達に伝言を頼む。来るな、そして逃げろ」と、伝えた。

 これは四人だけでは勝ち目はない。近くに待機する三人の存在を敵に知られずに逃す為、カルビィンは覚悟を決めて戦闘を開始した。体調十メートル程になるネズミに獣化し、集団の元に降りて何人かをグシャッと潰して殺した。

 生き残った数人は倍力化を使用できるのだろう。生き残った敵とカルビィンは大きな重量を活かして敵を握り潰し、そして噛み殺したりして抵抗した。

 一瞬にして十人程の敵を殺した後、カルビィンは教会のドアを突進して壊し、そのまま教壇の前にいるエリー、ザーリ、トーリに向かって突き進んだ。フンッと息を止めて魅惑化の能力から抗いつつ、このまま三人を潰そうと考えての行動だった。

「良くもやってくれたわね!」

「殺すだけじゃ済みませんね」

 怒りを露わにする二人の盾になるようにトーリは前に出て、カルビィンに銃口を向けた。

「信者を全てここに呼んである。お前一人では敵わんぞ」

「承知の上での覚悟だっ!」

 死ぬ覚悟は出来てある。

 少しでも敵の戦力を削る事が目的であったカルビィンはトーリの放つ銃弾をあえて受け、血を流しながらもそのまま三人に突っ込んで行った。

「エリー様!」

 カルビィンがそのまま突っ込んで来るとは思わず油断した三人のうち、エリーに向けてカルビィンは大きな口を開けてその胴体に齧り付いた。

「んぎゃああああっ!」

 先の行動から想像出来ない程の断末魔を上げながらエリーはカルビィンに噛みちぎられ、体を真っ二つにされて死んだ。

 血をダラダラと流しながらカルビィンは動きを止めずに次にザーリに拳を向けた。そんなカルビィンをザーリは涙を流しながら睨みつけ、死を覚悟したようにそのまま立ち尽くすことしかできなかった。

 トップ二人を殺せたなら後はどうにかなる。

 そう勝利を確信した時、カルビィンの大きな体を大きな何かが貫通した。

「かはっ……!」

 大きな巨体である為、銃弾であれば傷付きながらも耐えれたものの、流石のカルビィンであっても体を貫通される程の大きな物に貫かれては立っていることも出来ず、その場に跪いた。

 な、何が突き刺さって……。

 自身の腹部に突き刺さっているものは何か確認すると、そこには教壇に飾られていた十字架だった。

 んなでけえもん投げ寄越すっつーことは、武強化に加えて倍力化もあるのか。

 カルビィンは失いそうになる意識の中、十字架を自身の腹に突き刺してきたトーリに目をやった。

「ザーリ、何してるんだ。死ぬ気だったのか?」

 先程とは口調が変わったトーリはそう言ってからザーリの頬を叩いた。

 カルビィンはその場に跪きながら眼下で行われる光景を見ることしかできなかった。

「だって、兄様。エリー様が……」

「なんだ? お前は自分の操作していたおもちゃに情が湧いたと言いたいのか?」

 そういうことかよ……。

 トップだと思っていたエリーはザーリの魅惑化で操作していた駒であって、本当のトップはこの側近に見せかけていたトーリだったということだ。

 ちくしょう、的を間違えたか……。

 カルビィンは力尽きて獣化を解き、裸のままその場に倒れ込んで意識を失ってしまった。

「ザーリ。療治化を呼べ」

「な、兄様、この男を生かすつもり⁉︎」

 可愛い自分のエリーを殺した男を生かそうとする兄に抵抗するザーリをトーリは胸倉を掴み、低い声で「早くしろ」と、脅した。

 それに怯んだザーリは兄の言う通りにこちらに向かってきている集団の内、療治化を使用できる者に早く来るように指示を出して急がせた。

「四大国の奴らを一掃できるチャンスだ。こいつを囮にする」

 そう言って恐ろしい顔で細く笑む兄に恐怖しつつ、ザーリは教会に着いた療治化達にカルビィンの治療をするよう伝えた。

 

 

 

