2 ウィルグル・ロンハン②

 ——ウィルグルは失っていた意識を取り戻し、ゆっくりとその場で起き上がった。周りを見渡すと陽は殆ど落ちていて遠くまで見渡せないが、広大な砂漠地帯に所々と崩壊した住居が広がっているのが見えた。

 廃村か……?

 痛む頭に手をやりながら歩き出す。とりあえず身を隠そうと考えてウィルグルは近くにある半壊している木造の家に向かって歩き出した。そして、なんでこんなところに自身がいるのか曖昧な記憶を呼び戻そうとした。

 確かターゲットの尾行するためにマンションの前で張り込んでいた。そして奴がマンションから出てきたのを追っていて……。

「いっ……!」

 ウィルグルは頭に強い痛みが走り、そのまま力が抜けて座り込んでしまった。

「ご主人、ご主人、大丈夫? あ、チだ! チ!」

 肩に乗っているパートナーである小人はウィルグルの頭から血が流れているのに気付いて心配そうに声を上げた。

「やべ……。意識が朦朧としてきた……」

 再び意識が遠のってきたウィルグルはなんとか落ちてくる瞼に抵抗してなんとか目を開き続けた。

「ガハガハッ! チだ! チを出してやがる。ウマソウだなあ」

 そんなウィルグルの目の前にデロデロとした紫色の体からトゲを生やして黒色の涎を垂らして体を汚している小人、いやバケモノがいた。

「お、お前はっ!」

 ウィルグルは落ちかけていた意識をハッと呼び戻す。

 忘れる訳がない。こいつは彼女達を殺した仇のパートナーだ!

「おうおう。やっとお目覚めか?」

 後ろに人の気配がしてウィルグルは急いで立ち上がって後ろを振り返った。そこには尾行していたターゲットがいた。

「よお、久しぶりだな。俺はずっとお前を探してたんだ」

 そう言ってターゲット、ウィルグルの彼女を殺した敵であるエアオーベルングズのゲーデはニヤッといやらしくウィルグルに笑いかけた。

「……ははっ、ゲーデさんよ、随分と様変わりしたな。あん時はデブってたのに今はガリガリだ。無茶なダイエットでもしたのか?」

 そう嫌味を言ってターゲットが仇であるゲーデだと気付いたウィルグルは、小人にをして草を生やさせ、大きな葉の上に立ってゲーデとの距離をあけた。

「おたくらチェングン国に追われててまともに食う暇なかったのさ。スリリングなダイエットさせてもらってありがたいよ。おかげで体が軽い」

 そう言ってゲーデは「」と、呟いて自身の小人"自体"を大きなサボテンに変化させ、咲かせた花の上に立ってウィルグルと同じ位置まで上がった。

「こ、小人自体を植物にさせた……?」

 通常、育緑化にしか見えない小人は主人の代わりに植物に呼びかけて自由自在に操作したり成長させたりする。しかし、ゲーデは小人の体に植物を巻き付けて小人自体を変化させたのだ。

「お前はまだまだだな。できる奴しかこれはできねえよ。俺はあれからもたんとこいつに喰わせてきたがお前はまだ喰わせたりねえみたいだな」

 以前より強くなっていたゲーデにウィルグルは目を張り、ダラダラと額に汗が流れてきた。

 こいつに勝てる自信がない……。

 フルフルと体を震わせていたウィルグルに構わず、ゲーデはサボテンに変身した小人から棘を出してウィルグルに向かって飛ばすようにした。

「ご主人! アブナイ!」

 戦意喪失した主人であるウィルグルを守ろうと小人は無しにツルを生やしてバリケードを作り、ウィルグルを守った。

「健気だねえ。まあ、すぐにお前もその小人も喰ってやるよ。生き物を喰ってきた小人は美味いらしいからな」

「なっ!?」

 小人を喰うだって!?

