少しの間、お互い睨み合っていたレジイナとキャディは次にジョンに向き合った。

「さあ、幾ら賭ける?」

「まあ、手始めにこれぐらいかしら」

 そう言いながらキャディは二万イェンをジョンに流し、それを見ていたレジイナも同じく二万イェンを前に出した。

「おや、彼氏さんは?」

「俺は付き添いだ」

「ケッ。そうかい」

 金ヅルが減ったのが気に食わなかったのか、ジョンはそう言ってレジイナとキャディにトランプを二枚配り、自身にも二枚出して一枚は伏せた。

「で? どうするのこれ」

 レジイナの手札は七と四のトランプで合計は十一だった。それに比べてキャディはクイーンと九のトランプだった。ジョンは五と一枚伏せていた。

「ディーラーより二十一に近ければいい。あと、キング、クイーンにジャックは一律十としてカウントされるから、そこのレディは合計十九だ。二十一を超えたらバースト、つまりアウトになるから俺ならここでステイ、つまりストップするな」

「あらあら初心者さん? あまり待たせないでよ」

「待ってあげてやれよ。俺が説明さっさと済ますからさ」

 レジイナに丁寧に説明して時間をかけるのにイライラしたキャディに「まあまあ」と、ブラッドは宥めてからレジイナに続けて説明した。

「お前は十一だろ? 今のところ何来てもバーストにならねえ。ヒットっつってカード一枚貰え」

「分かった。ヒット」

「はいよ」

 ジョンはそう言ってレジイナにトランプを一枚渡した。それは九だった。

「おおっ、二十だ! これステイだよね? ステイ!」

「分かったよ。で、キャディさんは?」

「ステイよ」

 喜ぶレジイナをスルーしてキャディはステイを選んだ。

「じゃあ俺はこれだ」

 ジョンは五のトランプの横に伏せていたトランプをひっくり返してキングのカードを出した。

「僕はこれで合計が十五。ちなみに彼女さん、ディーラーは合計十七以上にならないといけないから、またカード引かなきゃ行けないルールになるんだ」

 そう言ってジョンはレジイナに追加の説明をしてから自身のカードを引いた。

「四だ。キャディさんとは引き分け、彼女さんは勝ちだ」

 ジョンは残念そうな顔をしながらキャディに賭け金の二万イェンを返し、レジイナには二倍の四万イェンを渡した。

「へへ、勝ったー」

 イェーイと言ってレジイナはピースをして、初心者の自身に野次を投げたキャディにいやらしく笑いかけた。

「ふんっ、勝負はこれからよ! ジョン、次!」

「へーい、奥方殿」

 そう言って勝負を何度も繰り返してキャディは三勝四敗、レジイナは五勝二敗とレジイナの方がキャディより勝っていた。

「ねえ、見てみて! もう三十万イェンになったよ!」

「はいはい、すごいすごい」

 お札の山を見せて嬉しそうに見せてくるレジイナにブラッドはパチパチと手を叩いて適当に褒めた。そんなブラッドにレジイナは頬を膨らませた。

 カルビィンはもっと驚いてたし、一緒にワクワクしてくれたのに。

 カルビィンとやったルーレットの方が楽しかったな、と思いながらそろそろレジイナはブラックジャックを引き上げて、ブラッドにこのキャディを誘惑化で誘導してもらおうと考えた。

「そろそろ終わろうかなー」

 そう言ったレジイナにキャディはバンっと机を叩いて立ち上がった。

「そこのガキ、勝ち逃げするわけ? 私のテリトリーでこんなに苔にして帰れると思わないことね!」

 そう言ってキャディは自身の持ち金の殆どの五十万イェンを賭けた。

「うえ⁉︎ それ負けたら五万イェンもないじゃん。キャディさん、やめときなよ」

 いつも破茶滅茶なレジイナでさえ、さすがにキャディのその蛮行を止めた。

「なに? 私がこんなにやってるのに逃げる訳?」

「ええ……」

 困ったな、と思って隣にいるブラッドを見たが、ブラッドは肩をすくめて「俺は知らねえ」と、言って助けてくれなかった。

 本当、こいつ大っ嫌い!