 ドオンッという激しい抗争音を聞き、近くの廃墟で待機していたレジイナとジャド、ウィルグルの三人は窓から顔を覗かせて、敵のアジトである教会がある方向に目をやった。

「レジイナ、見えるか?」

「ちょっと待って」

 そう言ってレジイナは目を倍力化で視力を高めて教会に目を向けた。

「だめだ、暗すぎて見えない……」

 隣でライフルの望遠レンズから覗いていたジャドも「こいつでも流石に見えねえな」と、言った。

「これは戦闘が開始されたと考えるべきね。向かおう」

 そう言って廃墟から出ようとしたレジイナは、にゅっといきなり出てきた足元にある木の根に引っかかり、見事に顔から転んだ。

「あだっ!」

 こんなところに木の根なんてなかったのにと、驚いて顔を上げたレジイナの目の前にはハアハアと息を荒くし、相変わらず黒い涎を足らしたトゲトゲがいた。

「トゲトゲ!?」

 トゲトゲがいるということは敵にカルビィンの存在が知られたということだ。レジイナは急いで教会に向かおうと立ち上がった時、トゲトゲがお《﹅》無しに出したツルに拘束されてしまった。

「ちょ、なにしてるの!」

 トゲトゲの行動に驚きながらもその拘束を解こうと足掻くが、レジイナには生物を食べて他の小人より強い力を持つトゲトゲの出したツルを解くことは出来なかった。

「この野郎! 離せ、離せってば!」

「おい、どうなってんだ?」

「トゲトゲ、説明しろ」

 ツルに抵抗するレジイナの横で困惑するジャドとウィルグルはトゲトゲに説明をするよう訴えた。

「ハッ、ハッ……。ギンパツからの伝言だ。ニゲロ」

 呼吸がようやく落ち着いてきたトゲトゲはそう三人に伝えた。

「逃げろって……」

 どういうことかと聞こうとした時、レジイナはすごい数の足音に気付いた。

「どうしたんだ?」

 ピンっとレジイナは狼の耳を出し、更に聴力を高めて窓の外に集中した。

「ここから三百メートル程先にすごい数の足音が聞こえる……」

 そう言ったレジイナの言葉にジャドとウィルグルは息を呑んだ。

「……それはどこに向かっていて、人数はどれくらいだ?」

 恐る恐る聞いたジャドの問いにレジイナは額からツーっと汗を流しながらジャドとウィルグルを見た。

「教会に向かってて……、百人くらいだと思う……」

 そうレジイナが伝えた時、ジャドは溜め息を吐いて壁にもたれた。

「逃げるぞ」

 ジャドのその言葉にレジイナとウィルグルは目を張った。

「待てよ。それはカルビィンを見捨てるってことか?」

 ウィルグルもこの人数の敵に勝てるなんて思ってもいない。だが、カルビィンを見捨てて逃げるなんていう選択肢は考えてはなかった。

「そ、そうだよ、逃げるなんて……。敵の殲滅はできないかもだけど、カルビィンは助けにいかないと!」

「ダメだっ!」

 ジャドはそう声を張り上げ、二人の言葉に反対した。

「あのカルビィンが逃げろとトゲトゲに伝言したんだろ? 俺ら四人じゃ敵わねえっつうことだ」

 ウィルグルはジャドの言う意味を理解した。普段ふざけているが、判断力に戦闘力も高いカルビィンがそう判断したということは、三人が向かっても暗殺部が全滅してしまうだろうと判断したということだ。