 そんなことが出来るのかと驚いたウィルグルに構わずゲーデは再び自身の小人にをし、次は地面にいるウィルグルの小人に棘を飛ばした。

「うわあああっ! イタイ、イタイ!」

 見事に棘が刺さり、痛みに悶える小人の姿にウィルグルは立っていた葉から葉へと急いで移って降り、傷付いた小人を自身の胸に抱えた。

「な、なんでだ……。小人同士を攻撃し合えるなんて聞いたことないぞ……」

 いわゆる小人は植物に宿って漂う魂だ。物理的に触れる事ができるのは小人同士と育緑化の能力がある者だけになる。それなのに何故、小人に物理的な攻撃ができるのかウィルグルは理解出来ず、今だにサボテンの花の上に立つゲーデを見上げた。

「それは俺の小人が植物になったからよ。小人は育緑化と小人同士は触れ合えるだろ?」

「……へへ、ご丁寧にどうも」

 あんなにも仇であるゲーデを殺そうと躍起になり、自身の小人を汚してまで強くなろうと努力してきたウィルグルだったが、今だに弱い自身に落胆してその場から動けずにいた。

「はーあ、やっとだぜ。やっとお前にこれのお返しができるな」

 そう言うとデーブは服を捲り上げて胸に大きく刻まれた切り傷をウィルグルに見せた。

「てめえにこれをつけられた恨みを晴らすために生き延びてきた。三ヶ月程前にお前の小人が放つ力をあちこちに見て、俺はお前がこの国にいることを知った時は嬉しすぎてションベンちびっちまったぜ」

 下品にそう言い放ったゲーデの言葉にウィルグルはレジイナと力を合わせて作ったカジノにいる敵を判別するシャドウのせいでゲーデに自身の存在が知られてしまっていたことに驚いて目を見張った。

「お前が出てくんのを俺はずっと待ってた。ああ、ずっと待ってたんだ。やっと会えて嬉しかったよ」

 ゲーデはあえてアサランド国をウロウロとし、ウィルグルに見つかるようあえて行動していた。暗殺部もゲーデの尻尾を掴めぬと悶々としていたが、ゲーデもゲーデで、ウィルグルの尻尾を掴めないと悶々としていたのだ。

「お前はまだまだ知識も力もねえ。そんな奴にこんな傷をつけられた俺の気持ちが分かるか? プライドをズタズタにされた俺の気持ちがなっ!」

 そう声を上げたと思ったらゲーデはウィルグルの腕に抱えられている小人に向かって手を向けた。

 そうゲーデが声をかけた途端、小人は抱えられていた腕から降り立ち、ウィルグルと距離をとった。

「な、どういうことだ……」

 ウィルグルから距離を取った小人は地面からツルを生やし、それをまとめて鋭く尖らしてウィルグルの喉元に突きつけた。

「嫌だよ、嫌っ! ご主人コロシタクないのにまた、またされた!」

 以前、レジイナにされた時のように小人の主導権を奪われたウィルグルは死ぬんだな俺と、諦めて小人を見つめた。

「チッ、無抵抗かよ、おもんねえ。もういいや。自分の小人に殺される屈辱を味わって死にな」

 ゲーデがウィルグルの小人にを出そうとした時、ゲーデはとある人物に飛び蹴りをされ、すごいスピードで吹っ飛んでいった。

「ウィルグル、大丈夫!?」

 砂埃が徐々に晴れて、姿を現したのはレジイナだった。

「大丈夫、じゃねえよ……」

 そう言ってウィルグルはその場にそのままバタンと横に倒れた。

「頭を打ったのね! 早くジャドの元へ向かわないと」

 レジイナがウィルグルの元へ駆け寄ろうとした時、レジイナの元にサボテンの針の雨が降ってきた。

「ちくしょうが! さっさとくたばれ!」 

「それはあんただよっ!」

 レジイナは胸ポケットからアンティーク調の銃を取り出し、広範囲に風を出して自身とウィルグルを守るように竜巻状のバリケードを作った。

「俺がしてるのは小人一匹じゃねえぜ!」

 レジイナの攻撃で顔が凹んで変形し、右腕も折れているだろうゲーデだったが、いやらしい笑顔を浮かべながらウィルグルの小人にをして、先程伸ばしていたツルをレジイナに巻きつかせて拘束した。