 そうイラッとしたレジイナはヤケ糞になって二十万イェンを賭けた。

「やるじゃない。さあ、ジョン」

「いいのかい? やるぞ」

 キャディの勢いに圧倒しつつもジョンはカードを出した。

 ジョンは七と一枚のトランプ伏せ、キャディは四と八、レジイナの元にはなんとエースの一とクイーンが来た。

「なっ⁉︎」

「マジか。怖すぎるわ、お前」

「ん、どしたの? 十一だからヒットでしょ?」

 驚くキャディとブラッドに首を傾げるレジイナにジョンは「アハハっ!」と笑った。

「彼女さんよ、これはもう二十一だ。ブラックジャックといってあんたの勝ち。そして倍率も増える」

 そう言ってジョンはレジイナに二十万イェンの二.五倍の五十万イェンを渡した。

「え、え! そんなすごいことになってたの!」

「……お前のギャンブル運の良さは本当に気持ちが悪いな」

 理解出来ずにいたレジイナがジョンの説明で喜ぶ反面、ブラッドはそんなレジイナの運の良さに引いていた。

「私はまだよ、ジョン!」

「はいはい」

 待たされているキャディはそう怒鳴り、ジョンにゲームの続きを促した。

「ヒット!」

 そう言ったキャディの元には五のカードが来て合計十七となった。そしてジョンが裏返していたカードを開けるとジャックがあり、合計十七と一緒だった。

「僕はステイ。キャディさん、どうする? 引き分けにするか? それかまだやるかい?」

「引き分け? そんな生半可なことしないわ! ヒット!」

 そう言われてジョンがキャディに渡したカードは九だった。

「キャディさん、バーストだ」

 へへっ、と笑いながら嬉しそうにジョンはキャディの五十万イェンを全て没収した。

「くそおっ!」

 机をドンドンと叩いて悔しがるキャディにレジイナは顔を引き攣らせたが、すぐに真顔に戻してブラッドに目で、「早く魅惑化してよ」と、訴えた。

 しかし、魅惑化は相手が興奮すればする程、効果が薄くなる。今は無理だと判断したブラッドは首を横に振って、できないとレジイナに伝えた。

 理由までは理解していないレジイナは魅惑化を使うことを拒否したブラッドをキッと睨んだ。

 約束と違うじゃない!

「あー! もう、マスター! テキーラ、ショット!」

 ヤケ糞になったキャディはそう言って席を立った。やけ酒を飲む事にしたらしい。

「ほら、そこのガキ! こっちにこい!」

「うええ⁉︎ なんで!」

 レジイナはキャディに強い力で腕を掴まれて無理矢理にカウンターの隣の席に座らされた。

「たくっ、ムカつく小娘ね! おら、飲めや!」

「うぐっ!」

 余りの早い展開にレジイナはついていけず、キャディになされるがままマスターが用意したテキーラをグイッと口に流し込まれてしまぅた。

「ちょ、こいつ酒飲めねえんだっ、やめてやれ!」

 ブラッドはそう言ってレジイナに駆け寄って酒を吐き出せようとしたが、キャディはそれを無視してレジイナの口を手で防いで吐かせないようにした。

 倍力化の力を持つキャディにブラッドが勝つ訳なく、レジイナは口に入ったテキーラを飲むしかなかった。

「カハッ、カハッ……!」

「おい! なんてことしやがる!」

 むせ込むレジイナの背中を摩りながらブラッドはキャディに怒鳴った。

「なによ、私の奢りよ? 飲まないなんてマナーがなってないわ」

「マナーがなってねえのはキャディさんだろ? ガハハハッ、おもしれえ!」

「キャディさんの悪い癖だ。負けたらいつも勝った相手をベロベロに酔わさないと気がすまねんだ。キャディさんの金なんだから付き合ってやれよ」

 そうジョンとマスターが言ったのを聞いてブラッドは舌打ちをし、レジイナの手を引いて店から出ようとした。

 酒を普段飲まないレジイナがこんな強い酒を一気に飲まされたのだ。キャディの暗殺などまともにできないだろうと判断しての行動だった。

「ちょっと、待ちなさいよ! あんたもほら飲みなさいよ」

 新たに酒を頼んだキャディはブラッドにそれを差し出した。

「お断りだね、俺達は帰る。ほら行くぞ」

 なかなか椅子から立ち上がらないレジイナにブラッドは片眉をあげた。

 まさか、あの一杯でダウンしたのか?