 自身の非力さに唇を噛んで悔しがるウィルグルとは反対にレジイナは「ざけんなっ!」と、言ってジャドに反抗した。

「そんなの関係ない! カルビィンを助けに行く。その一択しかない!」

「ふざけてるのかと言いたいのはこっちのセリフだ、レジイナ。ここで俺らが向かって全滅してみろ? あいつの死を無駄にする気か?」

 ジャドのその言葉にレジイナとウィルグルは一瞬、聞き間違ったのかと思ってジャドの顔を凝視した。

「おい、ジャド。今、何て……?」

 そう困惑して聞き返したウィルグルにジャドは「あいつの死を無駄にするな」と、もう一度繰り返した。

「カルビィンは死んでないっ!」

 レジイナはジャドの言葉にそう怒鳴り、体に力を込めてトゲトゲのツルを無理矢理に引きちぎった。

「ご主人様! ムチャすんなよ!」

 トゲトゲのツルの拘束を無理矢理に引きちぎり、痛む体を無視してレジイナはジャドに詰め寄った。

「カルビィンを勝手に殺すな!」

「死んだも当然だ! お前には聞こえてんだろ? 敵の強さも、多さも!」

 ジャドの言葉にレジイナは一瞬、言い返せなかったがその後、「ジャドには失望したよ!」と、キッと睨みつけた。

「確かに四人じゃ、あの勢力と人数に勝つのは難しいけど、カルビィンを見捨てるなんて私にはできない!」

「見捨てるべきだ! ここで俺達が全滅してみろ、敵さんの思うツボだ。あいつ一人ぐらいの替えなんていくらでもある。ここは暗殺部が全滅しないことを優先すべきだ」

「か、替え……?」

 カルビィンの替えなんてあると言ったその言葉にレジイナは驚愕し、一歩後ろに下がってジャドを軽蔑するような目で見た。

「ジャドはカルビィンを、いや私達を変えの効く駒だって思ってたってこと……?」

 レジイナのその眼差しにジャドは「やっちまった」と、自身の失態に心の中で嘆き、軽蔑したような目で自身を見てくるレジイナに胸を痛めた。

「……そうだ」

 しかし、訂正も出来ないこの状態にジャドはレジイナの問いにそう答えることしか出来なかった。

「そう……。私はジャド、ウィルグル、そしてカルビィンの事は大切な仲間だと思ってたんだけどな……」

 そう悲しそうな声で言い、レジイナは廃墟の入り口に向かって歩き出した。

「待て、行くな。お前だってあいつのことそんな好きじゃなかっただろ」

 ジャドはどうしてもレジイナを教会に向かわせないようになんとか説得しようと、その腕を掴んで歩みを止めさせた。

「好きじゃない? そうだね。カルビィンはいつも私のことバカにしてくるし、悪戯もしてくるし、いやらしい目で見てくる」

 レジイナは前を向いたまま、振り向かずにそう返事した。

「そ、そうだ。そんな奴のために命を張ることはない」

 自分が最低なことを言ってるなんて理解している。それでもだ、それでもレジイナだけは死なせたくないと、ジャドはウィルグルから白い目を向けられていても話を続けた。

「でも、それでも! 最近、ジャドと同じように加齢臭してきてるし、口悪いし、胸だって揉んできたことあるけど、それでも私はカルビィンのこと好きだよ!?」

「か、加齢臭!?」

 クルッと振り向いてさらっと問題発言したレジイナにジャドは驚いてウィルグルに目をやったが、ウィルグルは気まずそうにジャドから目を逸らした。そんなことに気付かず、レジイナは更に話を続けた。

「それでも大好きなの! 私は三人を家族のように思ってる……。お父さんみたいなジャドに、お兄ちゃんみたいなウィルグル」

 そう言ってからレジイナはひっく、ひっくと声をしゃくりあげながら、「か、カルビィンのことは弟みたいだなって思ってんだからあっ!」と、声を上げて泣き始めた。

「ギャクだろ、ギャク」

 カルビィンを弟だと思っていると言ったレジイナにトゲトゲは冷静にそうツッコミを入れた。

「私一人でも行く! 止めないで」

 ジャドの腕を振り払ってレジイナは教会に向かって走り出した。

「待て! レジイナ、戻れ!」

 ジャドは脳裏にとある人物を思い浮かべた。

 もう大切な子を亡くしたないんだ!

 ジャドはレジイナの片腕、片足無くしてもなんとかしてここに留めさせようと、ライフルを構えてレジイナに向けた。

「最低だな、お前」

 ウィルグルはそう言ってからペッとジャドの顔に向かって唾を吐いた。

「なにしやがんだ!」

 そう怒鳴ったジャドだったが、冷め切ったウィルグルの視線にジャドはハッと息を呑み、ライフルの銃口を下ろした。

「レジイナがお前の特別だっつーのはなんとなく分かってたけどさ、それを撃ってまで止めようすんな。そんなことせずにてめえはさっさと逃げな。ま、俺は臆病者なお前と違って、レジイナと一緒に教会に向かうけどな」