「ジョオウ! ジョオウ、逃げてええええ!」

 ポロポロと涙を流しながらゲーデのに逆らえない小人はそう叫んだ。

「なっ!? ウィルグルの小人なのに!?」

 あの時は感情が高ぶっており、以前自分がウィルグルの小人にをしたことをあまり覚えていないレジイナは理解出来ずにそう声を上げた。

「レジイナ、逃げろ!」

「ふうううううんっ! な、びくともしない!?」

 ウィルグルに言われて全力で拘束を解こうと力を入れたレジイナだったが、生物を食べてきて力が強くなった小人が操作するツルはレジイナの力では解かれることはなかった。

「へっ。生半可な力の奴にはこれは解けれねえよ」

 折れた右腕を左腕で抱えながらデーブはカクカクとしながらゆっくりと歩いて二人に近付いていった。

「喰ってやるよ。若い女は美味しいんだってよ」

 ゲーデは自身のサボテンに変化した小人にをし、縦半分に体を割らせてアイアンメイデンのように鋭い歯を全体に生やした口を開けさせた。

「パクッと喰われれば全身にこいつの歯が刺さって良い音がなるぜ」

 ゆっくりとツルで誘導されてサボテンに変化した小人の口に近付いていくレジイナは顔を青ざめた。

 流石にあれに耐えられる硬化はできない!

「レジイナ、しろ、!」

「命令!?  なによそれ!」

 そう返答したレジイナにウィルグルは以前のあれは偶然だったのかと初めて知り、もうどうにもならないのかと頭が真っ白になった。

 ウィルグルは徐々にレジイナが鋭い歯が敷き詰められているサボテンの口に近付くその光景を見ることしかできなかった。

 ああ、俺はまた目の前で仲間が殺されるのか……。

 ゲーデがチェングン国にやって来たとき、彼女だけではなく仲間もたくさん殺された。

 彼女と仲間の仇を取るために今まで色々と努力してやってきたのに結局、俺には何もできないのか。

 あと十センチメートルでレジイナが喰われる、という時に「ウィル」と、透き通った優しい声がウィルグルを呼んだ。

 "ウィル"なんて俺を呼ぶのはあいつ、彼女しかいねえ。

 そう考えてウィルグルが声のした方を向くと、自身の小人の横に死んだ彼女である、カナリアの姿があった。

「カナリアか……?」

「ふふっ。もう、泣かないの」

 カナリアの姿を見て涙が自然と出てきたウィルグルにカナリアはキラキラとしたオーラを包みながらゆっくりと近寄って、地面に寝たままのウィルグルの頬に流れるその涙を親指で拭った。

「ウィルってば、そんな泣き虫だったっけ?」

「……ああ、そうだぜ。お前がいなくなってからずっと泣いてたんだ」

 一人で泣き腫らす夜を幾度過ごしただろうか。会いたいとずっと願っていた人物にやっと会えたウィルグルは力を振り絞って起き上がり、カナリアに抱きついた。

「あらあら」

「会いたかった……!」

 周りの喧騒など聞こえない、真っ白な空間にいるような感覚だった。まるで時が止まっているような空間の中、ウィルグルはもう離すまいと思って、カナリアを強く抱きしめ続けた。

「苦しいよ、ウィル。それにずっと会ってたじゃない」

「ずっと……?」

 何を言っているのか理解出来ずにウィルグルはそっと体を離してカナリアの顔を見た。

「知ってるよ、ウィルがいっぱい頑張ってたの。それに、何回も浮気してたのも」

 顔をプクッと膨らまして怒った顔をしたカナリアに理解出来ずにウィルグルは首を傾げた。そんなウィルグルにカナリアは「この子の中に私はずっといたのよ? 分からなかった?」と、言ってスーッとカナリアは小人の中に入って行った。

「カナリア、行かないでくれ!」

「行かないわよ。ほら、私はここよ?」

 カナリアの声で自身の小人が話しかけてくる不思議な光景にウィルグルは驚きの余り、その場に座り込んで目を見張った。

「喰った奴の魂まで留めれるのか……?」

 そう驚いたウィルグルに小人はカナリアの声で「この子の中に宿っているのはこの子が許した子だけなの」と、説明して小さな手でウィルグルの小指をキュッと握った。

「ウィル、私とこの子を愛してる?」

「……当たり前だろ、お前もこいつも俺の大切なパートナーだ」

 恋人としてのパートナー、戦友としてのパートナー。どちらともウィルグルにとってはかけがえのない、唯一無二の存在だ。

「なら、私達のこと愛してるって言って」

「え……」

 そう呆気に取られるウィルグルに小人は「もう」と、カナリアがよくやっていた頬を膨らます仕草をした。

「早く。じゃないと可愛いあの子が食べられちゃうわよ」

 カナリアの声で小人にそう言われ、ウィルグルはハッと思い出した。

 そうだ、レジイナが危ない!