 心配して顔色を伺おうとした時、レジイナは顔だけ上げ、至近距離にあったブラッドの顔を見つめてきた。

「だ、大丈夫か……?」

 可愛いらしいレジイナの顔が少し紅潮し、うるうるとした目で真っ直ぐ見られてブラッドは不覚にも少しドキッとしてしまった。

 ボーッと少しの間、見上げられたと思ったら次にレジイナはブラッドの首に両腕を回し始めた。

「は、ちょ、お前なにして……」

 レジイナの思わぬ行動にたじろぐブラッドに構わずレジイナは少しずつ顔を近付けてきた。

「やだわー。あんなんで酔って私達の前でイチャイチャしないでよー」

「美男美女のセックスなら邪魔しねえからよ、見学してやらあ」

 レジイナの行動を止めない三人とレジイナに困惑したブラッドであったが、拘束の力が強くて逃げる事ができなかった。

 ちょ、本当に俺はどしたらいいんだ⁉︎

 ウィルグルにいつも女を漁り放題でいいと言われているが実は性行為ということ自体、ブラッドは好いてはいなかった。

 どうしても仕方がない時は相手と行為に及ぶことがあるが、本当は好きな相手とだけそういう行為をしたいと考える硬派なタイプだった。

 どんどんと近くなるレジイナとの距離にブラッドは最初こそは焦っていたが、もうキスぐらいしてしまってもいいかもしれないと考えが変わっていった。性格は難ありだが、可愛いらしい容姿をしているレジイナのキスなどウィルグルとカルビィンからしたら羨ましいものに違いないし、ブラッドも不思議と悪い気はしなかった。

 レジイナならまあいっかと、諦めたブラッドの予想とは違い、その後レジイナは頭を少し後ろにやり、勢いよくブラッドの額に頭突きをかました。

「いっ⁉︎」

「あははっ! 酒だ、酒を寄越せえっ!」

 ブラッドに頭痛をお見舞いして更に楽しくなったのか、酔ったレジイナは痛みに悶えるブラッドを笑いながら「酒だ、酒っ!」と、騒ぎ始めた。

「プッ! なにあんた、酔ったらそんな風になるわけ」

 ひたすら何が面白いのかゲラゲラと笑うレジイナをお気に召したのかキャディはマスターから再びテキーラを貰い、そしてそれをレジイナに差し出した。

「んっんっ、うー! クラクラすりゅー! あははっ!」

「……なんだそれ、薬物でも入ってんのか?」

 中毒者を思わせるような酔い方をするレジイナにやっと立ち上がれたブラッドは豹変していくその姿を見て顔を引き攣らせた。

「いやー、そんなの入ってないんだけどな……」

 ワイワイとお酒を飲んで楽しむレジイナとキャディを目にして、男三人はそれを見ながらベロベロに酔っていく二人を見守ることにしたのだった。

 

 

 

「ぐふっ、あんたやるわね……」

「あっはー、私は若いから肝臓の毒素の分解が早いのよ。キャディさんこそ、年のくせやるじゃん」

 レジイナの言葉に額に血管を浮かび上がらせたキャディは「この雌牛がっ!」と、言いながら中指を立ててきた。

 そんなキャディにレジイナも額に血管を浮かしながらお互い睨み合った。

「表に出ろクソガキッ!」

「上等だ、このクソババア!」

 キャディはバンっとお金をカウンターに叩きつけ、レジイナを連れて店の裏側に移動した。

「ぐへへへ、ぐちゃんぐちゃんにして風俗にでも売り飛ばしてやる!」

「やれるもんならやってみろよおっ!」

 そう言って二人はブラッドが見守る中、殴り合いの喧嘩をし始めた。

 ブラッドは女同士の殴り合いの喧嘩なんて見た事ねえよと、呆れつつも二人の姿を見られないようにふわふわと魅惑化の力を漂よさせて誰も来ないようにした。

「あんた、強いわね……。まさか、仲間?」

 倍力化の力を持つ自身と対等にやり合えているレジイナに疑問を持ったキャディは少しずつ酔いが覚めてきた。

 まさか、こいつが噂のキャサリンか……?