「なっ!?」

 ウィルグルはここに残ると思っていたジャドは入り口に向かうウィルグルに驚いて声を上げた。

「待て! 死にに行くだけだぞ!」

「それでもいい」

 ウィルグルはジャドに振り返ってニカッと笑い、「弟と妹を助けに行かない兄貴なんていないだろ?」と、言い捨ててウィルグルはレジイナを追いかけて走っていった。

 もう視界から消えたレジイナと、どんどんと小さくなるウィルグルの後ろ姿を見ながらジャドは手からライフルを落とし、その場に座り込んだ。

「何だってんだ……」

 どう考えても死にいくようなものだ。

 そこまでしてカルビィンを助けに行こうとする二人に理解できないし、可愛がっていたレジイナから加齢臭がするという発言に傷付いたジャドは溜め息を吐きながらむしゃくしゃする気持ちを表すように、自身の頭を片手でぐしゃぐしゃと乱した。

 そうしていた時、目の前にあった雑草がグニャグニャといきなり動き始め、ピンク色のバーベナという花が七輪、ポコッと生えた。

 七輪の小さな花が集まって生えたバーベナの真ん中にある花だけ異様に大きく生え、その中心の雌しべからポッとギザギザした歯が生えた口が出てきた。

 なんとも奇怪なその光景にジャドは少し驚きつつも、その花が喋るのを大人しく待った。

「ガハッガハッ! 加齢臭のオッサン、ざまあねーなー」

「……はあ、こちらとは参ってんだ。黙ってくれ」

 レジイナとウィルグルの反応からとんでもねえ小人だと思っていたが、予想通りの下品な口調で話すトゲトゲにジャドは溜め息を吐いた。

「んだよ。オドロカネエのか?」

「てめえが他より特別な小人だっつーのは聞いてるし、驚く余裕もねえよ」

 トゲトゲは自身の体を植物に取り込ませ、育緑化以外の者にも見えるように実体化することが出来た。こんな芸当ができる小人はそうそういないだろうし、もしかしたらトゲトゲにしかできない技かもしれない。

 そんな素晴らしい技を見せたのに驚かないジャドにつまんねえな、とトゲトゲは思いつつも早速本題に入ろうとギザギザの口を再び開いた。

「加齢臭のオッサン、行かなくていいのか? ご主人様、確実にシヌゾ」

 ジャドは喋るバーベナの花、トゲトゲをギロッと睨みつけた。

「行かねえな。俺まで死んだら暗殺部はお終いだ」

 そんなジャドの返答にトゲトゲはガハッガハッと下品な笑い方を再びした後、「フッ。正解だが、不正解だな」と、返事した。

「正解なのに不正解?」

 間反対な言葉を言うトゲトゲにジャドは首を傾げた。

「ああ。隊の判断としては正解だが、オッサンとしての答えは不正解だ」

「んなこと言われなくても分かってる!」

 ジャドはトゲトゲの言葉にカッとし、立ち上がってバーベナの花を踏み潰そうとした。しかし、バーベナの花は器用に右に傾いてジャドからの攻撃を避けた。

「おいおい、こんなキレイなハナを踏み潰そうすんなよ。分かる、分かるぜ。オッサンは情深いヤツだ。本当はアイツら三人のことをアイシテンダロ?」

 ジャドはそんなトゲトゲの言葉に再び怒り、踏み付けようと再び足を上げた。しかし、ゆっくりと下ろして項垂れた。

「やめろ、そんなんじゃない」

 他者を殺める為に結成された暗殺部。お互い、いつ死ぬかも分からない奴らと情を持って過ごせば地獄を見ることなんて百も承知していた。その為、ジャドは今まで非道に味方を見捨ててきたこともあったし、信用もしてこなかった。