「さあ、早く!」

カナリア、小人! レジイナを助けてくれ!」

「オーケー」

 小人はカナリアの声でそう言ってウィンクした。それを合図かのようにウィルグルは元の世界に戻ってきたかのような感覚がし、今まで遮断されていた音、匂い、風がウィルグルを包んだ。

「レジイナを離して、奴から遠ざけてくれ」

 ウィルグルがそう言うと今まで拘束していたツルはレジイナをサボテンに変化した小人から離してウィルグルの横で降ろした。

「はっ、はっ、し、死ぬかと思った……」

 レジイナは危機一髪だった状態に息を荒くしながらそう呟いた。

「悪かったな、レジイナ。後は俺に任してくれ」

 強い眼差しで真っ直ぐとウィルグルは困惑した顔をしているゲーデを見ていた。レジイナは戸惑いながらも「わ、分かった……」と、言って一歩後ろに下がった。

 どう考えても先程の状況を見れば不利な状況にあったはずなのに、この一瞬で強くなったように見られたウィルグルを信用して、レジイナは任すことにした。

「カナリア、小人、頼む」

 両手を祈るように握って目を閉じたウィルグルは二人と今まで過ごした日々を思い出した。何を思い出しても溢れてくるのは"愛"の感情のみだった。ウィルグルの思いを受け取ったカナリアと小人は協力してゲーデに攻撃を仕掛けた。

「なんでを無視できるんだ!?」

 ウィルグルの小人にが来ないことを理解出来ずに困惑するゲーデであったが、自身の小人を巧みに使ってなんとか攻撃を防いだ。

「なっ!」

 ゲーデは余りの驚きに声を上げて、小人の動きを止めてしまった。なぜなら、ウィルグルの周りにふわふわと柔らかいオーラを纏った、姿形が様々な小人がゾロゾロと集まってきたからだ。

「私も手伝うよ」

「僕はなにしたらいいかな?」

 ウィルグルの周りに集まってくる小人にレジイナとゲーデは驚いて目を見張った。

 ウィルグルは驚くことなく、小人一人一人に目をやって最後には自身の小人を見た。

「お前達、小人を俺は育緑化を持つ者としてし、。あの悪魔にされている可哀想な小人を助けてやってくれないか?」

 ウィルグルのその願いに小人達はうん、と頷いてから地面から綺麗なひまわりを辺り一面に咲かせた。

「カナリアが好きな花だ……」

 可愛らしくコロコロと笑うカナリアは元気に咲くひまわりが好きで、そしてとても似合っていた。

「な、なんだこりゃ!」

 ひまわりだけでなく、当たり一面そこだけ昼間のように明るくなっている状況にゲーデは恐怖し、その場に座り込んで震え始めてしまった。ウィルグルはひまわりの間を掻き分けて歩き、震えるゲーデを見下ろした。

「た、頼むよ、俺を喰わないでくれ……」

 そう命拾いするゲーデにウィルグルは睨みつけながら口を開いた。

「お前なんかカナリアと俺の小人に喰わせないよ」

 その言葉に安心したゲーデにウィルグルは冷酷にも、先程レジイナから借りたアンティーク調の銃をゲーデの額に当てた。

「な、おい、命だけは助けてくれ……!」

 目に涙を浮かべるゲーデにウィルグルは目を瞑ってから銃の引き金を引き、その額を貫いた。

「すまねえな」

 カナリアと仲間の仇である死体となったゲーデにそう謝り、ウィルグルは目を開いたまま死んでいるゲーデの瞼をそっと閉じてやった。

 ウィルグルはすっかり陽が落ちた暗い空を見上げながら、もうひまわりのない砂場に力が抜けたように座り込んで大声で泣き始めた。

 ウィルグルは念願の彼女であるカナリアと仲間の仇を見事に打つことができたのだ。だけど達成感などは無く、胸にはポッカリと穴が空いた感覚がして虚しかった。

 仇を打って復讐を果たしてもカナリアも、仲間の命が蘇るわけでない。何を糧に今後、生きていけばいいのか分からずに泣いていたウィルグルの元にトテトテと走って小人はウィルグルの肩に乗って頬擦りをし始めた。