 例のカジノの常連であり、オーナーと友人関係にあったキャディは拳に力を入れて体を震わせた。

 復讐する時が来たわけね。

 相手がどんな組織なのかはエアオーベルングズ達の中では有名であった。

「あんた、まさか四大国のタレンティポリスなのかしら?」

 キャディの言葉にレジイナはニヤッと笑って舌を出し、キャディを挑発するように中指を上げた。

 そんなレジイナにキャディは足に力を入れてレジイナに向かって行った。

 殺されていった仲間の仇!

 先程と違って殺気を放つキャディとは反面にレジイナは何が楽しいのか、まだキャハキャハと笑いながらキャディの攻撃をフラッと避け、そのまま肘でキャディの頭を殴って地面に叩きつけた。

「ガハッ……!」

 フラフラと寄りどこのない酔ったレジイナの動きにキャディはついていけずにレジイナに跪くこととなった。

「せーいかーい。あははっ、あんたのお金もお命もいただきまーす」

 レジイナは顔だけ狼に変えて、跪きながら恐怖した顔で見上げてくるキャディの頭にガブリと口に咥え、グチャリと生々しい音を立てて噛み砕いた。

「うえええ、美味しくないよお」

 そう言ってレジイナはぺっとキャディの頭と血を吐いて、獣化を解いた。

「んー、汚れちゃったよー。どうしよう……」

 眠気に襲われてきたのか、キャディの死体の横に座り込んでコクコクと船を漕ぎ始めたレジイナにブラッドは恐怖しつつも、携帯を出してウィルグルに電話をした。

「あ、俺だ。死体の処理とレジイナの回収を頼みたい」

『はあ? なんでお前がレジイナといるんだよ』

 いきなりかかってきた電話でそう言ってきたブラッドに理解が出来なかったウィルグルはそう返事した。

「たまたまレジイナに捕まって手伝わされたんだよ。誰かが来る前に頼む。俺が人払いできる時間も限界がある」

『……分かったよ。すぐ向かう』

 そう言ってウィルグルは電話を切って隣にいたジャドに説明し、ジャドの運転するバイクの後ろに乗ってレジイナの元に急いで向かった。

 

 

 

「はあ、また派手にやりやがって。呑気におねむか?」

 血塗れのままで地面に直接横になって眠るレジイナにジャドは呆れつつも、ウィルグルが死体を処理している側でレジイナの服をスーツに着替えさせた。

「うわ、酒臭っ! たくっ、ほらバンザイだ」

「へへ、ばんざーい」

 子供みたいにジャドにスーツに着替えさせてもらうレジイナを見ながらウィルグルは「すまねえな、ブラッド」と、謝罪した。

「本当だぜ。また明日、アジトに行くからってこいつに言っといてくれ」

「了解だ。あともう一つ頼んでいいか?」

「……なんだ?」

 嫌な予感がしつつもブラッドがウィルグルの顔を見た。

「こいつをアジトに運んでくれないか?」

 困った顔で頼むウィルグルにブラッドは片手で顔を覆った。

「嫌だっつってもダメか?」

「マジで頼む。今は少しでも時間が惜しいんだ。こいつとカルビィンを血眼で探す奴を一人でも多く片したい」

 真剣な顔で再度頼んでくるウィルグルにブラッドは大きく溜め息を吐いてから、ジャドによって着替え終えたレジイナの前に背を向けてしゃがみ込んだ。

「ふえ?」

「おら、乗れ。帰るぞ」

 顔だけ振り向いてそう言ったブラッドにレジイナは満面の笑みを浮かべて、「えへへ、やっらー」と、舌足らずにそう言って喜んでその背に乗った。

「本当にすまないな。また明日、報酬やるわ」

「こいつからたんと貰うからいいよ」

 ブラッドはうふふ、えへへと笑うレジイナを背に乗せてジャドとウィルグルと別れてアジトに向かって行った。

「じゃあ、俺達も行くか」

「ああ。行こうぜ、ジャド」

 心配そうな顔で二人を見送ったジャドとウィルグルは再びバイクに乗って先程のポイントまで戻って行った——。

 

 

 

 ふわふわとした世界の中、しゅんりは目の前にいるブリッドの顔に見惚れていた。

 決してイケメンというわけではないが、青色の髪を立ててピアスを片方にして少し危なげな雰囲気を醸し出しており、男にしてはきめ細かな白い肌とキリッとした鋭い目に鼻筋の通った鼻。そしてシュッとした輪郭に薄い唇。ああ、それに自身の唇をくっつけたらどんな感触がするのだろう。

 ゆっくりと顔を近付けてしゅんりは少し止まって考えた。ここで素直に好意を表してキスするのも癪だ。

 いつぞやされたようにしゅんりはブリッドに頭痛をかましてやった。

 やーい、引っかかってやんのー!