 なのに、なのにだ。

「なんでこんなに胸が痛いんだ……」

 ジャドは目から涙を流してその場にうずくまってしまった。

「……オレ様からのアドバイス聞くか?」

 トゲトゲはバーベナの花の体でジャドの肩をポンポンと叩いた。

「オレ様は幾度なくシュラバをくぐり抜けてきた。その中、マケタこともあったがコレだけは前のご主人様と言い合わせていたことがある」

「なんだよ……」

 グズっと鼻を啜りながら顔を上げたジャドにトゲトゲは口の端をクイッと上げて、「ぜってえーにミナゴロシにする」と、バーベナの可憐な花には見合わない言葉を発した。

「皆殺し……」

「どんだけツヨイ相手だろうと、こっちが本気だしゃあ、カテルこともある。負け腰でギンパツを助けようとしてる二人だけじゃあ、あの勢力には確実にマケルぜ」

 そう言ってトゲトゲはブチっとバーベナの花を根っこから外し、ふわふわと飛んでジャドの胸元に向かった。ジャドはそんなトゲトゲをそっと両手で受け取り、真っ直ぐに見つめた。

「加齢臭のオッサン。オレとテキをミナゴロシにするか? それともヒヨッコいのとギンパツ、ご主人様を見捨ててずっと不正解をした自分に後悔してイキルか?」

 ジャドはトゲトゲをジッと見つめたあと、そのままジャケットの胸ポケットに入れた。

「"ミナゴロシ"の一択しかねえよ、トゲトゲ」

 ジャドはそう言い、落としたライフルを拾って教会に向かって歩き始めた。

 

 

 

 レジイナはヒールを脱ぎ、スーツの腕を捲って手足だけ獣化して狼になって倍力化の力も使用して全速力で教会に向かって走り出した。

 廃墟と化した建物の間を早速と走るレジイナに気付いた百人程の集団が一斉に攻撃を仕掛けてきたが、レジイナは華麗にそれを避けつつ、右手だけ獣化を解いてアンティーク調の銃を手にし、直径三メートル程の大きさになる風の渦を教会に向かって出した。

 その風の渦に巻き込まれて多くの敵はグルグルと渦に入って悲鳴をあげながら切り刻まれながら死んでいった。そしてトンネルのように空いた竜巻の中心をレジイナは再び四足歩行で教会に向かって走り出した。

「うおおおっ! シスターの元には行かせねえ!」

 倍力化であろう、堅いの良い男は体中を傷だらけにしながら風の渦を飛び越え、中心にいるレジイナに向かってきた。

「チッ」

 シスターという言葉が気になりつつも、尋問している暇はないと判断したレジイナは顔を狼に変えて敵の首に噛み付いた。

「ぐぐぐっ!」

 確実に牙を首に突き刺したものの、敵の硬化によって噛みちぎることが出来なかったレジイナは再び右手の獣化を解き、銃を手にして今度は風ではなく、銃口から火を出した。

「あちい! あついいいいい!」

 倍力化であっても火には勝てない。レジイナは火が燃え移り、熱さに苦しむ敵から素早く離れ、再び教会に向かって走り出した。

 しかし、倍力化の男の始末に時間がかかってきた為、徐々に風の力は弱まり、教会まであと百メートルだろうというところでフッと風はいきなり消えてしまった。

 それを待っていたと言わんばかりに敵は一気にレジイナにまとめてかかってきた。

 武強化からの雷、火、水というさまざまな攻撃がレジイナに降り注ぐ。レジイナは右足に力を込めてコンクリートの地面を叩き、「うおおおおおっ!」と、声を上げて捲り上げたコンクリートを盾のようにして、敵の攻撃を防いだ。

 ドオンッと爆発音のような音が頭上で鳴り響いて煙が立ち込める中、レジイナは銃から風を平らに渦巻いて出し、バリケードの様にしながらコンクリートの盾から出て周りを見渡した。

 今だに周りが煙で見えないが、耳を狼にして聞くと息遣いなどから、敵はまだまだ生き残っていると把握できた。

 始末できたのは三十人もいないだろうと判断したレジイナは銃口を下に向けて風を起こし、ジェット機のように噴射して、その場に高く飛んだ。

 五十メートル程の高さに飛んだレジイナは左手をかざし、眼下にいる敵の銃を不能にしようと武操化を使用した。

 相手が武操化、もしくは武強化のグレード3なら無駄かもしれないが、一瞬は攻撃を不可にできる為、やる価値はある。

 そう思ってからレジイナはお返しといわんばかりに銃口から雷、水、火、氷を次々に繰り出して敵に降り注いだ。

「うがあああっ!」

「だあああっ!」

 武操化の効果はしっかりとあったらしく、自身の身を守ることが出来なかった敵はレジイナの攻撃をまともに受けていった。

 しかし、倍力化や育力化、獣化であろう者達には効かなかったようだった。

 育力化でツルや葉を飛ばした攻撃や、倍力化の力で石を銃弾のような速さで飛ばしてくる攻撃をレジイナは銃口から風を出して方向を変えてなんとか避けたが、右足をツルで掴まれてしまった。

 ちくしょうっ!