「お前は……」

 お前は今はどっちなんだ、と思って尋ねたウィルグルに小人は「ご主人、泣かないで。ワタシがいるよ?」と、微笑んだ。

「……そうだな、お前がいれば俺は生きていけるよ」

 グズッと鼻水を啜ってウィルグルは小人に返事してからゆっくりと立ち上がって、心配そうに見守っていたレジイナの元へ向かって歩き出した。

 

 

 

 雪がちらちらと降り始めた聖夜。

 レジイナは胸ポケットにいつも大事に直してあるターコイズブルーの石を手に取り、寂れた喫茶店にある黒電話をトントンと二回ほど叩いてから受話器を上げた。電話番号を打ったわけではないが、その黒電話はプルルルと機械音を鳴らし、とある人物に向けて通信を繋げた。

『……この感じは、しゅんりかえ?』

「せいかーい」

 久しぶりに聞いた声にそう返事したレジイナは少し掠れた声の大翔に「久しぶりー」と、声をかけた。

 レジイナは大翔が育緑化で念を込めた石を通じて、大翔も持っている石に通信できないか試してみた。するとレジイナの思惑通り、このターコイズブルーの石は大翔の持つ石と通じているらしく、電話のように通信できたのだった。

『お前さんな、こっちが何時か分かっとるんか。夜中の一時じゃぞ、一時』

「あー、時差か。考えてなかったな」

 通りで寝起きの声な訳だと一人で納得したレジイナは「ごめん、ごめん」と、軽く謝ってから大翔に聞きたいことがあると話し始めた。

『たくっ、お前というやつは。ほら、ワシの気が変わる前に早う話せ』

 少しイライラとした声色をした大翔にレジイナは大翔じいちゃん、怒らすと大変だから簡潔に話そうと思い、先日あったウィルグルとゲーデの戦闘について疑問に思ったことを質問した。

「あのね。私まだ小人や妖精にしかできないと思ってたんだけど、無意識にしてたことあるみたいなの。なんかそういうのってどう意識するもんなのかなって思って」

 育緑化の師匠となる大翔にレジイナはそう相談した。

『ほお。を通り越してかのう。やはりしゅんりは本能的に戦闘するタイプじゃな。センスがあるのは認めるが、それが何故できたか理解せんうちはグレード2のままじゃな』

「それが知りたくて電話したのにー」

 答えを教えてくれない大翔に拗ねたようにそう言ったレジイナはくるくると電話の線を指で絡めながら口を尖らした。

『そう拗ねんなさんな。あやつら小人の生態、そして思考、個体差を理解してできるもんだ。お前さんはまだちゃんとあやつらと関われてないんじゃないか?』

「うう、否定できない」

 そう言って項垂れたレジイナはもう一つ疑問に思っていたことを大翔に質問した。

「ねえねえ、より上の言葉ってあるの?」

 レジイナのその質問に大翔は一瞬黙った後、「ほっほっほっ」と、笑った。

『なんじゃ、強い育緑化が敵にいたのか?』

「んー、強いかな? でも敵じゃないよ、味方」

 確かゲーデを最終倒す直前、ウィルグルは周りに集まってきた小人達にしている、、助けてやってくれなどと言っていた気がする。

「えーと、尊敬、愛してる、助けてのどれかだったりする?」

『おー、あるぞ。二つある』

「ええっ、二つも⁉︎」

 まさか二つもウィルグルが使いこなしていたのかと驚いたレジイナは声を思わず上げてしまった。

「おい、レジイナ。その電話はお前のプライベートなものじゃねえんだ。長電話はやめとけ」

 長電話をするレジイナをあまりいい顔で見てなかったジャドは片手にビールのジョッキを持ちながらこちらを睨んできた。

「分かったよ! あと少しだけ」

 そんなやり取りが聞こえた大翔は「答えは愛と尊敬じゃ」と、早々に答えをレジイナに教えた。

『命令よりは愛。愛より尊敬じゃ。小人達を理解し、尊重し、かつ尊敬することであやつらと心が通じ合えたといえよう。その者は素晴らしい育緑化だ。そこまで到達できるやつはそうそうおらん』