 それからはただただ楽しいという感情しかなかった。

 ふと気付いて目を開けるとしゅんりは誰かにおぶられているようだった。

 そうか、私また気を失ってブリッドリーダーにおぶられているのか。あれ、なんで気を失ったんだっけ? 

 しゅんりはまあいっかと思って、えへっと笑っておぶってくれているブリッドの顔に頬擦りをした。

「ぶりゅとりーだー」

 好き好き好き、だーいすき!

 口に出さずにしゅんりはブリッドに好意を示す。

 ああ、なんて幸せなんだろう。これが夢ならずっと覚めないで欲しい。

 次にしゅんりが意識を戻したのはソファに横になって寝ていた時だった。誰かが自身の額に手を当ててきたのに気付き、無意識にその手を掴んでしゅんりは頬擦りをした。男らしいその手にしゅんりはブリッドリーダーの手だと、無意識にそう思った。

「ブリッドリーダー……」

 ああ、愛おしい。このままこの手を離したくない。ぎゅっぎゅっとその手を握って感触を確認する。

 あれ? ブリッドリーダーの手ってこんなに骨ばってたっけ……。

「レジイナ、残念だが俺はお前さんの師匠じゃねえぜ?」

 その声にレジイナはパッと目を開いて自身を見下ろすジャドに気付いた。

「へ?」

「ブリッドリーダーって寝言を言ってたぜ。なんだいお前さん、師匠にほの字か?」

 ニヤニヤと見下ろしくるジャドから発せられた言葉の意味を理解したレジイナは顔を真っ赤に染め、勢いよくソファから起き上がった。

「な、な、ほ、ほの字⁉︎」

 レジイナは先程まで見ていた夢の内容を思い出して恥ずかしさの余りに消えたくなった。

 なんちゅう夢を見てんだ!