 レジイナはそのまま地面に叩きつけられそうになりながら体全身を硬化し、地面に向けて風を出して少しでも落ちる前のクッションになるようにして抵抗した。しかし、これが絶好のチャンスと言わんばかりに落ちてくるレジイナの元に獣化や倍力化の能力を持つ者が駆け寄って来る。

 まるであの時のようだ。

 レジイナは絶対絶命の中、アルンド市であった任務を思い出していた。

 あの時も百人いた敵を翔とワールの三人で相手していた。しかし、今はたった一人であり、あの時よりも敵は強い。

 ああ、ブリッドリーダー。

 あの時のように助けに来てくれる訳がない思い人を思いながら、レジイナは地面に叩きつけられる衝撃に覚悟したその時、グイッと右足に巻きつけられたツルが今度はレジイナを上に放り投げた。

「なっ⁉︎」

 困惑しながら眼下を見渡すと、真夜中に関わらず周りが昼間のように明るくなっており、辺り一面にひまわりが咲き誇っており、そして一輪のひまわりが二メートル程の大きさになって落ちてくるレジイナをクッションのように受けとめた。

「たくよ。俺が来るまで待てよな」

 腰に手を当てて呆れた顔でそう言ったウィルグルはレジイナに手を差し伸ばし、ひまわりから降ろしてやった。

「な、なんで……」

「なんでって、一択しかないんだろ?」

 優しい眼差しでウィルグルはレジイナの汚れた頬を軽く撫で、「カルビィンを助けるぞ」と、言った。

「あ、ああ……」

 死を覚悟していたレジイナはポロポロと涙を流しながら声を漏らした。

「おい、レジイナ。泣いてる暇なんてねえぞ」

 ウィルグルの声にハッとして涙を引っ込めたレジイナは周りを見渡した。ウィルグルと小人が出したひまわりに喰われる敵もいれば、花茎で拘束されて締め付けれる者もいたが、こちらに向かってくる敵もいた。

「ここは俺が食い止める。お前はカルビィンのとこに行け」

「そんな! ウィルグル一人でこの人数は無理だよ!」

 レジイナでボロボロにやられかけたのだ。ウィルグル一人では死ぬかもしれないと判断したレジイナにウィルグルは「一人?」と、聞き返した。

「そうだよ、二人でここを片そう」

「そんな悠長にしてられない。今もカルビィンがどうなってるか分からないんだ。それに俺は一人じゃあないぜ」

 そう言ってウィルグルは肩にいる小人に頬擦りした。

「オウジョサマ、行って」

「小人ちゃん……」

「そうよ、ウィル一人じゃないわ。周りを見て」

「カナリアさん?」

 小人からカナリアに意思が変わった小人を見てからレジイナは周りを再度見渡した。

「すごい数の小人がいる……」

 よく見ると小人が所々にいて、ウィルグルのによって能力を発揮していた。

「早くしろ、レジイナ」

「分かった! ウィルグルと小人ちゃんに、カナリアさん、後は頼んだ!」

 レジイナは再び手足を狼にし、四足歩行で教会に向かって走り出した。

「あんな大口叩いて大丈夫だったのかしら?」

 ふふっと、カナリアの声で小人はウィルグルに笑いかけた。

「む、そう言うしかなかっただろ? 本当にカルビィンの生死が危ういんだ。一分一秒も無駄に出来ねえ」

 それに、と続けてウィルグルは自身の小人の頬にちゅっと軽く口付けた。

「お前がいる」

 

 そう、口に出さず愛の言葉を述べるウィルグルに答えるように小人、カナリアの力は増していく。周りの断末魔の声に似合わない雰囲気の中、二人は見つめ合っていた——。

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