 そう説明を聞いてレジイナはウィルグルって凄いんだと、そう思った。

『そうといえばしゅんり。お前さん、誰にもなんにも言わずに暗殺部になり、かつ休暇にも帰ってきとらんらしいな。ナールが嘆いておったぞ。産休から帰ってきては部下の失態の処理にお前さんの心配もしとる。いいか、次こそ……』

「わー! 仕事が入ったみたい! 大翔じいちゃんありがとっ、バイバイ!」

 レジイナは大翔の説教スイッチが入った途端、面倒なことになる前にと黒電話の受話器を急いで置いて無理矢理通話を終わらせた。

「なんだあ? じいちゃんに怒られたのか?」

 母国から帰ってきたばかりのカルビィンは慌てて受話器を置いて、自身の座る左隣の席に着いたレジイナをニヤニヤとバカにするように笑いかけた。

「別にー」

 そう言ってレジイナはテーブルの上に並べられたご馳走様から骨付きチキンを手に取って、拗ねた顔でムシャムシャと食べ始めた。

「お前が言い出したクリスマスパーティなんだ。もっと美味しそうに食え、バカ」

「あだっ」

 ジャドはそう言ってムスッとした顔のレジイナの額を中指で弾いた。

 ジャドはレジイナが皆でクリスマスパーティしたいとおねだりをしたため、喫茶店のオーナーに頼み込んで場所を借りていたのだ。

「本当だぜ。貸切にしてやってんだぞ、こっちは」

 そう言ってキッチンから美味しそうなグラタンを持ってきたオーナーにレジイナは「美味しそう、いただきます!」と、言ってグラタンをお皿に取り分け始めた。

「まあ、そう言ってやんなよ、パパ。可愛い娘のおねだりだろ?」

「うっせえ。こんな我儘娘、お断りだね」

「ひでえ……」

 カルビィンとジャドのやり取りにそう呟いたレジイナに、右隣に座っていたブラッドは「ほら、口拭けよ」と、口周りをホワイトソースで汚しているレジイナに紙ナプキンを渡した。

「んっ、ありがとう」

 素直に紙ナプキンを受け取り、ふきふきと口周りを拭くレジイナにガキだな、可愛いぜと、ブラッドはメロメロになっていた。そんなことなど気付くことなく、レジイナは次にローストビーフに手をつけた。