「へー、そーなのか、ふーん。やっぱりお前さんらあの会議の時ヤッてたんだな」

「ヤッてない! 断じて!」

 ザルベーク国での一夜についてそう言ってくるジャドに反論した時、レジイナはとてつもなく強い嘔気に襲われた。

「は、吐く……」

「はあ?」

 驚くジャドに構わずレジイナはそのまま床に「おええええっ」と、言って盛大に嘔吐物をぶちまけた。

「マジかよ……」

「だめ、眩暈までする……」

 吐ききったレジイナは再びソファに倒れるように寝転び、ジャドは俺がこれ片すのかと、絶望したのだった。

 ——ウィルグルはアジトのドアを三回ノックし、少し間を空けてから二回ノックして一緒に来ていたブラッドと共に部屋に入った。

 そしてソファの上で「ううう、もうダメ……」と、二日酔いでダウンしているレジイナを見て、ウィルグルは「やっぱり」と、呟いた。

「レジイナ、薬だ。飲めるか?」

 ブラッドに昨夜レジイナがテキーラを浴びるように飲んでいたと聞いていたウィルグルは、買ってきたスポーツドリンクと薬をレジイナに差し出した。

「ウィルグル、このゲロ女を甘やかすな!」

 先程までレジイナが吐いた嘔吐物を片していたジャドはそう怒鳴ってウィルグルの行動を制した。

「あ、頭に響くから叫ばないで……」

 頭に手をやってそう呟くレジイナにウィルグルは「おー、よしよし」と、言ってゆっくりと起き上がらせた。

「ジャド、いつも甘やかしてんのはあんたの方だろ」

 ウィルグルは呆れながらジャドにそう言って、レジイナの手に薬を出してあげた。

「飲めるか?」

「頑張る……」

 レジイナはウィルグルからの薬を素直に口に入れて、スポーツドリンクをごくごくと飲んだ。

 そんな様子にブラッドはとんだ甘ちゃんだなと呆れつつも昨日、自身におぶられながら頬擦りしてきたレジイナを思い出してキュンッと胸が締め付けられた。

 おいおい、こんなじゃじゃ馬娘にこの俺様が反応するなよ。

 なんとかポーカーフェイスを崩さず、ブラッドは昨日レジイナが賭けに勝った五十万イェンを胸ポケットから出した。

「ほら、昨日の勝った金だ」

「ああ、ありがとう」

 受け取ろうとしたレジイナの手からスッと離すようにブラッドはその金を上に上げた。

「彼氏代行代、十万。そして魅惑化の使用に十五万、そして頭突きの慰謝料代が二十三万。残りの二万イェンがお前の取り分だ」

 そう言ってブラッドはレジイナの胸の谷間に二万イェンを刺した。

「それはおかしいっ! それにあんた魅惑化であの女を連れ出してって言ったのにしてくれなかったじゃない! その金は全部私のだ!」

 そう捲し立てて声を上げた後、レジイナは自身の声が二日酔いの頭に響いて、再び眩暈を起こしてそのまま力尽きてソファの背もたれにドサッと倒れた。

「じゃあ、俺達は一万イェンずつだな」

「ああ、そうだな」

 そう言ってウィルグルとジャドはレジイナの胸に刺さっていた二万イェンを一枚ずつ抜き取った。

「なんでよ……」

 二人の行動に力なく声を上げたレジイナにジャドはビシッと人差し指を差した。

「お前さん、俺らの許可無しに金庫の金を賭けに使っただろ?」

 てめえ言ったのか、と恨めしげに睨んでくるレジイナの視線をフイッと逸らしたブラッドにレジイナは舌打ちをした。

「これは俺らへの謝罪代だ」

「異論はないな?」

 ぐうの音も出ずに黙っていたレジイナだったが、再び強烈な嘔気が込み上げてきた。

「うっ!」

 レジイナは勢いよく立ち上がってトイレの便器に顔を向けて盛大に吐き始めた。

「おえっ、おえっ……!」

「あー、もう。大丈夫か?」

 そんなレジイナの背を甲斐甲斐しくウィルグルは背中を摩って介抱した。

「まあ、レジイナの言うことは一理あるけど、今回は感謝しとくぜ」

 ギロッと睨みながらジャドはそう言ってブラッドを見た。

「おいおい、倍力化の女がレジイナに無理矢理飲ませたんだ。俺にはどうにも出来なかったって」

「……へー。魅惑化を使わなかった言い訳か?」

 金を積んでくれればなんでもやると言って暗殺部に協力してくれていたブラッドだったが、レジイナ相手になると放置する節が多々あることにジャドは少し、いやかなり怒りを露わにした。

「お前さん、そんなこと言ってあん時も能力使わなかったんだよな?」

 レジイナがウィルグルとカルビィンにレイプされそうになっていた日の事をジャドはそう言って、ゆっくりと腰に差している銃に手を伸ばした。

 この俺に楯突くならどうなるか分かるな?

 声に出さずともそう顔で言ってくるジャドにブラッドは両手を上げて降参のポーズをとった。

「わざとじゃない。俺はいつだって自分が一番可愛いんだ。リスクを犯したくないだけだ。ここで生きていくにはそうするしかねえんだよ、分かってくれよ」

「……同情して欲しいと?」

「それであんたが手にかけた銃から手を離してくれんなら、苦労話でもなんでも話すぜ」

 しばらくの間、お互い見合った後にジャドは手から銃を離し、「次はないと思え」と、低い声でブラッドに最終警告した。

「ああ、感謝するぜ」

 ふう、と息を吐いて命拾いしたブラッドは便器にキスしそうな勢いで吐くレジイナを見て胸に手を当てた。

 不覚にもレジイナに好意を抱いてしまいそうになる自分に嫌気をさしながら、ブラッドは昨日、自身を「ぶりゅとりーだー」と、呼んできたレジイナを思い出した。

 ブラッドリーダーって言ったのか? 

 なぜ自身を呼ぶのにリーダーを付けるのか疑問に思うが、それをレジイナに聞く事は今は叶わないなと思ったブラッドは「さて、なにか情報でも言ってジャドの機嫌を良くしないな」と、自身の安否を心配する事にしたのだった。

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