「あのなあ、肉ばっか食うな。野菜食え、野菜。ほら」

「ええ、野菜嫌い……」

 カルビィンがそう言って取り分けたサラダを嫌そうにレジイナはススッと右隣に座るブラッドにやった。

「お前の師匠が言ってたぞー。甘い物ばかりでなく野菜も食べろって」

「はあ? なんでカルビィンがあいつが言ってたとか言うの?」

 ブリッドのことを指して話すカルビィンにイライラしたレジイナはそう返事した。

「この前、電話がかかって来た時、お前がここから逃げただろ? あの後、俺が話を変わってやったんだぜ。他には先輩方に失礼なことしてないかとかも言ってたぞー」

「おい、レジイナ。先輩方に失礼したら、また師匠にボコボコにされちゃうかもしれねえぜ」

 そう言ってレジイナをからかうカルビィンとジャドに頬を膨らますレジイナに何故かブラッドはイラッとした。

 なんだ、そいつ。

 ブラッドは先程レジイナが自身に寄越してきたサラダをフォークで刺し、レジイナの顎を持って、こちらに無理矢理に向かせて口の中にサラダを突っ込んでやった。

「んー! んんんー!」

「ほら、野菜食わねえと大きくなれねえぞ」

 嫌がるレジイナを抑えて無理矢理に野菜を食べさせるブラッドに酒が程よく入っていたジャドとカルビィンは腹を抱えて笑い始めた。

「これ以上おっぱいでかくなったら困るからやめたれよー」

「いいぞ、やれやれ! ほら、もっと野菜を食えよ!」

 三人に無理矢理に口の中にサラダを突っ込まれて食べ続けるしかないレジイナは目に涙を浮かべながら無我夢中で手を上げ、まるで溺れているかのように誰かに助けを求めた。

「おい、もうやめたれ」

 そう言ってレジイナの助けを求めていた腕を引いてサラダ地獄から救ったのは明日には母国に休暇に帰るために大荷物を持ってやって来たウィルグルだった。

「なんだよー、面白いとこだったのによー」

「今のはいじめだ、いじめ。それに自分の意思で野菜を取ろうと思わなきゃ意味ねえだろ」

「そうだ、そうだ!」

 ムシャムシャと口の中にある野菜をゴクッと飲み込んだレジイナはウィルグルの後にそう言って三人に「ガルルルッ!」と、牙を出して唸った。

「てめえもそうやってすぐに獣化すんな」

「あだっ」

 ウィルグルはそう注意してレジイナに軽く手刀し、背に隠していたある物をレジイナの目の前に差し出した。

「え、ひまわり?」

 可愛くラッピングされた季節外れのひまわりを「ほれ」と、言って渡してくるウィルグルにレジイナは首を傾げながらも素直に花を受け取った。

「レジイナ、クリスマスプレゼントだ」

「え? あ、ありがとう……」

 戸惑いながらも初めてお花を貰ったことに喜ぶレジイナにカルビィンは面白くないのか舌打ちをし、ブラッドはハイボールを一気に飲み干した。

「ほお、お前さんらいつの間にそんな関係になったんだー?」

 ニヤニヤと笑いながらそう言ったジャドにウィルグルは「はあ? ありえねえよ、こんなガキ」と、返事した。

「ああん?」

 そのガキ発言にイラッとしたレジイナにウィルグルは「俺は自分の女にしか贈り物をしねえ主義だからな」と、付け加えた。

「ほお? この超絶可愛いレジイナちゃんに惚れた訳じゃないなら、この素敵なひまわりはどういう意味なのかしら?」

 花を片手に持ちながら腕を組んで下から睨んで来るレジイナにウィルグルは自身の肩に乗った小人の頬を人差し指で優しく撫でた。

「こいつからのクリスマスプレゼントだ」

「レジイナちゃん、この前はウィルと私を助けてくれてありがとう」

「ふえ?」

 いつもとは違って目の焦点はしっかりと合っており、涎も垂らさずに凛とした小人の姿にレジイナは驚いて素っ頓狂な声が出てしまった。

「俺の彼女を喰ったって言っただろ? 彼女、カナリアの魂が小人の中に残ってたんだ。カナリアからの礼だ、受け取ってくれよ」

 ウィルグルの説明に一同はそんなこともあるのかと驚いている中、レジイナは目の前の小人の中にいるカナリアに目を向けてうるうると目を潤ませながら「ありがとう、カナリアさん」と、礼を言った。

「あらあら、レジイナちゃんは泣き虫さんなのね」

「ごめんなさい……。すぐ涙腺が緩んでしまうんです」

「いいわよ。何事も素直なのが一番よ」

 そんな会話をするレジイナとカナリアにウィルグルは微笑ましい気持ちになった。

「あ、そういえば、お前に会いたい奴がいたから連れてきたぜ」

「え? 私に会いたい人?」

 そんな人、この国にいるのかと疑問に思った時、小さな何かが勢いよくレジイナの胸に向かって飛んできた。

「ガハッガハッ! オレ様の新しいパートナーになってくれや、オンナ」

「うげっ! ゲーデの小人じゃんか!」

 レジイナの胸にしがみついて頬擦りしてきたのはゲーデのパートナーだったデロデロとした紫色の体にトゲを生やした小人だった。

「良かったじゃねえか。育緑化はパートナーができてやっとグレード3になれるんだ。それにそいつ、桁違いにすげえ強いぜ」

「だとしても他の子がいいわ!」

 レジイナはいやらしく自身の胸に頬擦りする小人を掴んで離し、床に叩きつけた。

「ハッ! これはそういうプレイなのか、ご主人様!」

「いーっ! きんもい! 無理!」

 そう言って小人から逃げ始めたレジイナにウィルグルは「あはははっ!」と、満面の笑みで笑った。

「いやー! 助けてー!」

「ご主人様! オレ様をナグッテもいいぜ。いや、もっとナグッテ下さい!」

 小人という存在が見えないジャドとカルビィン、そしてブラッドは見えないながらも、なんとなくとんでもない小人に気に入られてしまったのかと、同情の目をレジイナに向けながら酒を嗜んでいた。

「ああ、プレゼントといえば。レジイナ、ウィンドリン国からお前宛てに荷物届いていたぞ」

 そんな一同のドタバタ劇場を見守っていたマスターはそう言って、レジイナに親指で後ろにある奥の部屋へ来るように誘導した。

「ウィンドリン国から? あ、ロケットランチャーかっ!」

 レジイナがウィンドリン国に申請したのはロケットランチャーのみであり、それが来たのではないかと喜んだレジイナは鼻歌を歌いながらマスターの後に続いた。

「ほれ」

「え、ロケットランチャーってこんなに小さいの?」

 マスターに渡されたのはA4サイズ程の大きさの小さな段ボールだった。何が入ってるか揺らしてみたが小さくカサカサなるだけで軽かった。

「ロケットランチャーな訳ねえだろ。そんなんせんでも開けて確認しろよ」

 レジイナの行動に呆れたマスターの言葉に「確かに」と、返事したレジイナは段ボールに貼られたガムテープを剥がし、中の荷物を確認した。中には見覚えのあるブランド名が記載されている黒い紙袋と手紙が見えた。

「おお、有名なやつじゃねえか」

「有名なんだ。なんか見覚えあると思ったけど、だからかな?」

 疑問に思いつつもレジイナはまずは紙袋の中身を確認した。紙袋の中は白色の布生地の包装に可愛らしいピンク色のリボンがされており、それを開けるとマフラーが入っていた。

「これって……」

 見覚えあると思ったのはそういうことかと、思ってレジイナはかつてブリッドにクリスマスプレゼントとしてもらったデザインが全く同じマフラーを胸に抱えた。

 ああ、ブリッドリーダー……。

 そしてレジイナは次に手紙を開けて読んだ。宛名はなかったが、「風邪を引かないように気を付けろ。メリークリスマス」と、ブリッドの直筆でそれだけ書かれていた。

 文字だけでブリッドだと確信したレジイナは軽く頬を染めて、マフラーを巻いた。

 そんなレジイナに気を利かせてか、マスターは何も言わずに部屋から出ていった。

「もう風邪引いたわ、バーカ……」

 そう呟いてレジイナは手紙に口付けを落とし、そして何度もその直筆の手紙を指で撫でた。

 

 

 

 クリスマスパーティもお開きなって各々、本日は聖夜ということあって、仕事はせずに帰路に着くことにした。敵もこんな夜に活動はしないだろとお気楽な考えであったが、あながち間違っていなかった。

 治安の悪いアサランド国とは思えない程に平穏な夜に包まれながらレジイナはブリッドから貰ったマフラーを巻き、片手にはカナリアがくれたひまわり、そして反対の手でタバコを持ちながら夜空を見上げてゆっくりと家までの道を歩いていた。

「柄じゃないけどさ、ブリッドリーダーも同じようにこの夜空を見てたら素敵よね……」

「誰だよ、そのオトコ」

 肩の上に乗るゲーデのパートナーだった小人に話しかけたレジイナは「んー、最低な奴」と、満面の笑みで返事した。

 最低な奴を思ってなんで笑ってんだ、と疑問に思った小人は首を傾げた。

 ——場所は代わり、ウィンドリン国の倍力化の総括部屋にて。

「おい、ブリッド。部屋でタバコを吸うなと何度言えばいいんだ」

「窓、開けてますよ」

「……あのなあ、もう良い。わらわは帰るから戸締りを頼むぞ」

「お疲れ様です」

 口答えが多くなってきたブリッドにイライラしつつも、今夜はクリスマスだからと我慢してやると思って帰ったナール総括を見届けたブリッドは、窓から見える夜空を見上げながらマフラー、届いたかなと、しゅんりのことを思ってタバコの煙をふーっと空に向けて吐いた。

「メリークリスマス、しゅんり」

 どうかしゅんりが無事でありますように。

 強くそう願い、ブリッドは夜風に当たりながらこの思いが届くようにと聖夜に祈った。

 

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